最高のロマンチックしよう。②



 俺と小鳥は公園で散歩をしたり、食べ歩きをしたり、とにかく普通のデートをした。

 楽しい時間はあっという間に過ぎて、夕暮れ時になっていた。

 今、高台のベンチに座っている。

 デート終盤のしんみりした時間。平凡なデートが終わった後は、「またね」と別れて明日からも平穏な日々が続くものだ。でも今。


「…………彗星、見えちゃってるね」


 小鳥が夕暮れの空を見上げた。

 俺も一緒に空を見上げる。


「デカイ……。あれが彗星なんだ」


 夕暮れの空に巨大な石の塊が見えていた。そう、直系五十キロの彗星だ。

 彗星衝突まで三十分を切っている。地球に迫りくる彗星、人類を滅ぼす天体ショーだ。


「……篤史くん、大丈夫?」


 小鳥が心配そうに聞いてきた。

 そんな小鳥に俺は小さく笑って頷く。


「意外と大丈夫。彗星がすぐそこまで来てるのに変な気分だ」


 もう少しパニックになるかと思ったけど意外と落ち着いている。

 落ち着いているから気付いていた。俺の周囲一帯には内閣人柱観察保護局の局員が配置されていることに。

 俺の基本的人権は守られている。だから俺は自分の意志で人柱にならなければならない。世界中が俺に死にますようにと願っている。

 そう、それはきっと隣にいる小鳥も。


「篤史くん、一緒に死のっか」

「…………え?」

「地球の皆でさ、一緒に死ぬの。篤史くんと私も、ここで死ぬの」

「こ、小鳥さんっ? なに言ってんの!?」


 驚いた。めちゃくちゃ驚いた。

 死ぬ決意なんてしてなかったけど、きっと死ぬんだろうなと今まで漠然と思っていた。

 だってそうだろ? 俺一人と人類約八十億人。どう考えても俺一人が死んだ方がお得だ。


「本気だよっ。本気で言ってる。一緒に死の?」

「小鳥さん、自分がなに言ってるか、っ……、あれ? なんでだろ、平気だったのにっ……」


 ぶわりっ、涙が溢れてきた。

 人柱だと聞かされた時も泣かなかったのに、なぜか今、涙が溢れてきた。

 そんな俺に小鳥が優しく微笑む。


「篤史くんだけ死ぬなんておかしいよっ。おかしいっ」

「小鳥さん……」

「いいんだよ、一人で背負わなくて。だいたいみんな勝手だよ。ふつうの十六歳に人類の命運を背負わせるなんておかしいよね?」


 小鳥が怒ってる。世界に怒ってる。

 仕方ないと思ってた俺のために、俺が言えなかった文句を言って、プンプン怒って……。



「…………小鳥さんが死ぬのは、嫌だな」



 ぽつりと言葉が漏れた。

 漠然とそう思った。泉のように感情が込み上げてきた。

 一緒に死ねるのは嬉しい。でも小鳥が死ぬのは嫌だ。


「俺は人類のためじゃない、小鳥さんのために人柱になるよ」


 小鳥をまっすぐ見つめて言った。

 でも小鳥の瞳がみるみる潤みだす。


「篤史くん……? だ、だめ、なに言ってるの? 篤史くんだけ死ぬなんて嫌だよっ!」

「ごめん、もう決めたんだ。俺は人柱になる」


 そう言ってベンチから立ち上がった。

 泣いている小鳥を振り返り、最後の言葉を。


「小鳥さん、今日はありがとう。楽しかった。最後の日を一緒にいられて幸せだったよ」

「篤史くんっ、いや、そんなのダメだよっ」

「ありがとう。その、大好きだっ……!」


 こんな時に告白なんてベタすぎて恥ずかしい。でも聞いてほしかった。最後に泣かせてしまったけど聞いてほしかったんだ。

 俺は最後に笑いかける。そして腕時計のボタンを押して、宇宙へ――――。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る