第三章:どうか、優しい夢をあなたに

第三章:一話

 視聴モードが終われば、研究者は実際にクリエイトモードで被験者の記憶に”入る”ことになる。


夢を通じて記憶の世界に入ると聞くと、研究者が幽体離脱のような感覚で被験者の夢の中を”見る”ようにイメージされやすい。けれど、俺たち研究者が入るそこには視覚、聴覚、触覚、味覚も痛覚も、つまりは何もかもが実際に存在する。だから実際は、その夢の中を研究者自身も”生きる”ことになると言った方が、認識としては正しい。


そして、ファンタジアは好きな時に随時、記憶の世界と現実世界の出入りが可能な仕組みだ。その特性を利用し、研究者は交互に世界の行き来を繰り返しながら、被験者の一年間を追体験していく。


具体的には、まず、研究者は記憶の世界に入り、視聴モードで既に得ている情報と、クリエイトモード内で得られる追加の情報をもとに、実際にその世界で行動する。


そして、ある程度記憶の世界に干渉したら、一旦現実世界へと戻る。そこで成果をまとめ、改めてこれからの対策を練るのだ。


そうして次の算段が立ったところで、また記憶の世界の中へと入る。


この過程を繰り返し、研究者は被験者を長い夢から目覚めさせる。これがスタンダードな流れだ。


これまでは俺の直属の上司にあたる桜海先輩に付いて、その流れを学び、先輩が現実に戻ってきた際の作業を手伝うのが俺の仕事だった。そして今回、俺は遂に初めて、人の記憶に実際に入ることを許された。


その今回イレギュラーなのは、俺と、被験者である雪加蛍琉が友人であるということ。そしてこれから入る記憶に、俺がもとから存在していることだ。


本来、記憶の世界では、被験者と研究者の接触を必要最低限に抑えなければならない。しかし、彼が眠りに落ちる前の一年間、俺は彼と密接に関わっている。それがこの夢治療にどのような影響を及ぼすのか。それは俺自身にもまだ、分からなかった。



 先程まで、蛍琉の記憶を映し出していたパソコンモニタの電源を落とす。次に、自身の傍に置かれたヘルメット型の機械を手に取った。いよいよ、彼の記憶の中に入る時がやってきたのだ。


蛍琉が眠るベッドの横、そこに設置された研究者用のベッドへ、そっと腰をおろした。同じように身を横たえると、隣で眠る蛍琉の息遣いが、聞こえてくるようだった。


俺は、手にした機械を頭に装着し、そうして一人、静かに目を閉じた。


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