一章
第1話
二〇六〇年。犯罪を犯した者はその大小に関わらず、更生の余地を失い死刑となる社会となり十年が経った。
犯罪数の減少、車両事故の低下、暴言や暴力、SǸSの言動の抑制。そして、私刑が可能になったことで被害者は復讐が果たせ、正しく真面目に生きる人にとっては喜ぶべき社会となったのかも知れない。
しかしその一方、一部の町が逃げ延びた犯罪者の集団に奪われ、スラム街のような所も出来上がっていた。
善と悪、人間と犯罪者、はっきりと分けられ、罪を犯せば死に直結する――そんな社会で彼は真面目に生きている。
『お父さんは厳しくも正しい人。太一もそんな人間になりなさい』
そんな幼少期に聞いた、母である陽子の言葉を胸に――。
前髪は眉毛にギリギリかかるくらいで整えられており、日本の高校生らしい清潔感のある黒髪で、眼の色はブラウン。
どこにでもいそうな彼が普通でないのは、犯罪者討罰法を作った総理大臣である
住んでいるのは、一般的に豪邸と呼ばれるような大きな家。
母親は十二年前に亡くなっているが、数人のメイドが家事をしてくれているため、傍目から見ればかなり良い環境で生活していると言えるだろう。
メイドによって整理された広い部屋で、学校へと向かう準備を済ませた太一は、部屋の外に出られないでいた。
「気が重いなぁ……」
そうして登校用のカバンを持ちながら、室内をウロウロとしていると、部屋の扉がノックされる。
「太一さん。一心様と陽菜さんがお待ちですよ」
ノックをしたのは二十台後半のメイドの一人、
黒のロングスカートのメイド服と白のカチューシャを纏い、黒髪のロングヘアを後ろで髪を結って、眼鏡をかけている。彼女には太一と似た年齢の弟がいるようで、彼を特別可愛がっている優しい女性だ。今も太一に、花が咲いたように微笑んで見せている。
「……うん、そうだよね」
気遣った結衣の思惑とは裏腹に、急かされたと感じた太一は制服のブレザーを整えてからネクタイをビッと締め、意を決して部屋を出た。
食卓ではテレビからは国営放送のニュースが流されており、黒髪をオールバックに整えた高級なスーツ姿の太一の父である一心と、一つ年上のカールさせた茶髪がお洒落なギャル風の姉の
(急かされたけど、もう食べてるや。やっぱり僕のこと待ってる訳がないよなぁ……)
多忙で普段首相公邸に住んでいるため、一緒に食事をとることが滅多にない総理大臣の父と、一緒に朝食を。という結衣なりの気遣いだったのだろう。だが、それは太一にとっては億劫なモノだった。
「いつまで立っておる? 気が散る」
「……はい、すみません」
威圧的な一心に邪魔者扱いされた太一は、自分の為に用意されたであろう朝食の前の椅子を引き、腰をかける。対面してしまう形となってしまったが、久々に会う父親と何を話していいか分からず、おもむろに箸をとって、父がニュースを見るのを邪魔しないよう、恐る恐る食事を始めた。
「ねぇ、パパ。私期末テストでまた学年で一番だったよ」
「当然だ」
自慢をする陽菜の意に沿わず、褒め言葉の一つもかけない一心。そんな父に腹を立てたのか、彼女は頬を膨らませてぶすっとする。
「……何よ。そういえば、太一は何番だったんだっけ?」
陽菜は結果を知っている上で聞いてくる。太一はそんな性格の悪い姉を恨みながらも、無視する訳にもいかないので、答えざるを得なかった。
「……すみません、二番でした」
「またか?」
一心の眉が動き、元々鋭い目付きを更に鋭くして太一を睨む。戸鎖家の家訓は、文武両道、質実剛健。一番で社会的に善でないと許されない。特に、男である太一は。
「世の中は失う敗者か勝ち取る勝者のみ。そして、失って落ちぶれた敗者こそが悪となり得る。それが分かってて何故頂点を極めれんのだ。この半端者が」
「すみません……」
弟を下げて自分を上げた姉の陽菜が、ニヤニヤと蔑むように謝る太一を見る中、食卓からは一心が食す音以外消え、ニュースの音が鳴り響く。
『本日の犯罪者に認定された者を発表致します――』
犯罪者と認定された者が顔写真と共に、名前と住所を発表される。犯罪者討罰法が制定されて以来少年法も消え、どんな犯罪者もこうして様々なメディアで発表されることとなっている。
「トップであり続ければ、落ちぶれることもない。こいつらの様な社会のゴミとして死にたくなくば、励め」
テレビに映る犯罪者を路傍の石ころを見るような目で一瞥した一心は、食事を終えて立ち去った。
「社会のゴミだって、ふふふっ」
一心を追いかけるように、陽菜も制服のミニスカートを翻して食卓を去る。
(我が姉ながら本当に良い性格してるよ)
口に出す勇気がないため、太一は脳内で姉の陽菜を責めた。そうすることくらいしか彼のストレス発散方法がないからだ。
「太一さん、申し訳ありません。たまには一家団欒で食事を取られた方がよいかと思いまして……勝手なことを致しました」
「……ううん、結衣さんは悪くないよ。僕が駄目なんだ。父さんは……正しいんだから」
二番が許されないのは分かってた太一は自責の念に駆られる。それでも進学校で学年二位という成績を残した太一としては、頑張った自分を少しでも褒めてくれたっていいのではないかという想いもあったが。
「残してごめんなさい。ご馳走様。行ってきます」
複雑な気持ちの太一は朝食を半分も食べずに、結衣から昼食の弁当を受け取って登校した。
気分転換に音楽を聴きながら、太一は所々紅葉が景色を彩らせる景色を窓から見ながら、都会である東京の満員電車に揺られる。一度上野駅で乗り継ぎを経由し、学校の最寄り駅へと着いた。
「やめて……助けてくれぇぇ‼︎」
「そっち行ったぞ! 囲んで
電車から降りて通学路を歩いていると、イヤホンで音楽を聞いているにも関わらず、悲鳴と怒号が聞こえてくる。イヤホンを取り、何事かと振り返ると、群衆が金属バットや包丁などを振り回し、一人の中年の男性を追っていた。
男性の顔に太一は見覚えがあった。今朝見た国営放送のニュースで犯罪者認定された人物だからだ。顔を歪めながら必死に襲いかかる群衆から逃げている。
「あ……」
どんな感情を覚えたのか、太一が思わず犯罪者の男性の方へと手を伸ばした時、「ぎゃああぁぁ!」と悲鳴を上げながら、犯罪者は群衆に飲まれ討罰という名の私刑が実行され、群衆の足元からは犯罪者のものであろう血が流れ始めた。
「……っ……」
太一は息を飲み、犯罪者の方へと上げた手を下げ、その場を足早に去る。これが、父である一心が作った今の社会においての当たり前だからだ。犯罪者となれば社会的に殺され、死という名の討罰が待っている。助ける余地も、助けなければいけない理由もあるはずがない。
今日の予定も勉強尽くし。進学校の授業が終われば、そのまま学習塾に行き、勉強に励まねばならない。犯罪者が殺されるのを無視して、グッと何かを飲み込むように太一はその場を去った。
何故か生き辛い家庭、何故か生き辛い社会――それらの見えない鎖に太一は縛られていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます