II 繰り返される過ち

1

 今晩のパーティーの主催であり、開催会場でもあるエインズワース家の屋敷。

 民家が1、2軒程建てられるのでは無いかとも思える広いホールには、高価なドレスやスーツ、宝石に身を包んだ貴族が密集している。

 

 あの後、俺にパーティーへの同行を命じた人物であるスタインフェルドは約束の時間を1時間も遅刻してきた。どうにか自分が寝過ごした事を彼に知られず済んだが、今自身の置かれている状況に早くも思考が此処へ来た後悔で埋め尽くされる。

 各方面から聞こえてくる、煩わしい幸福自慢。酒を片手に、自分が如何に良い境遇か、如何に恵まれているかを誇らしげに語り、そして他者を見下しては自尊心を満たす。

 まるで、毒蛇の巣穴の様な場所だ。上流階級が集まるパーティーに同行する事はこれが初めてでは無いが、今日は一段と息が詰まる。

 全ては仕事の為だと思い同行を引き受けたが、マーシャの言う様に適当な理由を付けて断ってしまえば良かった。自身の思考を埋め尽くす後悔は膨れ上がり、最早息苦しさ以上の何かを感じていた。


「――アンドール君、聞いてるかね」


 目の前の男、スタインフェルドの問い掛けに顔を上げる。


「聞いてます。その話、もう3回目ですよ」


「君はこういう話が嫌いな様だね」


「まぁ、好きでは無いです」

 

 彼の問いに曖昧に返答し、ワインが注がれたグラスを手に取る。

 彼が得意げに話すその内容も、貴族らしいと言えば貴族らしい経済の話題だ。毎月どれだけの収入があり、どれだけ裕福な暮らしをしているのか。それを力説する彼の姿は、自分から見れば非常に滑稽である。


 自身の経済状態も、決して悪い訳では無い。貴族に手が届く程では無いものの、そこらの労働者階級よりかは遥かに良い暮らしをしているだろう。

 だが自身にとってそれは、彼の様に自慢話になるものでは無く、更にはその程度の事で自尊心が満たされる事も無い。ただ“生活に余裕がある”というだけのものなのだ。


「君にとっては退屈な話だろう。だが、身分が低いのだからそれも仕方が無い。君には養女の件で感謝しているからね。たった一晩だけでも夢を見せてやっても良いかと思い、私の権力を使って君を同行させたのだ。決して親しみや信頼をおいて同行を許可した訳では無い。勘違いするなよ」


 彼がワインを片手に、冷笑を浮かべる。

 こうして、自分より格下の相手に権力をふるうのは嘸かし気持ちが良いのだろう。欲に塗れた彼の表情は、最早自尊心なんて言葉では表す事が出来ない。


 ――親しみや信頼など、あって堪るものか。


 内心毒づいた言葉をうっかり口にしてしまわぬ様に、グラスの中のワインを喉奥へと流し込んだ。


 このパーティーの主催者であるエインズワース家は、スタインフェルド家と同等、もしくは少し低い位の家柄だ。だが両家共に、上流階級のトップだと言って良い程名望があり、資産も多い。

 今日のパーティーは、そんなエインズワース家の令嬢の誕生日祝いを兼ねたものだった筈だ。幾ら同行という立場であろうと、この屋敷に足を踏み入れた以上令嬢に一言でも挨拶をするのが礼儀マナーであろう。

 だが困った事に、先程から肝心である令嬢の姿が見えない。

 隣のスタインフェルドに尋ねても、「挨拶をする必要など無い」の一点張りで求めている回答が返ってくる事は無かった。


 パーティーは丁度、佳境に入った頃合いだ。令嬢への挨拶を果たせていない事が気掛かりではあるが、今が此処を離れる絶好のタイミングだろう。

 グラスの中のワインを全て飲み干し、空になったグラスを叩き付ける様にテーブルに置く。

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