至神転生―復活の龍と最強の魔法―

五月 和月

第一章

第1話 転生がこんなにハードなんて聞いてない

 虐げられた「奴隷」を助けてくれるのは「英雄」と相場が決まってるよね?

 まぁ、俺ことウォードは英雄じゃなくて奴隷の方なんだけど。今のところ英雄は現れない。


 俺が住んでたのはマルステッド王国北東の端っこにある小さな村だった。約三カ月前、四人の竜人と二体のレッサーワイバーンが突然村を襲った。

 竜人というのは竜が人化したもので、見た目は人族と見分けがつかないが、その強さはまさしく竜そのもの。人が敵うようなものじゃない。奴らが「竜人」だっていうのは後から分かった事だけど。


 最初は盗賊の襲撃だと思った。村にはまともな武器などなく、あったとしても使える者もいなかった。それでも、大人の男達数十人が襲撃者の撃退に挑んだ。すきくわ、鎌を持って村を守ろうとしたのだ。


 結果は惨敗。と言うより一方的な蹂躙だった。


 紫の髪に人の背丈くらいの大剣を持った男。緑の髪に大斧、白い髪に禍々しい戦槌せんついの男、そして真っ赤な髪に魔獣の牙か爪が穂になった槍を持つ男。


 襲撃者達が持つ剣や槍が振るわれると、一瞬のうちに屍の山が築かれた。狭い村を覆うように生臭い血の臭いが充満した。


 8歳の俺は何も出来なかった。ガタガタと震え、小便を漏らし、逃げる事さえ出来ずにその場に立ち尽くしていたんだ。


 最初に抵抗し殺された村人の中に父さんが含まれていた。襲撃者の槍で一突きされ、胸の真ん中に大きな穴が開き、口から血を吐きながら俺に(逃げろ)と目で訴えていた。その姿を見ていたのに、俺は何も出来なかったのだ。


 悔しかった。誰も助ける事が出来ない自分が、なのに何の力もない自分が、悔しくて堪らなかった。


 男達が成す術もなく殺されたのを見て、残された二十人ほどの老人、女性、俺を含む子供達は抵抗する気を失った。手枷を嵌められ、レッサーワイバーンが運んで来た鉄製の檻に捕らえられた。そのまま三時間ほど空を飛んで運ばれ、この地に降ろされたのだった。


 ここは鉱山だ。俺達の他にもどこかから攫われてきた人達が百人以上いる。男も女も、老人も子供も、汚れた茶色の貫頭衣を着せられ、ゴツゴツした岩場を裸足で歩かされて、日中は休みなく働かされている。


 全員が黒い金属製の首輪を嵌められていた。魔力の制御を乱して魔法を封じる効果があるらしい。何故か分からないが、俺には首輪の他に両手首と両足首にまで魔法封じの枷が嵌められている。魔法の使い方なんて知らないというのに。


 なんでも、俺は珍しい属性を持っているから念の為の措置らしい。


 自分の属性なんて調べた事もないし自分で見ることも出来ないから、それがどんな属性なのか分からない。しかし、そんなに警戒するなら殺してしまえば良いのに、と思った。俺ならそうする。この場合、殺されるのは俺なんだけど。


 しかし8歳の俺が死を願うくらい、ここの環境は過酷なのだ。実際、俺と同じ時期に連れて来られた同年代の子供達は一人残らず死んでしまった。


 毎日16時間以上続く重労働。与えられる食事は、朝と夜にコップ一杯の水とひとつまみの塩だけ。三日に一度、屑野菜と何の肉か分からない細片が入ったスープが配られる。


 体力のない者や病弱な者は一カ月ももたない。竜人達は、奴隷として扱き使っている人族の事を「使い捨ての道具」としか考えていなかった。使えなくなったら補充すれば良いと思っている。毎日十人以上の者が死に、同数くらいの者が攫われて運ばれて来る。


 こいつらが「竜人」で、竜が人化した姿だっていうのは俺より先に奴隷になった人に教わった。ここで採れる鉱物は「魔鉱石」と呼ばれ、魔力を含んだ金属の原料になる事も教えてくれた。


 その人も二日前に死んだ。自分の分の貴重なスープを俺に少し分けてくれるような人だった。他の死んだ人と同じように、鉱山の隅っこにある深い穴にゴミのように捨てられた。


 そこに捨てられた人族は、鉱山の周囲をうろつく魔獣の餌だ。濃い灰色をしたデカい狼のような魔獣が、その穴の傍にいつもたむろしている。


 俺ももうすぐその穴に捨てられるだろう。むしろ三カ月もよくもったと思う。「英雄」は現れない。たぶん「英雄」なんていないんだろうな。





 それから一週間。ついに俺の限界が来た。手押し車で魔鉱石を運んでいる最中、音が聞こえにくくなり、視界が暗くなっていった。全身の力が抜けて立っていられなくなり、そのまま地面に倒れてしまった。


 監視役の竜人が俺の傍に来る気配を感じる。槍の石突で脇腹を突かれるが、反応する力もなかった。


「死んだか。こいつはよくもったな」


 声が遠い。自分の目が開いているのかどうかも分からない。


 俺はそいつに軽々と抱えられたのを感じる。8歳の子供だし、三カ月以上まともに飯を食ってないし、こいつは竜人だし、そりゃ軽いだろう。ズンズンと歩き、途中で仲間の竜人と軽口を交わしながら、例の穴に運ばれる。


 ようやくこの地獄も終わりか。やっと楽になれる。


 そう思ったとき、少しだけ視界が戻った。目の前には、俺を運ぶ竜人が背負った槍がある。槍を体に結び付けている皮紐がちぎれかけているのが見えた。突然、このまま死ぬのは気に食わないと思った。せいぜい嫌がらせでもしないと気が済まない。


 竜人は俺を地面に落とし、首輪と両手・両足の枷を外し始めた。死人には不要という事だろう。


「ちっ。五つも着けやがって面倒臭ぇ」


 着けたのは俺じゃないから。八つ当たりも甚だしいな。


 五つの魔法封じを外し終え、竜人は穴に落とすため俺を小脇に抱えた。俺はずっと死んだふりをしている。勢いをつけるために前後に揺られ、ダランと伸ばした右腕が自然に槍にかかるように見せる。


「ほらよ!」


 掛け声と共に俺は宙に投げ出された。その時、右手でしっかりとそいつの槍を握って皮紐をちぎり、俺は槍と一緒に穴へ落ちて行った。


「あっ、槍! ……まぁいいか。新しいの貰おう」


 俺は死体の山に落ちた。凄まじい臭気のせいで意識が覚醒する。穴の縁から三頭の狼が滑り降りて来た。その目は真っすぐに俺を捉え、鋭い牙が並んだ口が半開きになり、伸ばした舌から涎が滴っている。


 一番近い狼から目を逸らさず、手で槍を探す。


(転生してド田舎のド平民だったのはいい。そういうパターンもあるからな。だが、8歳にして奴隷になり、道具代わりに扱き使われ、最後は魔獣に食い殺される? そりゃあんまりだろ?)


 右手が槍の柄を探り当てた。一頭の狼がじりじりと近づいてくる。


(せっかくの異世界なのに、村と鉱山しか見てないんだぞ!? 魔法すら見てない!)


 狼が体勢を低くした。俺は両手で槍を握る。


(女の子とも出会ってない! 前世でも童貞のまま死んだのに!)


 狼が、五メートルの距離から飛び掛かって来た!


「童貞のまま死ねるかぁぁあああああっ!!」


 俺は後ろの死体に石突を固定し、槍を斜め前に突き出した。飛び掛かってきた狼の口に槍の穂が吸い込まれる。空中で体勢を変えられなかった狼は槍を避けられず、穂先が口から後頭部に貫通して絶命した。


 一頭の狼が俺(と言うか槍)に殺されたのを見て、残りの二頭が気色ばむ。頭に刺さった槍を抜こうとするがびくともしない。他に武器もない。絶体絶命だ。


 ドッゴォォォオオオオオン!


 今にも狼ズに飛び掛かられそうになった時、地面を揺るがし、耳がおかしくなるような大音響が轟いた。


 ドゴォン! ドゴォン! ドゴォォォオオオン!


 連続する爆発音。その合間には金属同士がぶつかる音や叫び声が聞こえる。熱気と焦げ臭い風が穴の中まで届く。気付くと二頭の狼は消えていた。突然の爆発音に驚いて逃げたようだ。


 穴の外の狂乱は二十分ほど続いた。この世の終わりかと思うほど激しかったのが、次第に散発的になる。


 俺は、今にも何かが襲ってくるんじゃないかとずっと警戒していた。狼の頭を貫通した槍を四苦八苦しながら引っこ抜き、ずっと握りしめている。そのうち激しい雨が降り出した。びしょ濡れになり、顔を流れ落ちる雨で視界が歪むが、槍は手放せない。


 俺の命を救ってくれた槍だ。こいつを手放したら、一緒に自分の命まで手放してしまうんじゃないかと思えて必死に握り続けた。


 更に二十分ほど経っただろうか。人の気配は感じるが、騒ぎは完全に収まったようだ。緊張と警戒を続けていた俺も限界に達した。意識が朦朧として目が閉じそうになる。


(おい! ここに生きてる者はいないか!?)


 声が聞こえた気がした。俺は最後の力を振り絞って槍を縦に掲げた。永遠とも思える時間が経った頃、誰かに抱き上げられた気がして、俺はそのまま意識を失った。

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