謎の女性 IV

 アイラのその言葉に、私は何の言葉も返すことはなかった。

 その結果、部屋の中を沈黙が支配する。

 それに居心地の悪そうに身じろぎするアイラの後頭部を見て、ようやく私は口を開いた。


「……残念だけど、それを信じる程私は馬鹿でも、優しくもないわよ?」


 決して声を荒げた訳ではない。

 しかし、その言葉にアイラはまるで怒鳴られたように肩を震わせる。

 その姿はどこから見ても人を騙すのにたけた下心を持つ人間ではなかった。

 その態度に疑問を覚えながら、私は続ける。


「私は仮にもシャルルの婚約者だったのよ? あの目を見て分からない訳がないでしょう。あれは貴女に魅了されているものが浮かべる目ではないわ」


「ちが……! あの人は、私に魅了されています! 普段の姿を見ていないからマルシア様はそう勘違いしているんです!」


 僅かに顔をあげ、そう叫ぶアイラ。

 彼女は必死にシャルルは魅了されていると叫ぶ。


「違うわ。シャルルの貴女を見る目、あれに愛情はなかったわ。……むしろ、シャルルは貴女を見下していたわ」


「……っ」


 呆然と、アイラが硬直したのはその瞬間だった。

 また、その態度が何より雄弁に物語っている。


 そう、私の言葉をアイラが認めたことを。


「言ったでしょう、私は元婚約者と。貴女の以前にシャルルに見下されてきたのは私よ?」


「わ、私は……」


 私の言葉にそれでも、アイラは何か言おうとする。

 だが、その声も途中で途絶えてしまう。

 その姿に、私は眉をひそめながら続ける。


「シャルルの貴女への態度、そしてシャルルがそばにいるときの貴女の態度。あれだけ証拠があれば、誰だって分かるわ。誤魔化そうとするのはやめなさい」


 シャルルが話している時のアイラの影の薄さ。

 それが私の脳裏に蘇る。

 ……あれは、間違いなくシャルルへの恐怖が滲んだ態度だった。

 それが分かれば、シャルルが魅了されていたというのは、アイラの嘘なのは分かり切っていた。

 どうすれば良いか分からない、そう言いたげに固まるアイラの姿に、私は改めて自分の考えが間違っていないことを確信する。

 だが、いやだからこそ、新たに謎が浮かび上がってくる。


「貴女、どうしてシャルルを庇うの?」


 ──すなわち、アイラがシャルルを庇う動機という謎が。


 私の言葉に、ゆっくりとアイラが顔をあげる。

 乱れた髪の間から覗く目に、私は自分が僅かに魅了されるのを感じる。

 だが、私を内心歯を食いしばって、アイラの目を真っ直ぐに見ながら問いかけた。


「シャルルを庇う理由なんて貴女にはないはずよ。もののような扱いをされてまで、どうして貴女はシャルルに従うの? 貴女は恐怖に支配されているの?」


「……それ、でも」


 かすかに、アイラの口か動く。

 それは決して大きな声ではなかったが、二人きりの部屋では聞き取るのに何の支障もありはしなかった。


「シャルル様は、私を見てくれた初めての人です」

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