106話 妖精流し


「キタッ! きたきたきたー!」


 俺は錬金キット『焼きごて』を握りしめて吠えた。


「たろりん、きゃっふぃー!」

「フゥ、やっふぃー!」


 そばをくるくると飛び回る風乙女シルフのフゥが、その動きで喜びを共感してくれるので、俺も一緒になって小躍りしちゃう。


「あらあらぁん♪ 今日の天使ちゅわんは絶好調ねぇん」

「天士さまはいつでも至高な存在です」



 今日も今日とて、ジョージのお店で錬金術をたしなむ俺。

 

 もうお馴染みになりつつあるメンバー、ミナとジョージと共に、イベント『夏祭り』に向けての準備をしていたのだが、それもあらかた終わった・・・・ので再び生命を作る秘術について研究していたのだ。



「ふふふ、見るがいい。この透明感あふれる箱を」


 

 アビリティ『焼印ストンプ』で【透明度】の高い素材を押しつぶし、板を生成してから、熱が冷める前に素早く時間内に繋ぎ合わせ、四角形の箱を造ることに成功していた。


 今なら何でもできる気がする。

 ミナのナイスな発想と、ジョージと俺の連携によって『屋台』で売り出す目玉商品を完成させた勢いに乗り、自分でも今日は錬金術にキレがあると感じている。



「なんだか、水槽みたいねぇん」


「何が始まるのでしょうか」


「お魚だよ~! お魚たろりんっ」


 

:『生命を育む箱』・『水槽(小)』が完成しました:



 ログから判断するに、ジョージが漏らした感想まんまの名称だったらしい。


 

『水槽(小)』

【アビリティ『小さな箱の主』で使用できる】

【耐久度70】

【容量7】



 ふむ、水槽か。

 やっぱり、アビリティ『小さな箱の主』は魚形態の生物を飼育していって、生物を作っていく仕様なのか。


 師匠からもらったランタンはすでに使いきってしまったので、これからは自分で『水槽』など、『生命を育む箱』に該当するアイテムを『焼印ストンプ』で作成していかなければならない。

その第一歩として、まずまずの成果を出せたと思える。『生命を灯す種火入れランタン』と比べたら、【耐久度】も【容量】も低い『水槽(小)』ではあるけども。

 


「そして、ここからが本番だ! この『水槽』でいかにして、生物を育んでいくかが至上の命題なのだ……」


 

 さぁ、なんの素材を投入してやろうか、と威勢よくみんなに錬金術の素晴らしさをお披露目しようとした矢先、運営から告知ログが流れた。




:条件を満たしたので、イベント『妖精の舞踏会』に参加した全傭兵プレイヤーに報酬を渡します:



「あらぁん? 参加報酬かしらぁん。条件ってなんの事かしらねぇん」


「そうですね……まだまだ仲間集めのために、各地で開かれている『妖精の舞踏会』に参加する傭兵プレイヤーさんはたくさんいますよね。きっと彼らが何かしたのでしょうか?」



 ほぉー。

 今更な気もするけど、イベントが開始されてからまだ二週間も経ってないし、いい頃合いなのかな。

 

 少し錬金術の出鼻をくじかれた感はあったけど、報酬とやらには非常に興味があるので、黙って運営がもたらすログを待つことにした。



:妖精が十日間、人間にキルされなかったので、『妖精の舞踏会』の報酬が全傭兵プレイヤーに送られます:



 報酬がもらえる条件は妖精が殺されなかったから、か。

 ふむ。



「たろん? これ私のコトー!」


 ん?

 俺の掌の上に、ちょこんっと舞い降りた風乙女シルフのフゥが、くりっくりの目を大きく広げ、自慢げに語る。



「…………」


「えええええんッッ!? マジョりす!?」

「えっ、ほんとですか?」


 それを見て、ジョージが仰天し、ミナが小さく驚く。


「ほ、ほんとにぃん!? というか天使ちゅわん! 全傭兵プレイヤーのイベントを分岐するような大事な存在を、そんなに軽々しく表にずっと出していたのかしらァァァン!?」


「いや、全然、そんなこと知らなくて……で、でも参加報酬だし、大仰な事じゃないよね?」



 急にあたりを見渡し、そわそわと警戒しだす俺達。ジョージの店内だから、PvPを仕掛けられる心配はないけど、ガラス越しから見える外には何人かの傭兵プレイヤーたちが通りを歩いているのだ。


「キャッキャッ」


 緊張感が漂う俺達の中で、フゥだけは楽しそうに笑っている。


 そんなフゥの態度に今更、心配はないかなと安堵する。

 


「んん、やっぱり普通に大した事ないと思うよ?」

 

 と、自分なりの見解を述べて二人の緊張をほぐそうとした途端、急に辺りが暗くなった。



「ん……? 外?」


 周囲の光が失われたのではなく、外の道に陰りが差したのだ。単に上空に雲か何かが差し掛かり、室内の光量に影響したのだろう。



「ちょっと、気になるわねぇン……外に出てみましょぉン」


 これには、さすがに緊張を解かないジョージの意見が正解だと思った。

 なぜなら外を歩いている傭兵プレイヤーたちが、みな一様に顔を見上げていたからだ。


 上に何かあるのだろうか?


 そんな疑問を胸に、急いでミナ達と共に店外へ出て、空へと目を凝らせば――




 ……雲たちが一つに集まっていた。

 もくもくと大小様々なサイズの雲が、巨大な入道雲を今もなお生成し続けているのだ。その肥大した体積が、太陽の光を遮り、先駆都市ミケランジェロに大きな影を落としていた。


 その雲は次第に渦を巻くようにして、真ん中からポッカリと凹み始めた。

 まるで、鳥の巣を逆さにひっくり返してしまったかのような形状だ。



「なにかしら、あれぇん……」

「天士さま、あれって……あのローブ姿の人って……」


 ミナが指さす場所は巨大な雲のすぐ真下、一人の人間が大空に浮かびながら両手を広げているのが見えた。

 


「誰だろう……ん、あの服装、見覚えがある……」


 俺は素早く、本来は光の採取用に使う『望遠鏡』を取り出し、傭兵たちの注目を集めている人物を観察する。


 黒色のローブを風でひらめかせ、素顔を隠すようにとんがり帽子を目深にかぶっている。しかし、その正体は帽子の影からわずかに揺れる真っ青な髪色でピンときた。



「ミソラさんだ……」



 妖精とエルフが住まう森を見守り、大空の守護者と灰王から言われたNPCの賢者ミソラさん。


 彼女が再びミケランジェロに到来したのだと俺が悟った瞬間、彼女は両手を自身の胸に引き寄せ、そして何かを開放するように前方へと解き放った。



 すると雲の中央、くぼんだ箇所から小さな点が大量に湧き出してきた。


「飛んできてるわねぇン」

「何か、いっぱい出てきます」


 小さな点の大軍は四方八方に飛び広がり、世界中に散らばれといわんばかりの勢いで、拡散していく。


 かなりのスピードで移動しているため、『望遠鏡』でピントを合わせ、その正体を見極めるのは難しいかと思ったけど、数が多かったのですぐに何なのか捉える事ができた。


「あれって鳥だ。小さな白雲が鳥の形をしてる……」


 まるで巨大な白い鳥の巣をひっくり返し、小さな雲の鳥達が巣立つ瞬間を見せられているようだった。

 

 つばめの形状をした極小の雲が一斉に飛び立っている、いや、あれは滑空している。

 しかも、こちらに。



「おい、モンスターか!?」

「ひぃ、なんだあれ!」

「こっちに向かってきてないか!?」



 道行く傭兵プレイヤーたちから、動揺の声がそこかしこから上がる。


 何人かの傭兵たちは迎撃体勢に移行したのか、弓や魔法などの遠距離攻撃を白いつばめたちに開始する者もいた。


 しかし、固形物ではない雲の鳥たちは、一瞬その身体を霧散させるだけで、すぐに元の形へと再生してこちらをめがけてくる。


 屋内に逃げ込もうとする傭兵プレイヤーもいたが、無駄だと俺は思った。なぜなら、さっき建物にぶつかった白い燕たちは、煙のように消えたかと思ったら、貫通するように向こう側へと姿を現していたからだ。



「ミソラさんのやる事だから、きっと害はないと思う」



 俺の下した意見にミナは『はいっ』と元気よく待機。

 オカマのジョージは『うぅぅん、天使ちゅわんがそう言うなら様子見かしらねぇん』と言いつつも、ヌンチャクを取り出していた。


 いよいよ、白いつばめたちが俺達三人に衝突しかけたところ。

 ちょうど三羽の鳥たちは急停止し、チョコンッとそれぞれが俺達の肩の上に乗った。


「襲ってこないわねぇん?」



 ちょんちょんとつつきながらジョージが呟けば、つばめたちはその姿をうにょうにょっと変化させた。

 それは和紙のような半透明の紙で作られた、長方形の箱のような物だった。



:消費アイテム『妖精の包み灯籠とうろう』×1が配布されました:


:イベント『夏祭り』の会場・・にて、使用を促すタイミングを告知します:




「これは……天士さま、灯籠とうろうですね」


 灯籠とうろうと言えば、灯籠流しがふと頭に浮かぶ。たしか、死者の魂を弔うために、火をつけて明りを灯し、川や海などに流すアレか。


 俺は手に入れた、『妖精の包み灯籠とうろう』を『鑑定眼』で分析する。

 


『妖精の包み灯籠とうろう

【『夏祭り』のイベント期間内に使用すると、光を灯しどこかへ流れていく。かつて人族に虐殺された妖精たちの死を弔う灯籠とうろう宝石を生む森クリス・テアリーが、ある程度の信用の証として、人族に弔いの機会を与えるために送った。和紙で作られた箱の内部には、一匹ずつ妖精が包まれている】


 ふむ?

 フゥが死ななかったのを見て、ミソラさんや妖精たちが少しは人間達を信頼し始めてくれたってことかな?

 


「ただの消費アイテムみたいねぇん。イベントを盛り上げるイベントアイテムってことかしらぁん?」


「綺麗なぼんぼりみたいに光るのでしょうか? 楽しみですね、天士さまっ」


「あぁ、うん……」


 というか、この灯籠の中に妖精が一匹入ってるって、大胆な事をしますねミソラさん。




:できたら、みなさんが一斉に使用してくれることを期待しています:



 運営のログはこれが最後だった。

 そのログアナウンス終了が合図だったかのように、すぐ傍の地面からにゅるりと黒い液体が湧き出し始めた。



「うわっ」


「え、今度はなんなのぉん?」


「黒い水ですね……」



 それら漆黒の液体がすぐさま寄り集まっていき、みるみる間に人型へと変貌していった。

 そのシルエットは、俺達にとって見間違えようのない人物にかたどられていく。


「タロちゃん。久しぶりだね、久しぶりだよ」



 地面から生えるように出現したのは、賢者ミソラさんだった。


「ミソラさん、どうやって……」


 相変わらず、唐突な彼女とのエンカウントに俺は驚きを隠せない。

 周囲にちらほらといた傭兵プレイヤーたちも、何事かとこちらに視線を集中させている。


「あるれ、あれれ? 言ってなかった? 『天導魔法』を駆使すれば、雲が作る影の範囲なら、どこだって姿を現すことができるんだよ、できるのよ。これならタロちゃんも教わりたくなったかな? なったよね?」


 以前、テアリー公の御屋敷で忽然と姿を現したときも同じ魔法を使ったのかな……。

 

 というか、天を導く魔法ですか……さすが規格外のNPCだ。

 

 興味がないと言えばウソになるけど、今はデイモンド師匠から受け継いだ生命創造という課題がある。錬金術を極めるまでは、他のスキルに浮気している余裕はあまりない。

 そもそも俺にそんな大きな力を制御できる自信がない。

 


「あ、いえ……」


「あるれ、あれれ。そっかそっかぁ……そういえば、どうかな? どうだろう、私のお手紙たちは。便利だろう? 便利でしょう? クラン・クラン全域にいる傭兵たちに送ってやったよ、やったわ」


 多分、白い雲でできたつばめたちの事を言ってるのだろう。

 多くの傭兵プレイヤーに配布とか凄すぎます。

 


「はい、すごいですね。というか、ミソラさん、この灯籠とうろうって妖精さんが一匹ずつ入ってるのですか?」



「ふむほむ。『和ノ国・・・』の使者たちに頼まれたなら、仕方ないじゃないか、仕方ないわ。こっちも少しは人間たちの行いに目を向けて、融和を図ろうというもの。今回はその先駆けかしら、かな?」


「というと、妖精たちに人間の行いを見せるってことですか?」



「和紙の中から観察させる程度だけれどね。『和ノ国』の和紙は、強力な結界が施されているから妖精たちに何ら心配はないよ、ないかしら。人間たちが『夏祭り』とやらに、しっかりと灯籠ようせいを流して、返してくれる事を信じているよ? 信じてるからね?」



 なるほどなるほど……そういう事でしたか。

 


「『夏祭り』は私たちの森、『宝石を生む森クリス・テアリー』に残ったエルフ達とゆかりのある、『和ノ国』の人々が会場を準備しているらしいよ、らしいわ。だから、万が一にも心配はないと思うけど……それとタロちゃんは、今後もフゥをよろしくね、よろしくだよ」


「は、はい!」



 というか、和ノ国って何だ?

 俺の質問をする前に、賢者ミソラさんは黒い水となって、その姿を消してしまった。



「和ノ国か……なんだか余計に楽しみだ」


「サムライさんなどが来るのでしょうか?」


「わからないけど、商品を売りに売って、お金をザックリ稼ごう」


「はい! 天士さまっ!」


 ミナと俺で、自分達の出す『屋台』に思いを巡らす。

 みんなで商品を持ち寄って売り出すなんて、やっぱりわくわくする。



「いよいよ、夏・ま・つ・り・ねぇん! 男あさりの季節がやってきたわぁぁあんッ!」


 鼻息の荒いオカマと一緒に、夏祭りの到来を待ちわびる。


「お祭りでの運命的な出会いンッ! 一夏の、身が焦げるような熱い恋ィンッ!」



 おいジョージ、あまりクネクネと体を揺らすなよ。

 せっかく楽しく『屋台』について喋ってたのに、ミナのジョージを見る目が、ゴミ虫を睨むような目つきになってるじゃないか。



「たぎるわぁぁんッッッ!」



「ジョージ、興奮しすぎ」


 ていっと腕を軽く叩いてやると、『ふしゅるるるぅぅぅう』と唸り声を漏らす程度には沈静化してくれた。


 獰猛な獣みたいなジョージの振舞いに、周囲の傭兵プレイヤーたちはドン引きしている。


 

 彼らの及び腰を見て思う。

 どうか、ジョージの餌食となる犠牲者が、最小限に抑えられますように……。



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