ブラックサレナ
113.白瀬百合は守りたい
高校入学から早一ヶ月。
新生活の慌ただしさも落ち着き始めた頃合いに、世間は大型連休を迎えていた。
私――
「ん……よしっ」
中学時代に、無二の親友からプレゼントされたコンパクトミラー。
どこにでも有るような平凡な量産品のソレで前髪をチェックすると、私は鏡を宝物のように丁寧にバッグにしまい込む。
「――あっ! ユリちゃん、おまたせー!」
「レイちゃん……!」
群衆の中でも隠しきれない、輝くような美しさを無邪気に振りまきながら、少女――
高鳴る鼓動に上擦りそうな声を必死に抑えて、私は彼女に微笑んだ。
「他のみんなはまだ来てない感じかな?」
「う、うん。メッセージで確認したけど、新城さん達はもう少しかかりそうだって」
今日はレイちゃんと新城さんに、立花くん達――要するにいつものメンバーで遊びに行くのだ。
「またユリちゃんが一番乗りかぁ~。私も結構早く来たつもりだったけど……待たせちゃった?」
「う、ううん。私も来たばっかりだから……」
「むぅ。ユリちゃんいっつもそう言うけど、本当に待ってない?」
「う……うん。ほ、ほんとだよ?」
嘘である。本当は既に30分近く先んじて待ち合わせ場所で時間を潰していた。
……だって、ほんの少しでもレイちゃんと一緒に居られる時間を長くしたかったから……
目を泳がせる私に、レイちゃんはため息を一つ吐くと、困ったような笑みを浮かべる。
「はぁ……待ち合わせよりも早く来るのは悪いことじゃないし、ユリちゃんがそれだけ一緒に遊ぶのを楽しみにしてくれてたのは嬉しいけど……」
「うう……」
「ユリちゃんは可愛いんだから。こんな所に一人でぼーっとしてたら変な人に声掛けられちゃうよ?」
「ご、ごめんなさい……」
優しくたしなめる言葉に私はしゅんと視線を下げてしまう。
すると、そんな私の手をレイちゃんの白くて柔らかい両手が包んだ。
「だから、次から早出する時は私も誘ってよね? 一人よりも二人で居た方が安心だし、皆を待っている間にお喋りも出来るじゃない?」
「レ、レイちゃん……」
「それに、もしもユリちゃんにちょっかい出してくる人が来たら、私が追い払ってあげるから!」
シュッシュッと可愛らしく両手を構えるレイちゃんに、私は思わず笑みを零してしまう。
「ふふっ、ありがとうレイちゃん。でも、その時は私がレイちゃんを守ってあげるね。私の方が身体おっきいし」
「うぐっ……わ、私だって平均身長よりは有るんだけどなぁ……ユリちゃん、身長いくつだっけ?」
「え、えっと……167cmかな」
「ま、また伸びてる……! サトリちゃんも170cm有るし、みんなに囲まれると私が一番ちんちくりんなんだよなぁ……」
がっくしと項垂れるレイちゃんを、私は慌ててフォローする。
「そ、そんなことないよ? レイちゃん、足が長いしスタイルいいから、すごくシュッとして見えるよ?」
「ユリちゃんにおっぱいも身長も負けてるのに、そんなフォローされてもなぁ~~」
「お、おっぱいって……! もうっ、レイちゃんのえっち!」
私が胸を隠して怒ったように眉を寄せると、レイちゃんがころころと笑う。それが何だか嬉しくて、私もすぐに怒り顔を笑顔に塗り替えてしまう。
お互いが傷つかない範囲で、少し踏み込んだ軽口の応酬がとても心地良い。
甘やかして、甘えるようなやり取りに胸が暖かくなる。
ああ、彼女がこんな風に気を抜いて甘えてくれるのは私だけだ。
新城さんでも、来島くんでも――立花くんでもない。
だって私は彼女の親友なのだから。
どれだけ愛し合っていたとしても、恋人には見せられない顔が――同性の友人だからこそ、見せられる顔がある。
……恋人になれないのなら、せめてこの立ち位置だけは。絶対に誰にも譲らない。
そうだ……私は、レイちゃんの恋人には――
「ねぇねぇ、そこのおねーさん」
「……えっ?」
暗い思考に意識が割かれていると、不意に見知らぬ男の声で意識を現実に引き戻される。
顔を上げると、そこには軽薄そうな笑みを浮かべる男達が、私とレイちゃんの前に立っていた。
「さっきからずっとここに居るよね? 暇なら俺等と一緒に遊ばない?」
「ってか、二人ともすげー可愛いね! 女子高生?」
「え、えっと……」
絵に書いたようなナンパに私が思わず怯んでいると、レイちゃんが私を庇うように前に出てニコッと愛想笑いを浮かべる。
「ごめんなさい。私達、友達を待っているので」
「じゃあ、お友達も一緒に遊ぼーよ? お茶とか奢っちゃうよ~」
「とりま立ち話もなんだし、座れるとこ行こーよ。お友達にはメッセとか送ってさぁ」
男達が強引にレイちゃんの腕を掴もうと前に出る。
「――ッ!」
レイちゃんが、悲鳴を飲み込むように喉を動かす。
固く握りしめられたその手が小さく震えているのが見えた。
その震えが、私を動かした。
「や、やめてくださいっ!」
私は彼女を守るように抱きしめると、目の前の男を睨みつける。
カッコ悪いぐらいに声が震えていたが、そんなことはどうだっていい。
さっき言ったじゃないか。何か有れば、私がレイちゃんを守るって。
「ユ、ユリちゃんっ」
「だ、大丈夫だから。心配しないで、レイちゃん」
私の腕の中に収まってしまうような、レイちゃんの小柄な身体が震えているのが分かる。
普段の凛とした振る舞いで忘れてしまいそうになるが、レイちゃんはあくまで普通の女の子なのだ。
自分よりも身体が大きくて、力では到底叶わないような男に言い寄られて、怖くない筈が無いのだ。
「ぎゃはは! お前怖がらせるなよ? かわいそーじゃん」
「ごめんね~? 俺達やさしーから、そんな怖がんないでよ~」
ニヤニヤと笑う男達の背後から、更に強面の男が遅れてやってくるのが見える。
「よぉ。お前ら何してんの?」
「あっ、マーくん。見てよ、この子達。ちょーかわいいの」
「ひっ……!」
「ちょ、聞いた? 『ひっ』だってさー! めっちゃ唆るじゃーん」
ど、どうしよう。周りの人達も遠巻きに見ているだけで、助けてくれる様子は無い。
もしもの時は、レイちゃんだけでも逃がしてあげないと……!
「あぁん? へぇ~、たしかに二人ともかわ、い……?」
マーくんと呼ばれた強面の男が、私の腕の中に居るレイちゃんの顔を見た瞬間に顔色を変えた。
「………………ヒッ!?」
「マーくん?」
「そ、その顔……まさか……ろ、路地裏の悪魔……!?」
「へっ? マーくん、どしたん?」
明らかに様子がおかしくなった男に、私も困惑してしまう。
「………………プロトタイプの残りカスか」
「レイちゃん?」
腕の中のレイちゃんが何かボソリと呟いたが、妙な状況に動揺していた私は彼女の言葉を聞き逃してしまう。
そうこうしている間にも、男の異様な取り乱し方は止まらない。
「ち、違う! 誤解だっ! お、俺はもうアンタと関わる気なんてこれっぽっちも……!」
「マーくん一体どうしちゃった訳?」
「知らね。とりあえず、女の子たちサッサと連れてっちゃおうぜ?」
「ば、馬鹿野郎!? テメェらの自殺に俺を巻き込むんじゃ――ッ!」
男の伸ばした腕が、私の二の腕を掴んだ。
「ひっ……! レ、レイちゃん。逃げて……!」
「ユリちゃんっ!」
「おい」
「あん? ――ギャッ!?」
私を掴んでいた男の腕が捻り上げられる。
「彼女に触るな」
「た、立花……くん?」
「ユウくんっ!」
私の友達で、レイちゃんの恋人の男の子。
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