135.打ち上げに行こう
「そんじゃ、初ライブお疲れ様っつーことで――」
「「「かんぱーい!」」」
都内某所のとあるカラオケボックスにて。
ソフトドリンクの入ったグラスを軽くぶつけ合うと、主催であるアキラは一息に中身を飲み干してから、俺達に深々と頭を下げた。
「この間はマージですまんかった! 初ライブで俺があんなことになっちまって……」
「別に気にしてねーよ。誰もアキラに身体ぶっ壊してまでギターやって欲しいなんて思ってねえし」
俺がぶっきらぼうに告げると、ドラムのダイチと音虎がニヤニヤしながらヒソヒソ話を始めた。
「ちょっと今の聞いた音虎さん? 神田の照れ隠しってマジで分かりやすいよな」
「ダイチくん分かってるぅ。そこが可愛いんだよね~」
「てめぇら……」
俺は声を低くしたが、ダイチと音虎はキャッキャとはしゃぐばかりだった。付き合ってられるか。二人を無視して、俺は運ばれてきた軽食に手を付ける。
「つーか、音虎さんもマジでごめんな。いきなりギター代わってもらって……」
「ううん、私の方こそ勝手にアキラくんの代理で演奏しちゃってごめんね。神田くん達の初ライブって聞いてたから、居ても立っても居られなくて……」
「いいって。むしろお陰様でライブ滅茶苦茶盛り上がってたみたいだし、音虎さんにはマジで感謝しかないよ」
そんな風にお互いに謝罪を交わすと、二人はあっという間に意気投合をした様子だった。まあ音虎もアキラも陽キャのコミュ強だからな。属性が近いから通じるものがあるのだろう。
「ところで、怪我は本当に大丈夫なの? 神田くんから問題無いって聞いてはいるんだけど……」
「あー、平気平気。もう全然痛くないし。来月には完治してるって病院のお墨付きも貰ってるしな」
ちなみに音虎が彼氏持ちだと知った時は、流石にショックを受けている様子のアキラだったが『それはそれとして美人と仲良くなりたい』と切り替えたようである。
「……ところでさ、音虎さんにモノは相談なんだけど……」
「どうしたの、アキラくん?」
「良ければうちのバンドに入ってくれないかなー、なんて……」
「……はぁ?」
アキラの言葉に、俺とダイチが呆れた顔で横槍を入れる。
「お前さぁ……そういうこと考えてるなら、まずは俺等に相談しろよ。ってか、今日の打ち上げってまさか勧誘目的か?」
「違う違う! 打ち上げ自体はマジで感謝の気持ちだって! 俺の奢りだし! ……たださぁ」
アキラはそう言うと、手元のスマホを操作して部屋のディスプレイで動画を再生する。
「これは……この間のライブの録画か」
「おう。俺も後で確認したけど、こんな逸材がフリーなら声かけない方がおかしいだろ」
「それは……」
そう言われてしまうと、こちらとしても反論に詰まってしまう。
俺も既に何回か動画を見返していたが、音虎の演奏技術がこの日に演奏したバンドの中でも群を抜いていたのは事実だ。
「うーん、バンドかぁ……」
「音虎、マジで変な気ぃ遣う必要ねえぞ。バイトだってあるだろうし、その……立花との時間とかも要るだろ」
余計なお世話かもしれないが、これぐらいハッキリ言ってやらないと音虎は変な気遣いをしかねない。
俺の言葉に、音虎は少し思案すると困ったような笑顔で答えた。
「そうだなぁ……少し考えさせてもらってもいいかな?」
「ああ、もちろん! そんなすぐに答え出さなくてもいいからさ。考えてみてくれるだけでもありがたいよ」
音虎の返事にテンションが上がったのか、アキラがマイクを握って立ち上がる。
「よっしゃ! それじゃあここらで景気づけに一曲行っとくかな!」
「そういえば神田くん達のバンドってインストだよね。歌はやらないの?」
「あー……それはだな」
音虎の質問に答える前に、アキラの歌唱が始まる。
有名グループの代表曲であるJ-POPの一番が終わった辺りで、音虎はなんとも言えない曖昧な笑顔を浮かべていた。
「……まあ、こんな感じだからな。俺も別に歌が上手い訳じゃねえし」
「な、なるほど……」
「まあ、バンドの話はもういいだろ。それより、音虎も良ければ何か歌っていけよ」
「それじゃ、お言葉に甘えて」
アキラの60点ぐらいの歌が終わると、音虎が入力した楽曲の再生が始まる。
まあ、俺達の年代なら誰もが歌詞を口ずさめるような有名どころである。
「~~♪ ~~♪」
「……音虎さん、歌もいけるのか。マジでバンド入ってくれねえかな……」
「逆にアイツが何なら出来ねえのか、俺も知りたいぐらいだよ……」
***
「音虎さん、今日は来てくれて本当にありがとな! 労うつもりだったのに、普通にこっちも楽しんじまって申し訳ないわ」
「ううん、私も楽しかったから気にしないで」
「そう言ってくれると助かるよ。バンドの件は考えがまとまったら、神田にでも伝えてくれればいいからさ」
アキラのそんな言葉を締めにして、ささやかな打ち上げは無事に終了した。
アキラ達が駅に向かっていくのを見送ると、俺は音虎を家の近くまで送っていくことにした。
「楽しかったね、神田くん」
「ん、そうだな」
「アキラくんもダイチくんも良い人だし、神田くんも仲良しみたいで私なんだか安心しちゃった」
「おー……まあな」
俺が気のない相槌を打っていると、音虎が俺の顔を覗き込むように見上げてきた。
「……なんだよ」
「バンドの勧誘。神田くんはどう思う?」
「あ? 俺は……」
……もしも、音虎と一緒にバンド活動をするのなら、彼女と一緒に居られる時間が増えるな……
「……別に俺の意見なんて、どうでもいいだろ。肝心なのは音虎がどうしたいかだろ」
「それはそうなんだけど……」
一瞬、頭に過った不穏な考えを追い散らすように、俺は音虎から視線を逸らして答える。
しかし、音虎はそんな俺の態度が気に入らなかったようだ。彼女は眉を寄せて不満そうに頬を膨らませた。
「な、なんだよ」
「むぅ。神田くん、最近なんだか冷たくない?」
「はぁ? べ、別に前からこんなもんだろ」
「冷たいというか……何だか変に気を遣われてる感じがする」
「別にそんなことは……」
「……もしかして、ユウくんのことで気を遣ってくれてるのかな?」
「…………」
図星を指されて押し黙ってしまうと、音虎は俺の胸を指で軽く突いてきた。
「……そういうの、やっぱりちょっと寂しいな」
「音虎……」
「私は皆と一緒に居るのが好きだし、神田くんも気を遣ったりしないで自然体でいてほしい。きっとユウくんもそう思ってるよ。友達に遠慮されるのは……嫌だよ」
「それは……」
「だから、教えて欲しいな。神田くんがどう思っているのか」
彼女の潤んだ瞳に見つめられて、俺は呼吸が乱れそうになるのを必死に抑え込む。
……音虎は知らないんだ。
俺がお前に抱いているのは、そんな綺麗な友情なんかじゃなくて……もっとドロドロとした汚い劣情なのだと。
俺のそんな濁った感情で、透き通るような彼女の心を穢したくない。太陽のような彼女の光を翳らせたくない。
そう頭では考えているのに、俺は――
「俺は……」
「……うん」
「…………俺は、音虎とバンドがしたい」
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