72.Truth
「す、すいません。これください」
その日、コータは一大決心をして、普段は素通りするばかりだった雑貨屋を訪れていた。
お洒落な女性や、カップルの多いフロアの空気に物怖じしながらも、少年はレジに商品を置く。
店員はそんな少年の初々しい様子に、微笑ましいものを感じながら、普段よりも少し親身に彼に対応する。
「こちら、贈り物でしょうか? お包みしますか?」
「は、はい。お願いします」
「フフ、かしこまりました。こちらのピンクの包み紙など、いかがでしょうか?」
「え、えっと……それでお願いします」
かくして少年は、プレゼントの入った紙袋を引っ提げて、そそくさと店内を後にする。
包の中は、ここ数日間に渡りコータがインターネットで調べた『女性に喜ばれる贈り物』である、少しお高いハンドクリームである。
無論、少年が使うものでは無いし、母親の誕生日が近いという訳でもない。
「……お姉さん、喜んでくれるかな」
そう、少年の手元にあるソレは、ここ最近に出来たバスケットボール仲間であり、コータが淡い恋心を抱いている少女への贈り物だった。
夏休みも中盤である。
少女と顔を合わせることが出来る夏休みのラジオ体操が、明日で終わりになってしまうことが、焦りとともに少年の背中を後押ししていた。
バスケットボールを通して多少は親しくなれたとはいえ、少年と少女は学校が同じでもない中学生と小学生である。
毎朝のラジオ体操が終わってしまえば別段、近所付き合いがある訳でもない少女との交流が断たれてしまうことは、想像に難くなかった。
――彼女との交流をひと夏の思い出で終わらせたくはない。
故に、コータは小学生にとっては決して少なくないお金を払い、プレゼントと共に少女へ日頃の感謝と、もっと親しくなりたいという想いを伝えるつもりだった。
「――あとは、お姉さんにバスケで勝ってから伝えられたら、最高にカッコいいんだろうけどなぁ……」
少女との交流の切っ掛けである1on1で、少年は負け通しであった。
これは恋愛感情に関係なく純粋に悔しいし、年上とはいえ、女性相手にいいようにやられていては、男としては立つ瀬が無いという気持ちも少し有った。
「……よしっ、明日はバスケでお姉さんに勝って……それから、えっと……お、お友達になってくださいって伝える! ま、まずは友達から始めるっ!」
夏の太陽にも負けない熱い決意を胸に、翌日のコータは気合十分にラジオ体操へと向かった。
***
「コータくん、ラジオ体操皆勤賞おめでとう! はい、これはプレゼントね。えらいえらいっ」
「あ、ありがとうございます……」
少女に頭を撫でられることに気恥ずかしさを感じつつも、皆勤賞の景品を受け取ったコータは、いつもの言葉を口にする。
「お姉さん、今日もバスケ。いいですか?」
「うん、もちろん! あっ、ちょっと待ってて。すぐに準備終わるから、一緒にコートまで行こ?」
言葉通り、すぐに準備を終えた彼女と一緒に、コータはコートまでの短い道のりを歩く。
「う~ん、なんだかあっという間だったなーラジオ体操」
「そうですか? 二週間ぐらいだったから、結構長かったと思いますけど」
「コータくんとのバスケが楽しかったからかな? フフ、今まで付き合ってくれてありがとね」
「……そう、ですか」
やめてくれ。
そんな、これで最後みたいな言い方をしないでくれ。
俺はもっとお姉さんと――
「――お、お姉さん! 俺、今日こそは負けませんから!」
「おっ、コータくんアツイねぇ~。それじゃ、私もちょっと気合入れちゃおっかなっ!」
こうして、少年と少女の一騎打ちが始まった。
***
(あと一本で、俺の勝ち……!)
元々厳密な形式を定めた訳ではない、お遊びから始まった1on1。
故に細かい取り決めはなく、『10点先取した方の勝ち』程度の簡単なルールだけが二人の共通認識であった。
そして、両者の得点は互いに9点。
勝利と敗北の狭間で、少年は緊張で首筋がチリチリするような感覚を覚えながら、目の前の少女を見据える。
「ふふ、コータくん本当に上手になったね」
「……お姉さんに、鍛えられましたからっ!」
「えっ……!?」
息を弾ませながら、コータは少女に隠れて特訓していた動きを見せる。
少女を背にして、回転するような動きで活路を開いたコータは勝利を確信する。
(勝つんだ。勝って、言うんだ。もっとお姉さんとバスケがしたいって。もっと、仲良くなりたいって――!)
「まだだよっ!」
「ぐっ……!?」
年齢差によるフィジカルの差――否、それ以上に天才的な運動センスを持つ少女が、持ち前のクイックネスで強引にコータの動きに追いすがる。
(一旦下がる? ……いや、ここまで来たんだ。押し通る!)
「勝つ……! 勝ちます! 俺は、今日! お姉さんに、勝って――!」
「――レイちゃん、がんばれー!」
「ふえっ!?ユ、ユウくんっ!?」
外野から届いた男の声に、少女の動きが露骨に固まった。
「――――は?」
隙だらけになった少女の脇を、あっさりと抜けてシュートを決めたコータが、その余りにも呆気ない結末に間抜けな声を漏らした。
***
「本当に大丈夫? まだまだ暑いし、熱中症とか……」
「わわっ! い、今は汗かいてるから、あんまり近づかないでっ!」
少女が、見知らぬ男と親しげに話している。
コータはその様子を呆然と見つめていた。
「えっ? ハハ、別にそんなの気にしなくていいのに」
男が何の気負いもなく、少女の髪を優しく撫でる。
その自然な仕草に、お姉さんは頬を染めて憤慨していた。
「わ、私が気にするのっ! ユウくん、デリカシー無いよっ!」
いつも落ち着いていて、"大人の魅力"なんてものを感じていたお姉さんが、アワアワと見たことの無い表情で慌てている。
なんだこれ。
そんな顔、俺には一度だって見せてくれたこと――
「えっと、その子は――」
「あ、この子はお友達のコータくん。すっごくバスケットが上手なんだよ! 最近はラジオ体操の後に、毎日一緒に遊んでたんだぁ」
「へぇ、そうなんだ。えっと、コータくん? レイちゃんと遊んでくれてありがとうね」
「あ……い、いえ。別に、俺は……」
「むぅ、その言い方だと私がコータくんに遊んでもらってたみたいじゃないっ」
和気藹々とした男とお姉さんのやりとりを見せつけられる度に、コータの心は夏の陽気とは裏腹に、真冬のように冷え込んでいった。
「――それじゃ、私行くね。バイバイ、コータくん」
「え、あっ……はい……」
近づいてきたお姉さんが、姿勢を低くしてコータと目線を合わせると、少年の頭を優しく撫でた。
それはまるで――
「
――それはまるで、幼い子供を
***
お姉さんと男が仲良く立ち去った後で、コータはコートの日陰に隠していた紙袋――お姉さんに渡す筈だったプレゼントを拾い上げた。
「――は、はは。馬鹿みたいだ」
ピンク色の可愛らしいラッピングがされたギフトボックスを抱えて、少年はコートの隅で蹲る。
「相手にされてないじゃん」
震える声と、知らず知らずの内に込められた力が、包装紙を醜く歪ませる。
「好きだったの。俺だけじゃん」
何を贈ったら喜んでくれるかと、真剣に頭を悩ませてプレゼントを選んでいた過去の自分が、世界中の人間から嘲笑されているような錯覚すら感じた。
「バ、バスケ。俺、本気だったのに。お姉さん、片手間だったじゃん。声、掛けられただけで、気抜いてたじゃん」
少女と過ごした時間の全部が、想いが。勘違いで。間違いに思えてしまって。
「きょ、今日が……さ、最後、だった、のに…………ッ」
そこから先は、もはや声に出来なかった。
呻くような苦悶の声を上げながら、少年は失恋の苦味を噛み潰すのだった。
***
玲子の
対象が自身に抱く偽りのない真心。
玲子はそれを否定する。
「
ただし発動には、
本人の任意ではクリアできない、無意識化での条件がある。
「もっとユウくんの事を、好きになれそうだよ」
それは
U N
TRUE LOVE
―不純愛―
TVアニメ『アンデッドアンラック』 2023年放送予定。
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