第3話 隠しダンジョン最奥部に眠る刀
目の前にある重厚な
それははじまりの街アレスに存在する、隠しダンジョンへの入り口であった。
そういえばチュートリアルを終えたばかりのとき、固く閉ざされた扉を見て「絶対何かあるだろ~」と妙にワクワクしてたっけ。
隠しダンジョンに入るには、ゲーム終盤になってようやく手に入る特殊な「鍵」が必要だ。
つまりゲームが始まってすらいない今、本来この扉を開けることはできないはずだ。
しかしここは異世界であって、ゲームではない。
しかも俺はすでに「鍵」を持っている。
扉を開ける「鍵」。
それは……
「”悪とはなにか。弱さから生じるすべてのものだ”」
周囲に誰もいないことを確認したあと、俺は鍵となる言葉を詠唱した。
すると「ガチャッ……」と、鍵が開いたような音が聞こえた。
狙い通りだ。
隠しダンジョンへの扉を開けるには、キーワードを唱えればいい。
だがこのキーワードは歴代魔王に
……しかし、しかしだ。
歴代魔王のみが受け継ぐとされるキーワードを、俺はすでに知っていた。
なぜなら『SB』を全クリしているからだ。
──ゲームの終盤。
壊れた聖剣を復元させた主人公シンは、魔王の配下からキーワードを教わる。
配下の狙いは当然、勇者シンを難関ダンジョンにおびき寄せるためであった……
これが、プレイヤーたる俺がキーワードを知った経緯である。
さて、俺が隠しダンジョン──通称「下層」への扉を開けたのには当然、理由がある。
最奥に眠るSランクの刀を……勇者の聖剣に
下層には魔物の軍勢が待ち構えていることだろう。
しかしある手段を用いれば、俺でも無傷で最下層まで進むことができるはずだ。
「さて……行くか」
怖い。
これから高ランクの魔物と連戦をこなすことになると思うと、足が震えてくる。
だが8年後の魔王
俺はブロードソードを片手に、階段を降りていく。
ちなみに扉のロックは自動的にかかったため、誰も入ってこられないはずだ。
──ガチャ……ガチャ……
下層でさっそく俺を出迎えてくれたのは、槍と
また、鎧の隙間からは「闇」がにじみ出ており、全体的に黒い装いだ。
そして何より奴は恐ろしく硬い。
ゲームでは《将軍》のクラスを持っており、鉄壁の守りを誇っていた。
今からまともに剣で戦おうものなら、かすり傷一つつけることはできないし返り討ちにされるだろう。
だが俺には「これ」がある。
「ヒール」
────────ガコンッ!
鎧をまとった死霊は勢いよく後方に吹き飛び、大きな金属音を立てて動かなくなった。
そして鎧のパーツをまとめていた「闇」が消え、バラバラとなった。
「……マジか」
ぶっちゃけ一発で倒せるとは思っていなかった。
「勝算はある」とは思ってはいたが。
確かに《将軍》は、トップクラスの守備力とHPを持つ割に魔術耐性は低め。
だがあくまで「低め」であって、魔術に対して致命的に弱いかというとそうでもない。
だが俺はそんなゲーム終盤のマップに出てくるような強敵を、一撃で葬ってしまったのだ。
驚かないほうがおかしい。
「まあいい」
俺はとりあえず先に進むことにした。
道中に現れるアンデッド──死霊やスケルトンなどを《ヒール》で蹴散らし、不意打ちされそうになったら剣でパリィして《ヒール》した。
なぜ俺がすべての敵を《ヒール》で倒せたのか。
その理由は、このダンジョンにはアンデッドしかでてこないからだ。
これが俺でも──
いや、《回復術師》である俺だからこそできる、隠しダンジョン攻略法である。
本当なら剣一本で挑んで己を鍛えたいところだが、それはまた今度だ。
そうこうしているうちに、俺はダンジョン最深部まで迫った。
あとは──
「よく来たな、死ね」
いきなり俺に斬りかかってきたのは、転生直後に
奴の正体は、このダンジョン最深部に侵入してきた人間の「闇」を実体化したもの──ダークトライアドだ。
つまりこれは「自分との戦い」なのである。
──まあ「自分との戦い」とはいっても、ゲームでは出撃させたユニットの数だけダークトライアドが現れ、弱いユニットが集中攻撃されてしまうわけなのだが。
「考え事をしている暇はないぞ、人間」
俺のダークトライアド──ダークセインは、銀製の剣を振り回す。
ちなみにこれは、下層攻略中に俺が現地調達してきた剣とまったく同じものである。
さすがに上層で奪った「てつの剣」では話にならないから、乗り換えたのだ。
それにしてもダークセインのやつ、動きが遅いな。
これなら上層で俺を不意打ちしてきたスケルトンのほうが速いぞ。
それもそのはず。
ダークセインの天職もまた、最弱職の《回復術師》だからだ。
俺は奴の振り下ろしをかわしたあと、耳元で
「ヒール」
「ぐうっ!」
さすがに一撃では死なないか。
ダークトライアドもいちおう死霊の類だし、効くと思っていたのだが。
もしかしたら俺の「人性」をある程度投影した結果、「半アンデッド」のような感じになっているのかもしれない。
あるいは単純に、ダークトライアドが持つ《回復術師》としての魔術耐性が、俺の《ヒール》と
「な、なんだこれは……力が抜けてい──ぐあああああああああああっ……!」
ダークセインがひるんでいる隙を突いて、勢いよく袈裟斬りする。
俺の「ぎんの剣」は、守備力が貧弱なダークセインを一刀のもとに斬り伏せた。
ダークセインは、光の
……はあ、「自分との戦い」とは一体なんだったんだろう。
俺自身には効かない《ヒール》で「自分」を弱体化させ、剣で斬る──これはあまりにも一方的過ぎる。
まあとにかく、俺がダンジョンの主であるダークトライアドを倒したのは事実だ。
そう思って先に進むと、奥の部屋に一つの宝箱があった。
「あった……!」
蓋が閉まったままの宝箱に、思わず生唾を飲んでしまう。
そして心臓がバクバクと跳ね上がってしまった。
もしかしたら他の冒険者──それも元日本人に中身を盗られているかもしれないと、そう思ったからである。
ゲームでは手つかずだったこの宝箱。
しかしゲームに似ているようで違うこの世界では、どうなっているかわからない。
とにかく俺は《アンロック》の白魔術を使って鍵を開け、宝箱を開けた。
「おおっ……!」
宝箱の中身は、一振りの刀。
鞘から刀を抜き払う。
すると鏡のように反射する刀身が現れた。
刀身は非常に薄く、少し扱いを間違えただけで折れてしまいそうだった。
この刀の名前は《
ゲーム内の説明文には「道を極めた者のみが扱える剣」とシンプルに書かれている。
剣の熟練度がS──最高値でなければ装備できない。
そして剣の熟練度が設定されていない《回復術師》では逆立ちしても使えない、ということだ。
しかしここはゲームとは違う。
俺は《回復術師》でありながら、アンデッドから奪ってきた剣をある程度使うことができたのだ。
Eランクの「てつの剣」はもちろん、Bランクの「ぎんの剣」ですら多少は扱えたし。
Sランクの刀 《残心》は、勇者の聖剣に迫るほどの威力を持つ。
そして聖剣よりも高い必殺率を誇る。
しかし一つだけ欠点がある。
それは、非常に壊れやすいという点だ。
ゲームでは、たった5回使っただけで「武器が壊れてしまった……」というダイアログとともに消滅(ロスト)する。
他の武器は何十回も使えるし、勇者の聖剣にいたっては耐久値が無限大なのにだ。
しかし《リペア》を何度も使える俺であれば、この問題は解決すると考えている。
もちろん相手はSランク武器だから修復も一筋縄ではいかないだろうが、練習あるのみだ。
「魔王来襲までには使いこなしておかないとな」
俺が殺されるまであと8年。
その間に力をつけ、魔王を返り討ちにしてやる。
そしてその後は自由気ままに、俺が大好きな『セイクリッド・ブレイド』によく似た世界を堪能してやる。
俺は決意を胸に、ダンジョンの転移門をくぐった。
この転移門は、最奥部からエントランスへの一方通行であるが、瞬時に転移することが可能だ。
ダンジョン出入り口に転移した直後……
「──セインくん!」
「ぐはっ!?」
突如、俺は小さな女の子──リディアに勢いよく抱きつかれてしまった。
胸のあたりに濡れた感触があり、リディアが泣いていると一瞬で分かってしまった。
「よかった……生きてたんだね……」
「あ、あの……離れてくれないか?」
「やだ……」
やだって言われましても。
今の俺は10歳だが、一応中身はアラサー社畜なので。
「えっと……なんだか心配かけてしまったようだな。その、ごめん」
「ほんとだよ! セインくんがいなくなってもう丸一日だよ? そりゃ心配するよ! セインくんのお父さんもお母さんも、おろおろしてたし!」
どうやらダンジョンが暗かったせいか、時間感覚が狂ってしまっていたらしい。
「ヒールがあれば休憩なんていらないじゃん」「せっかくここまで来たんだからクリアして帰ろう」と思って張り切りすぎたのがいけなかったようだ。
「わたし……セインくんが《かいふくじゅつし》さんになってバカにされたのがイヤになって『じさつ』したんじゃないかって、ほんとに心配だったの……『ぼうけんしゃ』のみんなも、シンくんもそう言ってたし」
「リディア……」
異世界転生を果たした俺は、「ここはゲームとは違う」と思っていた。
しかし今までどこか浮世離れしていたように思える。
だって中身アラサーのくせに死亡フラグ回避に必死過ぎて、「自分の行動が他人にどう影響を与えるか」を忘れていたんだからな。
少なくともリディアは、俺が失踪したことがきっかけで心を痛めている様子だった。
転生先であるセイン少年の──いや、今の俺の両親だって同じ気持ちなのかもしれない。
セインにはちゃんと、心配してくれる人がいたんだな。
それだけでも十分心が温まる。
しかし俺は、死亡フラグを回避するための努力はやめるつもりはない。
たとえそのせいで死んだとしても後悔しない……その覚悟もできている。
「リディア。本当に心配かけてごめん」
「うん……」
「でも俺は別に『《回復術師》になってバカにされたのが嫌で死にたくなった』っていうわけじゃない。むしろ本当の意味での『天職』なんじゃないかって思ってるんだ」
「そうなの……?」
「ああ。今は俺をバカにしてくる連中のことなんて気にしてない。むしろ見る目がないなって思っていたところなんだ。俺は世界最高の《回復術師》を目指すし、それでもって世界最強の冒険者を目指そうとも思ってる。だから俺のことは心配しなくてもいい」
リディアは俺に抱きついたまま、上目遣いの状態で「むー」とうなった。
「……ごめん、心配しちゃうか。けどリディア、俺はこれからの人生を楽しもうって思ってる。そこだけは分かってくれ」
俺は魔王を返り討ちにしたあと、大好きな『SB』に似た世界でのんびりやっていく。
旅をしながら適度に冒険者稼業をやって人々から感謝され、ほのぼのとしたスローライフを送りたい。
辺境に定住するのもありかもな。
そして俺の隣には、笑顔いっぱいのリディアがいたらいいなあ……
まあ俺はしょせん「ゲームの序盤で死ぬモブ」だし、リディアはゲームヒロインだからな。
リディアとどうこうなりたいってわけじゃないし、友達として一緒にいれたらいいなっていうだけだ。
「わかった、セインくんを信じる……今まで信じてあげられなくてごめんなさいっ……!」
「いいんだ、信じろというほうが酷な話だからな。これからちょっとずつ信じて、見守ってくれれば嬉しい」
「うんっ……!」
「じゃあ途中まで一緒に帰るか」
「ううん、『とちゅうまで』じゃないよ。わたし、セインくんのおうちに行く。いっしょにお父さんとお母さんにあやまろう?」
「そうだな……ありがとうリディア」
「うん! えへへ……」
リディアは涙を拭う。
そしてさり気なく俺と手を繋いできた。
……まあこういうのも悪くないか、
頬が緩みそうになるのを我慢しながら、俺はすまし顔を作って帰路についた。
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