第8話
▫︎◇▫︎
『コレット伯爵家が当主が娘、メアリー・コレットと申します。』
年齢にそぐわぬ完成された笑みを浮かべた、当時5歳のメアリーは典型的な自己紹介をした。
『ギルバート・クラヂッチュだ。』
年齢にそぐわぬメアリーに対して、当時のギルバートは不機嫌そうな年齢相応の挨拶をした。
『? ギルバート・クラディッシュではないの?』
『は?ぼくはちゃんと“ギルバート・クラ、ディ、ッシュ”と言ったぞ?』
『うまく言えていないわ。』
メアリーは、彼の両親の自己紹介の名字と名前が異なる自己紹介をしたギルバートに疑問を覚え、質問をしたが、うまく自分の名前を言えないギルバートからしたら、自分よりも上手に自分の名前を言うことのできる同世代の自分よりも小さな女の子のことが大変気に入らなかったようだった。
『うっさい、ブス!!』
『はぁ!?お顔が悪いというのはこちらの
『ふん!!きらいなら、きらいでけっこーだ!!』
『むぅー、あなたはもっとまともに話せないの?聞き取りにくいったらありゃしないわ!!』
『はあ!?わかりにくいこと言ってんのはお前だろう!?』
『あら、このくらいの会話にもついて来られないの?お勉強をし直すべきね!!』
両親が見ている前で見事に盛大な自己紹介という名の罵倒の嵐ということをやらかしたメアリーとギルバートは、この後ぞれぞれの両親からこっぴどいお叱りを受けることとなった。
▫︎◇▫︎
『ほら、ちゃんと謝りなさい!アリー!!』
『イヤよ!!ぐすっ、だって私悪くないもん!!悪いのはギルバート・クラディッシュ様だもん!!うわあああぁぁぁぁぁん!!』
メアリーの母親の怒鳴り声と、メアリーの泣きじゃくる声が、豪奢な調度品をあつらえた防音バッチリの商談室に響き渡った。
『メアリーちゃんの言う通りですよ、コレット夫人、うちの愚息が本当に申し訳ございませんわ。こんなに愛らしいしっかりとしたお嬢様を前にしてブスだなんて……。ごめんなさいね、メアリーちゃん。』
『うううぅぅぅぅ、ひっく、クラディッシュ夫人は悪くありませんっ、悪いのはギルバート・クラディッシュ様です!!』
ビシッと人差し指を刺して涙目で睨みを効かせながら言うメアリーは、母親に頬を打たれて不貞腐れながら泣き叫んでいるギルバートへと怒りを向けた。
(…私はお兄様と違ってお母様に怒られたことなんてなかったのに……。私はずっとずっと良い子だったのに……。あいつのせいだ。ギルバート・クラディッシュのせいだ。全部全部あいつのせいだ。お口が悪いあいつのせいだ。私は何にも悪くないもん!!)
『クラディッシュ夫人!!メアリーを甘やかさないでください!悪いことをしたのはメアリーも同じなのですから、メアリーには謝らせなければなりません!!』
『ですが……、やっぱり悪いのはギルだけですわ、メアリーちゃんには謝ってもらう必要はありません!!』
気の強いメアリーの母親と、気が弱く朗らかなギルバートの母親は同級生だったが、お互いにこの時までは壁を作っていた。だが、今この時子供の教育方針という形でぶつかり、初めてお互いを曝け出すこととなった。
『うぅ、クソババ、クソババ!!』
パーン!!!!
母親のことを“クソババ”と言ったギルバートをまんまるの目で見た次の瞬間、メアリーはギルバートの頬を強く張った。
『アリー!!』
メアリーは母親に名前を呼ばれて掴まれながらも、怒りの形相を深くした。
『お母君の事を“クソババ”とはなにごとですか!?クラディッシュ夫人に謝りなさい!!』
『ふ、ふ、ふわああああぁぁぁぁぁぁん!!』
『謝りなさい!!泣かずにちゃんと謝りなさい!!』
メアリーのぽろぽろと涙を流しながら叫ぶ声は震えていた。
ギルバートの母親は唖然とし、呆然と立ち尽くしていたがやがてギルバートに鋭い視線をよこした。
『ギルバート。謝りなさい。メアリーちゃんの言う通りに、私とメアリーちゃんに謝りなさい。』
『ーーーーうわああああああぁぁぁぁぁぁんんんん!!!!』
夫人から飛び出した子供の泣き声をも圧倒する叫び声に、普段の穏和な夫人を知っているメアリーの母親はびっくりして、メアリーを掴まえていた手をパッと離してしまった。
『おかあ、さま?』
唐突に戒めが外れてふらりとこけてしまったメアリーは、呆然と母親を見上げて、今までに見たことのない表情をした母親をじっと観察した。
『………。』
そして、メアリーは何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がって、ギルバートの後ろに回って背中をゆっくりとさすった。
『……ぐす、ね?ちゃんと謝ろう?ぐす、』
『ひっく、ひっく、やだ。』
『ぐす、やだではありません。謝りなさい。ぐす、」
お互いに泣きじゃくっている2人の子供は押し問答を始めたが、最終的に折れたのはギルバートの方だった。
『ごめんなさい、ははうえ。』
『良いですよ、ギル。』
ギルバートの母親はそよ風のように優しく微笑んだ。万人を安心させる笑顔とはこのことだろうと言えるほど、爽やかで優しい笑みだった。
『メアリーも、ごめんなさい……。』
『私の方こそごめんなさい、ギルバート様』
『………うん。』
こうしてメアリーとギルバートは無事仲直りに成功したが、これから先ギルバートの口の悪さが治ることが一向になく、それどころか自分よりもしっかりとしたメアリーに嫉妬を抱き、競争心を持ってしまったのは別のお話であり、その後、初めての恋心に気がつくも、正直になれない2人のもどかしくて焦ったい恋愛頭脳戦に陥ってしまったのもこれまた別のお話である。
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