73話 美少女と空中散歩



 フゥによる風と、錬金術の賜物『溶ける水ウォタラード』のコンボが上手くいき、諸手をあげて喜んでいた俺たちに元気の良い声が響いた。


「タロちゃん、助かったよー! ありがとね!」


 真っ赤な両手剣『大輪火斬』で、俺が弱らせたビッグ・スライムを切り崩したゆらちーがお礼を叫んでくれたのだ。


「タロっ! ありがとう」


 そして、右翼の指揮官的なポジションにいる夕輝ゆうきが数人のお伴を引き連れて俺へと近づいてきた。金髪ツインテールなリリィさんも一緒だ。

 前衛の処理はしばらくゆらちーたちに任せるつもりなのだろうか。どちらにしろ、わざわざ俺と合流してきたには訳があるはずだ。



「タロにお願いがあるんだけどさ、いいかな?」


 この状況下で、俺が首を横に振る選択肢はない。


「あのドレスを着て、飛んでくれない?」


「……」


 しかし、それにも許容範囲というものがある。



「このままだと、ジリ貧なのは確かだと思う。こちらの人数も減る一方だし、敵の数がわからないのはみんなの士気に関わってくる。いつまで、この戦いを続ければいいのかって」


「……」


 また女性物の服を着て、空中散歩ですか……。


「細かい味方の位置も把握しきれなくなってるし、上空から様子を見て、戦力が不足している箇所へみんなを誘導できないかな?」



「…………」


 男としての自尊心を優先すべきか、それとも周囲で戦っている傭兵プレイヤーたちのがんばりに応えるべきなのか……その両方を天秤にかけ、答えあぐねていると、横からリリィさんがズイッと割り込んできた。


「それならわたくしにお任せしてくださいな」


 なんとも魅力的なリリィさんのおへそが目に入ってしまう。

 なぜ彼女のレザーアーマーはおへそが出ているデザインなのだろうか。しかも、かなり短いショートパンツからは眩しい程に白く輝く太ももが存在を主張している。そればかりか、こぶりなお尻のラインが丸わかりのピチっとしたタイプだったりもする。


 オカマのパッツンパツンレオタードヒップを見た時はゲンナリする俺だけど、美少女の扇情的な恰好となれば、また別だ。

 うん、見てるってバレたら恥ずかしいし、なるべく見ないように心がけてるけど、やっぱり恥ずかしい。

 あれ、俺は何を言っているんだ。



「いや、リリィさんはそれはいい。タロ、頼めるかな」


 ついでに夕輝ゆうきも何を言ってるんだ。


「リリィさんじゃ危ないよ。ここはタロが適任だと思うんだ」



 ……。


 そうか。そうだな。

 美少女を危険にさらすとか男の風上にも置けないな。

 よし、やるしかないか!



「もちろんだ、ユウ。任せてくれ」


「ちょっと、タロさんでしたっけ? こんな子供に上空から味方の位置や敵の状況を把握して、仲間を誘導できるなんて本気で思っているのかしら?」


 しかし、リリィさんは俺の事を心配してくれているのか、夕輝ゆうきの提案に再度、異を唱えてきた。


「……タロなら、大丈夫だ」


 彼女に対し、夕輝ゆうきはゆっくりと自信を持って頷いた。

 そしてニコリと、有無を言わさぬイケメンスマイルを放ち、『うっ』とリリィさんをたじろがせる。こら、夕輝ゆうきよ。その笑顔は反則だぞ。まぁそんな笑顔に関係なく、俺に信頼をおいてくれる夕輝ゆうきの態度が嬉しかったので、ここは自信満々にリリィさんへアピールしておく。


「俺に任せてください!」


「……でしたら、わたくしもお供しますわ」


 リリィさんはそれでも俺の身を案じているようで、何としてもついてくる事を主張した。なんて優しい美少女なのだ。だが、俺の傍にいたらリリィさんまで危険になりかねない。大胆な服装で大胆な助力を申し出てくれた彼女には悪いけど、辞退してもらおう。

 俺と違って、リリィさんには風の妖精もいなければ、重力を軽減する『空踊る円舞曲ロンド』なんてドレス装備も持ってはいないのだから。

 彼女のはだけた小さな胸元に目が吸い寄せられる前に、俺は前を見てリリィさんに告げる。



「大丈夫です。リリィさんは引き続き、ユウと一緒にみんなを支えてください」


「駄目ですわ。わたくしも行きます」


 しかし、断固として折れないリリィさん。

 そんな彼女にどうしたらいいのか、と夕輝ゆうきに視線を送れば。


「なら、行けばいいんじゃないかな?」


 目が線になり、口角だけ釣り上げた親友の顔に俺は思わず首をかしげてしまう。

 親友ゆうきがあの顔を見せるときは苛立っているときだ。一見して、柔和な笑みを相手に向けているようだが、長い付き合いの俺には隠された真意が伝わっていた。『もう好きにしろ』と、人助けが大好きな夕輝ゆうきが滅多に見せない、他人を突き放すシグナルだったりもする。


 ふーむ。

 美少女にそんな対応をするなんて、お前もまだまだ紳士じゃないな。



「わかった、リリィさん! じゃあ俺と一緒に行きましょう!」

「ええ、もちろんですわ。わたくしには、この『アリスの黒弓』がありますもの。力不足だった時に備えて、貴方を助けてさしあげますわ」


 リリィさんはそう言って、漆黒の弓を俺に見せてきた。黒いつたと黒薔薇の装飾が絡まるその弓は、いかにも高級そうだ。

 さすが多くの宝箱を奪い去って来たと定評のあるリリィさんだ。

 かなり性能の良さそうな弓に思えた。


「それは心強いですね! お願いします!」

「わざわざ言葉にしなくても、貴方より活躍してみせますわ」


 なんて頼もしい返答なんだ。

 美少女かつ、こんなに強そうな子と一緒に戦えるなんてかなり嬉しい。

 そんな内心の喜びをリリィさんには悟られないように、賢者ミソラさんから譲り受けた蒼色のドレス『空踊る円舞曲ロンド』に装備をシフトする。重力を六分の一に軽減した俺は、素早くフゥへと号令をかける。


「よし、フゥ! いくよ」

「がってんしょうちー♪」


 一歩、二歩、三歩っ。強く踏み込み、この身を宙へと躍らせる。

 周りでビッグ・スライムと刃を交えていた傭兵プレイヤーたちが一瞬、こちらに呆けた視線を送ってくる。


「みなさん! 戦いに集中してください! がんばってください!」


 眼下で戦う傭兵プレイヤーへ、こっちを見ている場合じゃないだろうと喚起しておく。

 


「天使閣下が空を飛んでおられる……」

「空より舞い降りた天使閣下……」


 ぶつぶつと何かを言いながらも、目の前のスライムたちに攻撃を再開する傭兵プレイヤーたちの姿が戦場に戻り、俺は安堵の息を吐く。

 危ない危ない。



 さてさて、浮遊したはいいものの。

 そろそろ地面、というかビッグ・スライムの頭が近づきつつある。

 上手くあそこを足場にして、再び飛翔することなんてできるのだろうか?


 そんな疑問や不安がよぎり、フゥに風を起こして巻き上げてもらおうかとも思考するが、フゥが風を起こす度に俺のMPは消費されていくのだ。風妖精の召喚に伴い、すでに二回ほど風をおこしているのでMPは節約しておきたい。

 頼みの綱である『森のおクスリ』は三回使用できるとはいえ、一つしか所持していないのだ。


「はっ!」


 しかし、短い裂帛の息使いが聴こえたかと思えば、そんな杞憂がぶっ飛ぶ光景が隣で繰り広げられていた。


「タロさん、でしたわね」


 リリィさんがビッグ・スライムの頭を踏み台にして、ビヨンっと飛びあがっては、また他のスライムに飛び乗り、俺の後に付いてきていたのだ。

 てっきり遠方から弓の援護してくれるものだと思っていた俺は、その運動神経もさることながら、彼女の胆力に感心していた。

 しかも、一番高度の高い瞬間に弓を引き、落下すると同時に敵に狙いを定め、矢を放っていたりするのだから感服せざるを得ない。


 俺のようにフワフワと滑空しているわけではないのだ。



「このような事がっ、できなければ、レディとしてっ、まだまだですわ」


 しかも、俺に話しかけてくる余裕まで持ち合わせているなんて。

 すごい美少女だ。


 女の子があんな大道芸人顔負けの動きをこなしているんだ。男である俺が、ふわふわ装備を身に付けている俺が、できないわけがない!



「とぉっ」


 迫るビッグ・スライムの頭に片足を乗せ、次の二の足で踏み抜く。

『ボッイン』っと弾力極まる音を発して、俺は再び空へと浮かびあがる。


「で、できました!」


「喜んで、いる場合、ではないでしょう」


 ボヨン、ボヨン、っと身体を宙で捻り、宙返りやバク宙を決めながら矢を下へと放っていくリリィさんは、俺本来の仕事を素早く思い出させてくれる。


 そうだ。


 敵の数は――――――

 まだまだいる……。


 少なく見積もって、100匹以上はいますね……。



 そして味方の少ない、脆い部分は――――たくさんあった。


 あちらこちらで、ビッグ・スライム複数を相手に一人や二人だけで奮戦する傭兵プレイヤーたちの姿が目に入ってくる。しかも、この頃になるとビッグ・スライムに傭兵プレイヤー陣営の深い部分まで進撃を許しているため、前衛後衛関係なく入り乱れて戦っている。

 それにビッグ・スライムは後を絶たず、後方からわらわらと迫ってくる始末。

 


 ならば、一旦退いて態勢を立て直すのが良いのではないだろうか?


 俺はボヨンッと進行方向を切り替え、傭兵プレイヤーが劣勢に立たされている上空へ移動していく。



「みなさん、ここは一旦退いてください!」


「天使閣下!?」


 必死の形相でビッグ・スライムに応戦していた地上の傭兵プレイヤーたちが、こちらに気付いたのを確認し、俺はもう一度自分の考えた案を述べていく。



「ここは一旦退いてください! 俺が合図したら再び、攻めてください!」


 今度はしっかり伝わったのだろうか、近くの傭兵プレイヤーたちと目配せを交わしたのがコチラからでもハッキリと見てとれた。


「天使閣下がそう言うのであれば」

「聞いたかお前ら!」

「天使閣下の命令だ! 退け退け~!」


 ギリギリで戦線を維持していた傭兵プレイヤーたちが脱兎のごとく、撤退を開始していく。

 それを見送った俺は『溶ける水ウォタラード』を取り出した。


「なにを、するつもり、ですの?」


 リリィさんは相変わらず、スライムトランポリンを持続しながら矢を射かけているようだ。俺は彼女に習うように、着地地点にいたスライムの上部を思いっきり踏み抜き、ボッヨンっと飛翔し高度を稼ぐ。



「ふふふふ」


 俺は怪しい笑みを携え、眼下で傭兵プレイヤーたちに追い打ちをかけようとしているビッグ・スライムを見つめる。

 そのまま、『溶ける水ウォタラード』を下へ散布した。

 


「フゥ! 水をめいいっぱい広げて!」

「はいちゃっちゃー♪」


 元気良い返事で風妖精は俺のリクエストに応えてくれる。

 上から下へ、俺の放った『溶ける水ウォタラード』はフゥの起こした風によって四散していく。


:スキル『風妖精の友訊』がLv2→Lv3にアップしました:


 おお。

 風妖精さんの力を借りれば借りる程、このスキルはLvが上がって行くのかもしれないな。

 そんな喜びを噛み締めつつも、俺は己自身で生みだしたアイテムに愛着を持って効果を期待する。


「飛び散れーっ!」


 あまねくスライムたちに当たって行くのだ『溶ける水ウォタラード』よ。



 錬金術士である俺の願いを、天が聞き届けたのだろうか。

 水も飛び散ったけど、スライムたちも飛び散っていく。


 溶けてるっていうか、分離? 反発?

 よく分からないけど、けっこうな勢いで飛び散っていきます。



「うおおおおおおお! 天使閣下万歳いいいい!」

「見たか、今の!?」

「天使閣下に栄光あれ!」


 後退しつつあった傭兵プレイヤーたちが、溶けていくスライム群を目にして歓声を浴びせてきた。


「と……とび、ちれー」


 あまりにも効率的にスライムが溶けていくものだから、なんだろうな。今の俺って、さながら酸の雨でも降らしている極悪錬金術士なんじゃなかろうか。と、疑問を抱きかねない。



「見ろ! 我らが天使さまが舞っておられる」

「見ろ! 我らが天使さまの雨で敵がみるみる弱っていく」

「奇跡だ」

「天のお恵みを自ら発生させているぞ!」

「天使閣下! 万歳!」



 キラキラとした水滴が、大量のビッグ・スライムへと降り注いでいく。

『ジュッ』『ジュワッ』『ジュクッ』っと立て続けに不快な音が、そこかしこで産声をあげていく。下にいた15匹前後のビック・スライムが、『溶ける水ウォタラード』によって溶解させられ、丸いフォルムを維持できずにもにゅもにゅと奇怪な動きを取るようになっていた。


 と、とにかく今はチャンスだ。



「今です、みなさん! 反撃をしてください!」


「「「サァーイェスッサー!」」」


 遠巻きに俺の様子を見てくれていた傭兵プレイヤーたちはすぐさま、引き返し、上手く活動できないビック・スライムたちに痛恨の攻撃を浴びせていく。

 これによって一気に、この地帯での戦況はひっくり返った。



「きゃっ」


 ひとまずは窮地を脱したと安心していたら、突如として下から発せられた女性の悲鳴が耳に飛び込んできた。

 急いでそちらに目を向けると、リリィさんが着地に失敗したのだろうか。形の変わってしまったスライムトランポリンの影響で、彼女が明後日の方向にボインッとその身を投げてしまっている。

 しかもその進行方向が無傷なビック・スライムの密集地ときた。


 マズイ!

 俺が何をするのか事前に伝えておけば、彼女が歪な形のスライムあしばのせいであんなにバランスを崩す事はなかったはずだ。



「フゥ! 俺をあそこに飛ばせる!?」


 すぐにフゥへとお願いすれば、風の友人は器用にグッドサインなんか作っちゃってOKを出してくれる。


「ふぅぅぅぅぅううう!」


 フゥの高らかな返事? じみた吐息と同時に、バフッとした衝撃が背中を打ちつける。この風圧により俺はリリィさんが着地する付近へと飛んでいく。


 リリィさんが落下するであろうポイントには、獲物を待ち構える態勢で何匹かのビッグ・スライムがボヨンボヨンと身体を弾ませていた。


「やらせるか!」


 そのまま、リリィさんへと襲いかかりそうなビッグ・スライムへと『溶ける水ウォタラード』をブンブンっとまき散らしておく。

 瞬時にニ匹のスライムを溶かし、一匹を戦闘不能に追い込んだと視認しつつ、移動の勢いを殺せなかった俺は彼女と仲良く地面にダイブ。

 


「あなたって人は……」


 見事に足から着地したリリィさんは、無様に転がる俺に向けて何かを言い淀んだ。けれど目の前の戦闘に集中したのか言葉を一旦区切ったあとに、質問をしてきた。


「次はどちらにいかれますの? お伴しますわ」


 なぜか頬を紅潮させながらツンケンした口調で聞いてきたので、やはり事前に『溶ける水ウォタラード』について説明していなかった事に腹を立てているのかもしれない。


 美少女からの好感度が下がるって案外、キツイものだな。

 でも今は言い訳をしている時間はないだろう。

 こうしてる間にも続々と周囲にはビッグスライムが俺達目掛けて、集まり始めている。


「次はあっちです!」


 俺はすっからかんになったMPを回復するために『森のおクスリ』をちびちびと飲みつつ、味方が苦戦している戦場へと再び飛翔した。





――――

――――



「終わりましたのね……」


 リリィさんがポツリと呟いたかと思えば、彼女はぺたりと地面に座りこんだ。


 結果的に言えば、あれから俺達は『溶ける水ウォタラード』無双を繰り返した。酸の雨を降らして回ったところを近接傭兵プレイヤー中心に、弱ったスライムたちを叩いていく戦法だ。この、苦境に立たされたエリアを逆転劇へと導くお手伝いをしていくうちに、そうとうな数のビッグ・スライム討伐を達成していて、全滅へと追いやることができた。


 おかげでスキル『風妖精の友訊』がLv4へと上がり、俺のキャラクターレベルも6へと上昇していた。

 個人的にはかなり嬉しい結果で終わったのだけれども。 



「さすがに少し疲れた……」


「そうですね、天士さま」


 真っ正直な感想をもらせば、ミナが即座に相槌をうってくれた。

 あら、いつの間にかうちの神官ちゃんは俺の右横に来てたんだ?

 

 ちょっとした不思議に首を傾げつつも、左隣で腰を下ろすリリィさんにそれとなく視線を向けてみると、うっわ。俺の眼に映ったモノが些細な疑問を吹き飛ばしていった。


 ちょうど、俺から彼女を見下ろすような立ち位置になっているのだが、リリィさんの上着のはだけた胸元のデザインがきわど過ぎる。あれ、丘の先端、ポチクリ部分が見えちゃったりするんじゃないのかな……。

 

 急いで視線を美少女のお胸から切り、辺りを見渡すと、やんやわーわーと喜び騒ぐ傭兵プレイヤーたちのむさい姿がそこかしこで見られた。



「タロ、さん……?」


 目に入れる対象を戻そうかどうか悩んでいると、不意にリリィさんが話しかけてきたではないか。


「そ、その助けていただき、ありがとうございますわ……」


 彼女のお礼の言葉に思わずビクリとしてしまう。そしてこの機に乗じ、戦闘中は口に出せなかった謝罪を今この場で言っておくのが吉だろうと判断する。なんだかんだ、この戦いで一種の絆めいたものが生まれたのではないだろうか? と嬉しい気持ちをひた隠し、至極冷静な態度で返答をしていく。


「いえいえ。こちらこそ、しっかりとしたアイテムの説明もなしに使ってしまい、申し訳なかったです」

 


 それからしばらく、リリィさんは黙った。

 どうしたのかなと気になりもしたけど、やっぱりここからじゃチクビーに目が奪われそうだったので、あえてリリィさんの方は見ないように努めていた。


「先程から何ですか……」


 ぼそりと、リリィさんにしては低い声がこだまする。


「先程から何ですか……その失礼極まりない態度は。こちらをしっかり見るべきですわ」


 どうしてだろう。

 リリィさんに怒られてしまった。



「え、いや……だって」


 まずいぞ。

 さっきは一緒に戦いをくぐりぬけた仲って感じで、いい雰囲気が出てたと油断してたら、地雷を踏み抜いてしまったようだ。


 女性経験の浅さがここで出てしまうとは。

 だが、ここで美少女との関係を諦める俺ではない。なんとか挽回する余地があるはずだ。



「言いたい事があるのでしたら、しっかりと口にしてほしいですわ!」


 強い口調で咎めてくる彼女に、俺は狼狽しつつも必死に頭を回転させる。


「その……」


 恰好がエロいから目のやり場に困るとか言ってはいけない。

 こんな美少女にヘンタイだと思われたくない。


 ほら、なんか出てこい!

 ちょうどいい言葉とかあるだろう?


 ほら、胸チラがハンパないですねとか。太もも見せすぎじゃないですかとか。ぷりんぷりんのお尻がスライムみたいですねとか。

 ちきせう! これだから童貞わよぉ!


 こんなんじゃタダのヘンタイじゃんかよぉ!


 あなたみたいに可愛い子がえっちい装備してると、色々掻き立てられるとか。

 ちがうちがう、こんなストレートに言ったらまずい!



 じゃあ、あれだ。装備を変えたらどうですか? とか?


 待て待て! 女子に対して、服装に難癖つける男子ってどうなんだ?

 あんな破廉恥ピタコスコーデでも、もし万が一、リリィさんの一番のお気に入りだったとしたら…………例えばの話だけど、自分的にはけっこうイケてる私服だと思ったのに、他人に近い女子にその服変えたらどう? なんて、自分のセンスを真っ向から否定する言葉を投げつけられた日には、女子じゃなくても怒るか撃沈するか鬱になる。


 じゃあ、どうしたらいいんだ。

 こう、なんというか。ミナのときはいつもどうやって対応してたんだっけ……いや、ミナとリリィさんは年齢が違うし、そもそも同じ扱いの仕方では再び地雷を踏みかねない。


 ミナさん、助けて。ミナよ、なんか援護射撃を。ミナさん、なんか言って。

 ミナ、ミナミナ……内心で年下少女にここまですがる男子高校生なんて、俺以外にいなそうだな。


 俺の困ったような視線に気づいた小学校高学年のミナは何か言おうと、口を開いていく。

 そんな甘えにも似た安堵を感じた瞬間、俺の全身に電撃が走った。



 待て。待つんだ。

 ここで、ミナに何か言わせたら男の名がすたる。

 ここでミナにすがったら、男子としての誇りが。


 何かに屈してしまう。

 

 ミナに言わせるべきではない。

 ミナにまで頼って何が男か。

 そう、ミナまで言わ……ん?

 ミナまで……みなまで言わない。


 そう、これだ!

 紳士の究極系、みなまで言わず。それらしい単語を一言呟き、あとは態度でなんとか乗り越え、伝えてみせる! 背中で語る男ぉぉぉお!


 俺はスッとミナの前に手を出し、彼女が何か言い出すのをすんでのところで留まらせた。

 

 よし、よし。

 あとは、そう。なんかモテそうな、万人受けしそうなアニメのキャラの台詞でも言えばいい。リリィさんはちょこっと棘のある口調だし、なんだかいつもピリピリしてる感じだ。上品なのに野生的な側面を兼ね備えた美少女、ほら噛みついてきそうな女の子といえばあれだ、『ぼののけ姫』に出てくるスンだ。あの『ぼののけ姫』に出てきた主人公が、気になる山猫姫に向けた言葉を引用すればいけるっしょ、余裕っしょ、簡単っしょ、こんなの普通っしょ。




「そなたは美しい」



 普通サイコー! よし、言えた!


 言えたぞ! ストレートに女子に対して可愛いなんて言った事に少しだけ恥ずかしさを覚えてしまうけど、だがここで動揺を見せるようじゃダメだろう。そう、遠くを見つめているフリをすれば良い。ここはあくまでも余裕、かつ自然な態度が重要なのだ。ちょっと小粋に笑みなんかも追加してみようか。

 

 よし、あとは……。

 俺は装備ストレージから前に使っていた初期装備の『すすけた外套がいとう』を選択し、取り出す。一見、古ぼけたマントに見えなくもないこの装備が役に立つはずだ。

 

 そう確信し、へたりこんでいるリリィさんに向けて、俺はその上着をかけてみる。これは彼女の扇情的な姿を隠すには最適だろう。

 


 よし!

 これで、なんとなくニュアンスは伝わったはずだ。


 キミみたいな可愛い子が、そんな肌の見える服を着てうろつくなんて危ない。

 俺だって男だし、目のやり場に困るし、純粋に恥ずかしさを感じてしまう。しばしの間はこれをかけて、キミの美しい魅力を緩和させるのに使ってほしい。でなければ、こちらの理性がどこかに行ってしまいそうだ。


 後半部分はヘンタイちっくだから省くとして、前半部分はなかなかどうしていい感じ……。 


 ん?

 初めからこう言えば良かったんじゃないか?


 あれれ。

 ちょっと待てよ。



 俺は今自分がしたことを客観的に思い返す。



「そなたは美しい」とドヤ顔で凛々しく、視線を合わせず、彼方を見つめるように渋く言い放ったあと。なんの前触れもなくボロ布マントを座っている美少女にかぶせる。



 ……。

 …………。


 俺はバカなのか!?



 あっちとしては……は? なんなの? 何言ってるの?

 なにこの貧乏くさいマントは! 私が美しいとか言っておきながら! その美しさに嫌がらせするために、こんな初期装備なヘンテコマントをかぶせたのね!


 思われかねないいいいいというか、誰もが思ううウウウ。

 やらかしてしまった。

 

 チラリとほんの一瞬だけリリィさんを見れば……目はちょっと潤み、顔は今までにない程真っ赤になっていた。

 

 もう間違いなく激怒している。しかも、目が潤んじゃうほどに。これは怒りにプルプルもんだよ。

 目尻辺りがほにゃほにゃしてるし、口元なんかも俺にぶつけたい罵詈雑言をどう形にしていいのか、混乱してそうなぐらい、むにゃむにゃしてる。



 ひぃぃぃぃ。




 ……。

 …………。



 もういいや。

 



 前だけを向いていこう、うん。


 怖くてリリィさんが見れません。

 誰か助けて。



「天士さまー?」



 おぉ。我が愛しのエンジェル、ミナよ! 神官さまよ!

 俺に救済の手を差し伸べてくれ……。

 

「どうした、ミナ?」


 ミナに話しかけられたんじゃー、リリィさんの方は見れないな! うん!

 もうリリィさんの件はおしまい。それでいいじゃないか。

 俺にはハードルが高すぎたってもんだ。


「今回、わたしは頑張りました! 褒めてください!」

「い、いひぞー!」


 リリィさんから伝わってくる無言の重圧? めいたものに声が裏返ってしまったが、気にしないことにしておく。


「頭をなでてください」


 エッヘンとのけぞるミナさん、可愛い。

 後ろにリリィさんさえいなければなぁ……いや、人のせいにしてはいけないな、俺の失敗だ。

 

 へこんじゃうけど、ミナの頭はなでりこしておく。


 なでなでするぞーミナさん。自分より少しだけ身長の高いミナをなでりこするのは何だか複雑な気分だが、誰が何と言おうと俺の方が年上だからな。



 今回も本当にミナがいてくれて助かった。なぜか、先程からちょっと不機嫌そうなミナだったが、俺がなでりこなでりこすると、すぐに満面の笑顔になった。


「えへへ」


 と、はにかむミナ。

 その後どうしてか、うちの神官さんは『フフッ』っとリリィさんに向けて自慢げに鼻で笑ったのが、少しだけ気になった。




 女心ってものは謎だらけだな……。



 肩を組んで戦勝祝いと周りの傭兵プレイヤーを巻き込み、バカ騒ぎをする晃夜こうや夕輝ゆうきの姿を遠目で見ながら、俺はそんな事を思ったりした……。


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