第42話……マーダ連邦の定義

 クリシュナから見える惑星アーバレストは小さくなっていき、次第に見えなくなるほどの距離を航行する。

 やがてクリシュナはユーストフ星系外縁部に到達した。

 窓の外には、小さなガス雲や小さな小惑星が見える。



「ご領主様、ここまで逃げればまずは一安心です」


 私が安堵してそう言うと、



「カーヴ、私は治める領地を失ったのよ! これからはセーラと呼んで!」


「……はぁ、わかりました」


 フランツさんがいたら怒られるかもしれないが、今や彼はここにはいない。

 セーラさんは領地から離れて意気消沈したかと思いきや、意外にもそうではなさそうだった。



「あんな惑星は、欲しい人にくれてあげたらいいのよ。私だって好きで統治していたわけではないの……」


 しかし、そう言い窓を眺める彼女は強気だが、少し寂しそうにも見える。



「でもね、カーヴ。マーダだけは必ず倒すのよ! 我々人類の未来が懸かっているのだから!」


「はい!」


 流石は統治者としての、又は貴族としての自覚だろうか。

 領地を追われても、マーダを倒す気概があるところは流石であった。



「……では、これから何をしますか?」


「そうね、まずはマーダ連邦を、外交的に切り崩していきましょう!」


「切り崩す!?」


 私は不思議に思った。

 マーダは完全な敵対生命体。

 交渉の余地などない。

 外交的に切り崩せるわけがないと思っていたのだ……。



「カーヴ、貴方は誤解しているわ。マーダ連邦とマーダ星人は正確には違うのよ!」


「……へ?」


 全然彼女の言うことが理解できない。



「マーダ星人は敵対生命体だけど、マーダ連邦とは人類以外の勢力すべてを指す言葉なのよ!」


「そうなんですね!」


 今まで知らなかったのは、軍師として恥ずかしいが、誰も教えてくれないことには分かりようがない。



「フランツも皆もマーダ連邦全体を敵視しているけどね、私は味方になってくれる異星人もいると思うのよ」


「人類の味方ですか?」


 私がそう聞くと、彼女は持ち前の小悪魔のような笑顔を見せる。



「違うわ、我がライス家の味方よ! これから我がライス家は人類の王家を越えてみせるわよ!」


「はっ!」


 この話を聞いていたブルーも、黙って微笑む。


 ……それもいいじゃないか。

 いっそのこと皆で、セーラさんを人類の王にしてみせようじゃないか。


 クリシュナはユーストフ星系外縁から、ワープ航法を断続的に行使。

 とりあえずは補給と整備の為、ウーサがいる惑星アルファを目指した。




☆★☆★☆


 惑星アルファに到達すると、セーラさんとブルーをクリシュナに待たせ、私は一人でウーサのなんでも屋を尋ねた。



「ウーサ、いるか?」


「イラッシャイマセ!」


 外見が武骨で機能美過ぎるウーサが、機械音声で返事をする。

 全くもって色気のないメカメカしい外見だが、私はこの外見を気に入っていた。



「ウーサの為にこれを集めて来たんだ!」


 私は以前、宝石のような岩石があふれる惑星で、採取してきた奇麗な石をウーサに手渡した。



「……ア、有難ウゴザイマス!」


 ウーサは機械油の滲む銀色の手でそれを受け取り、店の棚に丁寧に飾った。



「奇麗デスネ、私ト全然違ウ……」


「ウーサも奇麗だよ!」


 人間から見ればおかしく思う光景だろうが、バイオロイドの私にとって、機能美に溢れた機械体であるウーサは美しく映った。



「ゴ注文ハナニニシマスカ?」


「とりあえずは、煙草と酒を二杯くれ」


「畏マリマシタ!」


 受け取ったお酒のグラスをウーサに渡す。



「今日は、一緒に飲んでくれないかな?」


「畏マリマシタ!」


 ……いつか畏まらないで飲んで欲しいな。

 その日、私は久々に楽しさに疲れを忘れた……。




☆★☆★☆


――翌朝。


 クリシュナは補給と整備を済ませ、私たちはクリシュナにある会議室に集まった。


 メンバーはセーラさんと私、さらにはブルーとポコリンだった。

 上座にすわるセーラさんの背後には、近隣の星系図が大型モニターに映し出されていた。



「まずはこの星に行ってみたいわ! できれば、この惑星を味方につけたいの!」


 セーラさんがモニターを指さす。


 行ってみたいから行くのはどうかと思うが、そこはサンドマンという異星人が棲む惑星と記されていた。

 ちなみにサンドマンがどのような生命体かは不明。

 惑星の状況も不明という、いい加減な情報しかなかった。

 それだけこの世界の人類は、他の生命体に対して興味が無かったということだった。



「カーヴ、どう思う?」


「どの惑星でもお供しますよ。但し、3か月の間だけですよ!」


「うん!」


 そう言うと、屈託のない笑顔を浮かべるセーラさん。

 今までの生活がよほど窮屈だったのだろう。

 未開の惑星に、嬉々としてピクニックでも行くかのような雰囲気であった。



 ……但し、アーバレストの守備隊のことも考えると、そうそう遊び気分で行けることでもない。


 サンドマン相手に、私は軍師としての良い外交交渉が出来るだろうか?

 というか、話は通じる相手なのだろうか?


 全くもって、全然情報がないのだ。

 さらには己の外交能力に自信がない。

 何故ならば、私は戦闘の為だけに作られたバイオロイドなのだ。



 ……様々な不安の中、クリシュナは航路をサンドマンがいる惑星へと向けた。

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