B.O.S.

すいかなえ

ver.0 set up

 その日は嵐だった。

 暗く激しい雨が窓をやぶらんばかりに叩きつけ、ときおりとどろく白い稲妻が、部品や書物が散乱する室内と、興奮気味に笑う男の影をうかびあがらせる。

 男は、作業台に横たわる少女と向き合っていた。

 少女の体はまるで硝子のようになめらかで、彼女からのびる何本もの長いケーブルが、絡み合いながらかたわらのモニターや機材にさしこまれていた。

 長年の夢だった。

 こうしているあいだだけ、彼は長びく嵐も停電も、遠い異国のことのように思えた。

 知らぬうちに止まった時計が無限の時間を告げているようで、寝ることも忘れ、食事も忘れ、なにかにとり憑かれたように彼は作業に没頭した。

 いつだったか、避難をうながす警報を聞いたような気がしたが、彼からしてみればそれすら些細なこと。

 手もとの設計図と少女を何度も見くらべながら、ケーブルをつなぎ直したり、微調整をくりかえす。最後のネジをかたくしめて、男はドライバーを手放した。

 やっと、ここまでたどり着いた。

 作業を始めてからこれに至るまで、彼にとっては数日か数週間程度の感覚だったが、すでに気が遠くなるような年月がすぎていた。

 いまにも叫びそうになるのを抑えて、男は手元の起動スイッチを押し込んだ。少女は眉どころか指先ひとつ動かない。

「………」

 いやいや、そんなはずはないと、男はもう一度スイッチを押した。彼女は、動かない。

「……………………」

 もう一度押す。さらにもう一度。自分の感情をぶつけるように二十回ほど連打したところで、踏んでしわくちゃになった設計図をつかんだ。どれだけ確認しても、欠陥なんて見つからない。

 男は、頭をかかえて崩れ落ちる。彼の叫びは、窓を叩く豪雨によってかき消された。

 それから、どれだけの時間がすぎただろう。彼はふと休憩しようと思いたち、感情が抜け落ちた顔で別室へと向かう。ドアに設けられた端末にカードキーをさし込もうとして、一度やめ、少女のほうを見た。外は激しい嵐。こんな寒々しい場所に、彼女を寝かせたままにするのはなんだか気が引けた。

 私物が散らかった室内をぐるりと見渡して、肩を落とす。女の子が喜びそうなものは、何ひとつ用意できていない。ベッドの代わりになりそうなものというと、部屋のすみに置いている部品彼女の保管箱だった。

 彼は少女を抱きあげると、保管箱にソッと寝かせる。蓋を閉める間際「また来る」と弱々しく言って、今度こそ男は部屋から出ていった。

 彼がこの部屋を訪れたのは、これが最後となる。

 暗い一室に、窓から明るい光がさしこんだ。

 彼女が這い出したのは、十字の紋章が飾られた黒箱だった。箱や床の表面には、灰色のほこりがぶあつい膜となって積もっている。蔦のようなものが壁一面をすきまなく埋めつくし、ここの主人はもう長いこと帰っていないようだった。

 窓からは青空が見え、緑の葉にたまっていた一滴の雫がこぼれ落ちた。


 この日、ひっそりと開発された人造生命体が目覚めた。

 開発した男は、彼らをこう呼んだ。

 この惑星の生命の象徴であり、たくましく、力強く生きる姿に、敬意と畏怖、そして未来への希望をこめて────



 Beast of Supreme

   至高の獣

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