108.学校へ行こう


「……ど、ども。山茶花さんざか 千尋ちひろッス」

「う、うん。立花たちばな 結城ゆうきです。こちらこそよろしく」


 突然の遭遇に、二人の男子はぎこちなく挨拶を交わす。

 そして、当然のごとく両者の内心は穏やかではなかった。


(どどど同居!? い、いくら従姉弟とはいえ、ひとつ下の男の子とレイちゃんが同居!? ……い、いや、考えすぎだ。レイちゃんは僕の彼女なんだし、変なことなんて起きる筈が無いよね。うん)

(おおお落ち着け俺! こういう事になってる可能性だって、初めから考えていた筈だろ! ……焦るな。要は最終的にレイが俺の所に来てくれれば、それでいいんだ。うん)


 レイコによる長年の調教の成果か、ナチュラルに略奪愛へと思考をシフトさせているチヒロと、そんな状況に対して危機感が欠片もないユウキが曖昧な笑みを交わしていると、レイコがポンと手を叩く。


「これからチーちゃんと一緒に西中中学校まで行くんだけど、良ければユウくんも一緒に来る?」

「えっ?」

「お、おい、レイ。そんな急に誘われても向こうも困るだろ」


 やんわりと「二人きりがいい」というニュアンスが含んだ言葉を発するチヒロだったが、当のレイコはどこ吹く風である。


「そんなこと無いよぉ。私もユウくんも西中出身だし、色々とチーちゃんに教えてあげられるから――」

「あー……せっかくのお誘いだけど、僕は遠慮しておこうかな」

「えー?そんなぁ……ユウくん、何か用事でもあった?」

「そういう訳じゃ無いんだけど……」


 人の良さそうな柔和な顔に困ったような笑顔を浮かべながら、ユウキが頬を掻く。


「山茶花くんも、よく知らない相手や年上に囲まれてたら、色々と息苦しいでしょ? 転校前の準備っていうなら、尚更レイちゃんみたいな気心の知れた人と二人きりの方がいいかなって」

「えっ、いや、俺は別に……」

「あはは、余計なお世話かもだけど、僕自身が割と年上の人とかに囲まれると萎縮しちゃう質だからさ」


 不意に話を振られたチヒロが曖昧な返事をしている様子に、ユウキは優しく微笑む。


「もちろん何か有れば頼ってくれても構わないけど、今日の所は……ね?」

「むぅ、ユウくんがそう言うなら……」

「………………」


 そんなやり取りを聞きながら、チヒロの心に形容し難いモヤモヤが広がっていく。


(うぅっわ……嫌だなぁー……)


 従姉弟とはいえ、彼女が知らない男と二人きりなんて良い気がしないだろうに。


(こいつユウキ、普通にいい奴そうで嫌だなぁ……)


 そんな不快感を表に出さずに、それどころか相手を気遣うようなユウキの態度を見て、チヒロは――


「あー……すんません。立花さんさえ良ければ、一緒に中学校まで案内してもらってもいいっすか?」

「えっ? 僕は別に構わないけど……山茶花くんはいいのかい? 気を遣ってるなら――」

「いや、そういうのじゃないっす。……俺、御影学園狙ってるんで、立花さんから色々と話聞けたら嬉しいです」


 チヒロの言葉に、加勢を得たレイコが喜色満面にユウキを引っ張る。


「ほら、チーちゃんもこう言ってるんだし、ユウくんも一緒に行こっ」

「……そういう事なら、ご一緒させてもらおうかな。改めて、よろしくね。山茶花くん」

「チヒロでいいっすよ。年下なんで」

「それなら、僕のこともユウキで構わないよ。よろしくね、チヒロくん」

「ウス」


 男子同士の不器用なやりとりに、レイコはニコニコと笑いながら二人を背後から抱きしめた。


「あはっ、早速仲良くなったようで何よりです!」

「うわ、ちょっ、レイちゃん! 急に後ろから抱きつかないで!」

「ユウキさん。こいつ、本当に学校では優等生なんですか? 俺が見てる範囲だと普通に問題児なんスけど」

「あはは……ま、まあ、それだけ僕たちには気を許しているということで……」



 ***



「チヒロくんは一人でこっちに来たんでしょ? 僕は引っ越しとかもしたこと無いから、地元から離れて生活って、ちょっと想像もつかないなぁ」

「ん、まあそんな大層なもんでも無いッスよ。一人暮らしって訳じゃないですし、食事やらなんやらもレイの御両親にお世話になっちゃうんで。まあ御影に受かったら一人暮らしするつもりですけど」

「へぇー……やっぱり凄いよ。僕自身が割とだらしないのも有るけど、一人暮らしとかまともに出来る自信無いし……あっ、僕が受験に使った御影の赤本とか要る? 少し書き込みしちゃってるけど」

「あっ、貰えるなら欲しいッス」

「オッケー、今度レイちゃん家まで持っていくよ。連絡取り合いたいし、メッセのID交換してもいいかな?」

「ウス」


 ……この人ユウキ、さっきから俺としか話してねえな。

 ニコニコとこちらに笑いかけるユウキの姿に毒気を抜かれながら、俺――山茶花さんざか 千尋ちひろは内心で眼の前のお人好しに多少呆れていた。


 曲がりなりにも恋人と同居してる知らん男だぞ? 

 もうちょっと「あん?」みたいな態度取ってもいいだろ……

 最初は探りを入れているのかとも思ったが、そういう嫌な感じが全くしないのは……正直複雑だ。


「チーちゃんとユウくん、ID交換したの? それじゃ3人でグループトーク作ろうよ!」

「はあ? 別にちょっとユウキさんと連絡取り合うぐらいだから、わざわざそんなもん作らなくていいって」

「むぅ、さっきからチーちゃんとユウくんばっかお喋りしてるし……もしかして、私ハブられてる?」

「まあまあ、チヒロくんが良ければ3人でグループトーク作らないかい? 受験の相談とか、僕とレイちゃんに聞きたいことも出てくるかもしれないし」

「……まあ、ユウキさんがそう言うなら」


 いっそのこと、嫌な奴だったなら俺だって気兼ねなくレイにアプローチ出来るのに……


「うぅ~~……ユウくんっ、チーちゃんと仲良くなりすぎ! 私の方がチーちゃんとの付き合い長いんだからねっ!」

「ええっ……そ、そんなこと言われても……」


 レイよりも背が高くて、イケメンで、気配りができて、横から俺みたいなのが出てきても余裕があって……


「ん、チーちゃん? どうかした?」

「……別に。なんでもねえよ」

「本当? お水飲む? 疲れたなら、どこかで少し休む?」

「俺はガキかっ!? 本当になんでもねえっての! 行きましょう、ユウキさん!」

「あっ、チーちゃぁん……」

「あはは、レイちゃんは少し構いすぎなんだよ」


 ……背は伸びねーし。向こう彼氏出来ちゃってるし。オマケにいつまで経っても子供扱い。本当に心折れそうだよ……


「……でも、好きなんだよ。どうしようも無いぐらい」


 小声で呟く。

 心の内で済ませないのは、しまい込んでしまえば二度と取り出せなくなるかもしれない恐れからか。

 嫉妬とも憧れとも言えない複雑な感情を、ユウキへの視線に乗せる。


アンタユウキはいい人だけど……それなら俺は悪人でもいい。レイが振り向いてくれるなら、俺は……」

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