第4話 真の剣聖を目指す
「はああっ!」
「ギャアアアアアアアッ!」
隠しダンジョンの最下層でSランクの刀 《
俺はあえて上層──チュートリアルマップで刀を振り回していた。
……あの「失踪事件」──ダンジョンを勝手にソロ攻略して1日家を留守にした件について、両親にこっぴどく怒られた。
この件に関しては、戦利品である《残心》を見せたり、リディアが一緒に謝ってくれたおかげで、なんとか許してもらえた。
しかしそれと同時に「絶対に無茶はするな」「死なないでね」と念押しされてしまった。
だからこうして雑魚スケルトン(といっても俺にとっては十分強敵)を狩っていたのだが……
「はあ……また折れたか」
《残心》の刀は扱いが大変だ。
上層のスケルトン一体を斬りつけただけで、すぐに折れてしまう。
まあゲームでも「剣の熟練度Sのキャラが5回使っただけで壊れる」という異常な耐久値だったので、仕方ないといえば仕方ないが。
しかし……
「リペア」
《リペア》の魔術を何度も使って慣れたせいか、もう頭痛はしなくなった。
最初、《残心》の刀身を《リペア》しようとすると意識が
何回も練習したからな。
「刀身を折ることなく敵を斬るにはどうすればいいか……」
ぶっちゃけ「《リペア》を常時展開して『折れない刀』を擬似的に作ればいいんじゃないか?」と一度は考えた。
しかしそれだと、白魔術 《ディスペル》で魔封じされれば詰みだ。
そもそも、魔術を常時展開してしまうと魔力消費が心配だ。
だからこそ俺は、純粋な剣術を磨かなければならないのだ。
……魔王を倒してスローライフするために。
スローライフが大目標で、死亡フラグ回避が中目標としよう。
なら、今取り組むべき小目標とは何か。
……上級アンデッドがはびこる隠しダンジョンを、《ヒール》を一切使わず刀一本で完全攻略することだ。
戦闘に不向きな《回復術師》には厳しい小目標だし、もちろん今すぐ達成することは不可能。
だから俺は、いい意味での焦りを持ちつつ、地道にやっていくことに決めている。
「そろそろ戻るか」
また家族やリディアを悲しませるようなことはしたくないしな。
それにダンジョンでなくても、やれることはたくさんあるんだ。
俺はダンジョンを出て自宅に戻る。
そして《残心》を手にし、庭で素振りを始めた。
「ふっ……はっ!」
この刀は異常なまでに軽い。
それでも筋持久力を鍛えることは無意味じゃない。
継戦能力を身につけることにつながる。
俺は頭の中に、隠しダンジョンに登場したリビングアーマー──《将軍》の死霊をイメージする。
硬い鎧ごと奴を斬るには……
「せいっ! ……ダメだ」
これではたとえ鎧ごと敵を真っ二つにできたとしても、刀身が折れてしまう。
もし周囲に敵がいれば、《リペア》している隙に追撃されかねない。
「どうしようか……」
「ギャハハッ! おいおい見ろよ、《回復術師》のクソザコモブが剣なんて素振りしてやがるぜ!」
突然俺を笑ってきたのは、ゲーム主人公のシンだ。
取り巻きの悪ガキたちも、「ザコは大人しく引きこもってろよ!」「女装でもしてオレらに
……俺は正直言って、この転生者っぽいシンが嫌いだ。
ゲームのシンは人をバカにするような奴じゃないし、むしろマイノリティを尊重するタイプの男なんだ。
原作レイプにも程がある。
今すぐにでも説教してやりたいところだ。
だが俺が転生者であることを奴に知られたくない。
一応黙っておこう。
しかしシンは俺に無視されているのが我慢ならなかったのか、わざわざ俺に近づいてきた。
「くはっ! セインお前、《回復術師》から《剣士》にでも『兵種変更』するつもりか? 残念だが『SB』にそんな都合のいいシステムはねえんだぜ!」
「いや、別に《剣士》になりたいわけじゃないんだ……」
「そうかそうか、やっぱりただの中二病か!」と、訳知り顔で勝手に納得しているシン。
そして「ごっこ遊びなんて卒業しろよ!」と笑ってくる悪ガキ共。
俺は大きく息を吸い、意を決した。
「俺はただ、真の剣聖を目指しているだけだ」
「っ! てめえ、モブのくせにイキりやがって! 《剣士》と一緒にするなって言いたいのか!」
「そう取ってもらっても構わない」
《剣士》ごときの剣技で魔王を倒せるとは思えないしな。
新たに追加された小目標は、剣を極めた《剣聖》を凌駕する剣技を身につけること。
シンとの今のやり取りで、ベンチマークがより明確となった。
「ハハハ、そうかそうか! お前、『真の剣聖』って奴を目指してるんだな!」
シンのやつ、怒ったり笑ったり忙しいやつだな。
「だったら《剣士》であるこのオレが……いずれ勇者となるこのオレ、シンが直々にレクチャーしてやるよ」
「《剣士》のアンデッドとやりあってきたから別に教えてくれなくても大丈夫だ」
「固いこと言うな、よっ!」
シンは腰から木剣を抜き放つ。
それと同時に、俺の胴をめがけて木剣を振るってきた。
とっさに《残心》の刀で防いでしまい、刀身が真っ二つに折れてしまった。
今のは本当に運が良かった……
「オレの剣聖スキル《居合》を、運よく防げてよかったな」
SRPG『セイクリッド・ブレイド』では、クラスごとにスキルが用意されている。
たとえば今シンが使った《居合》は発動条件こそ厳しいが、攻撃速度が速く必中である。
そのうえ必殺率がバカみたいに高く、驚異的な性能を誇るスキルなのである。
しかし《居合》は剣聖スキル……つまり上級職 《剣聖》にしか扱えないはずのスキルだ。
下級職 《剣士》を授かったばかりのシンが、なぜ剣聖スキルをモノにできているのか。
やはりシンは元日本人で、チート持ちなのだろう。
だが……
「でも見ろよ、ご自慢の刀が折れちまったぜ? ダッセーなおい、ギャハハハ!」
「シン。笑っているところすまないが、自分の木剣を確認してみたらどうだ?」
「あ?」と気のない返事をしつつ、木剣を握っている右腕を掲げてみせるシン。
「なっ……なんじゃこりゃあああああああああっ!」
そう、シンの木剣もまた真っ二つに折れていたのだ。
相手が木剣とはいえ、防御しただけで切断してしまうなんて、さすがはSランクの刀だ。
まあ、そのせいで《残心》の刀身も折れてしまったんだがな。
しかたないので「リペア」とつぶやき、刀を蘇らせる。
「て、てめえ卑怯だぞ! こっちはレクチャーしてやってるだけなのに真剣を持ち出すなんてよ!」
「木剣とはいえいきなり《居合》をしかけてきたのはどっちだ? こっちは当たりどころが悪かったら死んでいたんだぞ」
「おいモブ野郎、早くオレの木剣を修理しろ! そしててめえは木の枝で戦え!」
「しょうがないな」と溜息をつき、シンの木剣を《リペア》する。
そして手近に落ちていた木の枝を拾ったところで──
「行くぞお前ら、おらああああっ!」
「うおおおおおおおおっ!」
「ザコが調子に乗るなよおおおおおおっ!」
背後の空間を、木の枝で「斬る」。
「ぐはあっ!?」
「ぎゃああああああっ!」
「ぐああああああああっ!」
すると案の定、さっき俺が背を向けていた方向には、シンや悪ガキたちが横たわっていた。
俺が木の枝を拾っている最中に、不意打ちしようとしていたらしい。
どうせそういうことだろうと思ってたよ。
折れて使い物にならなくなった枝を捨てる。
そして、シンたちが力なく立ち上がるところを見やった。
「これじゃ、どっちがレクチャーしているのか分からなくなるな」
「クソザコモブ野郎のセインのくせに、男の《回復術師》のくせに、なんでそんなに強いんだ……?」
「強い魔物の剣技を見て──」
「──セインくんをいじめちゃダメ!」
シンの問に答えようとしたところ、突如としてリディアが現れた。
その途端、悪ガキたちが「お、覚えてろよ!」などと捨て台詞を吐いて逃げていった。
しかしシンだけは逃げずに、リディアに反論し始めた。
「おいリディア、どこに目をつけてやがる! いじめられてるのはオレたちの方だ!」
「そんなのウソだよ! だってわたし、近所の人にそう教えてもらって──」
「……ごめんリディア。シンの言うとおりだ」
「ええっ!?」
俺の返事に、リディアは大きくのけぞった。
「ど、どういうことなのセインくん!? ほんとにシンくんをいじめたの!?」
俺はリディアに経緯を説明する。
シンが「それは言いがかりだ!」「オレをいちいちバカにしないと気がすまねえのか!」などといちいち反論してきたが、俺はありのままの出来事を話しただけだ。
すると──
「シンくん、いじめはダメってずっと言ってるよね? けんかしないでって言ったよね? なんで言うこと聞いてくれないの?」
「な、なんでそうなるんだよ!」
「先にけんかをしかけてきた子が悪いからだよ。セインくんは『せいとうぼうえい』しただけでしょ?」
まあリディアの意見が100パーセント正しいとは思わないがな。
この件に関しては過剰防衛や喧嘩両成敗もありうる話だ。
ということで、幕引きだ。
「はい、ヒール。とりあえず傷は治したから今日のところは見逃してくれ、シン」
「チッ……礼は言わねえぞ。怪我したのもお前のせいなんだからな!」
「熱くなってしまって本当にすまなかった。もう少しうまくやれたら──」
「嫌味かクソ野郎!」
別に嫌味のつもりではなかったんだが、本人がそう受け取ったのなら仕方ない。
「覚えてろ、いつか絶対目にもの見せてやる!」と言って、シンは立ち去った。
危機は去った。
しかしリディアは浮かない表情をしていた。
「リディア、俺のために心配してくれてありがとう」
「うん……でも、いつになったらシンくんはいじめをやめてくれるのかな……1年くらい前まではあんな子じゃなかったのに」
たぶん俺と同じく転生者で、なんらかのきっかけで「中身」がすげ変わったからだろうな。
ちなみに俺と統合されたセイン少年の記憶によれば、シンは俺よりもずっと早く意識を覚醒させていたものと推測される。
だがリディアが求めているのは「シンが転生者だから」だとかそんな答えではないだろう。
そもそも日本の存在を匂わせるような発言はしたくない。
「まあでもリディア、俺は大丈夫だ。何度いじめられても今日みたいに程々のところでやり返してやるから」
「で、でも……」
「俺はリディアの笑顔が好きだ。だからリディアにはいつも笑っていてほしい」
これは嘘ではない。
ゲームのリディア(16歳)は、笑顔がとても可愛い美少女キャラだったからな。
しかもただ可愛いだけではなく、戦い続きの勇者軍にとっての「癒やし」でもある。
もちろん今のリディアもとても可愛い……犯罪的に。
『SB』は何度も周回しているが、リディアを使わなかったのは「おっさんキャラしか使わない」などの縛りプレイをしたときだけだ。
それだけリディアが好きということだ……あくまでゲームヒロインとしてだが。
「そっか……うん、わかった。セインくんがそう言うのなら」
「よし」
リディアの笑顔はやや引きつっていたが、俺の考えは十分に伝わったと言っていいだろう。
ということで、シンに邪魔されて中断していた素振りを再開することにしよう。
一息吸い、吐く。
それと同時に踏み込んで振り下ろす。
しばらくそれを繰り返していると、リディアが俺の素振りをじっと見ている姿が気になった。
「リディア、こんなの見ていても面白くないだろう」
「ううん。わたし、人ががんばってるところを見るのが好きだから。それにセインくんは大切な友だちだし」
なら問題ない……のか?
とりあえず、こっちは勝手に鍛錬させてもらおう。
「──セインくんってすごいよね」
「どうした?」
素振りを再開させてから十数分後、リディアが唐突に話しかけてきた。
リディアの話を聞くために一旦手を止めるも、「あ、『すぶり』したままで聞いてくれる?」と気を遣ってくれた。
なので俺は鍛錬を続けることにした。
「《かいふくじゅつし》さんなのに『けん』が使えるなんてすごい、ってことだよ。わたし、『シンくんに勝った』って聞いたときビックリしたもん」
「今はまだ修行中の身だよ」
「それでも《けんし》のシンくんに勝ったんでしょ?」
「偶然だけどな」
「それでも
リディアは一拍置いてから続けた。
「……わたし、『てんしょく』をさずかったらセインくんを助けてあげたいって思ってた。だって大切な友だちが、一人で『ぼうけん』するはめになったんだもん。でも、そんな心配しなくてもよかったんだね」
リディアの声音はどこか暗い。
顔を見ていなくても、リディアの感情が伝わってくる。
これはあくまで推測だが。
リディアは「自分がセインくんと同じタイミングで天職を授かっていたら、今すぐにでも一緒にパーティを組んであげられたのに」と歯がゆく思っていたのかもしれない。
でも俺の《回復術師》らしからぬ「強さ」を目の当たりにしたことで、「『助けてあげたい』って思い上がっていたのは間違いだった」と考え直したのだろう。
だからこそ俺は素振りをしながら、あえてぶっきらぼうに答えてみせる。
「『心配しなくていい』って言っただろ」
「ごめんなさい……」
「でもリディアの気持ちはすごく嬉しいよ」
「えっ……?」
「リディアが天職を授かるのは2年後だな。そのときになっても『友達を助けたい』っていうリディアの気持ちが変わらなくて、俺とパーティを組んでくれたら……俺はもっと嬉しい」
もちろん「冒険者になったばかりのリディアをすぐに隠しダンジョンに投入する」なんて馬鹿なことはしない。
そんな自殺行為をするのは、死亡フラグビンビンの俺だけで十分。
リディアにはちゃんと、地に足をつけたやり方で教えていくつもりだ。
「あ、『俺と組め』って言ってるわけじゃないからな」
「ちゃんとわかってるよ」
リディアの言葉が途切れる。
その後、深呼吸するような声が聞こえてきた。
「わたし、決めたよ。『てんしょく』をさずかったら、ぜったいにセインくんとパーティを組む。そしてセインくんにふさわしい『自分』になってみせる。それまで待っててね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。