第22話 リディアと王都観光
「そうだ、観光しよう」
思えば、王都エフライムに来てから騒動に巻き込まれてばかりだ。
魔王の大聖堂襲撃しかり。
ダンジョンのスタンピードしかり。
そして、昨日のシンとの決闘しかり。
身体は《ヒール》でいくらでも癒やせるが、心を癒やすことはできない。
なので、たまには息抜きしようと俺は思った。
ということで、シンに勝利を収めた日の翌日。
俺はリディアに「急で申し訳ないが、今日は冒険を休んで王都を観光する」と伝えた。
すると……
「あの……もしよかったら、わたしもついていっていいかな?」
「もちろんだ」
「えへへ、ありがとう」
「エリスも誘って三人でいこう。エリスが忙しくなければの話だが」
「あ、うん。そうだね」
リディアはなぜか一瞬だけ微妙そうな表情をしていたが、すぐに笑顔に戻った。
俺たちは朝の支度を済ませ、一緒にホテルを出て大聖堂を目指す。
大聖堂に入り、もはや顔なじみとなった聖職者たちに挨拶を交わしながら、エリスが間借りしている執務室に向かった。
すると……
「誘ってくださってありがとうございます。ですがごめんなさい、今日はかなり立て込んでおりまして。セインさんとリディアちゃんのお二人で、楽しんできてくださいね」
「何かあったのか? よければ力になるが」
「いえ……『魔神は魔王
魔王の再臨。
つまり「新たな魔王が現れる」ということだな。
ゲーム『SB』の裏設定では、魔王は元人間である。
人間の魔術師が人生に絶望したとき、ごくまれに「魔神」と一体化して魔王と化す……と設定集に書かれてあった。
でも「魔王が再臨する」などという展開は、ゲームのストーリーにはない。
犯行予告は愉快犯によるものだと思いたいが……
「セインさん。お願いがあるのですが……いいですか?」
「なんだ? 俺にできることなら何でもするが」
「観光のお供に、念のため聖剣を持っていってくださいませんか? 万が一魔王が再臨したとき、わたし以外に魔王を止められるのはセインさんだけですから」
できれば聖剣は持ち歩きたくないし、私物化したくもないのだが……
今回ばかりは仕方ないか。
「分かった、聖剣は借りておく。今日のところは観光するけど、一応警戒はしておくよ」
「願ってもないお言葉です。お気遣いありがとうございます」
「観光でしたら大聖堂もオススメですよ?」と教えてくれたエリスに、俺とリディアは礼を言って、大聖堂・執務室を後にした。
そして聖剣を台座から引っこ抜き、聖剣が自動生成した鞘に収めて腰に差した。
……ということで、まずはエリスがおすすめしてくれた大聖堂──今いる場所──を拝観しておこう。
ちょうど早朝ということもあって、聖職者と熱心な信者以外に人がいないしな。
壁や天井には、『聖典』をモチーフとしたステンドグラスがびっしりと飾られている。
そしてステンドグラスを透過した色鮮やかな光が、大理石の床を照らしていた。
俺はあまり聖女教に熱心ではないが、それでも目を見張る物がある。
そしてなんといっても、大聖堂の見どころといえば、入口付近に公開されている聖剣である。
まあついさっき聖剣を抜いたため、今は石の台座しかないのだが。
「こうしてじっくり見てみると、ほんとにきれいだよね……憧れちゃうね、セインくん」
「ああ……」
何に憧れているかは分からんが。
確かに大聖堂は、なんだか感慨深いものがある。
ゲームでは、主人公が王都エフライムを訪れたころにはすでに廃墟と化していたからな。
ゲームでは見られなかったものが見られる。
これが、ゲーム世界に転生することの醍醐味のひとつなのだろうと俺は思った。
「ここで結婚式挙げられたらいいいのになあ……」
「げほっ! ごほっ!」
リディアの可愛らしいウェディングドレス姿を想像してしまい、思わず咳き込んでしまった。
リディアのことは『SB』をプレイしていたころから大好きだったし、「誰かと結婚する」と考えると色々複雑なのだ。
ちなみに、大聖堂で結婚式を挙げられるのは貴族と王族のみ……という不文律が存在する。
つまり平民には夢のまた夢である。
「だ、大丈夫っ!?
「お、俺は大丈夫だ。もし風邪だったとしても《ヒール》と《キュア》で治せるしな」
「そ、そうだよね! あう……恥ずかしい」
りんごのように顔を赤くし、伏し目がちになるリディア。
「でもリディア、心配してくれてありがとう。嬉しかったよ」
「そ、そう? ありがと……」
「じゃあ、そろそろ出よう」
俺はリディアを伴い、大聖堂を出る。
朝の王都は活気づいていて、来たときとは違ってそれなりに多くの人が歩いていた。
「セインくん。次どこ行こっか」
「そうだな……ここからだと王立美術館が近いけど、そこに行こうか」
「うん、楽しみだなあ……えへへ」
「──ねえ、あれセイン様じゃない?」
「──うそ! ……あ、確かにこんな顔だったかも……わかんないけど。C席からだとよく見えなかったんだよね」
リディアと今後の方針を共有している最中。
二人の女性が、俺の方を見てあれこれ言っているのが聞こえてしまった。
嫌な予感しかしない。
「あのーすみません、昨日シン選手に圧勝したセイン様ですよね? セイン様の剣技、とってもかっこよかったです。もしよかったらお茶しませんか?」
逆ナン、か。
日本にいたころは多少憧れていたけれど、いざ逆ナンされるとあまり嬉しくないな。
しかも逆ナンされたせいで「おおっ! ありゃ世界最強の回復術師セインじゃねえか!」「うそうそ、マジで!?」「サインください!」と群衆が騒ぎ出してしまった。
それにしても、今までこんなに注目されたことなんてなかったぞ。
これもシンとの決闘に勝利して、有名になってしまったせいなのだろう。
魔王討伐の件については一応
しかし俺は、シンと決着をつけたことを後悔していない。
なぜならシンに勝利したことで、リディアやエリスと協力して成し遂げた「スタンピード阻止」の功績を、人々に認めさせることができたのだから。
だが一方で、人々に注目されすぎて困っているのも事実だ。
俺とリディアが面を食らっている間にも、「お茶しましょう?」「いえ、私とお茶するの!」「抜け駆け禁止よ!」というやり取りを見せつけられているし。
「今はこの子とデート中なので、お茶はしません」
「セインくんっ……!」
顔を真っ赤にしながら、目に涙をにじませるリディア。
さすがに今のを「デート」と称したのは、ちょっと大げさすぎたかもしれない。
しかし、リディアという女の子を連れ歩いている俺を逆ナンしようとしてきた女性には、ハッキリ言っておかないとダメだと思ったのだ。
案の定「えーつまんなーい」「玉の輿が……」「まっじめー」と言われてしまったが、別に見知らぬ女性たちにどう思われようが関係ない。
でも……
「リディア、ごめん。『デート』なんて言ってしまって」
人気の少ない場所に避難した後、リディアに頭を下げた。
魔王を倒したとはいえ、この俺セインは「ゲームの序盤ですぐ死ぬモブ」だ。
ついでに言うと、前世の俺はいろいろあって、アラサーなのに彼女ができずじまいだった。
そして現世でも、女性から罵倒されたり「いないもの」扱いされたりすることが多かった。
ゲームのヒロインであるリディアにはもっとふさわしい相手がいる。
まあその相手が「この世界の主人公」シンではないことだけは確かなのだが。
「『デート』だって言わないとしつこく言い寄られると思っ──」
「え、デートって嘘だったの!?」
「あ、ああ……」
リディアはなんでそんなに驚いてるんだ?
逆ナンを切り抜けるために嘘をついたって、気づいてくれると思っていたんだが。
っていうか……
「むしろ俺なんかとお出かけすることを『デート』なんて言ったら、リディアに失礼だろ」
「え……その言い方じゃあ、わたしが悪いわけじゃないん、だね……?」
「当たり前だ。リディアは俺にはもったいないくらい、可愛くて優しい子なんだ」
「そ、そう……? ありがとう。でも、セインくんがそう思ってくれてるように、わたしもセインくんが素敵な男の人だって思ってる。だから……デート、してくださいっ……」
「……そうか。では、よろしく頼む」
俺とリディアはペコペコとお辞儀し合ったあと、「くくく」「あはは」と笑いあった。
今のやり取りはまったくもって、おかしかった。
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