71.玲子に悲しき過去……



 ――NTR。


 その定義には様々な見解があれど、基本的には"自分の愛する者が、第三者と性的関係になる状況"を指す言葉である。

 言うまでもなく異常性癖である。


 性癖なんぞ、例えどれほど異常嗜好であろうと掘り起こさなければ、さして害のない毒なのが常である。

 だが、一度覚醒めざめさせてしまえば、確実に人格を蝕んでいく毒でもある。

 それを知っていながら目先の金に目が眩み、FANZAが、DLsiteが、あらゆる同人作家が世界中にNTR作品をばら撒いた。人々は何も知らずに、NTR作品を摂取し続けた……


 毒と言っても、微量なのが性癖の恐ろしい所である。

 例えば一人の若者がNTRを摂取し続けたとして、そいつが友人や親兄弟にNTRを布教した時……世界から健常な性癖を持つ人間が数人消えることになるのだ。

 布教を受けたそいつらが更にNTRを第三者へ布教、あるいは自らコンテンツを産み出し社会に還元していく。こうして世界に異常性癖の毒が伝播していった結果、気がつけばGoogleのサジェストは"N"を入力しただけで『もしかして:NTR』となる地獄が出来上がっていくのだ。

 やがてレイコの様に、大人になる前にNTR性癖を拗らせた世代が生まれる。

 世界がやっとNTRの有毒性に気づいた時には、もう手遅れだった。


 自分の愛する人間が他者に奪われることに性的興奮を覚える異常者達。遠くから片思いしているだけの相手が、知らん奴と交際している姿を見るだけで、勝手に脳を破壊されて鬱勃起するBSS等という亜種まで生まれる始末。いかなる医者にも彼らを治療することは出来なかった。


 その常人には到底理解出来ないマゾヒズムに、ごくごく一般的な性癖を持つ人々は恐怖し、やがて世界は苛烈なNTR排斥へと動きだすのだった。



 ***



『ザザッ……感染者、二名駆除』


「母様ァ~~!! 父様ァ~~っ!!」


 まだ幼いレイコが、政府の銃弾に倒れた両親に泣き縋る。

 NTR性癖を拗らせた患者達を純愛嗜好に治療しようと、隔離区に最期まで残っていた高潔な医者だったのに。





(ね? 玲子さん。この世に絶望など無いのです。慈悲深い救いの手は――)

「シスターァアア~~!!」


 幼くしてNTRに目覚めてしまった子供たちを連れて避難しようとしていたシスターが、無数の子供たちの亡骸と共に倒れ伏している光景に、私は喉が枯れるほどに慟哭する。

 その傍らには血に濡れたロザリオが転がっていた……





「病院がァーー!! 山田くんーー~~!!」


 重度の脳破壊患者達を収容していた病院に、軍人達は滅菌処理と称して火を放った。

 燃え盛る病院の前で、無力な私は絶叫することしか出来なかった。



 こうして、私の故郷は滅亡したのだった……



 ***



 秘められた悲しき過去を思い出捏造していたレイコだったが、ありとあらゆる点に矛盾しか存在しないガバ回想になってしまった。

 というか殆どワンピースのローの回想のパクリである。

 こんにちは、音虎ねとら 玲子れいこです。

 なんか叫んでたけど誰だよシスターって。私に聖職者の知り合いなんて居ない。

 回想って難しいなあ。



「――どうしたの? レイちゃん」

「あ、ううん。何でも無いよ、ユウくん。ごめんね、ボーっとしちゃって」


 心ここにあらずだった私に、隣のユウくんが心配そうな顔を向けてきたので、私はパタパタと手を振って問題ないことをアピールした。


「本当に大丈夫? まだまだ暑いし、熱中症とか……」

「わわっ! い、今は汗かいてるから、あんまり近づかないでっ!」

「えっ? ハハ、別にそんなの気にしなくていいのに」

「わ、私が気にするのっ! ユウくん、デリカシー無いよっ!」


 頬を染めて眉を釣り上げる私に、ユウくんが困ったように笑いながら肩を竦めた。




 さて、そんな感じでユウくんと軽くイチャついた私は、"コートの反対側"でバスケットボールを持って呆然と立ち尽くす少年に微笑みかける。


「それじゃ、私行くね。バイバイ、コータくん・・・・・?」

「え、あっ……はい……」


 そう、ここはラジオ体操が行われている公園のバスケットコート。

 そして、コータくんとの1on1を終えた私を、ユウくんが迎えに来たという状況である。

 おらコータァァァァ!! 恐怖の脳破壊ショー始めんぞぉぉぉぉ!! 


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