十九学期 頼まれた者

 ポスター作りが始まる前の昼休みの時間、私の元に一通のメールが来た。



「……あら? 瑞姫から? どうしたのかしら? もしかして、風邪が悪化したとか?」



 心配になった私は、すぐにスマホを開いてメールを確認。しかし、そこに書かれていた事は……単なる頼み事。



 ――お姉ちゃん、ちょっと頼み事があるんだけど……。




 何だそんな事かと思っていた私が、瑞姫からの2通目のメールを待っているとトーク欄に送られてきたメールは、私の予想外の事だった。






 ――今日、日下部さんから英語のノートを預かって欲しいんだ。





 え……? そんなの本人に頼めば良いじゃないって……送信しようとした次の瞬間、私が画面をタップしようとする直前に瑞姫のメールが送られてくる。






 ――本当は、日下部さんに2日分のノートを頼むつもりだったけど……でも、せっかく仲良くなってくれた人に風邪をうつしたくないし……。




 たっ、確かにそうだ。瑞姫の言っている事は、御最も。でもなぁ……そのためにあの人の所へ行くのものなぁ……。



 しかし、そう思っていると瑞姫から更にメールが送られてくる。





 ――お願いお姉ちゃん! 友達に風邪を移したくないの!





 うっ……。そう言われてしまうと……つい「イエス」と返事を返したくなってしまうのが長男長女あるあるだと思う。全く……私も来世は、末っ子になりたいところだ。



 あぁ……でもなぁ、日下部さんかぁ……。瑞姫、他に良い人絶対いるでしょうに……。どうして、あの子なんだろう?






 いや、まぁ……そうか。ふと、私の脳裏にここ最近の瑞姫との食卓での会話の風景が浮かんでくる。



 そういえば、ずっと日下部さんとの事ばっかりだったな……。日下部さんも毛玉ヌコ知ってたんだよ! とか……日下部さん、私以外にも友達いるみたいで……とか。まぁ、確かに最近の瑞姫を見ていると……その日下部さんととても仲良くなりたいんだなって言うのが、よく伝わって来る。





 はぁ……まぁ、しょうがないかぁ。可愛い妹の為だし……それに、日下部さんとはクラス委員でこれからも一緒になる事は多いだろうし、生徒会長たるもの苦手はあまり作らない方がいいだろうしね。




 はぁ、お姉ちゃんが妹のために人肌脱いでやるかぁ……。






 こうして、私は瑞姫の頼みを聞き、日下部さんから英語のノートを回収すべく、ポスター塗りの時間を利用して話しかけに行こうと決意したのだが……。












 ……やっぱり無理かもぉ! なんか視線が……視線がたまに……これっ! 絶対に見られてる! 私の……むっ、むっ……むっ胸がぁ! 確証はないけど……そんな気がする!






 落ち着くのよ。落ち着いて……氷。要件を伝えるだけよ。……妹のためじゃない! お姉ちゃんなんだからこんな所でへこたれてちゃ……。




「……会長、に絵具ついてますよ? とってあげましょうか?」







「……はみぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」




「え? どうしたんですか? 会長?」


 日下部さんの平然とした顔。私は、今の状況とさっきの言葉を思い出しながら少しずつ冷静さを取り戻していき、それから深呼吸した後に答えた。





「……いっ、いえ! べっ、べべべつに! 何でもないわよ。ちょっと、その……えっ、絵具がついちゃって驚いただけよ! あはっ、あははは!」




 あぁ……ダメだわ私! 日下部さんが胸っていうだけで反応してしまう! 恐ろしい……! 恐ろしいわ! なんて事なのでしょう!





「……本当に大丈夫ですか? 私、保健室まで連れて来ましょうか?」



「いいいえ! いいえ! 良いのよ! さぁ、続きをやりましょう!」




「……はっ、はぁ……。あぁ、そうだ。所で会長は、鶏肉は肉派ですか? それとももも肉派?」




「ヒッ!」



「……私は、肉派なんですけど……。会長は、どっちが好きですか?」




「……はままままままままままままままま」



 しばらく、思考停止していた私が答える。



「……どっ、どちらも好きよ。私、基本的に食べ物の好き嫌いとかしないから……」




「そうなんですか! さすが会長。その言葉、を打たれました。好き嫌いがないなんて……普通に凄い事です! 私のに深く刻んでおきます!」





「……はまッ!」


 どうすれば良いのよ! これ! 一向に”胸”じゃない! 私は、一体どうすれば良いのよ!






 それからも……私は、日下部さんと鶏胸肉の話を繰り広げながら……この時間を乗り切るのだった。



 



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