第4話

(品がなくてうるさい悲鳴ね。もっと可愛らしく上げられないものなのかしら?)


「………下品極まりないな。」

「あら、それ、本人の前で言っちゃいます?」

「本当のことを言って何が悪いんだ?」

「ふふふ、そうですわね。流石ギル様ですわ。」


 ギルバートにしだれかかりながら、上目遣いにギルバートを見やったメアリーは苦笑した。

 ギルバートは妖艶な美しい顔立ちとは裏腹に、口があまり良くない。よく言えば、相手に分かりやすくストレートにものを言う。悪く言えば、貴族として必要な過激な言葉をオブラートに包みこむことができない、ということだ。


「……ギル様はずっとそのままでいらしてください。」

「……そうなってしまったら、社交はアリーに任せきりになってしまうよ?」

「ふふふ、そうなっても構いませんよ?私にとっては、ギル様に頼られている気がして、任されるというのはとても嬉しいですからね。」

「そうか……。」

「そうです!……ですが、私はお片付けが苦手ですから、それについてはご協力をお願いしたいですわ。」


 メアリーは眉を八の字にしてしょぼんとした声音で言った。


「私は君が望むことならば、それが例え世界滅亡であろうとも私は叶えるよ。」

「まぁ!!……ごほん、う、嬉しいですけれど、ちゃんと私を止めてくださる方が、私は安心できますわ、ギル様。」

「そうか、それは残念だ。」


 ギルバートの言葉には真摯な気持ちが溢れていた。


「で?ギルバート、それが俺になんの関係があると言うのだ。」

「いや、ここまでヒント貰っていまだに分からないんですか!?アホだとは思ってましたけど、これはもうアホを通り越して馬鹿ですね。ははは、こんなのが次期国王候補だったなんて笑うだけじゃ済まされないな。」


(本当に、救いようがないな、と聞こえたのは気のせいでしょうか……?)


 ガイセルの苛立った言葉に、ギルバートは目を丸くして呆れた。毒舌がビシバシ発揮されているが、真の彼の毒舌を知っているメアリーは、まだまだこれからが本番だと知っていた。初めてギルバートのきつい罵詈雑言を浴びたガイセルに、心の中で憐憫の情が湧いていたのは彼女だけの秘密だ。


「アリー、お馬鹿さんに教えておやり。」

「分かりましたわ、ギル様。

 ガイセル様、私とギル様が言いたいことは何も難しくありませんのよ。それどころか、とっても簡単なことですよ?」


 だが、メアリーはそんな情を完璧に隠して、愛しのギルバートのお手伝いをする為に、微笑みを浮かべた状態で小首を傾げた。


「……もったいぶらずに疾くと言え!!」


 ガイセルは、どうやら先程のメアリーの態度が馬鹿にされているようで気に入らなかったらしい。


「………短気なのは貴方の悪徳だと思いますよ?」

「黙れ!!」

「きゃー怖い。」

「棒読みをするな!!」


(だって本当は、子犬がキャンキャン吠えているみたいで全く怖くないんだもの。)


 どうやらメアリーにはガイセルが聞き分けの悪い、キャンキャンと吠えるダメダメな子犬にしか見えていなかったらしい。だが、彼の裏でのあだ名は『泣き虫犬』と見事に一致している。ほんの僅かな時間でこれほどまでに正確な判断を下したメアリーの審美眼は、商会で鍛え上げられた通りに優秀なのだろう。


「私もそろそろ飽きがひどくなってきましたので、答案いたしますわね。私に無礼を働いた罪によって起こること2つ目の答えは………。」


 テケテケテケテケテケテケ……………


 ジャン!!


「『コレット商会』の圧力によってこの国の商業が潰れてしまう、でした!!」


 メアリーはにっこり笑ってイェーイ!ぱちぱちぱちー!!と言った雰囲気で楽しげに発表した。というか、実際にこの断罪を楽しんでいるのだろう。メアリーがご機嫌そうな時にする癖である、シャラシャラ揺れるチェーンイヤリングいじりが始まっているのだから。


「はあ?」

「先程名乗っていたでしょう?アリーはかの大商会『コレット商会』の会長の愛娘にして、幹部職だと。彼女の持つ権限と彼女の実家の商会の力を以てすれば、国を滅ぼすことぐらい、造作もないのですよ?考えたらすぐに分かることではないですか。……あぁ、でもこんなにも簡単なことなのにも関わらず、貴方には分からなかったのですよね。ご配慮が足りず、申し訳ありません。………はぁー、私には一切気持ちを理解できませんが、愚かで馬鹿な人間でいるというのも存外大変な骨の折れる重労働なのですね。まぁご愁傷様です。」

「むぅー、ギル様は私のことを国を滅ぼすことも造作もない化け物だと思っていたのですか?」

「そんなことある訳ないではないか。国を滅ぼすことくらい造作もないのは事実だが、君は好奇心旺盛で楽しいことは大好きだけれど、必要のなくてつまらない面倒ごとを嫌う性格だからね。国を滅ぼすのは君にとって面倒なことだろう?」

「……そうですね。確かに国を滅ぼしたら後片付けが面倒です。ですが、愛しのギル様がお望みになるのなら、私、頑張れますよ?」


 メアリーは真っ直ぐでる気満々の爛々と輝いた目をギルバートに向けた。メアリーはそんな目をしながらもうっとりとした表情をしているからか、若葉色の優しげな瞳の奥底に隠された不穏な考えを持っていることに、ギルバートを除く周りの人間は誰一人として気がつくことができなかった。


「アリー、私は君がやりたいことだけやってくれたので良いのだよ?」

「そんな訳には参りませんわ。……それに、私はもっと貴方に頼って欲しいのですよ?」

「それは私の台詞セリフだね。」

「「………。」」


 メアリーとギルバートの間に困ったような静寂が訪れた。ギルバートはいつもメアリーに自分が格好良く映るように必死なのだが、メアリーはおっちょこちょいなところもある幼馴染のギルバートを、一時は初恋を拗らせまくっていたほどに心から愛しているのだ。


「この話は後にいたしましょうか。」

「そうだね。ゴミ虫をそれ相応のゴミ箱に、精神的に粉々に砕いて処分してからにしよう。」

「「!!」」


 陽気な笑い声には似ても似つかぬ会話に、ガイセルとカロリーナは誰を敵に回してしまったかをやっとのことで理解したのか、真っ青な顔で生まれたての小鹿のようにプルプルと盛大に震え始めた。

 そして、今日この瞬間愚かな2人は、美形の満面の笑顔の壮絶な恐ろしさを、身を以て知ることとなった。

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