第12話 勇者主人公の嘘と妨害、そして聖女の来訪

「お主ら、嘘をついておるな?」


 翌朝。アトラ王宮、謁見えっけん

 ハゲ頭がきらめく中年の男──アトラ王国の国王は、玉座にふんぞり返りながら答えた。


 ──先ほど、俺とリディアは国王に魔王討伐について説明した。

 そして大司教が目撃者として補足説明してくれたのだ。


 しかし国王は俺たちの言い分を一蹴した。

 国王の態度に、大司教は眉をひそめる。


いな、聖女教会・王都大司教の名誉にかけて真実を申し上げました──昨日大聖堂に現れた魔王を、聖剣に選ばれし勇者セイン殿が見事討伐した。そのかたわら、リディア殿は大聖堂内にいた人々を単身で守り抜いた──陛下、これらは神に誓ってすべて事実でございます」

「魔王が本当に大聖堂に現れたというのならどうして王都が──いや、大聖堂までもが原型を保っておるのだ?」

「ですから、それはすべてセイン殿とリディア殿の功績にほかならぬと、先ほどからずっと申し上げておるのです。それが理解できぬほど老いぼれたか、兄上」


 大司教は王弟だったのか……知らなかった。

 まあゲームをやり込んでいた俺が、その事実を知らなかったのも無理はない。

 なぜなら大司教はゲーム開始前に死ぬ「モブですらない」人物で、顔グラフィックはもちろんのこと名前すらもゲームにでてこないからだ。


 だが国王のことはよく知っている。

 その理由は、彼がゲーム後半に登場するボスだからだ。


 国王──いやアベルは、ゲームでは国民を裏切って魔王と内通していた。

 その理由は、聖剣破壊と聖女幽閉に成功した魔王に屈服させられたからである。

 結局アベルは、主人公シン率いる《勇者軍》によって討ち取られるのであった。


 今回、聖剣破壊は阻止できているし魔王も倒している。

 魔王が死んだことで聖女幽閉も回避できているはずだし、今ここにいる国王アベルがゲームどおり人間を裏切る可能性は低い。

 しかし警戒は必要だろう。


「フン。愚弟ぐていの頼みだからと思って謁見してやったが、こんなくだらない嘘につきあわされるとは思わなかった。時間の無駄だった──おい新入り!」


 国王アベルは、俺・リディア・大司教以外には誰もいないはずの部屋で、大声を上げた。

 するとカーテンの裏側から、一人の男が現れた。


 その男は、俺たちがよく知る人物だった。


「王様、呼びましたか?」

「すべてお前の言う通りだったな──奴らをつまみ出せ」

「分かりました。今から偽勇者どもを追い払ってやりますよ。勇者であるオレが、ね」


 国王アベルに聖痕を見せびらかすように、手の甲を掲げる男。

 男は俺たちに向き合うやいなや、歪んだ笑みを見せた。


「よく来たなリディア、そして偽勇者セイン──それとも『モブ野郎』って呼んだほうがいいか?」

「うそ……なんでシンくんがここにいるのっ!? 逃げたんじゃなかったの!?」


 シンは「オレがビビって逃げたとでも思ったのか。ただ王様に会いにいっただけなのに心外だぜ」と笑った後、続けた。


「神に選ばれしオレが王様の近衛騎士になるのは当然なんだよ。どうだリディア、少しはオレに惚れたか?」


「セインくんをいじめるような人に、絶対に惚れたりしない!」と叫ぶリディア。

 シンは余裕ぶった表情で「冗談にマジになるなんて余裕なさすぎだろ。今日から近衛になるオレを見習えよ」と笑った。


 それにしても、なぜシンは近衛騎士になれたのだろうか。

 王都エフライムに上京し聖剣に拒絶されてから、まだ一晩しか経っていないはずだが。


「なんだセイン。オレが『王の盾』になれたことがそんなに不思議か?」

「実力的には多分問題ないだろう。けど、あんな短期間でよく陛下から信頼を勝ち取れたなと、感心していたところだ」

「あーそれな。案外簡単だったぜ。だって近衛騎士たちを軽くぶっ倒した後、勇者の聖痕を見せながら予言して差し上げただけだからな……2・3日したら魔王が聖剣をぶっ壊しにやってくるってよ!」


「ゲーム知識さまさまだぜ!」と高笑いするシン。


 確かに「予言」の内容は事実だ……それがゲームの中の話であれば。

 魔王はもうとっくの昔に俺が倒したんだ。


「陛下、これだけは言わせていただきます」


 俺は深呼吸をしながら、国王アベルに告げる。


「シンは確かに勇者の聖痕をその身に宿してはいますが、聖剣に拒絶されています。その証拠に、聖剣はこうして俺を選びました」

「おまっ──」


 大司教に言われて聖剣を持ってきておいて正解だった。

 現在、謁見の間における聖剣の帯刀が許されているが、それは教皇の代理人たる王都大司教の権限があるからだ。


「そんな男の『予言』は、アテになるとお思いですか?」


「このっ! てめっ!」と言いながら殴りかかってくるシン。

 シンの拳をかわしながら、国王アベルに進言する俺。

 しかし国王アベルの反応は渋かった。


「シンは聖剣をあえて抜かなかった……そう申しておったぞ」

「そのとおりです王様! ──オレは聖剣なんていらない。魔王なんて聖剣がなくても倒せるんだよ、お前ら現地人と違って!」

「シンくん、嘘ついちゃダメだよ! ほんとは自分が聖剣に嫌われただけなのに『聖剣なんていらない』って……そんなのただの『すっぱいブドウ』じゃない!」


「う、うるさいなリディア……さすがにキレるぞ」と、たじろぐシン。

 とにかく話が進まないので、手っ取り早く俺が聖剣の担い手であることを証明するとしよう。


「陛下、どうかこの剣を持ってみてください」


 鞘に入ったままの聖剣を、国王アベルに差し出す。

 鞘は聖剣の魔力によって生成されたものだ。


「陛下がこの剣を持てなければ、これが聖剣だと証明されます」

「そんなことをする必要はありませんよ王様。こいつらは『本物』だと言い張ってますが、あれは偽物ですよ!」

「シン、今俺は国王陛下と話をしているんだ」

「平民ごときが王様に口を利けると思うな!」


 お前だって平民だろ、とシンに言いたいところだが黙っておく。


「では、陛下が聖剣を受け取らないというのであれば──大司教、お願いできますか?」

「神よ、お許しを……くっ、やはり重いな」


 大司教は俺から聖剣を受け取るやいなや、地面にいつくばった。

 不適合者が聖剣に触れたことで、聖剣の重量が増したためである。

 どういう原理かは不明だが、な。


 俺は大司教に礼を言い、聖剣を受け取る。

 すると国王アベルは大司教に向けて、薄ら笑いを浮かべた。


「さすがは我が愚弟だ。今からでも道化師ピエロに転職したらどうだ?」

「これは演技ではありませぬ。この剣は正真正銘、勇者の聖剣だ。兄上とて、神を冒涜ぼうとくするのは許されぬぞ」

「もうよい。今回の件は不問にしてやるから、さっさと出ていけ」


 国王アベルの合図とともに、シンは意気揚々と抜剣した。


 今ここでシンと流血りゅうけつ沙汰ざたになるのはさすがにマズすぎる。

 俺が手出しできないことをシンも分かっているのだろう、ずいぶんと余裕そうだ。


「行きましょう」

「あっ、待ってよセインくん!」

「悔しいが仕方あるまい……!」


 こうして俺たちは、国王アベルとシンのもとを去った。

 シンは「ハッ、ザコが逃げやがったぜ!」と笑い、国王アベルもそれに同調していた。



◇ ◇ ◇



「すまぬ、私の力不足だ」


 大司教は神妙な面持ちで、俺たちに頭を下げた。


 俺たちは先ほど王宮を出て大聖堂に戻り、聖剣を台座に戻した。

 そのあとに向かった執務室にて、俺とリディアはこうして大司教の謝罪を受けたのだ。


「このままではセイン殿とリディア殿が報われぬ」


 もともと金のことなんて考えていなかったとはいえ、多少ショックを受けてしまうのは仕方ないことだ。

 もらえると思っていた報奨金が、一部もらえなくなってしまったからな。


 特に、俺が偽勇者扱いされたせいで、リディアの頑張りがなかったことにされたのはとても悔しい。

 リディアがいなければ間違いなく死人が出ていたのに。


「謝らないでください。大司教さまは悪くありませんっ」


 リディアは必死になって大司教をなだめるが、すぐに表情を暗くする。


「でも、なんで王さまはセインくんの活躍を認めてくれなかったんだろう……なんでシンくんの言うことをみにして、セインくんを信じてくれなかったんだろう……」


「セインくんこそが本当の勇者さまなのに」と、力なくつぶやくリディア。

 それに同調するように、大司教は言った。


「せめて聖女様がここにいらっしゃれば、セイン殿が真の勇者であると証明できるはずなのに……」


 聖女か……

 なるほど、確かに聖女ならこの状況を変えてくれるかもしれない。


 ──待てよ、確かゲームの裏設定では……


「なんと歯がゆいものか」

「──聖女様なら、明日王都に現れます」


 決して口が滑ってしまったわけではない。

『セイクリッド・ブレイド』を心から愛していた俺は、意図的に聖女の来訪を「予言」したのだ。


 これにはさすがの大司教も、驚きを隠せずにいるようだった。


「聖女様の行動は極秘扱いで、我ら大司教クラスにすら知らされぬ。聖女様がこちらに来訪されるときは、事前連絡なしでお忍びの体でいらっしゃるのだぞ。明日聖女様がやってくると、どうして分かるのだ?」


 ゲームの知識があるから、とは口が裂けても言えない。


 ゲームの聖女エリスは、勇者シンの出現を察知してすぐ、隣国エレスガルド教国を出てシンを迎えに行く。

 その道中でアトラ王都の大聖堂に立ち寄り、一泊するのだ。

 まあその数日後、シンと出会う前に魔王に捕らえられることになるのだが……


 そういった事情があり、俺は聖女がじきにここを訪れることを知っている。

 だが真実をありのままに伝えれば、いらぬ混乱を生むことになる。


「先ほど、聖剣が俺に教えてくれたのです。聖女様が王都エフライム方面を目指していることを」


 まあ嘘だが、現地人にとってはそれなりに説得力があるのではなかろうか。

 しかし大司教は渋い表情をしていた。


「うぬ……神に選ばれし者同士はかれ合うと、『聖典』には書かれておった。しかしお主は聖剣に選ばれたとはいえ、勇者の聖痕は持っておらぬ。そして聖痕の持ち主たるシンとかいう男は、聖剣に見放されておった……セイン殿の言う通り、聖女様が勇者を求めてこちらにいらっしゃるとはとても」

「……大司教さま、セインくんを信じて聖女さまを待ちましょう?」


 あごに手を当ててうなっていた大司教に、リディアは優しげな眼差しを向けた。

 ゲームをプレイしていたときのように「リディアこそ真の聖女!」と一瞬思ってしまったが、首を横に振って意識を反らす。


「セインくんは昔から嗅覚がすごかったんですよ」

「どういうことだね、リディア殿」

「セインくんっていつも冷静で常識人ですごいんですけど、ときどき常識はずれなことをするんですね」

「ふむ……」

「でもその『常識はずれ』なことを、セインくんは何度も成功させているんです。セインくんは《回復術師》なのに剣術をマスターしてます。それに、いま腰に差してる刀も、詳しいことは言えませんけど、天職を授かってすぐにダンジョンで見つけたそうですよ? わたしはその時まだ天職を授かってなかったので、直接は見ていないですけど……ああ、セインくんが初めて刀を手に取るところ、見たかったなあ」


 目を輝かせながら熱弁を振るうリディア。

 楽しむように、そして懐かしむように、俺のことを一生懸命語ってくれた。


「ですからわたしはセインくんの言う通り、聖女さまがここに来るって信じます」


「ちょっと不安ですけどね……」と付け加え、俺を寂しそうに見つめてくるリディア。

 何が不安かは分からないが。


 一方で大司教は、まるでリディアを子供扱いするような眼差しを向け、優しげな口調で言った。


「そこまで言うなら信じよう。信じるだけならタダだしな。まあ万が一セイン殿の読みが外れたとしても、まだ終わりと決まったわけではあるまい」

「ありがとうございますっ!」


 俺とリディアはその後、大司教に別れを告げてホテルに泊まった。


 そしてその翌朝、大聖堂のホールにて。

 大司教に一言挨拶をして、執務室で一緒に待たせてもらっていると……


「お久しぶりです、大司教」


 執務室に入ってきたのは、白服をまとった一人の少女。

 彼女こそが、ヒロインの一人である聖女エリスだ。


 エリスが着ている白服は、聖女教の女性司祭が着る「制服」と同じものだ。

 そのうえ親しみやすい笑顔をたたえている。


 しかし、立ち居振る舞いにはそれ相応の気品がある。

 ウェーブのかかった長い銀髪もまた、エリスの気高さを演出していた。

 見る者が見れば、エリスがただの司祭ではないと分かるだろう。


 それにしても、聖女様が護衛をつけていないなんて大丈夫か?

 ……と思っていたら、どこからともなく「気配」を感じた。

 なるほど、確かにそういう裏設定があったな。


「ほ、本当に聖女様がいらっしゃった……! しかも相も変わらずお一人で……」

「ねっ、セインくんの言う通りだったでしょう?」


 聖女のアポ無し訪問に、驚愕きょうがくの色を浮かべる大司教。

 一方、リディアは嬉しそうに笑みを浮かべていた。


 目を大きく見開いていた大司教に、エリスは落ち着いた声音で問いかける。


「急で申し訳ないのですが、そちらに泊めていただけないでしょうか? もちろん費用はこちらが負担いたします」

「し、承知した。ここで英気えいきを養われ、次の旅程りょていに備えてくだされ」

「ありがとうございます。そして──」


 折り目正しく、大司教に頭を下げたエリス。


 その後、エリスは俺の方を見て微笑んでみせた。


「あなたが昨日魔王を討伐された、真の勇者さま……ですね?」

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