第15話最後の晩餐

 それからというもの慌ただしく状況が動いて行った。すぐに住民の避難と、そして、遊撃隊の編成(ゆうげきたいのへんせい)。それは隊長のマルスに副隊長ヴィクトル、それでエカテリーナというベテラン勢はもちろんのこと、私もその隊に加えられた。


「私もですか!」

 作戦室の中で私はヴィクトルに言った。

「ああ」

ヴィクトルは至って(いたって)平静(へいせい)な口調で答えた。


「で、でも、私は実戦の経験が………………」

 それにヴィクトルは手を振った。

「安心しろ。ここにいるほとんどのやつに実戦の経験はない」

「………………………………」

 そんな中、作戦室のドアを乱暴に開けてマルスが入ってきた。


「くそ!応援(おうえん)の天使がこれないらしい!なんでもゴラーシ町の魔物が大群らしくて天使たちが皆駆り(かり)出ているっていうんだ!」

 それにヴィクトルは肯いた。


「このことは中央でももうわかっているだろう?天使の実力からすれば高速でこちらに来れると思うがどうなんだ?」

「ああ、上級天使が大急ぎでこちらにきてくれることとなった。ただ…」

 マルスは爪を噛む(かむ)。

「ただ?」


「2時間ほどできてくれるらしい」

「2時間か。モンスターのこの村の到着時間は1時間20分後だったな。確か」

…………………………………………………………

 その事実に私たちは沈黙をせざるをえなかった。

 パンパンとヴィクトルが手を叩く。


「それじゃあ、遊撃隊は敵が来る前の1時間前に北西側の牧場に集合だ。それまで自由時間とする。隊長。それでいいですか?」

 それに一も二もなくマルスは頷いた(うなずいた)。


「では、解散」

 そして、みんなで出て行った後、私はポツンと残された。


「1時間後…」

 と言っても、時計のある場所は限られているから、そこにいないといけないよのね?でも…


「エルザに会いたい」

 最後になるかもしれないから、親しくしていたエルザに会いたかった。

 それで駐屯室(ちゅうとんしつ)を出たらまだ、隊員がうろうろしていた。

「あの…」


 若者でありながら頭を丸刈りにした屈強そうな若い男性、スコラスに話しかける。

「エルザはどこにいるかわかりますか」

 スコラスはぱっと笑顔の花を咲かせて言った。

「ああ。エルザちゃんに会うんだね。彼女なら居残っている人がいないか探しているから、Bブロックで探しているよ」


「ありがとうございました」

 顔に似合わず、愛想の良いスコラスに別れを済ますと、私は駆け出した。

 Bブロック。村の北東側だ。

 私は道を歩き出し知らず知らずのうちに走り出した。Bブロックに向かい、途中、Bブロックに直進できるルートに大きな牧草があったが立ち入り禁止の看板があった。私はそれを迂回し、CブロックからBブロックに向かった。

 

会えるかな?

 そんな不安が脳裏(のうり)を掠める(かすめる)。しかし、私は一心不乱(いっしんふらん)に駆け出した。そして、Bブロックに入るとエルザの声が聞こえた。


「エルザ!」

 私は大きな声で叫んだ。向こうも私に気がついたみたいだ。

 エルザが、私のところに来る。


「どうしたの?アイリス?」

「ゼー、ゼー。いや、最後になるかもしれないから、エルザに会いたかったの」

 それにエルザは得心(とくしん)いった表情になる。


「そうだね。とりあえず、どこかに座ろうか?」

「うん」

私たちは近くのベンチに座った。

 それで無言の時が過ぎた。

「…………………………………………………」

「…………………………………………………」


 ふと空を見上げると星の大河が見える。まるで星が空から降ってくるような気分にさせてくれる。

 それで自然に私は口に出した。

「エルザね、私ね」

「うん」


「私、悪を正したかったの。そのために討伐隊(とうばつたい)に入った。でも、悪や不正はモンスターだけじゃない。むしろ人間の社会に深く根差しているのを知って、悔しくて強くなろうと思ってたの」

「うん」

「でも」

 私はしなった笑みを見せた。

なろうとしていた、が正解かな?もう、私は多分ここで死ぬか、レイプされるんだから」

 ナハハと私は笑う。正直言って笑っていないと押しつぶされそうだった。そして、誰かに言わないとやっていけそうになかった。

 その時だった。すっとエルザが私の手を握ってくれた。


「大丈夫」

「……………………………………………」

「たとえ、あなたがもし酷い(ひどい)目にあっても、わたしはおぼえているよ」

「エルザ…」


 それからしばらく私たちは見つめあった。エルザは本当に美人で、この子をお嫁さんにもらう人は幸せ者だなー、とふとこの状況では無関係なことを思った。


「じゃあ」

 エルザが手を解く。

「私は任務(にんむ)があるから」

「うん。私も、酒場に行ってみる」

 エルザは俯い(うつむい)ていたが、やがて言った。


「アイリス。あなたが今、どれほど深刻な脅威(きょうい)に曝されて(さらされて)いるかはわかっているわ。でも…………私はあなたに会えたことを誇りに思っています」


「うん。私も。どうか気をつけて」

「ええ。さようなら」

「さよなら」

 それで私たちは別れた。




 とぼとぼと酒場に入っていたら、先客がいた。ヴィクトルだ。

「ヴィクトル」

 私が話しかけると彼はこっちの方を向いた。


「アイリスか。やっぱり時計のあるここにきたか」

「そういうヴィクトルこそ。それは手紙?」

 そうヴィクトルは手紙を認めていたのだ。

「ああ、妻子に送る手紙だよ。ポストに投函(とうかん)しようと思って」


「ポスト。モンスターの来た後にそんなものが残っているとは思わないけど」

 それにフフッとヴィクトルは笑う。

「あいつらは女しか興味はないから衝動的に物を壊すことはほとんどないんだ。まあ、戦闘状態が昂ぶって(たかぶって)壊すことはあるけれど、基本あいつらの狙いは女性だけだからな」

「女性………」


 それを聞いた後、ゾッとした。あくまで女性だけを襲う(おそう)モンスターに。あいつらは本当に悪の化身みたいな奴ら(やつら)だな。

 私が考えていたらちょうど、ヴィクトルも手紙を書き終え、封(ふう)をしていた。


「奥さんてどんな人なんですか?」

 ふとした疑問だった。ヴィクトルはどんな人を奥さんに選ぶんだろう?


「討伐隊(とうばつたい)のメンバーだよ。器量(きりょう)はまあ良くない」

「え?」

 予想外の言葉だった。

「美人じゃないんですか?」

 それにハハッハとヴィクトルは笑う。


「あんな髪をボサボサにしている奴が!?まあ、美人とは程遠いし、家事もあんましできていない」

「え、ええええ!!!!!!!」

 今までの男性像とは違うヴィクトルの発言に私は急転直下(きゅうてんちょっか)で落ちて行った。


「まあ、討伐隊(とうばつたい)で稼いだ金でハウスワーカー雇って子供の面倒を見てもらっているし、時々俺ら子供と一緒に遊んでいるけど、俺の家内はバリバリ働いているよ」


「すごい」

「何が?」

「いや!だって!」

 私は両手をバタバタと降って言った。

「そんな人をお嫁さんに選ぶヴィクトルさんがすごい!」

それにヴィクトルはハハハと笑って言った。


「俺はそんなにすごいのか?」

「すごいですよ。普通男性ってそんな女性選びませんよ」

「まあでも、キャロは容姿はざっくばらんだけど、意外に繊細(せんさい)で優しい(やさしい)んだよな。やっぱりあれだよ。優しさだよ。あと人間としてどれだけ立派(りっぱ)かどうかが重要であって、容姿を気にするなんてガキの考えることだよ。そう、俺は思うな」


「素敵(すてき)」

 ヴィクトルが今までも輝いていたけど、こんな素敵(すてき)な男性とは思わなかった。そんな人と知り合えて私は本当に良かったと思う。

 ヴィクトルは手紙にノリで封をして言った。


「じゃあ、俺はこれをポストに投函(とうかん)するからゆっくりして行きなよ。そういえば厨房(ちゅうぼう)にピザがあったぞ。最後の晩餐(ばんさん)だから、ちょっとくらい食っていけよ」

「いえ、私は人様のものを物を無断で食べることはしません」

 ふふ、とヴィクトルが微笑み(ほほえみ)を浮かべる。


「あ!なんですか!」

「最後になるかもしれないから言っておくけど。アイリス。お前さんのその真面目さは美徳(びとく)だと思う。ただ、こういう時ぐらいは少し不真面目になってもいいと思うな。何事もほどほどだよ」

………………………………………

 

それはわかっているんだけど。この生真面目(きまじめ)さはどうも性分(しょうぶん)で抜け出せない。それに人と軋轢(あつれき)を生むほど真面目すぎることではないし、こんな自分が好きだったのでそんなに変えようとは思わない。ただ…


 少し不真面目になってみようかと思ったが、しかし、やっぱり食べれない。どんな状況でも人様のものを無断で食べるわけにはいかない。

 そう思っていたら、バンと酒場の扉が開いた。入ってきたのはエカテリーナだった。エカテリーナはツカツカとヴィクトルの前に行く。


「ねえ、お願い。ヴィクトル。アイリスだけでも逃してやって。私は年増だから大丈夫だけど、アイリスは美しいからこのままじゃあモンスター達に嬲り(なぶり)ものにされちゃう」

 目に大粒の涙を浮かべつつエカテリーナは言った。それにヴィクトルは。

「それはできない相談だ」

「でも!」


「いいか、モンスター討伐隊(とうばつたい)の帝国の位置づけは亜流の騎士団ということになっている。騎士団の隊員たる物。住民を置いて逃げ出すことなぞ許されない」

「で、でも!他に戦える人が!」


「いないね。ここにいるものたちのほとんどが新人だ。まともな実戦経験はない。それにだ」

「それに?」

 エカテリーナは訝しげな表情をする。


「俺はこいつの幻術(げんじゅつ)の強さは買っている。モンスターは魔力こそ高いが知能は小学生レベルだ。幻術(げんじゅつ)が非常に有効なんだ。なら、一か八かアイリスをメンバーに入れたほうがいい」

「で、でも」

 エカテリーナは食い下がった。


「でも、相手は10000でしょ?勝てるわけが…………………………」

「うん。確かに勝てれない。でも、幻術(げんじゅつ)なら相手を混乱させ少しでも長い間持ち堪え(こらえ)させることが可能だ」

「………………………………………………………」


「そうすれば、住民に被害が及ぼす可能性が低くなるんじゃないのか?」

「………………………………………………………」

 そのエカテリーナの沈黙をヴィクトルは肯定(こうてい)と見て彼女のそばを通り過ぎた。通り過ぎた時に言った。


「エカテリーナ。あんたの気持ちもわかるが。俺たちは騎士団だ。住民の安全を第一に考えねばならん。それじゃあな」


 そして彼がさった後、しじまの時が流れた。

 エカテリーナは微動だにしなかった。そんな彼女に私は言った。

「あの」

「………………………」


「ピザ食べませんか?ジャハタティーもあります」

 エカテリーナはコクリと頷いた(うなずいた)。

「ええ、貰うわ(もらうわ)」


「じゃあ、ちょっとお待ちを。座っててください」

 私は金付きでヤカンを沸騰させて、苦味のあるジャハタティーをポットに入れ、沸騰させる、その間にピザを取り出す。そして、お茶をコップに注ぎ、エカテリーナに出した。


「ありがとう」

「はい」

 そして、ふとエカテリーナが気づいた。

「あなたは食べないの?」

「いえ、私は別に」


 それから沈黙の中私たちは食事をした。

 最後の晩餐(ばんさん)か。確かに後数時間後にはひどいことをされちゃうだろうな私。

 これからされることを思うと背筋(せすじ)がゾッとする恐怖を感じたが、しかし、エカテリーナの前でそれを出してはいけないとも思った。誰よりも私がひどい目に遭うことに心を痛めているエカテリーナに。


「ごめんね」

 しじまの殻(から)を破ってエカテリーナが言う。


「私。何もできなくて」

 それに私は笑顔で答える。

「大丈夫ですよ。お心だけでも充分です」

 それにエカテリーナはうなずいた。


「ありがとう」

 それからエカテリーナは黙ってお茶を飲んだ。私はこれからのことを考えても、ピザはおいしく、不謹慎(ふきんしん)な言い方だが、実際に実感(じっかん)が湧か(わか)なかった。




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