87話 友達ターンエンド



ふつ訊太郎じんたろう……閣下かっか?」


「だ、だだだだ……誰のことですか?」


 ユウジが俺を名指しで確認してくるけど……それに対し、ギギギッと首だけ動かして作り笑いを浮かべ、逆に問い返す。

 すると小太りのクラスメイトは、水中ゴーグルを颯爽と頭から外し、真っすぐに俺を見つめてきた。


 おい、ユウジ……お前がそのゴーグルを取っちゃうと、俺が『閃光石』を使って逃げられないじゃないか。まさか、ユウジの目に障害を残す可能性がある手段まで使って、逃走するなんてできない。



「その首だけを硬く動かし、小官しょうかんを見つめる仕草であります」


「は?」


「その動き、クラン・クラン内で何度も自分は目にしたであります……タロ閣下かっかふつくんでありますね?」


 そういうことか……何度もユウジに向けて無意識にしていたドン引きの仕草が、現実こっちでも出てしまっていたと。

 コレは言い逃れができない。


「あー……」


「やはり、小官の見立てに狂いはなかったようですな! なんと、壮絶な美少女であることか!」


 そこか!

 今は、そこを指摘するところじゃないだろ!?

 

「何度も見れば、わかりますとも。まごうことなき銀髪の天使、タロ閣下かっか……」


「お、あ、はい……あ、ユウジ、それ以上近づいたら叫ぶから」



「サァーイェッサー! 了解であります! ふつくんの領域を侵犯するような愚行は決して致しません!」


 興奮で眼が血走っている時点で、けっこうクラスメイトの俺的に地雷を踏んでいると思うんだ……。


「質問があります! 言動や行動、閣下の口ぶりからして、ふつくん本人であることは間違いないと思われます! し、しかし、小官の頭はおかしくなったのでありますでしょうか!?」


 うーん! すこし、おかしいかもしれないね!?


「なぜ、そのような銀髪、美少女に?」


 ですよね……。

 その質問になりますよね。

 


「あぁ……」


 ゴクリと唾を飲み込み、震えそうになる声を懸命に絞り出す。


「せ、性転化しちゃったみたい。ほ、ほら、にゅ、ニュースでたまに話題になってた、あの奇病だよよ……」

 


 もうどうにでもなれと。

 俺はアッサリとユウジに白状する。


 するとユウジは、目を点にして俺の姿を再度、上から下へとつぶさに観察し始めた。その視線に居心地の悪さを感じつつも、耐えていく。


「コンビニで、ふつくんをこの目にした日から、片時も忘れられない程の愛くるしさ……まるでアニメのヒロインのような容姿に、何度小官の魂は持って行かれそうになったか……」


 ゆっくりと独白していくクラスメイトの様子を見て、俺は警戒態勢に入っていく。

 やはり『閃光せんこう石』を使用するべきなのか?

 

 以前はユウジの、アニメに出てくる美少女に対する愛語りを耳にしても、『そんなに好きなのか。ちょっとだけ、そのアニメを見てみようかな』なんて好奇心をそそられるぐらいのものだった。けれど実際にそんな思いを自分にぶつけられると、けっこう精神的にくるものがあった。


「それで、タロ閣下。いや、ふつくん……朝比奈あさひなくんや日暮ひぐれくんは、この事を?」


「いや……。夕輝ゆうき晃夜こうやには、まだ言っていない……」



 俺の状況を聞いたユウジは、興奮状態の変態獣モードをひっこめ、続いて沈痛な面持ちになった。

 ユウジの変化には若干驚きつつも、俺もその沈黙に釣られて少しだけ冷静さを取り戻していく。


「ま、まだ、夕輝ゆうき晃夜こうやには言わないでくれ……」


 ジーッと俺の眼を見つめるユウジの顔は、いつもの美少女を愛でるトロンっとしたものとは違い、真剣そのものだった。


「しかしっ」


 反論しようとするユウジに、俺はみなまで言わせずに要求を重ねる。


「お願いだ」


「……」


「……」


 長い長い無言が、俺とユウジの間に舞い降りた。

 お互いの視線が交錯する。



 白衣のシスター服を着込んだ幼女な俺と。

 相対するのは、食い込み気味の海パン一丁なぽっちゃり男子高校生ユウジ。


 ミスマッチな組み合わせだけど、出会ってしまったのだ。

 ここは譲れない。

 

 親友二人に伝えるときは覚悟を決めて、しっかりと自分の口から言い出したい。間違っても、ユウジから二人へと伝わっていい事ではないのだ。


「どうして、あのお二方に伝えないのでありますか?」


 ユウジが力強い眼差しで俺を見据え、静かに問い掛けてくる。

 

 彼への答えは決まっている。

 怖いからだ。



「変わってしまうかもしれないから」


「いや、しかし……朝比奈あさひなくんも、日暮ひぐれくんもそんなに変わらな」


「ユウジは、変わった!」


 我ながら、弱々しい声だなと思った。


 クラスメイトに対して、訴えた俺の感情は。

 こらえ切れない気持ちを爆発させた、子供の叫びだった。



「俺を……アニメに出てくる女の子みたいに、見るようになったじゃないか!」


 でも、今更やめることはできなかった。

 せきを切って出た言葉の奔流は、ぶつかって受け止めてくれる対象を探し求めるかのように、次々と口から吐き出されていく。


「ユウジと俺は! 晃夜こうやを通じて、たまにアニメやギャルゲの話をしては盛り上がった、クラスメイトだろ。俺が……みじめにも、らしてしまった後、水泳部のシャワー室を借りれるように手伝ってくれた友達だろ。それなのにっ、でも、ユウジ! お前は変わった! 俺が、こんな姿になり果てる前は、あんな目を向けたり、あんな態度を取りはしなかった!」


 一気にまくしたててしまったから、息が上がってしまう。


「俺は、俺だ。ふつ訊太郎じんたろうだ」



 自身のひらたく柔らかい胸に手をあて、目一杯に主張する。


 しかし、ユウジはそんな俺に気圧されるでもなく、同情するわけでもなかった。ただ、紳士な態度で何かを悟ったように、透き通った瞳を俺に向けてきた。


「そうですとも。ふつくんはふつくんのまま。でも、小官だって小官のままでありますよ」


 ユウジは、フッと勇ましく口元を釣り上げた。


「自分も何一つ、変わってなどおりません!」


 なに?

 反論しようとするも、ユウジが先を取った。



「それが誰であろうと! 美少女が好きなだけでありますから!」


 う、へ……は?



「閣下の美少女力・・・・は……私見ながら言わせていただきますと、反則級であります」


 ビシっと敬礼を決めたユウジ。


「しかしながら、例外はありません! 美少女であるならば、どの美少女であれ、みなに等しく平等に! この姿勢を、貫き通す!」


「ちょ、待った、ユウジ」


 俺は少しだけ焦った。


「いえ、自分は止まりません!」


 なぜなら、いつの間にかユウジの大声が人を寄せ集めてしまったのだろう。

 ユウジと同じく海パン姿の男子生徒が数名、教室の中から様子をうかがっている。さらに管弦楽器を手にした女生徒も数人いた。吹奏楽部だろう。



「それこそが! 小官の美少女愛! 永遠の任務であります!」


 ユウジよ。お前の気持ちはわかった。

 俺のクラスメイトは一ミリも変わっていなかった。


 認めよう、ユウジは真のへんた、タダの美少女マニアってだけだったんだ。どうやら、俺の偏見で、自意識過剰というやつだったのだろう。


 だけどな、ユウジ。お前は少女おれの前でほぼ全裸状態、ピタモッコリな水着だけという非常に薄々な装備で『美少女愛』とやらを語ったわけだ。



 ほら、チラホラと警戒の色を示す他の生徒が現れた……。

 数人がユウジに非難がましい目を突き刺すように飛ばしている。

 


「それに、ハッキリと言わせていただきますと……」


 しかし、ユウジは周囲の事なんかお構いなしに語り続けた。



仏くんは・・・・、変わったと、思われます」



 その言葉は、不意打ちとでも言うべきだろうか。

『身体の変化を受け入れられず、ごねているのはふつくんなのでは?』と、遠まわしにそう言われた気がした。

 

 ユウジは事実を口にしただけだと思う。



 それでも、俺は心を酷く揺さぶられた。

 

 そうだ。

 ユウジの言う通り、変わったのは俺だ。

 俺の身体が女子になってしまった。


 その変化を、事実を、身体と中身のギャップを受け止めるのが難しい。

 俺が、美少女であるはずがない……。


 だって、中身はふつ訊太郎じんたろうなのだから……。



「ただ、ずっとその姿のままというわけではないでしょう」


 真っ暗に染まりそうな視界に、一筋の光が射した気がした。

 ユウジ……お前は、俺のすがりついている唯一の希望を看破して、そんな事を言ってくれているのか?



「変化とは必ず訪れるものでありますから。戦況にしろ、美少女の老いにしろ、仏くんにしろ、自分にしろ。大きな出来事から小さな事象まで、変化の連続と出会いっぱなしですからな」


 そうだな。

 それが――。


「それが『生きていく』、という事でありましょうか?」


「かもしれないな……」


「あ、小官は中等部からずっと水泳競技会で万年補欠でありましたが、今期からバタフライ200mのレギュラー入りを果たしました。これも変化ですかな」


 嬉しそうに笑うユウジを見て、俺は思った。

 みんな、大なり小なり変化とぶつかり合って、色々抱えながら生きているんだ。悩みの種はそれぞれ違うけど。



「お二方には、ご病気のことを小官からは言ったりしません」

 

「……助かる」



「正直なところ、小官だけが美少女の秘密を知ってる優越感がないわけでもありません」


 キリリとした顔で言うユージ。


「しかし、友人である自分からしたら……あのお二方にも、早めに言った方が良いかと思われます」


「うん、わかってる。ありがとな、ユウジ」


 俺はここで、ユウジに本心からの笑みを向けた。

 

 そうして気付いた。俺はずっと、コンビニでユウジと顔を合わせてからというもの、以前のように、クラスメイトに対する接し方ができていなかったのだ。

 

 作り笑いを、ユウジに向け続けていた。

 だから、ようやく心からの微笑みをユウジへと浮かべる事ができて、少しだけ喜びを感じた。



「かはっ……これは致命傷であります」

「……?」


 なぜかユウジは、ほんのわずかな瞬間、立ちくらみを起こしたかのように身体をふらつかせた。


「ユウジ、大丈夫か? まさか熱中症か?」


「あ、いえ……問題ありません。ただ、その……恐れながらではありますが……」



 ユウジはスッと体勢を立て直し、いつもの直立不動な敬礼ポーズを取った。


もしも・・・、小官がふつくんの親友・・でありましたら、やはり困っていることがあれば、一番に悩みは聞きたいであります! どうかお二方にも打ち明けて下さい!」


「うん……そうだな、ユウジ」


 俺だって晃夜こうや夕輝ゆうきが困っていたら、すぐ力になりたいとは思う。



「わかってた事だけどさ。うん、やっぱ直接クラスメイトにそう言われると、違うな。こう、ガツンと胸に響くというか」


 何を、俺は海パン一丁なユウジにクサいことを言っているのだろうか。

 

 そう思わなくもないが、俺なんかのために……親友二人に自分の変化も伝えられない臆病者のために、まっすぐな言葉をぶつけてくれた友達に感謝している。



「あぁ、ユウジ。それと一つ、俺からも言いたい事がある」


「何でしょうか?」


「もう、ユウジもその、俺としてはこうやって腹を割って話せた間柄だし……」


 うーん。

 非常に言いにくいな、こういうのは。


「ユウジは『もしも』って言ってたけど」


 コホンっと普段は絶対しないような咳払いをしてまで、恥ずかしさを紛らす。


「俺の中ではその、ユウジはすでに親友的な……」


 ごにょごにょと、煮え切らないセリフに……ユウジは俺の言葉を噛み締めるように何度も頷いた。



「小官も一歩、縮まったでありますか」


「ん……」


「前々から感じてはいたのですが。ほら、ふつくんたちは、なんて言えばいいのでしょうか。その、ふつくん達だけの空気を出すときがあります」


 少し寂しそうに笑うユージ。

 晃夜こうや夕輝ゆうきとは、中学からの付き合いだしな。三人だけでしか出せない、ノリというモノがあるのは確かだ。

 


「別に気にしていた訳じゃありません。ただ、仲がよろしいなと……」


 ユウジはここで初めて視線を俺から切り、ベランダから見える景色へと移した。


「うらやましかったであります。お三方が」


 ユウジの俺達を羨望する姿が。

 言い方は悪くなってしまうかもしれないけど、俺の中で逆に自信をつけてくれた。

 

 あいつらなら、そう簡単に変わりはしない。

 晃夜こうや夕輝ゆうきにカミングアウトした後、どう接したらいいのか、少しだけ踏ん切りがついた。

 


「本当に、ありがとなユウジ……」

「いえ、小官は何もしておりませんよ」


 ユウジの切なそうな横顔を見て、これは紛れもなく真剣な男同士の語り合いだったと思う。

 ただ、やはり周りから見れば多々、問題があったのだろう。



「ユウジが幼女を、学校のベランダまでさらったのか?」

「おいおい、あんな美少女を……外人の子供を誘拐!?」


「事件だ」

「事件だな」

「事件よ」


「先生呼ぶ?」

「間に合わなくない?」


「これ以上の罪を奴が重ねる前に、止めに入るのが友達ってやつじゃないのか!?」

「でも、俺、あいつに触れたくない……」

「わたしも……」

「いくしかないだろう!?」


 外野があらぬ方向に賑わっている。

 これはどうにかしなくては……ユウジの誤解を解かねば。


 せっかく分かり合えたばかりなのに、ユウジの学園生活が終焉を迎えてしまう。


 さっきよりも女子が増えてるし。

 


 そして――

 そんな女子の中に――


 一際ひときわ輝く女子が、いた。


 教室から俺達の事を心配しているどの子よりも、綺麗で白く滑らかな肌。

 猫目を思わせる可憐な、くっきりとした二重の双眸。

 夏休み前より少しだけ伸びた、柔らかそうに揺れる黒髪。


 そんな美少女が、ジッとこちらを、俺を見ていた。


 俺はそのつぶらな瞳から、魔法をかけられたように目が離せない。



「あァ……」



 見間違えるはずもない。

 

 俺がウン白をして、玉砕してしまった……大好きなクラスメイト、宮ノ内みやのうちあかねちゃんがいたのだ。



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