あの、………どなたでしょうか?
桐生桜月姫
第1話
「キャサリン・ルーラー
爵位を傘に着る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」
太陽のようにキラキラと輝く金髪とサファイアのように美しい瞳を持つ、この王国の見た目はとてつもなく麗しい残念な王太子、ガイセル・ラトバースがホールの真ん中で、栗毛のボブに空色の瞳を持つ愛らしい女性の腰を抱きながら、卑しい笑みを浮かべて高らかと宣言した。
そして、宣言されたであろうガイセルと対峙している、真っ直ぐで長くて艶やかな銀髪に、若葉のような優しい瞳を持つ優美で綺麗な女性は、こてんと小首を傾げてきょろきょろと辺りを見回していた。
「あの、……どなたのことでしょうか?」
やっとホールでガイセルの前に立っているのが自分だけだと気が付いた女性は、困ったような微笑みを浮かべて質問をした。
「はあぁぁぁ!?聞いていなかったのか!?俺は卑しい貴様との婚約を今ここで破棄すると宣言しているのだ!!」
「…婚約?え~っと、……あなたとの婚約は一切身に覚えがないのですが……?」
ガイセルに侮蔑の視線が集まったが、苛立ちに苛立っているガイセルは気が付かない。
「真面目以外に能がなく、男を立てることができない女など王太子であるこの俺様の婚約者には全く以て相応しくない。まぁ、そんなおまえと今まで婚約者でいてやっていた俺に感謝するんだな」
「はあ?」
「なんなんだ!!その気の抜けた返事は!!」
けたたましい叫び声に、女性は耳を押さえながら、うざったらしいモノを見るような視線を向けて、絶対零度の冷たい声を上げた。
「恐れながら王太子、殿下?私の名前はメアリー・コレットです。人違いをしないでいただきたいのですが」
ぱらりと深い青色の美しい扇子を広げて、口元を隠した女性ことメアリーは、扇子とお揃いのマーメイドラインのドレスを翻して横を向きながら、ガイセルに現実を叩きつけた。
「メアリー・コレット?」
「はい、メアリー・コレットです」
メアリーの名前を鸚鵡返ししたガイセルに、メアリーは扇子で口元を隠したまま、不思議そうに首を傾げた。
「コレット?」
「はい、コレットです。隣国の伯爵家ですが何か?」
「………はくしゃくけ、だと………」
ガイセルは口元をわなわなと震わせて表情を歪めながら言った。
「あの、誤解が解けたのでしたら、私にも社交がありますので、そろそろお暇したいのですが……」
(茶番はもう飽き飽きだわ)
メアリーは営業用のにこやかな笑みを浮かべて、ガイセルに口外で伝えた。
「あぁー、もう名前なんかどうでももいい!!貴様が俺の愛しのカロリーナを虐めていたのは事実なのだから!!」
「むっ、……名前はどうでもよくなんてありません。名前というのは、それぞれのご両親が一生懸命に考えて、各々の願いを込めてくださった大切な大切な、生まれて初めて私達が贈られるそれはもう大切な贈り物なのですから!!」
「はあ!?」
メアリーはカッと目を開いてそれはそれは力説した。
ガイセルの言葉はメアリーの逆鱗にそれはもう見事に触ってしまったのだろう。
「…ごほん、………あと、私がこの国にきたのは3日前です。カロリーナ?様のいじめが始まったのは3日前からなのですか?」
「………。だが、お前の所為なのは確かだ!!」
感情的な醜い声に、メアリーはこれ見よがしに深々とした溜め息を吐いた。
「……お話になりませんね」
「な!!貴様、伯爵家如きの人間でありながら、俺に歯向かうというのかー!!」
「そうですが何か?」
メアリーは、誰もが見惚れるそれはそれは美しい微笑みを浮かべて、パタリと扇子を閉じた。
「………」
ガイセルはメアリーの笑みを見て、唐突に耳まで真っ赤にして固まった。
「? どうかなさいましたか?」
「!! ちっがぁーうぅぅ!!俺は決して、お前が美しいとか、可愛い、綺麗だとか思ったんじゃないからな!!俺には、可愛げのないお前と違って、愛らしいカロリーナという愛しの人がいるんだからな!!」
「………はぁ?」
ガイセルというのはよく分からない男だ。
メアリーに向けてメアリーが聞いてもいない事をペラペラと話している。
「あのー、それで?何がおっしゃりたいのでしょうか?」
「はあ!?」
「いやいや、それはこちらの
思いっきり顔を顰めてカロリーナの腰を抱く手を強めたガイセルに、メアリーは盛大なツッコミをいれた。
「セルさまぁ、カロン、この女にいーっぱい怖いこと言われたのぉー。ちゃーんと、注意してくれないとダメだよぉー!!」
話にならない人と話したことによって話し疲れたメアリーと、カロリーナをぎゅーっと抱いているガイセルの間に、ひとりの甘ったるい自分のことをカロンと呼ぶ女性、カロリーナの声が響いた。
「当然だ、カロリーナ!!俺にかかれば、このくらい朝飯前のことだ!!」
「わぁーい!!カロン、とーっても嬉しいなぁ!!」
カロリーナに胸を押し当てられたガイセルはニヤニヤして、押し当てているカロリーナはメアリーを見下すような笑みを浮かべた。
この表情をお互いに確認させてやりたいというのは、この場にいる全員の共通認識だろう。
(こんなのが次期国王と王妃なんてこの国は頭が痛いわね)
メアリーは頭をフル回転させて、この茶番を国際問題にならない範囲で、さっさと片付ける為の算段を立て始めた。だが、実際のところはメアリーがここで人違いで婚約破棄を突きつけられてしまった時点で、メアリーの知らぬまに国際問題に発展してしまっているのだった。
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