未来の王太子夫妻の恋 8
「おじーさまは、泣いたら負けだっておっしゃったわ。」
「………確かに、いじめられて泣いたら負けだ。」
頭の回転の早いレイナードは、彼女の言葉だけである程度の深い事情をいとも簡単に理解した。
「私は、今負けているわ。それに、泣かないっていうおじーさまとのお約束を、破ってしまっているわ。」
キャサリンはぎゅっとくちびるを噛み締めた。彼女にとって、大好きな祖父とのお約束は絶対だったのだ。そもそも人間として、お約束というものは必ず守り抜くというのがキャサリンの考えだから、誰との約束でもこのくらい苦しむのかもしれない。
「………君のお祖父様は、嬉し泣きも禁止だって言ったのかい?」
「え?」
「君の今の涙は、普通の涙じゃないんでしょう?」
キャサリンは彼がなんと言っているのか意味がわからないかった。まるで、知らない異国の言葉を聞いているかのようだ。
「だったら、泣き止んで?僕は君が泣いているのを見ると、どうにかなりそうなんだ。」
彼の優しい声が、表情が、キャサリンの頑なな心の枷をゆっくりと溶かしていく。心地がいいと思うと同時に、キャサリンは本能的な恐怖を覚えた。
自分が変わってしまうのではないか、と。
「君はどうあろうとも君だ。だから、一緒に僕と未来を紡いでくれないかな?輝かしいこの国を。」
「っ、」
彼はやっぱり意地悪で策士だと、キャサリンは不覚にも告白中に思ってしまった。けれど、それがなんとも嬉しかった。だって、これが素顔という名の完璧な猫を被っているように感じた彼の、本当の素顔のように感じたから。
「返事は?」
「はい、はい。私の策略に乗ってくださいませ!!」
キャサリンの輝かんばかりの涙を湛えた笑顔に、レイナードはボフン!!と顔を赤く染め上げた。
「か、可愛い!!」
「おいっ!」
「うふふふふっ、」
さっきまでの泣き顔はどこに行ったのやら、キャサリンは楽しげに笑っている。レイナードはとんでもない未来の婚約者を持ったものだと、不覚にも溜め息を吐きかけた。
けれど、彼には彼女の策略に乗るつもりはない。何故なら、彼には彼女とは別の策略を持っていたからだ。
そう、兄を傀儡にして裏の国王となることだ。そうすれば、自由も効くし重責に潰されることもない。レイナードの幼い頃からの目標だ。
▫︎◇▫︎
パチリと目を覚ました
「んん………、レイ………。すき………。」
「可愛い寝言になんか絆されて………、………ほ、絆されてやる。」
レイナードの膝で寝ている婚約者は、びっくりするくらいに美しい。女神みたいに綺麗で優しい、自慢の婚約者だ。ちょっと前に隣国の王太子が彼女のことを欲しがってそれに怒ったレイナードが隣国の王太子をぶちのめしたことは記憶に新しい。彼女はそのくらいに手の遠い存在なのだ。
「僕の大切な姫。絶対にどこにも行かないでね。」
キャサリンの銀髪をするりと撫でたレイナードは、額に優しくキスを落とした。
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