駆け落ちから四年後、元婚約者が戻ってきたんですが

陰茸

婚約者が駆け落ちしてから Ⅰ

「……嘘、ですよね?」


 最初その話をされた時。

 私、マルシアは信じることができなかった。

 たちの悪い冗談だと、そうあってくれと祈りながら私は目の前の人達、伯爵当主夫妻へと視線を向ける。


「すまない。本当のことだ。どの部屋を見ても、シャルルの姿はない。間違いなくあの馬鹿息子、シャルルは失踪……いや、駆け落ちした」


 その瞬間、私がその場に崩れ落ちなかったのは、奇跡だった。

 それほどの衝撃を、私はその言葉に覚えていた。


 ……なぜなら、その駆け落ちしたシャルルとは、私の婚約者なのだから。


 呆然と立ち尽くしながら、私は考える。

 一体なぜ、彼はこんなことをしたのかと。


 確かに、私とシャルルの関係はあくまで政略結婚。

 私の実家であるマルデーン男爵家と、アルタルト伯爵家で幼い頃から決められた婚約者ではあった。

 それでも私は、シャルルの我儘に付き合いながら、それでもよき婚約者であろうとしてきた。

 少なくとも、私はそう思って今まで頑張ってきた。

 だからこそ、突然の婚約者の駆け落ちが私には信じられなかった。


 もちろん、シャルルが平民の女性にちょっかいを出していたことを私は知っていた。

 その上で、私は我慢していたのだ。

 にもかかわらず、その女性とシャルルは駆け落ちしたのだ。


 どうしてなぜ、なにも言わずに。

 それも、こんな結婚を目前にして。

 ……そんな感情におそわれ、私は呆然と立ち尽くすことしかできない。


「本当にごめんなさい、マルシア。シャルルが、どうしようもない息子が……!」


「お義母さま……」


 そんな私を正気に戻したのは、アルタルト伯爵夫人で私の義母にあたる、クリスタ様の悲痛な謝罪だった。

 周囲の目など気にせず、お義母さまは私へと頭を下げる。


 この駆け落ちが衝撃なのは、自分だけではない。


 そんな簡単なことに、私が思い当たったのはその時だった。

 いつもは凛とした伯爵夫人である義母さまの声は、隠しようがないほど震えていた。

 今にも倒れてしまいそうなお義母さまを支えながら、アルタルト伯爵家当主、私の義父にあたるマイヤーズ様も、私へと頭を下げる。


「シャルルは本当に……本当にどう言葉を尽くしてもおわびできないことをしでかしてしまった。これも全て、魔法の才能があるからと甘やかしてしまった私達の責任だ」


 お義父さまの方は、義母さまに比べしっかりとたっている。

 しかし、その顔が蒼白なのは変わりなく、その衝撃の受けようを物語っていた。


 普段目にしない二人の取り乱した姿に驚愕しながらも、同時に私は理解していた。

 そんな二人の態度が仕方ないことであることを。


 ……なぜなら、次期当主であるシャルルが去った今、アルタルト伯爵家は存続の危機にあるのだから。


 シャルルは性格に難があったが、その魔法の才能は歴代伯爵家有数のものだった。

 いや、それだけの才能があったからこそ、性格に問題が生まれてしまったのかもしれないが。

 そして、伯爵家はそのシャルルの才能によって、徐々に力をつけている最中だった。


 ……そんな中で、突然のシャルルの駆け落ちはあまりにも致命的だった。


 今まで伯爵家と付き合おうとしていた貴族達も、肝心のシャルルがいないとなれば離れていくだろう。

 それどころか、突然のことで他の家から恨みを買う可能性も皆無ではない。

 そうなれば、元々裕福な土地を持つ訳でもない伯爵家は一気に寂れていくだろう。


 今から、対処しなければ伯爵家の存続は危うくさえある。

 そんな状況で、こんな風に呆然としている暇などない。

 そう私は自分に喝を入れようとする。


「……だからマルシア、君には婚約をなかったものとし男爵家に戻って欲しい」


 お義父さまが、そう告げたのはその時だった。



 ◇◇◇



 気分転換で書いていた新作のストックが溜まりましたので、短めですが連載させていただきます。

 今日の9時頃にもう1話、更新させていただく予定です。

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