72話 いつの間にか神聖視されてる


 迫りくる大きなスライムの大軍に。

 数多の色が、それぞれの場所から、敵の先陣に着弾していく。


 赤色は炎撃、茶色は土撃。黄色は雷撃、青色は水撃。

 そして無色は――スライムたちが見えない衝撃に打たれたのか、仰け反ったり、吹き飛んだりしている姿を見るに風撃だろう。


 寄せ集めの傭兵プレイヤーたちが、初手で相手の突進力を削るために放った必死の遠距離攻撃群だ。


 その中でも一際目立つのが、赤、青、緑、の三色を白昼であるにもかかわらず贅沢に煌めかせ、スライムもろとも爆発に巻き込んでいる『打ち上げ花火(小)』だ。



「さすが、天士さまですね。私も負けていられません!」


 戦場でもなお、笑顔をくれるミナに俺は力強く頷く。

蒼き琥珀種ブルメラシード』によってMPを増やしたウチの神官さんは非常に頼りになるのだ。ふと、そんな彼女の背中越し、遠くで夕輝ゆうきが剣を前へと掲げ、右翼の魔法攻撃を指示しているのが目に入る。その隣では、矢を射かけているリリィさんが、まじまじと俺のことを見つめていた。

 

 花火が綺麗だったのだろうか。

 危機を前にして花火の光に見惚れるなんて、さすが美少女だ。



「ミナ、どんどん撃ちまくれ!」

「はいっ!」


 可憐なリリィさんに対し、俺は一匹でも多くのスライムを花火で巻き込む算段を付け、手に握る棒部分の発射角度を調整するのに四苦八苦している。女子と男子では感性の上品さが違いすぎるな、うん。



「ありったけを撃ち続けるんだ!」



 今回は素材の関係もあって、MP回復アイテムである『森のおクスリ』を大量に生産できなかった。手持ちのほとんどをミナに与え、俺は1個しか持っていない。

 そのためMPを温存させなくていいのか、と聞かれればそれは確かに気にするべき点かもしれない。だが、この場にいれば否応なく理解させられてしまう。


 平原を浸食する波のようにゴロゴロと転がるスライムたち。

 あの物量にあの速度で、こちらに激突されたら被害は大きなものになるのはわかりきっている。ならば、目前まで接近してくる脅威を前にどうして温存などしている余裕があるだろうか。全力で敵の勢いを削いでおかなければ、勝負は一瞬でついてしまうかもしれない。


 俺含め、低レベル傭兵プレイヤーが中心となって構成されているこちら側は、後の事など考えている余力はないのだ。

 


「『毒の霧』を発動させたのは誰だ!」

「やるなら、もっと後ろの敵にしてくれよ!」

「なんで先頭の敵に……」

「即効性のない『毒の霧』とかふざけんな!」

「あれじゃあ、ターゲットが狙えねぇ! こちとら弓矢なんだよ!」

「ちきしょう! がむしゃらに撃つしかねえか!」



 さらに言えば、連携も上手くとれてはいない。


「敵戦力への着弾、確認! 左辺へは甚大な有効打を与えている! 次は右辺を中心に貴様らは撃ち続けろ! 中央部はそのまま、天使閣下の砲撃を突破してきた敵を狙い爆撃せよ!」


 切迫する空気のなか、俺のすぐ横で待機しているRF4-youは、冷静に戦況分析を行っていた。

 やはり、というべきだろうか。右翼の夕輝たちはスライム突撃までの準備が、こちらに来る移動時間に割かれてしまったため十全ではないようだ。


「そのまま、そのまま! 次の砲撃を最後に、近接戦闘部隊は突撃準備よぉぉおいい!」


 俺達の狙いはただ一つ。

 敵の勢いを弱めた上で、接近戦にもつれこむ事。

 来るべき白兵戦に備え、今も前列にいる近接武器を携えた傭兵プレイヤーたちが、片膝を突きながら俺達の視界を遮らないように敵を迎え撃つ体勢でいてくれる。


 最後になるであろう『打ち上げ花火(小)』をぶっ放した直後、RF4-you君は小さな短剣を天へと掲げ、走り出した。



「諸君! 祖国のために! 全軍突撃ぃいいいい!」


 え、お前も特攻をかけるのかよ。


 突撃を叫んだユウジは、見たところ近接戦に特化したように思えない。真っ黒に染まった貧弱装備を身に付けたLv3のRF4-youは、自らを先頭に突進し出した。


「「「「サァーイエスッサー!」」」」


 果敢に飛び込む小柄な少年に続き、傭兵プレイヤーたちの、男たちの雄叫びが戦場を揺るがす。彼らは走り出し、剣や盾、槍、メイス、斧などをスライムめがけて振りかぶっていく。


「ぴぎゅあっ」

 

 先陣を切ったユウジことRF4-youがスライムと接触した瞬間、宙へと弾かれ、着地と同時に数匹の敵に踏み潰され、妙な悲鳴を上げてキルされたのが見えた。


 何の策もなかったんかい。

 冷静そうだったユウジだが、実は一番熱い男だったとフォローしておこう。南無。


 そんな彼の末路から数瞬後。

 肉と肉が衝突し、何かが弾け、ぶつかり合う鈍い音がドッと戦場に鳴り響く。

 たくさんの傭兵プレイヤーたちと大量のスライムたちが激突したのだ。


 文字通り肉壁によって、その突進をせき止められたスライムたち。

 俺はその隙に『古びたカメラ』を手に持ち、スライム達を激写する。



『ビッグ・スライム』【写真】

【本能的に飢餓きがを植え付けられたスライムの進化形態。タフ・スライムとなって暴食の限りを尽くし、蓄えた栄養はそのまま巨体となって表れる。弱点属性は青だが、タフ・スライムに比べて耐性が高い。水などに触れると、その身は弾かれるように反発し合う】


:ビッグ・スライムの魂が抜き取れました:

:撮ったビッグ・スライムを討伐すれば『豊満な黄色プランプ・イエロ』が写真に宿ります:



 やはり、タフ・スライムの進化系だったか。奴らと同じく弱点属性は青と変化は見られない、か。

 前衛たちが稼いでくれた時間を無駄にはできない。

 

 

「敵の弱点は青属性です! 青属性が弱点です!」



 写真から読み取った情報を周囲にいち早く伝達するために、俺は呼びかけ続ける。もはや、ビッグ・スライムたちと交戦し始めている傭兵プレイヤーたちに余裕なんてものはこれっぽっちもなく、必死の抵抗を続けている。体重が重く、それでもバインっと跳ね上がり、大きな身体と弾力性に富んだスライムが繰り出してくる一撃は傍から見ていても強烈だ。その攻撃に傭兵プレイヤーが揺らめき、なんとか踏ん張り堪えたとこで、更に別のビッグ・スライムによる追撃の連続で、なかなか反撃に転ずることができず、防戦一方になってしまっている。



「ふぉ……天使ちゃんはどうして、新種のモンスターの情報をわかったんじゃ?」


 土魔法から水魔法へとシフトしたウーガのじいさまが不思議がってきたので、カメラを持ちあげ、どやっておく。


「錬金術のおかげですよ」


 俺もミナのように、戦場でもしっかりと笑えているだろうか。



――――

――――



 壁役になってくれた傭兵プレイヤーたちのおかげで、スライムたちの猛進撃を大幅に鈍らせることに成功した。それに加え、青属性による攻撃で敵の密集率も低くなり、個々で戦いに臨めるまでにはなった。

 ただ、やっぱりこちらの損害も大きく、前衛陣によって構築されていた敵を受け止める壁はとっくに崩壊していた。ならばと、MPが枯渇し遠距離攻撃が不可となった傭兵プレイヤーたちも杖や短剣を手に、一丸となって1メートル程の大きさを誇るスライムを相手に戦い続けている。


「みんな押し込んで! 盾持ちは率先して先頭に!」

「オラオラオラァ! 殴り飛ばせ!」


 右辺は夕輝ゆうき、左辺は晃夜こうやが周りを必死に鼓舞しながら、スライム達を撃破していくのが見える。


「あななたちぃんっ♪ ちょーっとばかり、柔らかすぎないかしらん?」


 中央である俺達の目の前では、偵察より舞い戻ったオカマことジョージが、ヌンチャクをフンホッと振り回し、近寄ってくる敵を吹き飛ばしている。


「あちきは、カ・タ・イのが好みなのぉん☆」


 俺はと言えば、傍で薙刀なぎなたを縦横無尽に振り続けるアンノウンさんのおかげや、『森のおクスリ』をどんどん使ってMPを回復しながら青魔法を放っていくミナの火力があって、なんとか無傷だった。正直に言うと戦況は芳しくなく、こちらは押され気味である。



「はらはら、次から次へとちょこざいな」


 それでも一部の高レベル傭兵プレイヤーたちが、前衛、中衛で踏みとどまり、低レベル傭兵プレイヤーたちと協力してビッグ・スライムを屠り続けているから、苦境に立たされてはいるが悲観している空気は滲み出ていない。


「ふぉっふぉっ……そろそろわしも杖で戦う時がきたようじゃの。どれ、老骨の性根を叩き込んでやるかの」


 ついにMPが尽きたウーガのじいさまも前線へと身を躍らしていく。その後ろ姿を見て、俺も前に出る事を決めた。



「アンノウンさん! 俺も前に出ます!」


「タロ氏、私もついていくでありんすよ」

「天士さま、わたしも!」


 一緒に行動をするのが当然、と言わんばかりについて来てくれる二人に感謝しつつ、俺は切り札を出すことにする。



 ビッグ・スライムが青属性に弱いとわかってから、ずっと試したくてウズウズしていたアイテムを取り出す。


 それは小さな黄色い光が瓶の中で踊る液体、『溶ける水ウォタラード』だ。『上質な水』とコムギ村の小麦畑で採れた『陽光に踊る黄色ソレイユ・イエロー』を合成し、攻撃アイテムとして生成できたもの。


 敵を溶かし、なおかつ青属性であるこの水を使って、少しでもビッグ・スライムの数を減らす所存だ。

 ストックは10本程しかないため使いどころは限られている。


 瓶を片手に駆け出しさっそく一本目を、ウーガじいさんにのしかかろうとしていたビッグ・スライムへ勢いよくふりかけた。

 

「せいっ!」


 瓶から飛び出た液体はビッグ・スライムに触れると『ジュッ』っと熱によって焦がすような音を鳴らし、続けて『ジュクジュクジュク』と瞬時に溶かしていった。


「なんぞ!? な、な、なんじゃと!?」


 覚悟を決めていた老人は目を剥いてこちらを見ていたが、しばらくすると我に返ったようで「あ、いや。助かったのぉ。恩にきるぞぉ」とお礼を述べてきてくれた。



 今の反応からするに、ビッグ・スライムに対して『溶ける水ウォタラード』一本は、弱点の青属性なだけあって過剰な火力のようだ。


 と、なると振りまいてより多くのビック・スライムに当てることが有効手段になる。だがここで問題なのが、この液体を味方にぶつけないようにすることだ。そこには細心の注意を払わなければならないだろう。


 新しい『溶ける水ウォタラード』を取り出し、次は複数のビッグ・スライムに押し込まれ、ピンチに陥った見知らぬ傭兵プレイヤー二人に近づいていく。

 彼らがバインっとスライムに弾かれた瞬間を狙い、横ぎに『溶ける水ウォタラード』を振りまく。


 すると、どうだろうか。

 四体ほどいたビッグ・スライムが先ほどのスライム同様に『ジュグジュクジュク……』と溶け消えていくではないか。三体は完全に消失し、残り一体がドロドロと水溜りのように変化し、ウニョウニョうごめいているだけの奇妙な生き物になってしまっている。



「天使の大将閣下が助けに来てくれたぞぉぉぉぉお!」 

「天使閣下、万歳!」


 歓喜に打ち震えている傭兵プレイヤー二人はひとまずスルーし、二本の『溶ける水ウォタラード』の検証結果を分析しておく。


 つまるところ『溶ける水ウォタラード』は……つよすぎだなオイ。

 いや、きっと弱点属性だからかもしれないけど、効果抜群ではないか。


 だが、残り8本しかない『溶ける水ウォタラード』を、どうすれば最大活用できるのかを考えなくてはいけない。なにもビッグ・スライムをキルする必要はないのだ。足元でべちょべちょと動く、溶けかけのビッグスライムに小太刀を突き刺した俺はそう結論付ける。


 つまり、このように弱らせる程度に溶かせば、あとは仲間たちがとどめをさしてくれるわけだ。


 だが、なかなか手動では『溶ける水』をまんべんなく広い範囲に散布することは難しい。どうしても液体である以上、ムラが出てしまう。


 しかし、ここで俺はひらめいた。

 俺には友が他にもいるではないか。



「『風妖精の友訊ゆうじん』! おいで、フゥ!」


 右手を天高く掲げ、大空を司る風の妖精へと呼びかける。

 広げられた掌からは緑色の閃光が揺らめき、俺を中心に風が集束していくのを感じる。風妖精、フゥに助けを求めたのだ。



「見ろ! 天使閣下が!」

「あれは……神々の使いを召喚しているのか!?」

「我らが天使閣下に万歳!」

「なんと神々しいお姿だ……」


 騒ぎ立てる傭兵プレイヤーたちに作り笑顔で対応し、俺はフゥを召喚し終えた。

 その背中に羽を持ち、宙を自由に飛び回る小さな友人は、さっそく俺を見るなりに元気良く挨拶をしてくれる。


「たろん! きったよーっ!」


 この勇ましい場に似つかわしくない、愛嬌のこもった顔でキョトンと首をかしげるフウをそっとなでてやり、俺は手早くお願いをしていく。


「フゥには俺の傍にいてほしい。ただ、今からふりまく水にフゥの風をぶつけて、あのスライムたちに拡散してほしい!」


「わぁ! 水のおめぐみ、みんなにはこぶは、かぜのお役目♪」


「そ、そうだ。ん、水のおめぐみ?」


「かぜのこげんきのこー♪」


 とにかく、フゥは了承してくれたようだ。


「フゥっちはやるよーッッ!」

「よし、一緒にがんばろう!」


 フゥとの作戦会議を終え、俺は戦場を見渡す。特に危うい所はないだろうか。

 そうやって首を右へと巡らせると、右辺前方の傭兵プレイヤー群が大きく崩れかけていた。

 夕輝ゆうきをとりまく傭兵プレイヤーたちがビック・スライムの猛攻に耐え切れず、吹き飛ばされてしまっている。

 夕輝ゆうきやゆらちー、リリィさんが突貫するも、数で圧倒的に押し負けている右翼は後退しつつあった。あそこが崩れれば、右翼の後衛にたくさんのビック・スライムがなだれ込んでしまう。


 俺はアンノウンさんやミナを引き連れ、右へと移動していく。

 そして、リリィさんたちやゆらちーに襲いかかるビック・スライムの後方に向かって『溶ける水ウォタラード』を、ふりまいた。


「いまだ! フゥ!」

「あいあいっ!」


 可愛らしいほっぺを大きく膨らましたフゥは『スゥー―』っと息を吸いこんだかと思えば、口をすぼめ息を吐き出していった。風妖精が吹き起こした風は『溶ける水ウォタラード』を、吹き飛ばすように広範囲にわたってビック・スライムへと運んでいく。


「よくやったよ、フゥ!」


 目算にしておよそ8体程のビック・スライムが、すぐに溶け始めた。

 夕輝ゆうきたちへの攻撃も、溶ける水にひるんだのか止んだ。



「天使閣下が助けに来てくれたぞ!」

「一瞬であの数のビック・スライムたちを鈍らせた!?」

「これで勝つる!」

「神のなせる奇跡だ……」

「つっこめつっこめ! 天使閣下の生んでくれたチャンスを無駄にするな!」


「「「サァーイエスッサァー!」」」



 右翼の前衛陣は息を吹き返し、なんとか順調に反撃へと転じてくれた。



 だが、なぜだろう。

 彼らの俺を見る目には、物凄く敬虔な信者のような熱が込められていた気がする。

 



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