第13話 聖女に勇者認定された回復術師

「俺はただの《回復術師》です」


 俺をいきなり「魔王を討伐した真の勇者」と断定してきた聖女エリスに、俺はそう断言する。

 勇者扱いされるのは面倒なので、適当にはぐらかすことにしたのだ。


 俺の言動に大司教、そしてリディアが「えっ!?」と言いたげに俺を見やった。

 しかしエリスは落ち着いた声音で続ける。


「なるほど、あなたは《回復術師》なのですね。確かに白魔術系統の魔力を感じます。ですがあなたは聖剣に選ばれ魔王を討伐された……その事実に間違いはないでしょう?」

「《回復術師》は剣を扱うことはできませんが? それに聖剣は《勇者》しか抜けませんよ?」

「普通はそうでしょうね。普通は……ね?」


 可愛さと妖艶さが入り混じった笑みを見せるエリス。

 その笑みには「圧」があり、もはや嗜虐しぎゃくてきにさえ見えてくる。


「まあ、わたしの『影』に気づけるような方が、普通なわけないんですけどね」

「聖女様、それは極秘事項ですぞ!」

「いいのです大司教。勇者さまとそこの女の子に対しては、わたしが許しました」

「というより聖女様。お会いするたびに申し上げておりますが、いいかげん近衛このえをつけてくだされ。いくら『影』がいると知っていても、気が気でならぬのですよ!」

「近衛なんてつけたら自由に動けなくなるじゃないですか」


 大司教の言葉に、あっけらかんと答えるエリス。


「ねえ、セインくんは聖女さまが言ってた『影』に気づいたんだよね?」


 俺の服の袖を引っ張るリディア。


「『影』ってどういうことなの?」


「影」とは、聖女エリスの護衛部隊だ。

 まあゲーム開始前に魔王に全滅させられる程度の存在ではあるが。


 でも、あまり分かったようなことを言うと大司教たちに疑われてしまう。

 だからリディアには推察のていで説明しておこう。


「大聖堂の外で、何人かが気配を隠して待機している。多分それが聖女様の『影』──護衛なんだろう」

「ええっ!? 聖女さまって一人で来たんじゃないの!?」


 俺ですら全容を掴み兼ねているが……

「聖女の影」たちは気配遮断スキルや認識阻害魔術を使った上、息を殺して待ち構えているものと思われる。

 リディア、そして「影」の存在を知っているはずの大司教が、「影」に気づかなかったのも無理はない。


 それにしても、俺が「影」に気づいていたことを、エリスに見破られるとは思わなかった。

 どうやら「普通の回復術師」を装っても無駄なようだな。


「……俺が真の勇者かどうかは置いておいて、どうして俺が魔王を倒したと分かったのですか?」


 聖女エリスはたったいま大聖堂に現れたばかりで、昨日の魔王討伐を目撃していないはず。

 そう思って俺が問うと、エリスはにっこりと微笑みながら言った。


「見ればわかります」


 見れば……そうか、いま思い出した。

 そういえばエリスには「人のオーラをある程度視認できる」という、《聖女》としての異能があったな。


 この能力はもちろん、ゲームのストーリーでも生かされている。

 聖女エリスは出会ったばかりのシンを「勇者」と看破してみせたのだ。


 でも俺は《勇者》じゃなくて《回復術師》だ。

 オーラ自体はそのへんの冒険者と、そんなに変わらないはず。


「あなたからは聖剣と、そして魔王の『残り香』がするのですよ。魔力の残滓ざんし、とでもいいましょうか」


 聖剣の残り香はともかく、魔王の残り香はなんか嫌だな。

 まあ魔王は一応、人間の美女ではあるけれど。


「わたしの代わりに魔王を倒していただき、感謝の言葉もありません。おかげさまで、世界が滅びを迎えずに済みました」

「いえ、俺は自分のためにやっただけですから。それに、魔王を倒せたのは俺一人の功績ではありません」

「と、おっしゃいますと?」

「リディアが──この女の子が大聖堂の人々を守ってくれたおかげで、俺は魔王との戦いに専念することができました。できればリディアにもお礼の言葉があれば」

「リディアちゃん、とおっしゃいましたね。あなたは魔王討伐に貢献されたのですね。誠にありがとうございました」


 エリスの微笑みに照れたのか、顔を真っ赤にしながら「い、いえっ!」と答えるリディア。


「そういえばまだ自己紹介していませんでしたね。わたくし、エレスガルド教国の聖都で司祭を務めております、エリスと申します。もしよろしければ、あなたのお名前を教えてくださいませんか?」

「俺はセインです。姓はありません」

「セインさんですね。ところでセインさんとリディアちゃん、もう少しくだけた口調でも構いませんよ?」

「なっ!?」

「ええっ!?」


 エリスのふわふわとした物言いに、大司教とリディアは驚いている様子だ。


 聖女にタメ口を利くのは常識的にマズイとは、さすがに俺も分かっている。

 が、本人が良いというのであれば「分かった。そうさせてもらう」と答えるのが義理だ。


 まあリディアは「いえ、わたしは敬語がいいですっ」と、恐縮したように答えていたが。


「聖女様」


 大司教はせきばらいをして、続けた。


「どのようなご用件で、王都エフライムにお越しになったのでしょうか」

「アトラ王国に現れたという勇者を見つけて、ともに魔王を倒すためですね」


 この辺の事情は、ゲームと変わらないようだ。


「……といっても、魔王はすでに倒されているようですね。本当によかったです」

「ならば用事はもう済まされたも同然、ということになりますな?」

「そうですね大司教」

「であれば、お願いがございます。セイン殿とリディア殿が魔王討伐を成し遂げたことを、我が王に証明していただきたいのです」


 大司教はエリスに、昨日の王宮での出来事をすべて説明した。

 エリスは「なんともひどい話です」と静かに口にした。


「わかりました。協力しましょう。ですが一つ条件があります」


「条件、ですか……?」と不安げな表情を見せるリディア。

 俺も同じく不安だ。


「条件は簡単、わたしと一緒に冒険者パーティを組むことです」

「それのどこが簡単なんだ……」

「報酬は後払い……つまり『わたしが国王を説得してからパーティ加入』という形でも構いませんよ?」

「そういう問題じゃない……もし聖女様が冒険中に死んだって事になったら、俺たちどうやって責任を取ればいいんだ。聖女は勇者と同じで、世界にたったひとりしかいないんじゃないのか」


「セイン殿の言うとおりですな」と同調する大司教。

 リディアもこくこくとうなずいていた。


 しかしエリスの考え方は違っていた。


「《聖女》とは天職です。天職とは、神が与えたもうた『戦う力』です。決してお姫様ごっこをするための肩書ではありません」


 確かにエリスの言う通りではある。

 事実、ゲームにおける《聖女》クラスはステータス上限が非常に高く、専用魔術・スキルも使える最強の魔術師ユニットだったからな。


 だが俺は、エリスと冒険しないほうがいいのではないかと思っている。

 だからあえて意地悪な質問をすることにした。


「戦う力を持たない《回復術師》という存在がいる以上、天職は必ずしも『戦う力』を指すわけではないと思うんだが」

「もしかしてセインさん、わたしを試そうとしてます?」

「バレたか」


「バレバレですよ」と、にこやかに笑うエリス。


「質問の答えですが、《回復術師》も立派な『戦う力』ですよ? 確かに《回復術師》は一般に弱いとされていますが、仲間を癒すために前線で戦っているのです。わたしはそんな、仲間のために戦う《回復術師》のような、強くて勇気ある存在になりたいのです」


 しまった、どうやら墓穴を掘ってしまったらしい。

 大司教も「おこころざしはご立派だが……しかし」と、頭を悩ませている様子だった。


 だが、俺の答えは決まっている。


「悪いが、俺は聖女様とは組めない。教会とは中立な立場でいたいし、自由に生きていたいんだ」

「わたしと冒険者パーティを組むことと、教会に所属したり癒着したりすることは別の話ですよ? それにパーティ加入は一時的なものなので、しばらくすればセインさんたちとはお別れです」


「それでも、だめなのですか……?」と、上目遣いで見つめてくるエリス。

 可愛いエリスにじっと見つめられ、心臓が高鳴るとともに汗が垂れてくるのを感じた。


「ねえセインくん、わたしは聖女さまと組んでもいいんじゃないかなって思うの」

「リディア……」

「いま聖女さまと組むって決めたら、セインくんが真の勇者であることを王さまに証明してくれるんでしょ? そしたらセインくんもわたしも報われる。それにわたし、聖女さまと組むこと自体、刺激になると思うんだ。ほら、聖女さまの魔術を見られるいい機会だし。それにわたしたちってずっと二人だけでやってきたじゃない」


「ま、まあ盗られるかもって、不安だけどね」と、リディアはつぶやいた。

 何を盗られるとマズイんだろうか。


「リディアちゃんもこうおっしゃっていますし、どうかお願いします」

「それより聖女様、御身おんみにもしものことがあれば我らはどうすればよいのだ」


 大司教の言うことはごもっともだ。

 しかしエリスは笑顔を保ったままこう答えた。


「魔王を倒せるほどの勇者さまであればリスク管理は十分でしょうし、万が一のことがあっても無事に帰ってこられると確信しています。『影』もいますしね──それとも大司教は、神に選ばれし《聖女》が有象無象ごときに倒されるとお思いで?」

「くっ……」


 聖女エリスの意地悪な物言いに、悩ましげな表情を浮かべる大司教。


「……まあ確かに、聖女様が『護身術』を身につけられることは良いことだ。それに、セイン殿とリディア殿であれば良い指南役にもなれるだろう。それに私も『影』以外の護衛をつけてほしいと思っていたところだ……ということでセイン殿、お願いできるか?」


 できれば教会とは距離を置きたかったのだが、どうやらそういうわけにもいかないようだ。


 エリスの依頼を受けると約束すれば、国王から報奨金をもらえる確率が上がる。

 加えて、この依頼はエリスの個人的なものなので、受託したからといって「教会に所属している」ということにはならない……という話だ。


 そして、かつて大好きだったゲームヒロインたちと一緒に冒険できる。

 下心が出てしまうのも無理はなかった。


「分かったよ聖女様」

「エリス、です」

「エリス。これからしばらくパーティを組もう。その代わり、国王陛下の説得も頼んだ」


 リディアも「よ、よろしくお願いしますっ……!」と頭を下げる。

 するとエリスは「そんなにかしこまらなくても……かわいいから許しますけど」と、笑みを浮かべるのだった。



◇ ◇ ◇


「セインさんは魔王討伐を成し遂げた真の勇者であり、リディアちゃんはセインさんを支えた優秀な魔術師です。聖女を務めております、このエリスが保証いたします」


 アトラ王宮、謁見の間。


 落ち着いた声音で、俺たちをプレゼンする聖女エリス。

 聖女が俺たちを持ち上げたことに、国王アベルは驚きの表情を隠せずにいた。


「そ、それはまことかっ!」

「はい。順を追ってお話しますと……」


 あくまでエリスの話を聞く限りではあるが……


 エレスガルド教国在住のエリスは数日前、このアトラ王国のどこかで勇者が現れたと知り、王国方面へ旅立った。

 だが昨日になって突然、勇者と魔王の魔力反応が途絶えたという。


 そのことを不審に思いつつ、エリスは今日、王都の大聖堂に立ち寄った。

 するとそこには、聖剣と魔王の残り香をまとっていたこの俺セインがいた。


 その後大司教から色々と説明を受けて、今に至る。

 ……というようなことを、エリスは国王アベルに説明した。


 すると国王アベルは眉をひそめ、顔を真っ赤にしながら言った。


「ば、馬鹿者! アロンの愚か者めが国庫から金を搾り取ろうと、嘘をついているやもしれぬのだぞ!」


 アロンというのは、国王アベルの弟であり大司教でもある男の名前だろう。


「いいえ。大司教が陛下を騙すつもりであれば、もっとマシな嘘をつくでしょう」


 エリスは国王アベルの怒気に屈せず、続けた。


「間違っても、《回復術師》が聖剣を引き抜いて魔王を倒した、なんて言わないでしょうね」

「ぐ、ぐぬぬ……!」

「陛下が昔から大司教に思うところがあるのは存じております。ですが『現実』を見てくださいませ」

「……た、確かにお前の言うとおりだな。なるほど、魔王を倒した《回復術師》か……もしそれが本当なら──」

「──さっきから黙って聞いていれば、オレのことを忘れていないか? 聖女エリス」


 エリスと国王アベルの会話に割り込むように、カーテンの裏からニュッと現れた男。

 ──勇者シンは、脂汗をたらしながらも不敵な笑みを浮かべていた。


 勇者と聖女、そしてゲーム主人公とゲームヒロイン(の一人)との邂逅かいこうである。


「ええっと、どちら様でしょうか? わたしの記憶違いでなければ、あなたとは一度もお会いしたことがないと思いますが……」

「オレはシン──お前と同じ《神に選ばれし者》だ。聖女なら、勇者の魔力ぐらい嗅ぎ分けられるものだと思っていたんだがな」


 シンは手の甲にある勇者の聖痕を見せびらかす。

 エリスは「ああ、なるほど」とポツリと漏らした。


「ごめんなさい。神性が弱すぎてよくわかりませんでした」

「なっ──!?」


 聖女エリスの言動に、勇者シンは冷や汗を垂らしていた。

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