ナイト&ウィザード

山岡咲美

前編

「ねえ影吉かげきち……影山梨花かげやまりんかさん知らない?」


 どんよりと雲が垂れ込め雪になり損ねた重たい雨が降る冬の寒い日、彼女、光ケ丘林檎ひかりがおかりんごは隣のクラスを訪ねていた。


 雨にその色を曇らせる天象学園高等部てんしょうがくえんの校舎はコンクリートの柱のあいだをレンガで埋めた少し古さのある校舎で熱効率が悪いのかそれともエアコンの設備が古いのか厚手のセーラー服に学校指定の黒か紺のタイツを履いてなお少し肌寒い感じがしていた。


「梨花? さあ、最近来てないけど何かあったの?」

 放課後まだクラスに何人か居た女子の一人、友野桃華とものももかが教室の後ろの入口でしばらくキョロキョロとして誰かを探したあと、突然声を上げた光ケ丘林檎にそう返した。


「ああごめんなさい、あの娘最近[ナイト&ウィザード]入ってこないから心配してたの」

 光ケ丘林檎は真ん中できっちり分けたロングの黒髪の毛先を少しいじりながら今はやりのオンラインゲームのタイトルをあげる。


「え? 影吉一緒じゃないの? だってあの娘、騎士と一緒にダンションもぐる事になったって……」

 教室に残っていた他のクラスメイト、長友ながともマロンが慌てて光ケ丘林檎によって来る。


「え?! ウソでしょ、影吉の騎士アタシなんだけど……」

 光ケ丘林檎は少しイラついた声をだす。


 オンラインゲーム[ナイト&ウィザード]は物理攻撃防御を得意とする騎士と騎士に護られながら魔法攻撃防御支援を行う魔法使いのペアでゲームを攻略する異世界ファンタジーゲームであり、必ず二人プレイを余儀なくされる事からリア充ゲームと呼ばれたり、顔も知らないって相手と強制カップリングでダンションに放り込まれたりするパートナー運ゲームと呼ばれたりしていた。


「じゃ、影吉、新しい友達出来たんじゃね?」

 友野桃華が椅子に座り派手な金髪の頭に両手の指を組んで枕を作って軽く答えた。


「それは無い!!」

「それは無い!!」


光ケ丘林檎と長友マロンはお互いの顔を見合せたあと口をそろえ友野桃華にそう突き返した。


「だよね~、あの娘クラスでもウチらとしか話した事ないもんな~~」

 友野桃華と長友マロンは幼なじみの親友であり、長友マロンが影山梨花の学生カバンに[ナイト&ウィザード]の魔法使いの人形を付けて居たのに気付き物怖じしない友野桃華が声をかけて以来の付き合いだった。


「トーゼンね!!」

「トーゼンね!!」


 光ケ丘林檎と長友マロンはガッチリ握手をしながら自分達はわかりあえるとお互いの目を見つめた。


「じゃ、どしたんだろな~」

 なんだか一人かやの外がつまらなかったのか友野桃華は教室机につっぷして顔を冷たい机に当てて顎を机でガクガク動かしながらそう話した。


「これマズイわリンゴちゃん」

 長友マロンは出会って数分で光ケ丘林檎をリンゴちゃん呼びで距離を詰めて来た。


「そうねマロ眉」

 光ケ丘林檎は長友マロンのショートヘアの前髪パッツンに困り顔で鎮座する麿眉を組み込み尋常ならざる早さで距離を詰めていった。


「お前ら今日初めて会ったんだよな」

 友野桃華は共通の影山梨花という友達がいるのはわかったが、一度もクラスが一緒にならなかった光ケ丘林檎との意気投合具合に呆れる。


「それは影吉への愛ね!!」

「それは影吉への愛ね!!」


光ケ丘林檎と長友マロンはほっとけない系女子、魔法使いネーム[影吉]のほっとけない愛を示した。


「でも今までの話だと危ないかも知れないわ」

 光ケ丘林檎は親指の爪を口唇に当てて難しい顔をする。


「そうね、影吉がダンションだとするとパートナーの騎士がいる筈……そう、リンゴちゃんとは別のパートナーがね!!」

 長友マロンの言葉と共に立ち込めた雲が雷の音をゴロゴロと鳴らし、不穏な空気を校舎へと落とす。


「まさかアタシの影吉に悪い虫が……」

 光ケ丘林檎は爪を噛み雷が光鳴る空を睨み点ける。


「いや、たかだかゲームのはなしだろ?」

 友野桃華は盛り上がる二人に冷たい視線と言葉を吐き捨てる。


「何言ってんのモモちゃん!! [ナイト&ウィザード]といえば強制カップル製造機とまで呼ばれる伝説のお見合いゲームなの!! 騎士と言う名のパーリーピーポーに影吉が引っ掛かったらどうするの!!!!」


「そうですギャルもも!! [ナイト&ウィザード]でなかむつまじく冒険を楽しみ困難を乗り越えそして相手との信頼を勝ち取りウェディンクロードを爆走したカップルは数多あまたといるのです、アタシだって影吉を嫁にする為に頑張って課金してレベルを上げてるんです!!!!」


「落ち着け二人共、そのゲームお見合いゲームだったのか? そしてこの国では女子同士は結婚できないぞ」

2022年12月17日現在


「愛があれば大抵なんとかなります!!」

「応援してるわ、リンゴちゃん♪♪」


「うん……そーだな」

 二人の熱い想いに触れ、面倒臭く……、いや感銘を受けた友野桃華は『マロ眉とギャル桃はネーだろ』と想いつつもその心の扉をかたく閉じるのだった。




 一瞬の静寂せいじゃく


 一線の雷光らいこう


 教室の全員が身をかがめるほどの爆音


 床を通じ足裏から全身に伝わる振動




「落ちた? モモちゃん……」


「ああ、スゲー音だったなマロン……」


長友マロンと友野桃華は広角をひきつらせ肩をすぼませ頭を下げた顔で笑った。



「影吉!!!!!!!!」



 光ケ丘林檎は「影吉」と叫び、長友マロンと友野桃華は「影吉」と叫んだ光ケ丘林檎の方を一瞬見るが、光ケ丘林檎が目をやる雨の校庭にすぐさま目を移す。


「誰か倒れてる?!! 雷か!!!!」


「モモちゃんスマホ!! 救急車!!!!」


 友野桃華と長友マロンの会話を聞く間も無く光ケ丘林檎は教室を出て校庭に駆け出していた。

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