謎の女性 Ⅵ
その言葉に、私はなにも言うことができなかった。
ただ、呆然と立ち尽くす。
「お願いします!」
アイラが先ほどと同じように、いやそれよりも深く頭を地面につけたのはその瞬間だった。
地面に髪を広げ、なにふりかまわずアイラは叫ぶ。
「私を、人間のままにさせてください!」
その瞬間、私は固まっていた。
せめて何か言おうとして。
突然客室の扉が開いたのは、その時だった。
「マルシア様、何ですかこの声……っ! 何だお前!」
次の瞬間、部屋に入ってきたのは街に務めている魔術師の一人だった。
声を聞いてやってきたらしい彼は、見知らぬ人間のアイラを目にし、驚愕する。
焦った様子を隠さないアイラが顔をあげたのはその時だった。
「今だけは、こないで……!」
髪をかきあげ、懇願にも似た声をアイラはあげる。
「……っ」
その目を真っ正面からみた魔術師の動きが見るからに鈍る。
しかしそれだけだった。
「先天魔法……! 貴様、マルシア様になにをしようとした!」
「いっ!」
顔色を変えた魔術師は、アイラの手をひねりあげる。
もちろん、ただ先天魔術を使えるだけのアイラに抵抗するすべなどありはしなかった。
あっさりと動きを封じられ、顔を髪が覆う。
「私は……!」
それでもアイラは私に何かを口にしようとして、それも最後までとちゅで途絶える。
「んー! んんー!」
「悪いが、先天魔法を使える人間に自由に話させる程優しくはなくてな」
アイラの顔に絶望が広がったのはその時だった。
そんなアイラの表情に目を向けることもなく、魔術師は口を開く。
「大丈夫ですか、マルシア様? 何かこの女に傷でも……いや、とにもかくにもこの女を拘束してこないとか」
一瞬だけ私の方を向くも、すぐに魔術師は踵を返す。
「……待ちなさい」
──私がそう告げていたのは、その時だった。
「どうしました、マルシア様?」
私の声に、魔術師が疑問を隠さない表情でこちらに向く。
その視線を受けながら、私は黙っていた。
自分でも、なぜ呼び止めてしまったのか分からなかった故に。
しかし、アイラの顔を見た瞬間、私はその理由を悟ることになった。
「っ!」
涙に濡れるアイラの顔は、非常に魅力的だった。
だが、今の私の心にあるのはその魅力ではなかった。
私の頭に、ある記憶がよみがえる。
それは、かつて実家にいた頃の自分。
……そして、四年前私の部屋にやってきたルクスの姿だった。
それを思い出しながら私は理解する。
自分は、アイラをどうしようもなく自分やルクスに置き換えてしまっている、と。
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