第5話 幸せの青い猫。
「あのさ。」
「何だ?言ってみろ。」
白丸はイッタの前を歩きながら、振り返りもせずに答えた。
「歩くの遅くね?」
ああ?と言いたげな顔で白丸は目だけで振り返った。カエルの横に潰れた瞳が神秘的で美しい。不遜な輝きを放っている。
「急いでいるのか?」
「全然。」
ただ、移動が遅すぎて、歩くのが辛いだけと、イッタは告げた。なるほど、と、白丸は納得した。夜はいよいよ深まり、月に輪郭を与えられた雲は速い。光と闇。立体と平面が繰り返される。立ち止まった白丸は、胸の内ポケットからタバコを取り出す。身長10cmのカエルの小さな小さな胸の内ポケットから人間用のタバコを取り出す様は、手品師の振る舞いを見るようで楽しかった。そう言えば、白丸は魔術師と名乗っている。その通りなのだろうとイッタ思った。
「さすが魔術師だね。」
「ん?ああ、これは魔術ではない。こういうポケットなのだ。ポケットそれ自身より大きなものを仕舞ったり、取り出せるポケットなのだ。」
「はぁ。」
「異次元ポケットと私は呼んでいる。」
「ぎりぎりのネーミングだよ、それ。」
白丸は、取り出したタバコを慣れた手つきで咥え、ふぉうか?と返事をした。同じように胸の内ポケットからマッチを取り出し、火をつけた。ふーっっと、煙を吐き出す。白丸は満足そうだ。くるりと振り返り、イッタに告げる。タバコでイッタを指差す。
「では、急いでやろう。」
上から目線の白丸にイラっとしないでもなかったが、早く歩いてくれるのならいいかと、イッタはよろしく、と同意した。約束通り、白丸は速度を上げた。なんと2倍に。いや、なんていうか、たったの2倍に。
「結局、遅いじゃん。」
「何か言ったか?」
「何も。」
カエルの速度が2倍になったところで、人の歩行速度は上昇しない。当然だ。結局、イッタは一歩進んでは止まり、半歩進んでは止まるを繰り返していた。疲れる。
「あのさ。」
「なんだ?」
「その異次元ポケットから、あらゆるドアとか出てこないの?」
「出んな。見ての通り、私はカエルだ。その手の質問は幸せの青い猫にするといい。」
「ごもっとも。」
理解してんじゃん、とイッタは胸の中でツッコミを入れた。彼らがそうしている間にも、夜は少しずつ更けていった。夜の住宅街にアスファルトは延々と続いた。空には歪んだ月が泳ぎ、雲はそろそろ眠りについた。星々が輝き、夜空を埋め尽くしていく。大きな大きな星々の大河が現れる。初夏の夜空はとても高かった。飛び散った星々が、ざわめいていた。そのざわめきの中に、イッタはすごくすごく久しぶりに北斗七星を見つけて、染み込んでくる感動を覚えた。
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