今度はキミを絶対守る。たとえ女になったとしても
ほしな
第0話
「――ううっ、ひっ、ぐすっ」
記憶の中にある彼女は泣いてばかりだ。
いつも些細なことで涙を流し、手の甲で目を拭っていた。
だから、真っ赤に腫らした目が印象的だったことを覚えている。
「ほら、大丈夫だ。兄ちゃんがついているからな」
俺はそんな彼女を見るたび、手を取って、目線を合わせながらそう言っていた。
「詩亜が泣いている時は、何時だって何処だって駆け付けるから」
子供ながらの大言壮語。叶うはずのない夢物語。
それでも彼女は、こう言うとどんなに大泣きしていても泣き止んで俺の瞳を見つめた。
「……本当?」
「ああ、本当だ」
出来るわけがないけれど、当時の俺は本気でそう思っていたんだ。
「じゃあ、指切りね」
彼女は白くて細い小指を出す。俺の無骨な指が、その指と絡まる。
「指切りげんまん、嘘ついたら――」
そこで彼女の言葉は止まる。言い淀んでいるようだ。先の言葉を忘れてしまったのだろうかと思い、教えてやる。
「うん、そうなんだけど――」
彼女は目線をきょろきょろと動かして、泣き止んだばかりだというのにまた瞳に涙を浮かべている。
「針を千本も飲ませちゃうなんて、可愛そうだよぉ……」
今にも泣きだしそうな声でそう言った。
俺はそんな彼女の様子が可笑しくて、つい笑ってしまう。そうすると彼女はまた泣いてしまった。
「ううっ、ぐすっ、笑わないでよぉ……うぅぅ」
「ごめんごめん」
俺は、彼女の頭を優しく撫でて抱きしめる。
「大丈夫だよ、詩亜。俺は絶対に約束を守るから。安心して」
俺たちは何度もそんなやり取りを繰り返してきた。
彼女はいつも途中で泣いてしまって、指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ます。と最後まで言い切ったことは無かった。
今思うと、最後まで言い切らなかったからこんな結果になってしまったのだろうか。
今更悔やんでも、仕方のないことではあるのだけれど。
どんな理由があったとしても、彼女が泣いている時に俺が駆けつけることが出来なかったのは、本当なのだから。
女性は往々にして白馬の王子様を夢見るという。
同時に、男性も無垢なお姫様を望んでいるのだ。
それこそ、白馬に乗っていいと思えるくらいに。
惚れた女の為なら、男は何でも出来てしまえる。
俺はそうだと信じて彼女を守る為に駆け付けた。
「ごきげんよう、仙台さん。あら、タイが曲がっていましてよ」
「ごきげんよう。本当ですわ。ありがとうございます」
――どうしてこうなったんだ。
俺の周りでは、女子学生がキャッキャウフフと色めき立っている。
ここは都内に立つ私立トリシュ女学院。
この国が誇る随一のお嬢様学校であり、生徒は勿論の事、教師や警備員のような職員まで女性しかいない。
幼稚舎から大学までの一貫教育をここで受ければ、絶滅危惧種のような温室育ち、純粋培養の箱入りお嬢様が出来上がるだろう。
まさに男子禁制、乙女の花園。本来なら俺が決して立ち入ることは出来ない領域。
「――あ、あの。どうかしましたか?」
俺が頭を抱えて天を見上げていると、隣の席に座る少女が優しく声を掛けてくる。
「あら、ごめんなさい。ちょっと疲れていて。その……久しぶりの日本の学校でしたから」
俺の口から、俺が絶対に言わないような声が出る。
声の高さもそうだが、なんだ、この女性のような口調は。まさか俺がこんな口調で話す時が来るとは。
「分かります。実は私も久しぶりの学校で、ちょっと疲れているんです」
――ああ、知っている。通学は三年振りだろう? 周りの目とか、気になるよな。
でもそんなことは口には出せない。俺は彼女の同級生として努めて自然な返答をする。
「春休みは課題も出ませんから、気が抜けてしまいますよね」
「ええ。ついついだらけてしまいます」
大きな丸いたれ目の瞳と、肩甲骨辺りまで伸ばした桜色の髪が特徴的な彼女の名前は六原詩亜(ろくはらしあ)。六原財閥の一人娘にして、俺の幼馴染だ。
けれど、彼女は俺の事を幼馴染の瀬峰灯夜(せみねとうや)だとは思っていないだろう。
ただの同級生、瀬峰灯璃(せみねあかり)だと思っているはずだ。そう思ってないと困る。
詩亜は中等部の三年間、学校に通っていない。理由は謎だ。
その理由を知るために、俺は体を女にしてまでこの女学校に潜入した。
今度こそは、キミを守るために。
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