116話 チェックメイト
何が何だかわからないうちに、俺はクラルスのいる光り輝くステージへ転送された。そして、あれよあれよという間にルルスちゃん達が奏でる力強い曲に身を任せ、ジョージと共に見事に踊れていた。
というのはウソですハイ。
踊れません。
スクリーン画面に映る俺が情けなくも恥ずかしい。
そしてたくさんの人目もあったので緊張もする。
「シュビドゥバ♪ シュビドゥバババァン♪」
ミニスカオカマメイドは、ルルスちゃん達の歌に合わせてキレッキレッのダンスを披露している。変な掛け声を吐き出しながら。
そのうちジョージのふりつけは、アイドルであるクラルスを引きたてるような完璧なモノとなっていった。
プロかよ!
バックダンサーかよ!
俺はといえばギクシャクと、ロボットみたいにリズムに合わせて適当に踊ることしかできなかった。
ウィーン、ガシャン……ウィーンウィーン。
これぞ、ロボットダンス。
ちがう……?
そんな俺にマイクを片手に持ちながら、頬を
なんとなくその手を握り返せば、腰が砕けそうな程に可愛らしい笑みをおみまいされ、緊張など遥か彼方に吹き飛んでしまった。
ウィウィウィーンガシャガシャン♪
ウィッ、ウィッ!
今宵は激しくいこうぜ! ヒーハー!
キラッキラに輝くルルスちゃんに手を取られ、ただただ彼女に見惚れてしまう。やっぱり、アイドルというだけあって超かわいい。
自然と口元がにまーっとなってしまい、もはや自分が変態になったかのようにルルスちゃんを凝視してしまう。
あわあわと、盆踊り風な動きをしてしまった気もする。
あぁ、楽しいなぁ。
ルルスちゃん、ありがと。
ライブ中だから会話はできないけど、ふとした瞬間にルルスちゃんと目が合えば、なんとなくお互いの気持ちは伝わっているように感じた。
『急に…………ごめんね、太郎ちゃん……おどろいた?』
『びっくりした! でもうれしかったよ』
『楽しんでくれると……いいなぁ』
『ものすっごい楽しんでます! ウィッ! ウィーン!』
大方こんな内容だと思う。
というかルルスちゃん、会場のみんなに向けてすごい自然な笑顔を送れてるじゃないか。表情を作るのが苦手と言っていたわりに、その笑みはあまねく男をとろけさせる極上のプリティフェイスを誇っていた。
これはとても効果的な『クラルス』の宣伝にもなったのではないだろうか。
きっとファンが増えたに違いない。
ゲーム内とはいえ話題にもなるだろうし。
この場にいない
しっかりお仕事をこなしているルルスちゃんを尊敬しつつ、
クラルスが紡ぐ歌も、既に
「みんなも楽しんでるなぁ」
ステージ外へと視線を向ければ、たくさんの
星型のスライムは一度、支配してしまえば奪うことはできないため、ゆっくりスライムの上に座ってライブを鑑賞する者。星型スライムの支配待機をしている
会場は大盛り上がりだ。
やはり傭兵の夏祭りなだけあって少々荒いが、こういった喧騒は悪くないなと思える。
最終的に湖はスライムの足場でけっこう埋まり、みんなでライブ会場を見上げられるようになっていた。
曲が全て終わる頃には、約40人ほどの
ライブが終わって、一言だけ『ルルスちゃん可愛かったよ最高っ』と、周りの
マ、マイクの音……入ってたのね。
なぜか『フォォォォオオオオッ!』という、熱狂に満ちた歓声が巻き起こったのは謎だった。
それとルルスちゃんからフレンド申請も送られてきた。
ビックリしつつも嬉しくも思う。
だって、フレンド申請が来たという事はルルスちゃんはキャラを残すという事だ。つまり今後もクラン・クランをプレイする可能性が高い。
口元に人差し指を添えて『シーッ』っと秘密を共有しようね、というポーズを一瞬だけ見せたルルスちゃん。
かわいいかよっ!
◇
イベントも終わりいろんな騒ぎを経て、今日に限っては
あのまま夏祭りの会場にいるのもよかったけど、ルルスちゃんとの事について問い詰められそうな雰囲気だったので、早々と退散したのだ。
特に
とにかく、一緒に『屋台』を出したメンバーは夜も遅いという事で解散となり、ログアウトしていく人がほとんどだったので、流れ的にこの三人でお祭りの
まぁ、場所は『祭り
「楽しかったな、祭り」
「うん、楽しかったね。まさかアイドルのクラルスがコラボで出てくるとはねぇ」
風に吹かれた草が舞い、髪にかかったソレをやんわりと触れて落とす
「俺もビックリした。姉は知ってる様子だったけど、教えてくれなかったし……まークラルスも良かったけど、やっぱりかなり
そして俺は今日一番の戦果を口にする。
クラン・クランでは
話し合いの結果、俺の
ありがたいことだ。
むふふ。
しばらくは親友たちと『屋台』やイベントの話題で盛り上がる。
そして少しずつ、会話もまばらになっていき、いつしか無言が舞い降りた。
「…………」
なんとなく俺達は、夕暮れ時の黄金に輝く太陽の光に染まっていく、風で波打つ草原を見つめる。
「なぁ、タロ……」
心地よい沈黙を遠慮がちに破ったのは
いつものふてぶてしい態度はどこにいってしまったのか、眼鏡の奥で光る双眸は、何故か不安の色で揺れていた。
急にどうしたのだろうと、
「なに?」
不信に思いながら、首を
「…………」
「……」
だが、親友たちからの返事はなかった。
「どうした? 報酬の分け前に不満でもあった?」
「いや……そういう話じゃない……」
「ふぅー……やっぱり、改めて、怖いね」
怖い?
「だぁーもうダメだ! くそっ! もやもやするぜ」
「まぁー聞くしかないよねぇ……」
頭をかき乱す
そして、数瞬の時間を経て二人は神妙な面持ちで、俺をキッと見据え質問を投げかけてきた。
「タロ、お前はキリスト教を覚えているか?」
「タロ、キリスト教って宗教に聞き覚えがあったりしない?」
キリスト教……。
そうか、二人はラインのやり取りで『
「キリスト教ね……覚えてるよ。最近になって歴史の教科書から消えてたりしてて、正直ビックリしてた。未だに信じられないし、何かの間違いかなと思ってたりもするけど……」
すると親友二人は、なぜか心底ホッと肩を降ろしあからさまに安堵した態度になった。
「あぁーよかったぜ……」
「やっぱり、心臓に悪いよねぇ。でも、本当に嬉しいよ……」
土の匂いがする緑のベッドに大の字になって横たわる親友共。
微妙に話が見えてない俺だが、ここは彼らに便乗して寝転がる。
ふと視界に入った空は群青色に染まり、いくつかの星々が瞬き始め、夜の帳が訪れようとしていた。
親友たちが何を言いたいのか早く聞きたい。けれどこいつらが落ち着きを取り戻すための時間も必要だろうと感じ、夜空を眺めながら二人の言葉を待つことにした。
「……って事はだ。タロがキリスト教を認識し、記憶に留めているのなら」
「ボクたちの予想は外れたって事だね」
「一体、どうなってんだよ」
「気味が悪いっていうより、変な夢を見てる感じだよねぇ」
予想?
何を予測していたって言うんだ?
「あータロ。最近、おかしくないか?」
「なんて言ったらいいんだろうねぇ、こんな事を高校生にもなって言うのもアレだけど、現実の世界がおかしい気がしない?」
俺と姉が気付いた事を、この二人も同様に思ったのだろう。
「まぁ……おかしいよね。歴史変わってるし……しかも誰も気付いてない」
晃夜と夕輝、姉と俺だけしかわかっていない。
「いや、それが違うんだな」
「ん、他にも違和感を覚えてる奴でもいるの?」
「いるよ」
そうだったのか。
誰なのだろう……。
「ゆらの奴だ」
「ゆらちーが?」
まさかのゆらちー。
そういえば、ゆらちーも『
「うん、ゆらちーにも先日、遠まわしにキリスト教について尋ねていたら覚えていたよ。まだ消えたって事実には、気付いてないのだろうけどさ」
「あいつ、勉強とか歴史とか興味なさそうだからなー。ま、俺たちも確認してくれとまでは言えなかった。すこし、警戒してたからな」
「警戒?」
俺が
「あぁ……俺なんかキリスト教の事を親父と弟に言ったら、頭がおかしくなったのかと心配されたぞ」
「ボクも同じなんだよね……家族や友達に話したら、妄想が爆発したとか、ゲームのやり過ぎだって騒がれた……」
……やっぱり、大多数の人間はこの変化に気付いていないんだ。
「んでな、なんで俺達だけこの変化? もうなんて言えばいいかわからないけどな……とにかく、この事態に俺達だけが気付けたのか、その原因を考えたわけだ」
「まずは家族とボクたちの相違点は……クラン・クランをプレイしているか、していないかって点」
「だけどな。タロには言ってなかったが、俺の弟もクラン・クランをプレイしてるんだぜ」
弟がしてるのか……。
たしか、
同じゲームをプレイしてるとか、兄弟で仲が良いんだなぁ。
「そこで、
「早い話、ゆらや俺らは覚えていた。
「その違いは……ゆらちーには少し踏み込んだ質問もしてしまったけど、聞けるまでには親睦が深まったかなと思って尋ねてみたんだ」
「ゆらのやろーもリアルモジュールだったわけだ」
そうか……そういう事か。
俺は納得してしまった。
リアルモジュール、現実の姿を模して
「つまり、クラン・クランをプレイしていて、なおかつリアルモジュールでキャラクリをしている
「それが俺たちの予測だったわけよ……どうやら外れたようだ」
二人は俺をまじまじと見る。
「タロの現実での姿がそんな可愛らしい女の子じゃないのは、親友であるボクたちが知ってるしね」
「早い話、お前が美少女であるはずがない」
はははは……。
なるほどな……。
二人の予想はおそらく当たっている。
ソレは、今この場で俺だけが辿り着いた真理。
二人のおかげで。
俺もリアルモジュールだ。
だけど、親友たちは俺が性転化という奇病にかかって、銀髪美少女に変貌した事実を知らない。
だから言わないと。
俺の口から。
だけど、なかなか言葉が出てこない。
やけに唇が重くなったかのように錯覚してしまう。
「コウ、ユウ……」
「なんだ?」
「何か他の要点に気付いたの?」
「いや……二人の予測は合ってると、思う……」
どうにか、結論だけを口に出す。
「は? 現にさっき違うって証明したのはお前自身だぞ?」
「なに、言ってるの? だってタロは……」
コイツ、どした。と言わんばかりに親友二人が怪訝な顔をする。
そんな二人に俺は言い切った。
「俺が…………証明するから……」
「タロ、なんだ?」
「どうやって……?」
震える両手を握りしめ、二人とは視線を合わせず……ただひたすら、クラン・クランの星空を
「次……いつ、会える?」
「会うって……
「ってタロ、忘れたの? 明後日、河川敷で花火大会あるでしょ? 一緒に行く約束したよね」
あぁ……そうだったな。
現実での花火大会も目前か。
カミングアウトにはちょうどいいかもしれない。
「うん……明後日。花火大会で会おう」
二人がどんな顔をしているのか、俺はついに見れなかった。
じゃあ、と一言残して、俺はクラン・クランをログアウトした。
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