第6話
「……ギル様に手を出そうとするのならば、私は容赦しませんよ?」
(ギル様が望むのであれば別だけれど………。)
メアリーが普段のギルバートと似たような凍え切った声を上げた。
「……ねぇアリー、結婚したらお願いしようと思ってたことなんだけどさ、今叶えてくれない?」
「何をですか?」
「私のことを呼び捨てにしてくれない?」
「ふぇ!?」
ギルバートは甘い微笑みを浮かべて言った。カロリーナの言葉は無視する気らしい。
「ねぇ、アリー駄目かな?」
「あぅ……。」
メアリーの顔にどんどん熱が集まっていき、茹でだこのように真っ赤になった。
(ぎ、ギル様のお、お名前を私なんかが呼び捨てにするなんて、お、恐れ多いわ。)
「アリー、私は他の誰でもない
「………ぎ………る……………。」
メアリーはぎゅぅっとギルバートに抱きついて、真珠のようにキラキラした涙を溜めた目を隠して真っ赤な耳だけをギルバートに晒した状態で震える声でギルバートの名を読んだ。
「……もう一回言って欲しいな。」
「…ぎ、る。」
「……今
「?」
メアリーはギルバートの世界一安心できる腕の中で小さな首を傾げた。
「ねぇ、アリー、私は君にそれだけ心を許してもらっていると思うと嬉しいんだけれど、私にふにふにががっつり当たって大変なことになってるよ?」
ギルバートは心底嬉しそうに言った。
「………。」
「ねぇ?」
「…………ふ、」
「ふ?」
「ふ、ふぎゃぁぁぁぁぁーーー!!」
メアリーの恥ずかしさいっぱいな悲鳴が、会場内にこだました。
「ははは、アリー可愛い。」
チュッというリップ音と共に、あまりの事態に悲鳴を上げながら脳が思考停止してしまい動けなくなったメアリーの額に、ギルバートからのキスが次々と落とされた。キスと同時にあやすように髪と腰を撫でられたメアリーはへにゃりと身体の力が抜けてしまい、ずるずると床に崩れ落ちてしまいそうになった。
「おっと、危ないよ、アリー。」
床に来る寸前のところで、メアリーは公衆の眼前でお姫様抱っこという、キスよりももっと恥ずかしい?ことをされる羽目になってしまった。
「……ぎる、おねがいですから、もうかんべんしてください。」
ギルバートはつっかえずに名前を呼ばれたことが嬉しかったのか、顔に満開の笑顔を咲かせた。
「あぁ!!アリー、私は今君にはっきりと名前を呼んでもらえたことで、今この瞬間に死んでしまっても悔いが残らないくらいに、とても嬉しいよ……!!」
「あ、あの、だから、お、おろしてくだしゃい!!」
お姫様抱っこのままギルバートの感激によって、くるくると振り回されたメアリーは噛みながらも、ギルバートに懇願した。
「うんー、でもアリー、今一人で立てないだろう?」
「うぐっ!!」
「なら、大人しくしていようかー。」
「うぅー、………ひゃい。」
「可愛い……。
良い子だね、アリー。」
メアリーはこの後、羞恥に震えながら断罪に参加しなくてはならないと思うと、気がスゥッと遠くなってしまい、思わず遠い目をしてしまった。
「アリー、何考えてるの?」
案の定、メアリーの邪念はギルバートに気づかれ、メアリーはまたギルバートによって額にキスをされるという羞恥に遭うこととなった。
「……さっさとおわらせてかえろう、ぎる。」
「ふぅー、仰せのままに、我が愛しの姫君。」
メアリーの懇願にギルバートは頷いた。
「さてガイセル殿、次が3つ目にして最後の重罪です。
それは…………。」
「ぎる、もったいぶらずにはやくして。」
未だに羞恥から抜け出せずに、舌ったらずになってしまっているメアリーが不機嫌そうに言った。
早くこの場から逃げ去りたくて仕方がないようだ。
「我が愛しの婚約者を女狐扱いしたことだ!!」
「違うでしょう?」
「良いじゃないか、アリー。」
「ダメ。」
だいぶ呂律が回るようになったメアリーがギルバートの唇に人差し指を押しつけて「めっ」と言った。
この時、『「めっ」てするコレット嬢が可愛い』とこの会場にいる人間のほとんどが思ったことはまた別のお話である。
「はぁー、分かったよ。3つ目の罪はあんたが色々とサボったことだよ。」
「ギル、それでは雑すぎますよ?」
ギルバートはメアリーの言葉に面倒臭そうに頭をガリガリと掻いた。メアリーをお姫様抱っこしたままするとは、本当に器用な男だ。
「ああああぁぁぁぁ、面倒くさい!!」
「ギル。」
「分かった、分かったよ、分かったから凄まないでくれ、アリー。」
「ん、」
にっこり笑いながら凄んで見せたメアリーは流石幼馴染というべきか、扱いが天災の如く難しいギルバートのことを最も簡単に制御して見せた。
この際、普段ギルバートの暴走を顔面から思いっきり喰らっている国王は、女神を目にしたかのように息を呑んでいたらしい。否、もしかしたら、メアリーはこの可哀想な国王にとっては、救世主のような女神様だったのかもしれない。
「あぁ、神よ……。」
王妃が祈りをあげる国王から一歩離れた。
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