未来の王太子夫妻の恋 6
▫︎◇▫︎
キャサリンはにこっと微笑みを浮かべて、彼のお返事を待った。キャサリンは母親の言いつけをちゃんと守った。『先手必勝』、『狙い撃ち』、キャサリンにとって、今の行動は完璧だった。
「お前は兄貴の婚約者で………、」
「関係ある?私は彼を陥れようとしているのに。」
「はあ?」
キャサリンは噴水のヘリに腰掛けて、足をぶんぶんと上下に降った。ストッキングが破れているのが目立つが、キャサリンは今が楽しくて仕方なくて、装いなんて全くもって気にならなかった。
「私ね、あなたのことが好きみたいなの。」
「はあ!?」
レイナードから今日1番の大きな悲鳴というか、絶叫がが上がった。キャサリンはそれすらも彼が愛おしく見えるようになってしまっていた。
「だからね、だめ?」
「うっ、僕から告白しようと思ってたのに………。」
「ふぇ?」
「僕は君が好きだ!!」
「!!」
キャサリンは目を丸くした。驚愕の言葉と真っ赤な彼のお顔、そして涙に潤んだ瞳に、彼の言葉が心からの言葉だとヒシヒシと伝わってくる。
泣きたくなってきてしまう。
キャサリンは生まれてこの方、物心がついた頃から、1度も泣いたことがない。痛いことがあっても、辛いことがあっても、苦しいことがあっても、悲しいことがあっても、“筆頭公爵家の娘”という肩書きが、キャサリンが泣くことを許さなかった。キャサリンを溺愛している両親は、じいぃっと辛いことを耐え抜くキャサリンに、泣いてもいい、逃げてもいいと言い聞かせてきた。けれど、彼女は言うことを聞かなかった。ずっとずっといい子でい続けた。
だって、泣くというのは敗北を意味するから。
キャサリンはずっと1番でなくてはならない。だって、王家を除けばキャサリンよりも上の立場の人間なんていないのだから。負けることは許されない。だってキャサリンは“筆頭公爵家の娘”なのだから。
我慢の甲斐なく、キャサリンの若葉のような色彩の美しい瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。
「っ、きゃ、キャサリン!?」
「え、あ、ちがっ、」
必死に泥だらけのお洋服で拭っても、涙は決して消えてくれない。
キャサリンはレイナードと共に、途方に暮れてしまった。
「………は、ハンカチやるからとりあえず泣き止め。」
「ひぅ、」
真っ白な清潔で美しいハンカチをレイナードから受け取ったキャサリンは、必死なって泣き止もうとしていた。
そして、レイナードは存外公爵令嬢としての体面を保とうとしているキャサリンに呆れていた。こんなに泥だらけのぼろぼろなのにも関わらず、なぜそんなにも泣くことだけを許していないのか不可思議に思ってしまった。
「………しっかりしなくちゃ。おじーさまとのおやくそくをまもらなくちゃ。」
僅かしゃくり上げる声から漏れ出る幼い言葉に、レイナードはますます首を傾げてしまう。何故約束を守ることと泣かないことが繋がるのだろうかと。
「キャサリン、僕はね、人間はなくたびに強くなっていく生き物だって思うんだ。」
「………なくたびに、つよくなる………?」
「そう、泣くという行為は、それだけ感情を動かされることに直面したってことでしょう?なら、それを糧にすれば、もっともっと僕たち人間は強くなれるんじゃないかな?」
「………………」
キャサリンは必死になって考え込んだ。ずっとずっと自分の中にあった価値観を否定されて、悩んでいた。
(お祖父さまー、私はどうしたらいいの………?)
遠い日の祖父に、キャサリンは思いを馳せた。
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