112話 金色の水と絵師



「お、タロのご帰還だぞー」


「わっタロちゃんおかえりぃっ!」

「おかえりなさいタロちゃんー」


「タロ氏、早かったでありんすね」

「こちらは準備万端であります!」


「イベント会場はどんな感じだったかな?」


 ミナとジョージに引き連れられ、浮遊する『屋台』通りに着くと、ひとしきり商品を並べ終えたみんなが出迎えてくれた。



「みんな、準備ありがとう。やしろ武志タケシと模擬戦ができるぐらいかな。あとは一応、俺達の『屋台』の宣伝もしておいた」



「お、サンキューな」


「じゃあ、ぼちぼち周りで屋台を出してる傭兵プレイヤーたちも売り始めてるし、ボクらも戦闘態勢に入ろうか」



 夕輝ゆうきが周囲を見回して、俺達に商戦の時が来たと告げてくる。

 さっきよりも、会場にいる人口は急増している。ならば、この溢れ返った傭兵プレイヤーたちへ、モノを売り付ける頃合いだろう。


 もちろん、『屋台』なんかに見向きもしない傭兵プレイヤーたちは多い。

 各属性の山頂にあるやしろのデザインや、イベントエリアを堪能している人達がほとんどだ。

 でも、初日というだけあって、かなりの潜在的なお客様がいるという事も確かなのだ。


「どの屋台も同じデザインっていうのが、おもしろみに欠けるよね」

「公平性を保つ措置か?」



 親友二人はどうにか他の屋台と差を付けたいらしい。

 でも多分、それは問題ないように思える。

 なぜなら、屋台を出してる傭兵プレイヤーたちの恰好は至極普通の装備を着ているし、売り物だって目の引くような代物はない。和服っぽい装備で売り子をしている傭兵プレイヤーは何人かいるけど、その人達が他よりちょっと繁盛してそうってぐらいだった。


「これわぁん、目立ちまくるしかないわねぇん♪」


 悪目立ちだけはよしてくれよ、ジョージ。



「じゃぁーさっそくっ! さぁ、みんな! 装備を変えてね!」


 やる気の塊みたいなゆらちーが大声を張り上げ、俺達にドレスチェンジを促した。




「やっぱぁ、タロちゃんかわゆすっ!」

「タロちゃん、私の着てる方のメイド服も着てみてよー」


 ぐぁ。

 この女子高生二人は本当に距離感というものがっ!


「ちょ、ゆらち、シズクちゃん、やめ……」


「美しいですわ、タロさん」



 男子高校生として、その密着加減はもう、ウガーッてなっちゃうから!

 ほんと、彼女の一人や二人いた経験があるなら涼しい顔して、何ともないですって冷静に対応できるかもしれないけど、女子耐性が低い俺は情けない反応しかできなくなってしまう。

 不意打ちは禁止だ、頭が熱くなる。


 それと、リリィさん……なぜにさりげなく頭をなでるのですか。



「ゆらちさん、シズクさん、あとリリィさん! 天士さまが困っています。あまり近づき過ぎないようにお願いします」


 ナイスだ、ミナ。

 ぐっじょぶ!



 というわけで女子たちはメイド服を、男子たちは執事服を着込み、完全に戦闘態勢に入っている。夏祭りの『屋台』なのに、メイドと執事なんて違和感ありまくりだけど、いいのだ。


 商売は目立ってなんぼ! コンセプトあっての繁盛なのだ!

 そ、そうだよね、ゆらちー?

 

 ゆらちーが豪語していた内容を思い出し、彼女の方を怯えた目で見れば。



「うーん、やっぱこっちの方が純メイド服よねぇ。でも、スカート丈が短い分、そっちのが可愛い感じもするっ」


「だよね、アンノウンさんに感謝しなきゃー」



 というか、俺がメイド服なのは……まぁこの際仕方ない!

 みんなで手に入れたメイド服だからね、一人だけ着ないとか空気読めない子になっちゃうし。だから、俺のメイド服姿はどうしようもないんだけどね。


 どうして地下都市ヨールンでメイド服を手に入れてないジョージが、フリッフリのメイド服を着てるのかが、不思議でならない。



 しかも、スカート丈が非常に短い。



 

「うふぅん♪ これでフェロモンだしまくりんぐよぉん♪」


「アンノウンさん、私の分のメイド服をあつらえてくれてありがとうございます」


「アンちゃぁん、いつも恩にきるわぁん♪」


「しかし、デザインが少し違うものになってしまったでありんす」



 シズクさんとジョージがアンノウンさんにお礼を述べているのを見て、俺は心の中のツッコミを抑え込もうとする。


 あのメイド服をゲットできなかった二人のために、アンノウンさんが裁縫スキルで似たような服を製作してくれたのはわかる……だけど。



「ジョージは、なぜメイド服を?」


 そこは執事服でいいだろう。

 ほら、男装喫茶とかもあるでしょ?

 女性でも男の子っぽい服を着て、接客するお店だってあるんだからさぁ!



「あら、やだぁん! この通りぃん、アンちゃんに見繕ってもらったのよぉン! さっすがアンちゃんねぇん☆ さいこうっっにプリチーマドレーヌな仕上がりだわぁん♪」


 くねくね、身をよじりながらオカマはテンションMAXでアンノウンさんを褒め称えた。


 いや、俺がツッコんだのはそこじゃないんだ。色黒パンチパーマでソフトマッチョなオカマの、ミニスカフリフリメイド服なんて誰の需要も満たさないんじゃないかな。なのに、どうしてそんなキツイ恰好をしているのかってツッコミなのだけど……。



「どうしてもヨールン産のメイド服と、同等の良質なモノは作れなかったでありんす……」



 だけど、アンノウンさんの努力にケチをつける気分にはなれなかった。



「そ、そ、そ、そうなんだっ!」

「アンノウンさんは、すごいのです」


 ゆらちーは頬がひくつきながら、ミナは必死の形相でフォローを入れている。


「こんなに可愛い、『』! が、作れるなんて素敵ですー」


 妙に服の部分でアクセントを強めるシズクちゃん。

 誰も、どうして執事服にしなかったのか、なんて言わない。

 


「ジョ、ジョージさんはなるべく裏方に……」


「お、確かに、ジョージさんは気が利くし、周りもよく見えてるし、各売り子のフォローや品薄になった部分の補填とか、すごい頼りになりそうだ。よろしくお願いします」


 夕輝ゆうきに続いて、いつになく早口な晃夜こうやがメガネをきらりと光らせ、ジョージにそう提案する。


 が、しかし。



「あらぁん? そんなのダァメん♪ あちきも乙女の一員なわけだしぃん? 天使ちゃんや神官ちゃん、アンちゃんに盗賊ちゃん、百騎のお花たちが出張るなら、あちきも必要でしょぉん?」


「え、えっと……」

「あ、いえ、その……」


 超ド近接で目力MAXなオカマに言い寄られる、親友達。



 ジョージは裏方になんて絶対に引っ込まないだろう。

 大方ジョージの事だ、いいオトコ探しをするなら接客の方がチャンスがある。とか思っているに違いない。

 あれ、どうして俺はオカマの心理なんか把握できてしまうのだろうか……。



「あっ、うっ。ハイ……」

「は、早い話が、も、もちろんです」


 うちのイケメン要員は即座に白旗を上げた。



「さすがぁん! アンタ達はイイ男になるわぁん!」


 親友二人は、ジョージに神速の速さで後ろに回り込まれ、ねめつけるようにお尻をなでられていた。


「うひっ」

「ううっ」



 南無。

 呪うなら、イケメンに生まれた自分を呪うんだな。


 というわけで、執事二人……じゃなかった、屋台の裏に隠れるように待機しているRF4-youユウジ含め、執事三人。メイド六人(一人、凄いのがいる)の九人が屋台の前に並ぶと、それはそれは人目が集まった。



「お、なんだなんだ?」

「なんかメイドちゃんがいるな」


「なぁ、あそこの屋台、女子傭兵プレイヤーが多くないか?」

「ふぁっ!? あの子、可愛いぞ!」


「おいおい、美少女ばっかりじゃねえか……」

「え……なんか変なの混じってないか……?」


「あ、あの執事くん、タイプかもっ」



 第一段階の作戦は成功しているようだ。

 こちらに興味を持ってくれれば勝ち。


 あとは各々が担当する商品をお勧めしていくだけだ!

 さぁ、どんどん売りさばいていくぞぉ!





 右に左に大忙しとはこのことだ。



「さぁ、そこの色男たちぃん、キィンと冷えてるビール・・・はいかがかしらぁん?」


 まず、俺の担当する商品のうちの一つはビール。

 これは正確に言えばビールの味がする金色の飲み物だ。


 飲むとアルコールを摂取した時の症状は一切でないものの、おじさん達にかなり人気があるようだ。ちなみに俺は飲んでみたけど、まず過ぎてもう二度と口にしたくないと思っている。



「かぁー、こりゃあグッとくるぜぇ!」

「まさか、クラン・クランでビールが飲めるとは!」


 結局、ラムネは作ることができなかった。

 しかし、代わりに『お日様と金麦色コルタナ』と『上質な水』、『シュワシュワの角』を錬金術スキルの『合成』で混ぜたところ、『苦みまろやかな金水』というアイテムが完成したのだ。



『苦みまろやかな金水』

【麦芽としゅわしゅわ、綺麗な水が合わさって出来上がった、苦みと強いコクのある水。一部では味わい深いと、評判になる飲料水である】


【赤属性の状態異常になる事を1分間防ぐ】




 そう、これが俺の錬金術が生み出した目玉商品。


 しかし、ジョージが言うにはこの飲み物はキンキンに冷えてこそ、本領を発揮するものだと言うので、ここからどうやって冷えた状態で売り出すかに四苦八苦した。

 結果、ジョージの装飾スキルが役に立った。液体を凍らし、輝剣アーツの特殊素材を良質な状態で保存するためのアイテムを作る際に使うアビリティ『凍晶』が役に立った。

 


 俺はビンの中に入った『苦みまろやかな金水』を、ジョージが作ってくれた『氷晶のジョッキ』へと注ぐ。このジョッキの形状にするのが一番大変だったそうだが、本人たってのこだわりを貫き、見事にそれっぽい完成度となっている。


 透明で冷気をまとった容器に流し込まれた黄金の液体は、パキキキッと音はわずかに鳴らし、瞬時に冷え切っていく。上の部分は、『シュワシュワの角』が強い影響を残しているのか、きめの細かい真っ白な泡でまとまっている。



 底の方に入った金水が微妙に凍ってしまうのはどうしても改善する事はできなかったけど、これがかなりのペースで売れ飛んでいく。



「いっちょあがりー、ジョージおねがい」


「はぁいん! おまたせしましたぁん」


「うぉっ、渡すのアンタかい!」


「あらぁん、オトナの色香、感じちゃうのかしらぁン?」


「あ、いえっ」



 さぁさぁ、どんどんジョッキに注いでいくぞ。


 お値段、なんと150エソとかなり割高な設定だが、売れる売れる!

 これぞ、錬金術スキルと装飾スキルのコラボレーションが成せる技!



「かぁー、こりゃあグッとくるぜぇ!」

「まさか、クラン・クランでビールが飲めるとは!」


 素材は全てリリィさんやミナ、俺とジョージが手ずから集めたので、費用は実質ゼロ。つまり売値が全て純利益となるので、自然と顔がホクホクしてしまう。


「よっと、ミナ、できたよ」

「はい! どうぞ、お待たせしました!」


「お、ありがとうよー」


 お客さんの顔もホクホク、みんなもホクホク、お財布もホクホク、気分もホクホク!


「リリィさん、できました!」

わたくしに任せなさいな」



「可愛いメイドちゃんに、上手いビールぅ!」

「やっぱ、祭りと言えばビールだよな!」

「おい、そろそろどいてくれよ、後がつっかえてるんだから」



 と、こんな感じで大繁盛だ。



「タロ氏、描きの方も頼みんす」

「あ、はいっ。ミナ、ジョッキに入れるの任せたよ」

「任せてください!」



 そして、俺が担当するもう一つの商品というか、仕事がある。

 それは模様描き、お絵かき、マークのデザイン、芸術アートなのだ!


 お祭りといえば、浴衣やジンベエ、恰好から入りたいという傭兵プレイヤーは数多くいるはず。そうにらんだ俺達は、アンノウンさんの裁縫スキル頼みで、彼女がデザインし作成したジンベエと浴衣を売り出している。ちなみに草履ぞうりもセットだ。



 さらに、その場で着てくれる傭兵プレイヤーにのみサービスで、俺の錬金術で柄や模様、絵を入れてるのだ。よくお祭りなどで見かけるボディペイントならぬ、装備ペイントで、これはとても宣伝になる。


「色はどうしますか? 黄色、青色、ピンク色、薄緑色、茶色、灰色、すみませんが白は品切れです」


「ぴ、ピンクでお願いします」


 色を装備に施し、効果を付与するといえば『ろ筆』だ。

 だが、俺はこの日のために道具屋で奮発し、『ろ筆』よりも値の張る装備を購入しておいた。



「どんな感じの模様にしますか?」


「てんし……絵師さまの御心のままに……あ、できれば可愛らしいので」


「了解しました。色のデザインが残るのは二分間ですが、いいですか?」


「はい! また来ます!」


「……え? えと購入されないと、このサービスは……」


「もちろん、今度はジンベエの方を買います!」


「毎度ありぃっ!」



 さぁ、『ろ筆』よりも高性能な、『色毛筆いろもうひつ』よ。


 俺の手でうなれ!


 この『色毛筆』は、遠距離でも色を付与する『飛び塗り』が使用できない。

 その代わり、『射ろ筆』のステータス『直塗り』【F】補正に対し、『直塗り』【D】補正もあるのだ。

 効果が強く発現しやすい。


 モンスター『いのブタッピ』より取れた『猪突猛進な緋色エスカレタ』を筆に使い、スゥーっと息を吸う。


「では、描かせていただきます!」



 この手に舞い降りろ、美の神よ。


 俺はアートに生きる男。この緋色のように情熱的で、そして決して後ろは振り返らない、そんな自信に満ち溢れた想いをこの浴衣に込める。



「せぇぇぇいっ!」



 まぁるかいてちょんっ。



 む、まだ塗る時間が残されている。


「ねこっく!」


 ならば、右下にネコちゃんも追加だ!



「ふっ」



 武器に塗った時は【刺突系ダメージ+4%】だった『猪突猛進な緋色エスカレタ』も、防具に塗ると【被ダメージ+2%】だった。


 ……弱体効果がついてしまったが気にしない。



「完成です」


 至ってクールに、さも有名な芸術家のように振舞う。


 見栄えって重要だよね。

 これは芸術アートだから、実用性とか関係ないから、うん。



 稀になんの判定か、クリティカルボーナスで効果がアップすることもあるけど、今回はなかった。内心でホッとしつつも、ドヤ顔で『ありがとうございましたー!』と元気良くお客様に接客スマイル。


 これが錬金術スキルと裁縫スキルのコラボレイションなのだ!




「おいっ、ここだぞー! 俺にも一塗りお願いします」


「マジきた! ガチで銀髪天使さまの、マジでありがたい祝福をくださいませ!」


「銀髪先生、どうかご一筆、おいどんにもお頼み申す」


「天使殿、そ、それがしにも入魂の一筆を」



「ふぉっふぉっふぉ、わしも一着もらおうかのぉ。もちろん天使ちゃんの色に染めてもらうつもりじゃ」


 どこかで見たようなメンツが『屋台』前を席巻する。

 あれ、妙に熱気の帯びた集団の中に、タフ・スライム戦でお世話になったウーガのおじいちゃんもいる。あれ、あのエセ侍も……。



「わかっていたでありんすけど……タロ氏ブランド、恐るまじ」



 なぜかアンノウンさんが慄いていた。







黄色=小麦畑より抽出できた

   【太陽にたなびく黄色サン・イエロー

   【食に煌めく黄色フークル・イエロー

   【陽光に踊る黄色ソレイユ・イエロー


タフ・スライム=【悪食の黄色ベル・イエロ


灰色=骸骨スケルトン 【透明な灰暗色スケルトン・ダークグレイ

 

薄緑色=モフウサ 【ふんわり綿草色フラッフィ・リーフグリーン


青色=スライム 【原初の青プニ・ブルー


茶色=いのブタッピ(通常時) 【穏やかな茶色ジェントル・ブラウン


ピンク色=いのブタッピ(怒り) 【猪突猛進な緋色エスカレタ


白=月に焦がれる偽魂ルナ・ホムンクルス 【独白ソロ・ホワイト




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