56.IN MY DREAM



 夕食時。食器の音だけが響く、気まずい食卓。

 俺――神田かんだ 光一こういちは母親と、珍しく早く帰ってきた父親に向かって切り出した。


「……親父。お袋」

「どうした、光一こういち


 こちらに視線も向けずに返す父親に、俺は僅かな反抗心を飲み込んで続ける。


「こ、今度の連休、家に友達を呼びてぇんだけど……」

「……」


 俺の言葉に、親父がチラリと視線をこちらへ向ける。

 ……苦手な眼だ。

 親子だというのに、感情がまるで読めない父親の瞳に射抜かれて、俺の箸を握る手に力が入ってしまう。


「……私は構わん。連休中も仕事で、日中は会社だからな。母さんはどうだ?」

「光一、お友達はいつ来るのかしら?」

「あー、えっと……連休の初日に呼ぼうと思ってる。昼から夕方ぐらいまで」

「分かったわ。好きになさい」

「……おう」


 別に断られるとは思っていなかった。

 ……もっとも、それは決して好意的な意味ではなく、『お前の事はどうでもいいから好きにしろ』という意味合いが強かったのだが。


「……ごちそうさん」


 とにかく、両親の承諾が取れたことを音虎達に連絡しよう。

 食器を置くと、俺は自分の部屋へと戻ろうとする。


「光一」

「……なんだよ」


 リビングを離れようとした俺の背中に、父親から声がかけられる。


「その友達は、どんな子だ?」

「……はぁ? 別に、普通に学校の友達だよ」

「……そうか。行っていいぞ」

「んだよ、一体……?」


 要領を得ない質問に疑問符を浮かべつつも、特に会話を広げる気の無かった俺は足早に私室へと向かうのだった。



 ***



 後日、連休初日の昼頃。

 インターホンの音に呼ばれて、俺は玄関の扉を開けると、そこには私服姿の音虎達が立っていた。


「こんにちはっ、神田くんっ」

「お、おう。よく来たな」


 音虎の私服姿にドギマギしつつ、俺は友人達を招き入れる。


「光一んってタワマンだったんだなー。初めて知ったよ」

「あー、そういやフユキを呼ぶのも初めてだったか。別に背が高いだけの普通のマンションだろ」

「わ、ユリ、こういう場所に入るの初めてかも……」

「ごめん、神田くん。手を洗いたいんだけど、洗面所って何処かな?」

「あっ! ねえねえ、神田くんっ! この写真ってひょっとして入学式の時の?」

「あーうっせえうっせえ! 遊園地来てるんじゃねえんだぞっ」


 ワイワイと賑やかな友人達に苦笑を浮かべていると、来客を察してお袋が顔を出してきた。


「いらっしゃい、光一のお友達よね?」

「あっ、どうも! 光一のお母さんですよね? 俺、来島です」

「立花です」

「は、初めまして。白瀬と言います」

「音虎です。お邪魔してます。……あ、それと――」


 挨拶もそこそこに、音虎が紙袋をお袋へと手渡す。


「これ、よろしかったら。焼き菓子なんですけど……」

「まあ……そんな気を遣わなくていいのに。ありがとうね、音虎さん」

「いえいえ、神田くんには普段から良くしてもらってますから」

「おめーは俺の何なんだよ……」

「ん~……お世話係?」

「俺は園児かっ!」


 俺と音虎がそんな口喧嘩とも言えないじゃれ合いをしていると、ふと視界の端にお袋の様子が見えた。


(……お袋、なんか機嫌良いな)


 元々あまり感情が表に出ない人だったが、これでも一応は親子だ。

 一見、無表情に見えるが、それでも上機嫌なのは何となく分かった。


「みんな、お昼まだでしょう? 作ってあるから、良ければ食べていきなさい」

「ちょ、お袋っ。聞いてねえぞ――」

「うおっ、マジっすか!」

「ありがとうございます。ご馳走になりますね」


 お袋の勝手なもてなしに、俺は思わず食ってかかろうとしたが、フユキと立花の声がそれを掻き消す。


「あっ、レイコも何かお手伝いさせてください」

「わ、ユリもっ」

「それじゃあ、食器を並べてくれるかしら。そこの棚に取皿とグラスが入っているから」

「わぁ~、キッチン広いっ! 綺麗っ!」


 音虎と白瀬が、お袋に続いてキッチンへと消えていく。

 ……こうなってしまったら、俺一人だけが文句を言っても空気が読めない男になってしまう。

 深い溜息を一つ吐くと、俺は男連中でテーブルのセッティングを始めるのだった。



 ***



「……音虎さん」

「はい? なんでしょうか?」


 キッチンで料理を盛り付けていた神田の母親が、玲子に声をかける。


「……光一は、学校でどんな様子かしら」

「え? 様子、ですか?」

「……あの子、見ての通り少し変わっている子だから。学校で浮いていないか心配だったの」


 神田の母親の、あまりにも直球な物言いに、玲子は思わず苦笑してしまう。


「神田くんは凄く良い子ですよ? 確かに、ちょっと誤解されやすい所はあるかもしれないですけど……優しくて、素敵な男の子だと思います」

「……でも、中学生になってから、あの子少し気難しくなっちゃって。貴方や皆に迷惑をかけていないかしら?」


 神田の母のそんな言葉に、玲子は柔らかく微笑む。


「そんなこと無いですよ。ユウくんもフユキくんもユリちゃんも――勿論、私も。ちょっぴり捻くれてるけど、優しくて素敵な神田くんと友達になれて、本当に嬉しいと思っていますよ」

「…………そう」


 光一が家に友達を呼ぶなんて何年ぶりだったろうか。

 ここ最近の息子の様子から、少し素行に問題のある子を連れてくるのじゃないかと、懸念していた神田の母だったが、その予想は良い意味で裏切られていた。

 こんな心清い子が友達になってくれているなら、息子はきっと大丈夫だろう。


「……ごめんなさい。後は任せてもいいかしら」

「え? は、はい」

「空いたお皿は流しに置いてくれればいいから。何か有れば部屋にいるから声をかけてちょうだい」


 神田の母は玲子にそう声をかけると、足早にキッチンから立ち去ろうとする。

 "優しくて、素敵な男の子"

 息子をそんな風に褒めてくれる友達が居ることに、不甲斐ないが神田の母は泣いてしまいそうになっていたのだ。

 文字通り、親子ほど年が離れた子供に涙を見せるのは、息子のためにも避けたかった。


「――あの、すいません。一つだけ」

「……何かしら」


 振り返らずに声だけで返事をするという、礼を逸した態度を取ってしまったが、玲子は気にせずに続けた。


「……お夕飯の時とかでいいですから、神田くんに今日のことを聞いてあげてください」

「今日のこと?」

「はい。友達私達の事とか、お昼は何が美味しかったかとか、何でもいいんです。……きっと、神田くんは話したがっていますから」

「…………分かったわ」


 それだけ返事をして、神田の母は私室へと戻った。


 夫婦揃って親失格だという自覚は有った。

 ここ数年で素行が荒れ始めた息子に対して、情けないことにどう接すればいいか、分からなかったのだ。

 そもそも息子が反抗期を迎えた理由が分からない・・・・・のだ。

 結果、夫も自分も息子に対して過干渉をしないようになってしまった。それが、どれほど愚かな行いだったことか。


「……息子の友達に気付かされるなんて、ね」


 例え態度で示せなくとも、愛する心は伝わっている筈――等という度し難い怠慢を許容してしまっていた。言葉にしない愛情なんて、子供に伝わる筈が無いというのに。

 積み上げてしまった負債は、少しずつでも返していこう。取り返しがつかなくなる前に気付けたのだから。

 神田の母はそう決心すると、夫へとメッセージを送る。今日は家族揃って夕食を取ろうと。


 返信はすぐに返ってきた。その内容については語るまでも無いだろう。

 夫もまた、彼なりに息子のことを愛しているのだから。



 ***



 とまあ、神田一家の内情はこんな感じである。

 おっす、オラ音虎ねとら 玲子れいこ。いっちょやってみっか。

 神田母の手料理をテーブルに並べながら、私はドラゴンボールのあらすじ風に状況を分析する。


 まあ蓋を開けてみれば、神田くんは本人が思っているほど両親に愛されていない訳では無かったという事だ。

 ただ、神田夫妻は愛情表現が得意ではないのか、それが息子に上手く伝わっていないのである。

 要するにブレンパワードのジョナサンとアノーア艦長みたいな感じである。クリスマスプレゼントだろ! ってな。


 最初は神田くんとご両親との関係を徹底的にぶち壊して、私が神田くんのバロンになって依存させようかとも考えたが、私はどちらかと言えばバロンズゥよりもネリー・ブレンに近い光の存在だ。そんな非道な事は出来ないということで、神田くんとご両親の仲を取り持って恩を売りつける事にした。まあ、単純に今後も間男を増やしていくことを考えると、神田くん一人の管理にコストを掛けられないという面もあるような気はする。

 まあ、多少無理をすれば神田くんのバロンになるルートも出来なくは無いのだが、どんな事にも多少の"遊び"は必要である。余裕を持って優雅たれという奴だ。

 全てを徹底的に厳選・管理してチャートを進めるのも楽しいかもしれないが、張り詰めているだけでは、いずれ限界を迎えるのは必然。多少のアドリブを楽しんでこそのNTRというものである。

 私は初回プレイは攻略情報を仕入れずに旅パを組むタイプなのだ。


 後々の対戦のことを考えれば非効率的かもしれないが、予備知識の無い中を手探りで育んだポケモン達との絆はプライスレスである。思い入れの深さが違うのだよ。

 最初の3匹はどうすっかな。ホゲータも中々可愛げのある顔をしているが、やはりここは王道で一番人気のニャオハにするか。だがクワッスも捨てがたい……


 とりあえずイーブイの席は開けておかないとな。私はポケモンに例えるならイーブイ的なところが有るし、親近感が半端ない。寝取られる相手によって無限の分岐進化を持つ私に相応しいポケモンよ。

 後はピカチュウも内定だな。やはり王道は外せない。残りはまあシナリオを進めながら臨機応変に組んでいくか。育成に囚われない旅パならではの楽しみ方よ。

 そもそも、本体はスカーレットとバイオレットのどちらを選ぶべきか。

 ダウンロード販売が一般的になったおかげで、発売日直前までバージョンを悩むことが出来るのは痛し痒しである。



「――レイちゃん? ぼーっとしてどうしたの?」

「……ん、ああ、ごめんごめん。少し考え事しちゃってた。それよりも、神田くんのお母さんのご飯美味しそうっ! 早く食べよっ。神田くん、ご飯よそってあげるね?」

「じ、自分で出来るってのっ」



 私は無理やり神田くんのお茶碗を強奪すると、旅パ編成の事を考えながら、白米を盛り付ける。

 私はポケモンの事で頭がいっぱいだった。


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