第18話 コロシアムの猛者
「てめえが《回復術師》のセインだな。話はギルマスから聞いてるぜ」
翌日。
俺は一人、コロシアムの受付を訪れていた。
目的はただひとつ。
一瞬にしてコロシアムの王者に君臨したという《勇者》シンに、完全勝利を収めるためだ。
俺はガタイのいい男に、規定の掛け金を支払う。
すると男はニヤリと笑い、こう告げた。
「チャレンジャーは自前の武器を使っちゃいけねえことになってる。今ここで預かるぞ」
「今日は武器を置いてきているんだ」
俺の刀は現在、リディアに預けている。
異世界におけるコロシアムのルールは事前に確認していたので、武器は持ってこなかった。
「なんなら、今ここでボディチェックしてくれてもいいぞ?」
「……いいや、その必要はねえよ──オレも長いことコロシアムにいるが、あんたほどの『いい男』には会ったことがねえ。そんな奴が嘘をつくとも思えねえしな」
謎のカミングアウトをされてしまったが、まあいい。
俺は受付の男の指示通り、選手控室に向かった。
「──あ、ああああああああっ! し、死にたくない! 降参だ降参! リザイン!」
おそらくチャレンジャーの叫び声だろう。
選手控室にまで響くその声は、コロシアムの厳しさを嫌というほど教えてくれた。
しかし俺だって魔物たちと命のやり取りを繰り返してきている。
特に怖気付く理由にはならなかった。
さて、武器の品定めでもするか。
チャレンジャーは、コロシアム側が用意した武器を選ぶことができる……そういうルールだからな。
俺は武器置き場に足を運ぶ。
木製フレームには、大量の剣・槍・斧・弓が立てかけられていた。
だが──
「ナマクラばかりだな……」
こんなところまでゲームと一緒にするなよ……
ゲームのコロシアムでは、操作キャラの装備にかかわらず、最低ランクの「てつの剣」などにすり替えられる。
一方で対戦相手であるNPCは、高ランクの「ぎんの剣」や「スキル付与武器」などを平気で使用してくるのだ。
これが、レベルカンストの《勇者》シンが頻繁に事故死する理由の一つである。
唯一の救いは、この世界はゲームではなく「現実」であるという点だ。
高級品を装備したからといって、装備した本人までもが自動的に強くなるわけじゃない。
それは、低級装備にも同じことが言える。
とりあえず俺は、大量にある鉄製の剣から一番マシな得物を選んで、腰に差した。
そしてしばらく待っているとコロシアムの職員に呼び出されたので、俺は闘技スペースへ向かった。
「さて、続きましては……エイル選手と新たなチャレンジャーとの戦いですね!」
「エイル選手は伯爵令嬢でありながら
闘技スペースへと続く門の前。
風魔術によって増幅された実況と解説を聞きながら、出ていくタイミングを待つ。
「エイル選手、入場してください!」というアナウンスの後、「うおおおおおおっ!」「がんばれえええっ!」「かわいいいいいいっ!」という観客たちの声が聞こえてきた。
これがコロシアムか……と少しだけ心臓が跳ね上がったが、深呼吸して緊張をほぐした。
「さて、エイル選手の対戦相手は……ぷぷっ、これは驚きです!」
おいおい、なんかいきなり笑われたぞ。
だいたい理由は察したが。
「《回復術師》セイン選手、ご入場ください……あははははははははっ!」
「ぎゃははははっ!」と観客たちに笑われながら、門をくぐって闘技スペースに入場した。
「えーっと、手元の資料によりますと……Sランク冒険者のセイン選手は、先日起きたダンジョン内スタンピードで、下級職の《回復術師》でありながら数々の冒険者を救ったそうですぅ。そして未だかつて踏破されてこなかった最下層で、なんと《古の魔竜》を刀でソロ討伐したとかぁ!」
資料を棒読みする解説担当。
すると観客たちが一斉に、俺に向けてゴミを投げつけてきた。
まあ俺にぶつかってきそうなゴミは、すべて剣で切り捨ててやったが。
「嘘ついてんじゃねえよ! 《回復術師》にそんな芸当できるわけねえだろうが!」
「《回復術師》はコロシアムに参加できないっていう決まりはどうなってんだよ!
「男のくせに《回復術師》って、どんな人生を歩んだらそんな情けない天職になれるわけ?」
「男のヒーラーなんてどうせ、女性に寄生するしか能のないパラサイトです。そのようなヒモ男に、わたしのエイル様が負けるはずがありません」
さまざまな言葉を投げかけられるが、正直これくらいは想定内だ。
俺が助けた冒険者たちは今ごろ仕事中だろうし、ここにいる観客の大半は非戦闘従事者あるいはニートだろう。
死と隣合わせな状況におらず、ストレスに晒されることのない人たちだ。
そりゃ当然俺のことをバカにしてくるよな。
そんなことは百も承知だ。
それに──
「セインくーん! がんばってー!」
「勝って、みなさんを見返しましょう!」
観客席にいるリディアとエリスが、いかなる罵声よりも大きな声で応援してくれている。
リディアとエリスには事前に「どんなことがあっても落ち着いて見守ってくれ」と頼んでいたが、この様子だと一安心だ。
「くすっ……あなた《回復術師》なのね」
そう問いを投げかけるのは、18歳くらいの若い女性──剣聖エイルだ。
たとえその瞳と笑顔に侮蔑の色があろうとも、その辺の剣使いたちとは
《剣聖》という天職は、剣使いの頂点。
油断することのないように気をつけよう。
「《回復術師》は武器が使えない……戦えない天職とばかり思っていたのだけれど?」
「鍛錬してきたからな」
「あなたの得物は剣みたいだけれど……どうする?」
「どうする、とは?」
「私、こう見えて《剣聖》なのだけれど……降参する? お姉さんに敗北しちゃう?」
どこまでも嫌味な女だ。
「今ここで降参したら、私の屋敷で飼ってあげるわ。ヒモ男にはちょうどいいでしょ。それか、ここで死ぬか。どっちか選びなさい」
「俺は君を降参させる。殺しはしない、屈服させる」
「……へえ、じゃあ殺してあげるわ」
満面の笑みを見せながら抜剣し、切っ先を俺に向けてくるエイル。
どうやら剣聖専用スキル《居合》を、何らかの理由で封印した様子だ。
意表を突くためか?
それとも「《居合》がなくてもザコくらい瞬殺できる」ということなのか?
それとも別の理由が──
俺は戦闘時、常に「最悪のパターン」を想定する。
いつもと同じように、今回もエイルの方に秘策があるものと読んでおこう。
「これより! 《剣聖》エイル選手と、《回復術師》セイン選手の試合を始めます──始め!」
試合開始のアナウンスとともに、エイルが姿をかき消す……《縮地》スキルだな。
そして俺の頭上から現れ、重力を利用しながら一気に剣を振り下ろしてきた。
振り下ろし、斬り上げ、袈裟斬り、燕返し、水平斬り──
響き渡る
この調子なら、いける!
「な、なんで私の攻撃を全部防ぎきってるのよ!」
「《剣聖》の魔物とさんざんやりあってきたからな」
「ふざけてるわねそれ──もうここから先は、一切手加減なんてしてあげないんだから!」
エイルは俺との間合いを取った後、軽量な剣で
するといくつもの斬撃が、俺に向かって飛来してきた。
これは剣聖スキル《飛刃》と、これまた剣聖専用5連撃スキル《村雨》を組み合わせているのか?
俺が見る限り、「飛刃×村雨」を何度も乱発しているように見える。
一つの斬撃を放つだけでも、相当の魔力を消費するはず。
しかしこのエイルという女はどの《剣聖》よりも高い魔力と、そして集中力を持っているようだ。
「死になさい!」
迫りくる無数の斬撃。
俺はそれをかいくぐり、エイルに接近した。
「う、嘘でしょおおおおおおおおっ!」
「降参しろ」
俺はエイルの背中に左腕を回し、首筋に刃を立てた。
エイルが歯向かってくるのであれば、俺は即座にエイルの首を斬り落とすことができる。
その意思表示のつもりだったのだが──
「へ、変態! 痴漢! 触らないでよ!」
エイルは叫ぶ。
しかしその一方で……
「す、すげええええええええっ!」
「アレが《回復術師》のやることかよ!」
「このゲス野郎! お前ほんとド外道だなあっ!」
「いいぞ! もっとやれええええええっ!」
観客たち(主に男)が、まるで俺を褒め称えるかのように雄叫びを上げ始めた。
おー、すごい手のひら返し。
「わ、わたしたちのエイル様が……!」
「こ、このケダモノ! やっていいことと悪いことがあるでしょう!」
女の観客たちは一方で、俺にブーイングを浴びせてきた。
まあ確かに女性に手を触れるのはまずかったのかもしれないが、殺すよりはマシだろ。
ああもう、早く降参しろ!
「ぐぬぬぬぬぬ……もういいわ、リザイン!」
「な、なんと! エイル選手のリザイン──降参宣言が行われました! よって勝者は、《回復術師》のセイン選手となります!」
エイルの降参宣言がアナウンスされると、場内は歓声と悲鳴で満たされた。
順調な滑り出しだな。
試合に勝った俺は、抱きかかえたままのエイルを解放する。
するとエイルは涙目でキッと睨みつけた後、逃げるように闘技スペースから立ち去った。
◇ ◇ ◇
その後、俺はコロシアムの《
確かに彼ら《十傑》は、その辺の冒険者と比べたらとても強いのだろう。
Bランクパーティ相手ならソロでも瞬殺できるくらいに、な。
しかし故郷の隠しダンジョンに出てくる魔物と比べたら、まだまだ弱い。
俺にはそのように思えた。
まあ、「自軍キャラとほぼ同格のNPCを生成する」「装備する武器で勝敗がほぼ決まる」というゲームの仕様は、現実では適用されないということだ。
俺は他でもない「現実」に救われた形となる。
「さて、次がチャレンジャー・セイン選手のラストバトル──当コロッセオのスーパールーキーにして序列一位の、《勇者》シン選手の入場です!」
アナウンスと同時に門が開く。
場内に歓声が響き渡る中、《勇者》シンが姿を表した。
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