異世界美容室ひろ
ジュニユキ
プロローグ
「……やっとか」
パチっと電気をつけると、座り心地の良さそうな灰色の椅子と上半身全てを写しだす大きな鏡が姿を現した。
「ええやん」
椅子にゆっくりと座りながら、お客さんの目線に立って確認していく1人の男。
「ユイカも座ってみて」
「はい、ひろさん」
ユイカと呼ばれたボブスタイルの黒髪の女の子が、新しい灰色の椅子に座る。ふかふかとしたその椅子に、ユイカは微笑みをこぼす。
「この椅子はナイスチョイスですね、ひろさん。まるでひろさんみたい」
「意味わからんこと言わんでええねん」
コツっとユイカの頭を叩くと、イテッと小さな声と共に叩かれたところを抑える。
「他の設備も確認するぞ、ユイカ」
「……はーい」
小さな店内を一つずつ確認していく。入り口の近くにお金のやり取りをするフロント。施術をするセット面が一つ。その奥に割としっかりとしたシャンプー台が1セット。その横に部屋があり、仕入れたばかりのカラー材やマニキュア。パーマに使うチオグリコール酸とシステイン。縮毛矯正に使うアルカリタイプの液と酸性タイプの液やブロム酸、過酸化水素が綺麗に整頓されて並べられている。
「お、綺麗に並べてくれたのか。助かるわ、ユイカ」
「いえ、仕事において整理整頓は基本ですからね」
黒ぶちメガネをクイっとあげて得意げそうにしているユイカ。
「そっすか」
「……ちょっとは褒めてくれても良いんですよ、ひろさん」
ユイカをスルーしてその部屋の奥にあるいくつかの扉の先も確認する。よし、注文通りやわ。
「おっけ、これであとはユイカが扉を繋いでくれるだけやわ」
俺がそう呟くと、ユイカは「了解ですー」と言って扉の方に向かっていく。左手に小さなノートパソコンを持って。
扉の前でパソコンを開くと、ユイカは割と早い速度でキーボードを叩き始めた。店内にカタカタと打鍵音のみがしばらく響き、大袈裟にエンターキーを押す。
「ひろさん、繋がります」
ユイカがそう言うと、扉の隙間から光が漏れ始めた。割と勢いよく。眩しい。俺は左手を目の当たりにかざした。
光が終わると、先ほどとは何も変わらない扉がそこにあった。
「……ユイカ。ホントに終わったの?」
俺がそう言うと、ユイカはやはり黒ぶちメガネをクイっとあげながら得意げに笑った。
「わたしの才能舐めないでくださいよ⤴︎⤴︎」
ユイカがガチャっと扉を開いた。
「……えぇ」
コスプレ会場のような景色がそこには広がっていた。俺はユイカの手に添えてドアを閉めた。
「ちょっとひろさん。手を添えるなんて積極的」
「攻めてるのは認めるけど、ドアの先攻めすぎやって」
もじもじするユイカの手を離し、ユイカに向き合う。
「ひろさんのご希望通り、異世界に繋がりましたよこのドアは」
「それはありがとう。……自分が希望したことだけど、思ったよりびっくりしたわ」
もう一回ドアを開く。やっぱりコスプレ会場みたいな景色が広がっている。魔法使いの格好をした人や明らか格闘家っぽい人、貴族っぽい人も歩いている。
「ひろさんはただの人間ですからびっくりされるのは当然です。仕方ありません」
「まあ、そうやな。でも楽しみやわー明日から。やっと異世界の髪切れるわー ユイカ、どんなことが起きるかこれからわからないけど、明日からサポートよろしくな。信頼してるで」
「ふふっ。こちらこそよろしくお願いします、ひろさん。実はわたしも楽しみなんですよ♡」
ドア先でそんな事を話していると、1人の異世界人に話しかけられた。
「あ、あの。もしかして髪の毛を切るところですか?」
「あ、はい。そうですよ! 明日の朝からオープンですので、よかったら来てくださいね」
「ちょうどお店を変えようと思っていたところだったのでよかったです。明日来ます」
そう言ってその異世界人は歩いて行った。
「早速、異世界人の髪の毛を切れそうですね」
「ああ、楽しみだ。どんな髪質なのかなー」
ドアを閉め、鍵を閉める。もう一度店内をひとしきり確認したあと、ひろは電気を消した。
☆あとがき☆
作者のジュニユキはガチの美容師です。
その経験を活かして、異世界の人の髪を施術しまくる物語を展開していきますので、多少マニアックな描写があるかとはございますが、よろしくお願いします。
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