51話 乱世乱戦

 三つのパーティー会場で当たりを引いたと思ったら、とんだ高難易度の試練だった。

 こういう王道的な展開は好きだが、俺は敢えて前線には出なかった。


 

 なぜなら、俺のLvは低いし、ワンパンの可能性があるから。

 つまりは無理ゲー。

 なので、しばらくは会場の隅っこに晃夜や夕輝、ミナを引き連れて逃げることにする。


「あ、どこに行くのよぉンあなた達ぃン。ってちょっと何すんのよ!」


 俺達を呼び止めようとしたジョージは、背後から襲い来る傭兵プレイヤーに裏拳をかましていた。


「ぐはっ!」


 ジョージの鉄拳を喰らった傭兵はあっさり倒れたが、似たような傭兵が後からどんどん押し寄せてくる。


「鉄血のジョージ! 俺らがこの場で勝ったら輝剣アーツをもっと安く売ってくれや」

「そんな条件のめないって言うなら、ギブアップするまで粘着してやるよ」

「『サディ☆スティック』の副団長様がソロで会場入りするなんて、絶好のチャンスだぜ」


 群れる傭兵たちの正体は、こすっからい人達だった。

 どさくさに紛れて、嫌がらせにも近い取引を持ち出てくる輩は、ざっと二十人はいる。

 まずいと思い、引き返そうとする俺の腕を晃夜が強く掴んだ。


 その表情は硬く、俺たちの出る幕ではないと如実に語っている。だが、ジョージはフレンドだ。

 商売仲間になる予定でもあるのに、助けないという選択肢はない。


「あの人は本物だ。信用・・してあげて」


 夕輝が小さくこぼす。

 

「早い話が、俺達が足手まといになるだけだ」


 そして晃夜も鼻を鳴らしながら、不満そうにぼやく。

 そんな親友ふたりの助言に俺はしぶしぶと頷き、ジョージの方へと目を向ける。



「これだけの人数を相手に、さすがの『鉄血ジョージ』もびびるしかねえか?」


 集団の先頭にいる傭兵が自信ありげに問う。


「うフンッ☆」


 その言葉をジョージは鼻息で吹き飛ばした。


「あなた達みたいな奴のことぉン――」


 ニッコリと、分厚く紅い唇が弧を描き。

 ダークシャドウの濃ゆい紫系のアイシャドウに彩られた両眼が歪む。


「タマなしって言うのよぉン♪」


 それはそれは、オカマの不気味な笑顔だった。

 多勢に無勢を決め込む相手に、心の底から侮蔑しきった笑みを携え、ジョージは真っ赤なムチを取り出した。


 邪悪な蛇にも似たそのムチの先端が鎌首を持ちあげたと思った瞬間、即座に先頭の傭兵の首に巻き付けられた。彼はギョッと目をむき驚きをあらわにする。慌てて自分の首をかきむしるように、ムチへと両手を伸ばすが、きつく巻き付いているのか解く事ができない。


「なっ!」

「そんな根性なしには、お・し・お・き」


 ジョージはムチを絡めたまま振り回し、怪力まかせの大立ち回りを演じた。先端に絡め取られた獲物プレイヤーがいい重りになり、それに衝突した敵は何がが折れるような音と共に吹き飛んでいく。首を絞められ傭兵プレイヤーがボロ雑巾になれば、また新たな敵を鞭に巻きつけ、けん玉のように振り回していく。


「ぎゃあああああ!」

「やっぱつぇえよコイツ!」



 なんだか心配していたコチラがいたたまれなくなるほど、阿鼻叫喚の図を創り上げている。

 オカマが敵を蹴散らしているすきに、俺達はできるだけ会場の隅にあるテーブルへと近づいていく。そして、テーブルクロスをめくってその下に隠れた。


 「……………」

 「…………」

 「……」


 なんともなしに、その場にしゃがみこみ無言で互いを見合わす全員。

 脳裏に焼き付くは、オカマ無双。


 「ジョージって……」


 俺の言葉の先を引き継ごうとする者は誰もいなかった。


「と、とりあえず戦況をチラチラと確認しよっか……」


 そろりとテーブルクロスを持ちあげ、会場内がどんな状況かを把握しようと覗きこむ。

 舞踏会場は、さながら合戦のような賑わいを見せていた。


 特に中央のジョージ無双が一際目立つ。鞭に巻き付けていた傭兵プレイヤーはいつの間にかまた別の傭兵プレイヤーへと代わっており、アフロを跳躍させながら戦うジョージはまさしくマリモの化身であった。


 一方、貧弱な俺と違い、腕に覚えのある傭兵たちは果敢にも下等神兵デウスたちへと突撃していった。



「うぉぉぉりゃあああ!」

「つっこめえええ!」


 最前線にガチャリと大盾を地面につき、隙間ない壁を生みだしたのは王の護衛を務める見習い神兵デウス達。

 いわゆる密集陣形というモノだろうか。

 


 突撃を敢行する傭兵プレイヤーたちを受け止め、その強固な盾で逆に押し返し、『非力なムシケラ共が』と、あざ笑うようにはじいていた。

 その衝撃に耐えられず、宙に身体を浮かせた傭兵プレイヤーを淡々と槍で突き刺していくという、攻防一体型の戦法を見事な連携で実現させていた。




 王の周囲を固める見習い神兵デウスたちが握る装備は二種。

 壁役の大盾と槍持ちが二十人前後。さらにその奥では小盾と長剣を持つ者が十名前後、高みの見物を決め込む王の傍にはべっている。


 

神兵デウスの三分の一って言っても、ビクともしねえじゃねえか!」

「だが、こいつら、攻撃力は全然高くねえな!」

「このまま押し込めば、いけるか?」


 あれだけ大きな口を叩いた王は、その言葉通りピクリとも動こうとしていない。

 壇上に即席で用意されたイスに腰を落ち着け、ゆったりと構えている。


 やがて、一人の傭兵プレイヤーがあることに気付いた。


「こいつら、カウンターはしてくるけど、俺らがちょっかい出さない限り攻撃してこないな!」


 それに続いて他の傭兵たちも頷く。


「そうだな。外側の神兵は積極的に攻撃を仕掛けてくるようだが、王近辺の奴らは放置もできるってか」



 ふと、最前線で闘う傭兵たちは、ジョージ無双に躍起になっている戦場に顔が向いていた。その表情が神妙なモノから、腹黒い笑みへと変貌を遂げる。同時に、ミケランジェロの支配権を持つ人間が限られているという事実に、遅れながら俺は気付く。



「ミケランジェロの支配権・・・は俺達がいただいた!」


 誰かが、そう叫んだ。最前線で神兵デウスたちと激しく斬り結ぶ傭兵プレイヤーたちは、王が未だに参戦する気配がないとみて、息巻いてはがなり散らす。


 そのセリフが――

 もちろん、良からぬ事態を引き起こすトリガーとなった。

 

神兵デウスと戦う傭兵プレイヤー達に、傭兵たちが・・・・・襲いかかったのだ。



「ミケランジェロを攻略するのは俺達だ!」

「やらせねえぞ!」


 見習い神兵デウスが大した脅威じゃないと判断するや否や、最前線は神兵VS傭兵VS傭兵という混戦状態が勃発した。誰もが当たり前のことに気付いてしまったのだ。たとえ神兵を、王を倒してもミケランジェロの支配権を手中に収めるのはごく一部の傭兵団クランだということに。

 


 その気運がまたたく間に舞踏会へ広がって行く。

 それは会場の外周部も同じらしく、包囲している見習い神兵デウスたちと必死に戦っていた傭兵プレイヤーたちが、背後から他の傭兵プレイヤーたちに襲われるのを遠目から目撃してしまう。


「そうだ、俺達と徒党を組まねえか!」

「それで奴らをやっちまおう」

神兵デウス共なんか、後だ! あとで討伐だ!」


「なっ、お前らふざけるな!」

「先手必勝!」


「あいつらをキルしてからミケランジェロ攻略するぜ」

「させるか!」


 あちこちで傭兵プレイヤー達がグループを作り、傭兵プレイヤー同士で斬り合いを始め出した。

 



「さて、俺らはいつ参戦いたしましょうかね姫君」


 晃夜こうやが不敵な笑みをぶらさげて尋ねてきた。癪に障る言い方が気に喰わなかった俺は、むっと口をふくらませる。


「やめて。きもちわるい、その呼び方」


「いやいや、もうその仕草が女性そのものだな。バグとはいえ、ログインしてからずっとそのキャラだぞ。女子キャラが板についてきたんじゃないのか?」


 冗談交りで言った晃夜こうやの言葉を聞いて俺はハッとした。性転換という事実から目を背けていたつもりだったが、多少ではあるけど抵抗がなくなってきていた?

 イヤイヤとはいえ、今もこうしてミソラさんからもらったヒラヒラしたサマードレスっぽいのを着ているわけだし。最初は気恥ずかしい気持ちでいっぱいだったが、今は何だかんだで着こなしている?

 そもそも女性であることを認めたくないから、病院の検査にさえ行かないでいたはずだ。しかし、思考は女性化した身体に馴染むことに努めているというある種の矛盾が起きている。

 ひょっとしたら、俺の本当の性別は女だったのかもしれない? ジェンダーレス系男子といい、オッサん系女子といい、性別の垣根がなくなっていく不思議なご時世だ。怒号と悲鳴、激しい戦闘音が響く中、支離滅裂な考えが俺の脳内を浸食していく。


 うぅ……。


 そんな良くわからない感情の侵攻に歯止めをかけたのは、突然めくられたテーブルクロスだ。



「我が姫! ボクもどうかご助力させていただけないだろうか!」


 見れば、グレン君がザッとその場に膝を突き、頭を垂れていた。

 それにしぶしぶといったていで後ろに付き従うユキオ君。


 手伝うって……。

 夕輝ゆうきたちの傭兵団クラン、『百騎夜行』とグレン君率いる『百鬼夜行』は『戦争』中でもある。そんな敵対状態の傭兵団クランのトップ同士が、PTを即席とはいえ組むというのはどうなのだろうか。

 

「わ、馬鹿! そんなに勢い良くめくらないでほしいな。見つかっちゃうだろ」


 夕輝は二人をテーブルの下に無理矢理引き込んだ。突然の闖入者は体勢を崩し、顔を地面に擦りつけるような形で中に入った。



「ぐっ、触るな! ボクに触れていいのは美しいと認めたものだけだ」

「暴れないで、ただでさえ狭いんだから」


 荒い迎え入れを非難するグレン君に夕輝がピシャリと告げる。

 今、俺達が入っているテーブルはそこそこ大きいが、この人数では身を寄せ合わないとはみ出してしまう。


「それにしても、めちゃくちゃな状況になっちまったな。おい、睡眠不足の魔導師さんよ。なんかいい案はないのか?」


 晃夜の言い草にグレン君は突っかかった。


「グレンだ! 眠らずの魔導士グレンだ! 次に間違えたら煉獄の炎で貴様を燃やし尽くしてやるからな」


 目くじらを立てたグレン君に対し、晃夜は静かにわらった。


「おーおー、出してみろよ。そのなんちゃら炎ってやつをよ。百円ライターのほうが良く燃えそうだけどな?」


 そんなヒートアップする二人だけど、今はそんな事をしている場合でもない。

 とりあえず俺は、いつぞやの様に両者の間に割って入る。


「ちょっと、ふざけてる場合じゃないって。グレンくんも何だかその、落ち着いて?」

「ふっ……貴女が望むのであれば、夜空に輝く星々ですらこの手に掴み、我が姫に捧げましょう。ボクはキミが笑っていれば、他に望む願いなど無い。それ以上を欲するのは傲慢……すなわち強欲そのもの。それはとても汚い感情だ。ボクにふさわしくない。そうだろユキオ?」

「同意見だ。我らは美しくあらねばならない」


 ユキオくんは曇りなき眼で、グレン君に心酔するかのように頷いた。他人を見下すような態度、物言いには腹が立ったけど、忠義は本物かもしれない。



「まずは状況を把握することが大切だと思います。ですので、みなさん黙ってください」


 この場で最年少であるはずのミナが、晃夜こうやたちを黙らせた。






「もうさ、あの戦闘狂たちに任せればいいんじゃないの?」


 所々で神兵に挑む者が見受けられるなか、大半は傭兵同士で潰し合いをしている。そんな収拾のつかなそうな光景を見て、夕輝が俺に呟く。


「うーん……でもジョージとは合流しておきたいし」

「早い話が、このまま静観するのはつまらないな」

「かと言って、今突っ込んでも、こっちの戦力が摩耗するだけだしね」


 そこで俺は、ふと思った事を呟いた。


「みんなが一丸となって王攻めとかできないのかな」


「えーー。無理でしょ」

「ん、いや、できるかもしれないぜ」


 夕輝の否定を遮って晃夜は言った。その顔はどこか勝算の見込みがあることを物語っている。


「ほら、あれ。タロが姉貴を止めた時のあれだよ」


 そういって晃夜こうやはバカみたいに口を膨らまして目をクリクリさせた。俺の顔真似のつもりだろうか。さらに変に甲高く情けない声で、


「み、みんな仲良くぅ」


 と、かなりクオリティの低い声真似をした。なにそれ、それは俺じゃない。そこまでアホそうな言い方であるはずがない。だがしかし、それを見た夕輝は腹を抱えて大笑いした。



「あっはっは! あれね! 本当に言ってんの? 確かにあの時はシーンってなったけどさ」

「そうだ、アレだ。狩人のシンさんでさえ、和ませたあの言い方。あれならいけるかもな!」


 おまえら……。

 俺はふざけた二人に、粘り気のあるどんよりとした視線をぶつける。


「おい、タロ……そんな目で俺達を見ないでくれ」

「そ、そうだよ……罪悪感というものがだね」


「早い話が、ほら。今のお前は可愛らし過ぎるんだ」

「ほら、ミナさんだっけ? めっちゃこっちを睨んできてるから」


 可愛らし過ぎる。その言葉に思わず反射してしまった俺は、できるだけ、キリリとした感じで晃夜たちを見つめ続ける。

 さぁ、訂正するなら今のうちだぞ。


「おいおい、今度は何だよ……そんな真摯な瞳を向けられたら」

「タロ、それを男子プレイヤーにしちゃダメだよ。絶対勘違いする」


 夕輝がなぜかグレン君をチラ見している。

 こうでもなかったか。もっとこう、ニヒルで粗暴、かつクール。

 うん、晃夜こうやを眺めていたら思いついた。


「早い話が、こうすればいいんだろ?」


 晃夜の真似をして、メガネをクイっとするポーズを取る。


「あはははッッそれは、全然見た目はかけ離れてるけどわかったよ! 変人メガネ男子だ!」


「お、おいッ! タロ、やめろよ」


 戦場の――テーブルクロスの下で場違いな程、クスクスゲラゲラと笑う俺達。

 そんなやり取りをミナが静かに見つめていた。

 

 その視線に気づいた俺は、こほんっと咳払いをして話題を元に戻そうとした刹那。

 すぐ頭上から破砕音が響き渡った。



「姫君! 危ない!」

「まずい! テーブルから出ろ!」


 グレン君と晃夜こうやの警告に俺は即座に反応し、外へと転がりこむ。

 見れば、鉄製の大鎚をテーブルに打ちすえたであろう傭兵プレイヤーが薄汚れた笑みを張り着かせ、這い出てきた夕輝ゆうきたち見つめていた。


「こそこそと! 隠れていやがったな! お前らもキルしてやる!」


 何の方針もまとまってないまま、俺達の笑い声を聞いて強襲をしかけてきたのは、面識のない傭兵プレイヤーだった。

 だが、彼の獰猛な宣戦布告は一瞬で終わってしまった。



「貫け、牙氷槍クリア・ランス


 バキバキに折れたテーブルの下から、突如として氷の槍が飛び出し、奇襲をしかけてきた傭兵のお腹を見事に貫いたのだ。ユキオくんの反撃だろう。


「ぐっ。まだ、この下に傭兵プレイヤーがいやがったのか」


 さらにグレン君が何らかの炎魔法を発動し、串刺しにされて身動きをとれない傭兵を消し炭にした。

 一瞬で敵を屠った『百鬼夜行』の面々に、つい呆然としてしまう。



「では、ゆるりと参ろうか姫君」

「は、はぁ……」


 キョトンとする俺。

 だが、夕輝や晃夜も誰とも知れない傭兵プレイヤーに襲われ始めていたので逡巡している暇はない。

 こうなったら、俺の独断だがこれが最善の選択だと決断する。

 


「よ、よろしくお願いします!」


 グレン君に素早く頭を下げ、PT申請を飛ばす。

 これで俺達のPTは7人。

 PTは最大、8人まで組めるがこんなに大人数でPTを組んだのは初めてだった。



 ユウ(夕輝)Lv9  HP410/450

 コウ(晃夜)Lv10  HP270/270


 グレンLv12   HP220/220

 ユキオLv12   HP145/200


 ジョージLv13  HP280/340

 ミナヅキLv8   HP120/120


 タロLv4 HP60/60

(風妖精A HP40/40

(風妖精B HP40/40

(風妖精C HP40/40



 圧倒的、情報の多さ。

 この乱戦状態でPT全員の状態を把握しながら戦うとは無理ゲーじゃないだろうか。


 更に圧倒的、俺のレベル不足。

 

 ジョージとのレベル差なんか9だ。つまり、1レベル上がるごとにステータスポイントが100振れる仕様なわけだから。総合的に、ステータス差が900もある……。



 だが、既に夕輝ゆうきやジョージのHPは削られているわけで、弱音を吐いている場合ではない。



 晃夜こうやも既に敵を拳を交わし、グレン君が呪文を詠唱していたところに襲い掛かってきた傭兵プレイヤーを殴り飛ばしていた。



「まさか、鬼と共闘する日がくるとはなぁ」


 晃夜こうやが挑発するかのようにグレン君へと叫ぶ。


「姫の前で恥をかかぬよう、騎士の真髄を見せてみるがいい!」


 グレン君も負けじと言い返した。


「守られる側のくせに、上から目線かよ」

「火力不足なくせに、生意気なのだよ」

 

 背中合わせで嫌味を言い合う二人だが、なんだろう。

 彼らが仲良しに見えるのは俺だけか。



 すぐ横では、ユキオ君に振り降ろされたオノから、夕輝ゆうきが盾でかばうのが見える。


「パーティーメンバーがそう易々とキルされたら困るからね」

 

 ユキオ君に夕輝ゆうきが得意げに語る。


「ボクらがいなくなって、攻撃の要がなくなるのが怖いだけなのでは?」


 それに言い返すユキオ君。



 なんだかんだ、入れ替わり立ち替わり、ユウとコウ、グレン君とユキオ君は周囲の傭兵プレイヤーたちと渡り合うように苛烈な攻防を繰り広げていた。


 傭兵たち発動するアビリティの炎や氷、武器と武器がぶつかり合って飛び散る火花。

 そして、会場には砂埃や粉塵が舞い上がる。



「妖精さんたちは、俺の傍から絶対に離れないで!」


「わかてる」

「あいあいさー」

「もっちもち♪」



 まさに戦場の真っただ中で、肩にひっつく妖精たちを引率し辺りを警戒する俺とミナ。

 自然とお互いの手と手を握り、緊張でその力が増していくのだが。


 俺とミナは、ちっこいからなのだろうか。 

 息巻いて飛び出した割に、誰からも狙われない。



 やっぱり小さな子供に攻撃を仕掛けるのは抵抗があるのだろうか。ファーストアタック不可システムがあるとはいえ、同じPT内のグレン君や晃夜たちが攻撃をすれば、俺達もターゲットできるのに不思議である。



 つい先ほどの、姉の宣告が効いているのかと思ったらそうでもない。

 なぜなら、姉はいくつかの傭兵団クランと連携して、違うグループの傭兵団クランと目下激しい戦闘を繰り広げているからだ。

 

 いくら、姉がトップクランの一つとはいえ、ミケランジェロ攻略を譲るつもりは毛頭ないらしく、次々と傭兵プレイヤー達が姉のグループに襲い掛かっているのが見える。



「て、天士さまはわたしがお守りします!」


 いつの間にか神官服に着替えたミナがメイスを握りしめ、晃夜や夕輝が奮闘するのを見つめ、意気揚々と俺の前に立ってくれている。

 


「あふぅうううううんっ☆」


 ジョージはこの混戦時に何をしているのかといえば、一人で天上天下唯我独尊していた。


 いや、自分でも何言ってるかわからないんだけど。

 なんていうのかな。


 PTの連携からは離脱して、別個で撃破してる感じ。いわば、トリッキーな奇襲部隊みたいな役割ロール? 夕輝ゆうき晃夜こうやでカバーし切れない攻撃を受け止め、弾き返し、粉砕し、襲い来る傭兵プレイヤーを沈ませている。


 いつの間にか手に持つ武器はなくなっており素手での応戦するスタイルへとシフトして、今も剣を振りかぶった傭兵プレイヤーへと向き直る。

 

 その攻撃をどういなしたのか、徒手空拳でジョージは滑らかに相手の身体を宙に浮かせ、ぐるんっと一回転させたうえで、地面へと顔が激突した瞬間を狙って腹パンを放っていた。

 

 オカマの一撃をもろに受けた傭兵は、その体が紙ペラみたいに吹っ飛んでいった。




「あめえんだよ、軟弱野郎が……」


 気のせいだよな。

 ジョージの口から野太いイケボが出たなんて嘘だよね。




「……じょ、ジョージ、大丈夫?」


 俺が恐る恐る、オカマに話しかけると、


「あらぁん! てんしちゅわぁン。あちきは大丈夫よぉん。なかなかわたしを女にさせてくれる・・・・・・・・、いいオトコがいないのが残念ねぇン」


 鼻息荒く俺へと振り返ったジョージは、いつもの無理矢理しなりと裏声を加えたような声音で返事をしてくれた。



オトコあさり、たぎるわぁん」


 チャイナドレス姿の色黒アフロオカマが戦場の中、右手で天を指し、左手で地を指し、笑っていた。


 うん、見なかったことにしよう。



 とりあえず、俺はみんなに守られながらPTメンバーのHPバーを注視しつつ、HPが減った仲間に『翡翠エメラルドの涙』を使用するという、ヒーラーじみた役に徹する事にした。




 それからしばらくは平和というのもおかしいが、安定した攻防が続いていた。だから、油断をしてしまったのだろうか。

 

 不意にサーベルが横薙ぎ一閃、ミナの顔へと振るわれたのに反応できなかった。


 とっさに晃夜こうやが横合いから籠手ガントレッドで、その攻撃を打ち落とさなければ、ミナは直撃だったろう。



「おいおい、一番か弱そうな女子から狙うとは、卑怯な奴だな」


 晃夜こうやがクイッとメガネを持ちあげながら、敵視した対象は。



「フンッ。集団の弱い所・・・を突いて、そこから崩すのが狩りの道理だろ」


『一匹狼』の団長、ヴォルフだった。


 その背後から大上段から、ブオンっと勢い良く振るわれたのは大きな金棒だ。

 ミナと俺、晃夜こうやはとっさに身をひるがえし、その攻撃をかわす。



「よええよええ! 逃げるだけしか能がないとは、やっぱり使えねえ奴らだなぁ!」


 さらに副団長のヴァイキンも参戦。

 彼が手にした金棒は灰色の石畳を深くえぐり、粉々に砕いていた。


 ヴォルフが牽制で、ヴァイキンが決め手か。


「あの二人の連携は厄介になりそうだ」

「そうだな……錬金術師殿」

 

 俺の呟きに、晃夜が賛同してくれる。

 ミナは黙って頷く。



 であるならば、他のパーティーメンバーの様子を把握するのが先決だ。夕輝ゆうきやジョージ、グレン君やユキオ君は他の傭兵プレイヤーたちの相手をしており、こちらに攻撃を割く余裕がない。

 


 と、なると。

 晃夜こうやと俺、ミナの三人のみで『一匹狼』の団長と副団長を迎え討つしかないか。



「フンッお手並み拝見といこうか」


 ヴォルフはまるで俺の洞察力や実力を見定めるかのように、余裕綽々とこちらを観察していた。

 その態度に、わざとこのタイミングを狙って奇襲をしかけてきたのかもしれないと思った。


 夕輝や他のメンバーが加勢できない今、俺がどんな行動を取るのか。

 果たしてどんな戦い方を見せるのか。



 上から目線ではあるが、捉え方によってはこちらの出方を愚かにも待ってくれているのは好機だ。


 俺はすかさず取れる選択肢を思い浮かべ、ミナに下がってくれと眼で訴える。

 多少不服そうではあったが、彼女は心配そうにその身を後方へと移動させてくれる。


 彼女が攻撃の要だ。

 目の前の奴らはミナの存在をバカにして、そんなことは微塵も思ってなさそうだが、万が一、真っ先にキルされたらマズイことになる。


「コウ!」


 俺は急いで晃夜こうやに近づき、『ろ筆』で親友の籠手ガントレッドに『直塗り』を施す。

 

 晃夜こうや武器あいぼうに付与するは、怒り時の『いのブタッピ』より抽出できた色、『猪突猛進な緋色エスカレタ』。

 『射ろ筆』の毛先が籠手に触れると、薄ピンク色にほんのりと発光する。



:コウの『鉄の御籠手』に『刺突系ダメージ+4%』を2分間付与しました:


 刺突系、つまり晃夜こうやが放つ突き系等のアビリティのダメージが+4%、増幅するということだ。槍や拳スキルを持っている傭兵には、よい補助になるはずだ。

 

 アシストログを見た晃夜こうやはキラリとメガネを光らせる。



「こ、これは『強化付与エンチャント』スキル、ではない? ……あれは能力向上や属性付与を傭兵に・・・与えるものだからな……」


 驚く晃夜に、俺は自信満々に答える。



「錬金術士さまは、武器に・・・直接効果を上乗せできるのだ」

 

「なるほど、レベルが上がっていないから心配していたのは、余計なお世話だったってことだな」



 こちらを信頼しきった晃夜こうやの眼が細まる。


 

「フンッ。準備はできたのか?」

「いくら、備えようがザコはザコのまんまなんだってことを証明してやらぁ」


 こちらの形勢が整うのをやはり待ってくれていたヴォルフとヴァイキン。

 


 どうやら、そうまでして俺の手の内を色々と探りたいようだ。

 嫌味ったらしいまでのヴァイキンの発言からは、たとえどんな抵抗や小細工をしようが、完膚なきまでに打ちのめしてやるといった気概が見てとれる。



「タロッ! やるぞ!」


 雄叫びを上げ、ヴォルフへと武器を構える晃夜こうや

 それに続くように、俺も苦虫味のあめ玉を口にほうりこむ。


:『過激なあめ玉』を使用。一分間、力+10されました:


 そして長身男、ヴァイキンへと小太刀の刀身を向け低姿勢になって構える。

 ヴォルフは晃夜こうやに任せ、ヴァイキンの相手は俺だ。



 きっと晃夜には俺の狙いが伝わっているはず。

 そして、ミナにも。


 敵両名は見るからに、自分の武器えものを主軸に置いた戦闘スタイルだと、先の攻撃パターンで読み取れる。

 

 つまり近接型だ。

 互いのアビリティを連携に活かすには、距離が近くなければならないはず。



 という事は、同時に一対一の状況を作り上げれば良い。

 

 こちらはミナという人員が一人優勢で、なおかつ遠距離攻撃に長けたメンバーがいるのだ。俺と晃夜が正面から同時に、各個撃破を目論めばいい。



 ヴァイキンと俺の体格差、ステータス差を比べると、この狙いは一見無謀にも思えなくはない。


「ミナッ!」


 だが、相手が舐めた態度をとっているのであれば、それはありがたい。

 そこに遠慮なく付け込ませてもらおう。



「『陽の元よ、わたしを照らして』」


 俺の合図に素早く答えたミナは、最も使いなれた初級魔法、『小さき灯ファイア』をヴォルフとヴァイキンの間に放った。


 詠唱からミナの問題解答による魔法発動、その流れは迅速かつ正確だった。



 だけれど、敵方はその小さな炎の魔法を鼻で笑いながら避ける。

 だからこそ、二人の距離は開き、分断することに成功した。

 


 これで、ヴォルフとヴァイキンは連携が取りづらくなる。



「いくぞッッ」

「おうッッ」




 俺と晃夜こうやは、寸分違わぬタイミングで戦場を駆け出した。






◇◇◇◇

あとがき


この物語を応援いただき誠にありがとうございます。

ハート、星、高評価、コメントなど、とっても嬉しいです!


◇◇◇

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