第23話 リディアとデート、そして事件
その後、俺たちは様々な場所を訪れ、王都観光そしてデートを楽しんだ。
たとえば王立美術館では、様々な絵画や宝剣──
王立美術館での体験は、ゲーマーだった俺の心をワクワクさせてくれた。
一方のリディアも、貴族令嬢の写実画を見て「きれいな人……」「服かわいい……」と言って、頬を緩ませていた。
その他にも、俺たちは王立動物園に行った。
動物好きなリディアは案の定とても喜んでいて、様々な動物とふれあっている姿を見てこちらも癒やされてしまった。
その間、王都の人々から「あれが噂の最強 《回復術師》セインか!」「すげー!」などと注目を浴びてしまった。
しかし衛兵たちが仕事してくれたおかげで、特に
そして、いつの間にか昼食時となっていた……
「リディア、昼食にしよう。なにか食べたいものはあるか?」
「わたしはパスタがいいなあ……あ、でもセインくんは?」
「俺もちょうどパスタが食べたかったんだ」
ということで俺たちは、近くにあるトラットリア──大衆レストランに入った。
こういった飲食店は、俺たち平民のデートには最適だったりする。
なぜならギルドの食堂・酒場ほど騒がしくなく、そしてドレスコードありの高級レストランほど堅苦しくもないからだ。
テーブルについて注文を済ませてから、約十分後。
美味しそうな料理が運ばれてきた。
俺は、頼んだ料理──ボロネーゼパスタにフォークを伸ばした。
──うむ、ひき肉がたっぷり入っていて俺好みだ。
それにトマトの酸味や玉ねぎの香味だけではなく、ワインのようなコクも感じられる。
控えめに言って、とても美味しかった。
「えへへ……おいしい」
一方のリディアは、カルボナーラを食べていた。
笑顔がとてもまぶしくて、食事を楽しんでいることは見ればすぐに分かる。
「セインくん。それ、おいしい?」
「ああ。とてもおいしいぞ」
「一口もらってもいい、かな……? わたしのカルボナーラも食べて、いいから……」
リディアはなぜか、顔を真っ赤にしてそわそわしていた。
それにしても珍しいな、食べ物のシェアなんて。
まあ断る理由はないし、カルボナーラにも興味がある。
「分かった、シェアしよう」
「あ、ありがとうっ! じゃあ、言い出しっぺのわたしから食べさせてあげるね……!」
リディアはそう言うと、パスタにフォークを突っ込んでくるくると回した。
そして巻き上げが終わると、今度はフォークの先端を俺に差し出してきた。
……ん、これってもしかして。
「あ、あーん……」
リディアはフォークを差し出しながら、潤んだ瞳で俺を見つめてきた。
マズイな……これは直視できない。
「えっと……」
「食べて、くれないの……?」
薄目でチラッと見てみたけど、しょぼんとしている顔も可愛い。
……じゃなくって!
とりあえず、ここは頑張って食べてあげよう。
せっかくのリディアの厚意を、無駄にすることはないからな。
「……食べさせて、ください」
「よかった……あ、あーん……」
……ぱくっ。
卵のコクが感じられる一方で、ブラックペッパーのパンチが効いている。
そしてなぜか、気恥ずかしくなるほどの「甘さ」があった。
一口では足りないくらい美味しい。
もっと食べたいと俺は思った。
「どう? おいしい?」
「……すごく、美味しいです……」
何故か敬語になってしまう俺。
「あーん」なんてされたの初めてだし、しょうがない。
「こ、今度は俺のボロネーゼだな……」
そう言って俺は、取り皿にパスタを取り分けるのだが──俺は見てしまった。
リディアが「あーん……」と言って、可愛らしく口を開けている姿を。
俺も「あーん」してあげるべきなんだろうか。
いやあ恥ずかしいなあ。
俺はフォークにパスタを巻きつける。
そして意を決し、リディアの口にフォークを突っ込んだ。
「ん……おいしいっ……! ありがとうセインくん!」
リディアが幸せそうに笑うのを見ると、「あーん」してあげてよかったなと思う。
……恥ずかしいけど。
やっぱり「人に食べさせて喜んでもらう」っていうのは、なんかいいな。
そうしてしみじみと思っている間に、リディアがフォークを持ちながらこう言った。
「あ、あーん……」
「えっ」
こうして俺とリディアはしばらく、今までにない甘いひとときを送った。
他の客から「イチャイチャしやがって……!」「羨ましすぎるだろ!」「がんばって!」と言われたが、俺たちは外圧に屈することなく食事を終えた。
そしてしばらくショッピングや観光を続け、リディアとのデートを楽しんだ。
いつの間にか、昼下がりとなっていた──
「悪い。ちょっとトイレに行ってくる」
「あ、じゃあわたしもそうする。たぶんわたしのほうが遅くなると思うから、悪いけど待っててくれるかな?」
「ああ。ゆっくりで大丈夫だからな」
ということで俺は、近場の小さな公園にあった公衆トイレで用を済ませた。
その後、同じくお手洗いに行ったリディアが戻ってくるのを待つことにした。
しかし……女性用トイレには長蛇の列ができていた。
リディアもようやく、たったいま建物の中に入ることができたようだった。
まあ待つのは嫌いではない。
澄み渡る青空を眺め、風の音を聞きながら、時間を潰そう。
「──きゃああああああああああっ!」
そう思っていたときだった。
どこからか、女性の悲鳴が聞こえてきた。
思わず全身に力が入り、愛刀 《
どうする……
ここは衛兵たちに任せて、リディアがトイレから戻ってくるのを待つか?
本当に俺が行かなければならない案件なのか?
他の誰かが解決してくれるんじゃないのか。
……いや、困っている人がいると知っていて、それを見過ごすことはできない。
申し訳ないが、リディアには後でちゃんと謝ろう。
とりあえず俺は、声の方角へ急ぐことにした。
その前に通行人に金を握らせて「リディアという背の低い女の子に伝言をお願いします。『事件を解決しに行ってくる。すまない』と」と頼むのも忘れない。
悲鳴の方向へ走ると、薄暗い路地裏に到着した。
……が、思い込みは禁物だ。
「ああ? なんだてめえ?」
「ただの通りすがりだ」
様子見のため、俺は中立の立場からそう答えた。
すると少女が、涙ながらに叫んだ。
「た、助けて! そいつら、私をさらおうとしてきたの!」
「──だそうだが、間違いないか? もし本当なら衛兵に突き出すが」
「だったらなんだよ。てめえみたいなヒョロガリに、オレらを倒せるとでも思ってんのか!」
ほう、俺を知らないんだな。
コロシアムの一件で有名人になってしまったと思っていたが、少し安心した。
「くらえ、必殺の斧! 《魔女に与える
一人の男が、バトルアクスを全力で振りかざす。
たくましい腕から放たれる斧スキル。
対して俺は、刀 《残心》を鞘から抜き放つ。
それと同時に、敵の斧に向けて刀を振るった。
「こ、こいつ! オレの《鉄槌》を剣で受け止めやがった!」
「し、しかも剣はビクともしてねえ!」
「お、おい見ろよ! 斧が真っ二つになってやがる! なんて斬れ味してんだよあの剣!」
「バカ! あれは刀だ! ……いや、そんなこと言ってる場合じゃねえ! あいつ、《居合》をやりやがった! 間違いなく《剣聖》だ!」
暴漢たちが色めき立つ。
そこに俺は、笑顔でこう言った。
「俺は忙しい。だからおとなしく降参してくれないか?」
「て、てめえ舐めやがって! ぶっ殺してや──ぎゃああああああっ!」
《縮地》を再現して暴漢たちに近づく。
そしてすれ違いざまに、脚の
暴漢たちは例外なく地に這いつくばり、俺を
「ひっ! こ、殺さないでくれ! 命だけは!」
「衛兵に捕まってさえくれれば、俺はお前たちを殺さない」
俺は、被害者の少女の方を向く。
彼女は口を開けて、呆然と立ち尽くしていた。
「ということで君、早く衛兵を呼んできてくれ。俺は奴らを見張っておく」
「え、ええ! ありがとう、また助けられちゃったわね!」
また……?
そういえばこの少女、見覚えがある。
確か、ダンジョンスタンピードのときに助けた少女が、こんな顔だったはずだ。
あのとき救助した冒険者は結構な数だったので、言われるまでピンと来なかったが。
「あ、ところでヒールいる? 安くしておいてあげるけど」
「いらないから早く衛兵を呼んできてくれ……」
「分かったわ!」
とにかく俺は、少女が表通りに出ていくのを見守ったあと、衛兵の到着を待つことにした。
しばらくして衛兵がやってきたので、暴漢たちの身柄の身柄を引き渡し、現場検証も手早く済ませることにした。
暴漢たちは揃いも揃って「オ、オレたちはなにもしてない!」「目が覚めたらいきなり白服の野郎に殺されそうになって!」などとしらばっくれていたが、もちろん反論しておいた。
結局、俺は衛兵から「賊から少女を助けようとしたら襲われたため、やむを得ず正当防衛をした」という判断を下され、お
暴漢が連行されたのを見届けた後、急いでリディアを迎えに行くことにした。
伝言がきちんと伝わっていればいいのだが。
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