謎の女性 Ⅰ

「……あんなに泣いたのは、子供の時以来かしら」


 お義母様の胸でわんわんと泣いてから一時間ほど、私は自室で火照った顔を仰いでいた。

 あの時のことを思い出すと、良い年をして……と羞恥と後悔が胸によぎる。

 ただ、それをふまえても決して悪い時間ではなかったのは事実だが。


「バルドスには、泣いたことはルクスに言わないように口止めしておかないと……」


 そういいながらも、私の頭に思い出されるのは先ほどのことだった。


 ──もう私達は君とルクスに、大きく助けてもらった。


 ──だから、もう私達のことは気にせず好きにしていいのよ。


 それはお義父様とお義母様が、最後に私にかけた言葉だった。

 愛情に溢れたその言葉に口がゆるむのを感じながら私は思う。

 ……それは私の言葉だと言うのに、と。


 この家に来てからの生活、それは私にとって本当に夢のようなものだった。

 それはシャルルがいた時だけではなく、いなくなってからの修羅場を含めても。

 私を一人の人間として認め、受け入れてくれたこの家の人々に、どれだけ私が感謝しているか、それはお二人とも分かっていないだろう。


「……もし、本当に私が家族だったら」


 今更言ってもどうしようもない仮定が私の口から漏れたのは、その時だった。

 自分の口から漏れた言葉に、私はとっさに周囲を確認する。

 先ほどの自分の言葉が聞こえていないのを確認するように。

 その後に、私は小さく苦笑した。


「我ながら、未練がましいわね」


 シャルルが駆け落ちした結果の現状、それに私は本気で歓迎している。

 シャルルが駆け落ちしてくれてよかったのだと。

 しかしその一方で私は思わずにはいられない。


 ……シャルルさえこの駆け落ちしなければ、私は真にこの家の一員になれたのに、と。


 それはあまりにも今更かつ、未練がましい仮定だった。

 その未来があったとして、それが今より幸せなどかけらも思わない。

 それにも関わらず、こんなことを考えてしまう自分に、私は呆れを隠せない。


「はあ、こんなこと考えても仕方ないわ。切り替えましょ」


 私はそう一息吐くと、立ち上がる。

 こういう時には、仕事が手に着かないのは知っている。

 それを切り替える為には、体を動かすのが一番だ。

 そう考えた私は、自然とその足をシャルルとの会話に使った客室へと向けていた。

 とりあえず、その部屋を片づけて頭の整理をしようと。

 普段ドルバスに、使用人の仕事を奪うなと言われるが、実家にいた頃は雑務をしていたこともあり、私には気分転換のようなものだった。


「さて、どう言い訳しようかしら?」


 そんなことを考えながら、私は客室の扉を開く。


「……は?」


 そして、そこにいた想像もしない人間の姿に、私は言葉を失うことになった。

 長い髪、そして顔を隠すように俯いた姿。

 見覚えのあるその姿に、私はただ呆然とすることしかできない。


 客室にいたのはアイラと呼ばれていた女性──シャルルの駆け落ち相手の女性だった。

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