42話 首狩り

「あ、あのお二人は……私が以前に所属していた傭兵団クラン『一匹狼』の団長さんと、副団長さん、です」


 ミナの怯えるような説明を聞いて納得する。


 なるほど。

 ゆらちーとミケランジェロの酒場で小耳に挟んだ事を思い返す。15歳以下の傭兵プレイヤーばかりが集まって構成されている傭兵団クラン、『一匹狼』。彼らは子供であるのにもかかわらず、15歳以下を対象とするファーストアタック不可システムを利用し、その狡猾な手段で大人達を手玉にとるという。 


「おい、ミナヅキ。ザコが勝手にしゃべってるんじゃねぇ」


 ミナの発言に、ヴァイキンと呼ばれた長身金棒は一方的な態度でミナを恫喝する。

 さっきから何なんだこいつは。


「叩き潰すぞ?」


 ズシンと金棒を地面に置き、こちらを威圧してくる。

 その横暴な態度に、俺が進み出て文句を発しようとした時。


「フンッ……やめろ、ヴァイキン。今日は傭兵VS傭兵PvPをしにきたわけじゃないだろ」


 それを先に制したのは、サーベルを帯剣するヴォルフと呼ばれた少年。


「っち。ヴォルフがそう言うなら……」

 

 不承不承といったていで、ヴァイキンとやらは一歩、身を引いた。

 その代わりというように、ヴォルフが前に進み出てくる。


 俺達との距離は2メートルもない。


「それにヴァイキン。フンッ……ミナヅキはそう使い物・・・にならない傭兵プレイヤーでもないだろ?」


「ああん?」


「よくやったな、ミナヅキ」


 ヴォルフはそう言って、両手を広げながらこちらへと更に進んでくる。


「噂の銀髪天使に取り入って・・・・・、上手く情報を聞き出す・・・・・・・って約束は順調そうだな」


 油断のならない笑みを浮かべ、ミナを見据えるウルフ。

 俺は一瞬、ヴォルフが発する言葉の意味がわからなかった。


 ミナが俺に取り入って、情報を聞き出す約束?


「あぁ、そうか。そうだったな。ザコのくせになかなか使えるじゃねぇか、ミナヅキ?」


 ヴォルフの言にヴァイキンも同調しながら、近づいてくる。


「約束通り、お前を傭兵団クラン『一匹狼』に戻してやってもいい」


 そして、ヴォルフはミナに手を差し伸ばす。


「それに、フンッ……銀髪天使。お前もうちに入ったらどうだ?」


 相手を値踏みするヴォルフの視線がミナから移動したとき、その双眸が卑しく笑ったのが見えた。その言いようもない嫌悪感にも似た、欲が見え隠れする瞳と相対したとき、ジョージの言葉が胸をよぎる。

 

 この世界での情報は価値がある。

 


「うちの傭兵団クランは15歳以下の傭兵プレイヤーで構成されている。見たところ、お前も15歳以下だろう」


 俺の錬金術の情報は確かに貴重なのかもしれない。それにミソラさん絡みの案件も。それらを狙って、ミナは俺に近づき、親密になったとでも言うのか?

 そして、最初から『一匹狼』に手引きしようとしていた?


「……ミナ、本当なのか?」



 俺と出会い、一緒に冒険をし、その全てが、こいつらとの約束だった?

 さっき、錬金術の話を興味深そうに耳を傾けていたのも、この傭兵団クランに再入団したいがためにしていたことなのか?


 小さく震えるミナは、下を向き黙っている。

 

「ミナ?」


 俺の再三の問い掛けに、ミナはハッとした表情で俺を見る。

 そして、ゆっくりと俺へと手を伸ばす。


天士てんしさま……」


 その不安に揺れる瞳には怯えの色が濃い。

 そして、その対象は俺ではなく、俺にすがるような声音から眼前の二人に向けられたものだと直感的に理解する。


「ミナ……」


 そっと伸ばされた手を握る。

 さっき、女体化に関するモヤモヤを取り除いてくれた、ミナの小さな手をしっかりと握り返す。



「大丈夫。言ってごらん」


 俺の励ましにミナは意を決したようにコクリと頷く。

 小さな金髪神官ちゃんミナヅキは、ヴォルフとヴァイキンに向き直り、ゆっくりと、しかしハッキリとした口調で言葉を吐きだす。


「わ、わたしは、あなたがたの団に、戻る気はありません。どうして、そんなこと言うのですか。私はあなたがたに言われて天士てんしさまと一緒にいたわけではありません。そんな話は、知りません」


 言い切ったミナが、ギュッと俺の手を握る力を強めてくる。

 それを見たヴァイキンが金棒を肩に担ぎ、しかめ面を作った。



「っち。おまえはバカだな。おまえみたいな奴がこのクラン・クランで、大きな被害を受けることなく、楽しくプレイできると思ってるのか? 話を合わせれば、おまえも俺らもハッピーエンドだったのに、つくづく使えねえ奴だな」


 彼はイラついたのか、腹立ち紛れのストレス解消とでもいうかのようにゴスンっと金棒を地面にたたきつけた。それによって舞った土埃は小さな俺達にふりかかり、ヴァイキンは小馬鹿にした口調で悪態をつく。


「ったく、使える情報を手元に確保するのは常道だろうがよ。やっぱり戦闘も弱けりゃ頭もよええなぁミナヅキぃ」


 まったく、あんたの言う通りだよ、ジョージ。

 お前の見た目なんかギリギリでちょっと汚い気がするが、汚い手を使うこいつらよりは中々ピュアな物差しを持ってたよ。

 

 この場にいない友人オカマのことを思い、次に傍にいる友人ミナに目を向ける。


 ミナがどうして、この二人に対してこんなにも怯えているのか。彼女と『一匹狼』のしがらみを俺は知らない。だけど、この場で、ミナのフレンドとしてできることはあるはずだ。

 

 俺はミナをかばうように背中で押して、腰にあった小太刀へと手を伸ばす。

 緊張が一気に高まるのを感じた。


「フンッ……傭兵として生きる。それは確かに自由でもあるが、自由は危険と背中合わせだ。自由であるということは何をしてもいいし、何をされても文句は言えない」


 暴力を絵にしたようなヴァイキンを背後に従え、ヴォルフは静かに俺達に語りかけてくる。



「子供達を使い、自分達だけが甘い汁を吸っている卑怯な大人達もいる。ならば子供である俺達は、狡猾に奴らを出し抜く必要がある」


 ヴォルフは毛皮のマントをはためかせ、鋭い眼光をこちらに向ける。


「フンッ……話を、仕切り直そうか」



 そして、ゆっくりと腰についたサーベルを鞘から引き抜き始める。


「一人じゃ何もできないミナヅキを俺たちがまた、保護してやるって言ってるんだ。ただし、見返りといっては何だが、有益な情報、賢者ミソラに関する情報を持っていそうな銀髪おまえも一緒に入団するのが条件だ。お互いウィン、ウィンな提案だろ? もし、この話を呑めないのであれば……」


 シャリンっと透き通った音とともに、サーベルの剣先をこちらに向けてくる。



「そのどうしようもない臆病者ミナヅキと一緒に、この場で俺達の狩りのエサにでもなってもらおうか。十五歳以下同士の傭兵プレイヤーに、攻撃不可対象システムは作動しないからな」


 なんて強引な勧誘方法なんだ。

 キルされたくなかったら、傭兵団クランに入れだなんて。

 だが、そんな事よりも、しゃくに障ることがある。



「なぜ、二人はこの場所に?」


 機先を削ぐべく、俺はしなければならない質問をしておく。

【妖精の舞踏会】が間近な今、賢者ミソラに関する情報を欲しているのはこいつらだけじゃないはずだ。俺がミソラさんとミケランジェロにいたのを、多数の傭兵プレイヤーに目撃されていたのは認知していた。だが、自分の居場所を常に知られるような事に思い当たる節はない。ならば、どうしてこの二人だけが俺達の行動を把握できたのか。



「もうすぐ【妖精の舞踏会】が開催されるからな。何か関係のありそうな『ミソラの森』を調査するのは悪手ではないだろ?」


 ヴォルフに続き、ヴァイキンもおっくうそうに口を出す。


「それにここは夜になれば、ミナヅキのようなザコが相手にならない強敵がうじゃうじゃ出現するからなぁ。狩りにはもってこいなんだよ」



 そうか。俺達の遭遇は全くの偶然ってことか。

 誰か俺のフレンドに奇襲をしかけて、居場所を聞いたとかそういう類のモノではないんだな。

 少しだけ胸の留飲は下がったが、肝心の部分を言えてない。



「ミナのことを悪く言うのは、やめてくれないかな」


 気に入らない。

 最初から最後まで、ミナのことを見下した態度で心ない言葉を発してくるコイツらが。さらに、ミナがあるまじき悪質行為に加担していたというウソまで付いて。


 そして、なにより一瞬でもこんな奴らの話に耳を傾け、ミナを疑ってしまった俺自身に強い怒りを覚える。



「あ? 叩き潰すぞ? 銀チビ野郎」


 許してくれミナ。

 二度はない。


「俺が小さすぎて、鈍いお前の金棒じゃ、かすりもしないな」


「ってめぇ……」


 俺は挑発しつつも、手持ちのアイテムストックを確認する。

 速攻性かつ攻撃性があるのは、『狙い打ち花火(小)』ぐらいしかない。

 しかし、この距離で使用する暇を相手が与えてくれるとも思えない。

 

 あとは『翡翠エメラルドの涙+2』と、初の対人戦で目くらましとして活躍した『ケムリ玉+2』。



「ヴァイキン、落ち着け……。ゴミスキルの錬金術をとっている銀髪相手に本気になる必要はない」


「はっ。確かにそうだな。ザコのミナヅキに加え、ガラクタしか作れない錬金術じゃぁ何の役にも立たないな!」


 錬金術すらも愚弄する二人に、俺はギリッと奥歯を噛み締める。



「試してみるか? すくなくとも元団員をいびるだけしか能のない、孤高のお一人様を気取った狼もどきにひと泡吹かせることぐらいなら簡単だぞ?」


 粋がってはみるものの、勝ち目は非常に薄い気がする。

 だが、こいつらの横暴に屈するのはすごく不愉快だ。だから、できる限り抗ってやる。


「フンッ……。やれるものなら、やってみろ」



 ヴォルフがそう告げて、サーベルを持っていない方の手をあげた瞬間、ざわりと森の木々が鳴る。

 その音に目を向けると、辺りには他に4人の傭兵プレイヤーが潜んでいた。

 見た目からして12~14歳の少年少女ばかりで、一目で『一匹狼』の団員だと判断できる。


 最初から気配を消し、俺たちを囲んでいたのか……。



「『一匹狼』っていうわりに随分と群れてるみたいだな。そんなにミナや俺のことが怖いわけ?」


 隠蔽スキルや暗殺スキルに関して学ぶ必要があると強く後悔しつつ、俺は絶望的なこの状況をどうにか打破できないか思案する。


「てんめぇ……」


 さて、どうするか。

 手持ちのアイテムを駆使しても、さすがに2対6は切り抜けられないだろう。

 ヴァイキンとヴォルフだけでも戦力差はすごくありそうだし……。



「さて、どうする?」


 俺の内心を読むように、ヴォルフはジーッと俺を見据え、こちらの出方をうかがっている。

 それは威圧するように、おどすように。



「くっ」


 いちばちか。

 ここは悔しいが逃げの一手に賭けるしかない。


 俺は『モクモク草』と『石コロ』、『紅い瞳の石レッド・アイ』を合成して作った、ピンクの『ケムリ玉』を握り、素早く地面にたたきつけようと己の右腕を振りかぶる。



「ばほふぅッッ!?」


 しかし、一連の動作は、背後から首を押さえ込まれ、そのまま地面に顔を叩きつけられたため、中断せざるを得なかった。


「だ、だれ!?」


ミナの怯える悲鳴が上がり、回りが一斉にざわついた。


そして『ポコンッ』と間抜けな音が響いたかと思うと、続いてドサッドサッと何かが倒れていく。


頭を押さえつけられた俺は、どうにか状況を把握したく、頭は持ち上げられないものの周囲に視線を巡らす。

すると、さっきまで俺達を囲んでいた『一匹狼』の団員が、四人中三人が草むらに倒れているではないか。かたわらには、一瞬で無力化を敢行したと思われる新たな傭兵プレイヤーが二人、ゆらりと立っている。一体、どのような手法を使ったのだろうか。


 包囲陣を崩された『一匹狼』の一人は、どうにか窮地を脱したようでヴァイキンのもとへ、必死に駆け寄っていた。



 そこまで把握できたところで、急に頭を押さえつける力から解放されたので、俺は慌てて顔をあげる。

 一体、どこの誰が俺の頭を掴んでいたのだろうか。だが、そんな疑念は彼女を見た途端、すぐに解消された。


 俺の傍では、無理矢理やりこめた犯人。

 黒髪ポニーテールの麗人が立っている。


 そしてそのヒトは言った。



「『さて、どうする?』は、私達がおまえに問う台詞だ」


 

 双剣を腰に携え、漆黒のマントをはためかせた姉がそこにいた。






 またたく間に『一匹狼』の包囲網を破壊し、三人の傭兵プレイヤーを狩り獲ったのは、まさかの姉とその仲間達だった。


「これは驚いたな。傭兵団クラン『首狩る酔狂共』が俺達『一匹狼』になんのようだ?」


ヴォルフは俺たちと相対したときは違って、警戒をあらわにし、姿勢を低く身構えている。それはまるで、獲物を狙う狼を連想させた。


「すこし、かんさわることがあったから、ちょこっと子供たちには眠ってもらっただけ。晩酌ばんしゃくに子供を付き合わせるほど、非常識なことはしないわ」


対する姉は、どこ吹く風といったように、近所で散歩でもするかのような余裕な姿勢だ。



「フンッ……15歳以下の傭兵プレイヤーに対して、外傷行為を実行する事ができないシステム。だが、それはステータス異常の特化アビリティは例外で、睡眠状態にすることは可能だと……これは勉強になった」


「勤勉な事は美徳だけれど。坊や達は寝る時間だ。とりあえず、うちの子にちょっかいを出すのはやめてくれたなら、夜ふかしも許してあげようか」


「豪華にも団長である『風の狩人』シンが来るとはな。だが、それは俺たちに関係はない。獲物を横取りするなんてマナー違反だぞ? そこの銀髪が、おまえらの団員だと聞いた覚えはないんだがな」


「個人的に、この子はウチの子でな。手出しするなら狼のひよっこに、本物の狩りを身体で教え込むことになりそうだけど。勉強していく?」


 姉のヴォルフを睨む目つきに険呑さが増していく。

 背後で姉の仲間であろう傭兵プレイヤー達も、ジリジリとこちらににじり寄ってきている。


「ふんっ……。お前らみたいにやたら軽々しく首を狩る・・・・程、分別のわからない子供・・ではないのでな。今日はこれにて撤退するとするか」


 子供に子供と言われ、皮肉をもろに受ける姉。


「そういう事は、大将首を打ち討る力を携えてから言うものね。負けの遠吠えかしら? あら、失礼。一応は狼のひよっこだったか」



 さすが姉。

 きっちりと皮肉を返してらっしゃる。


「っち」


「ヴァイキン。が悪い、退くぞ」


「おうよ……」


 そうして『一匹狼』の残党達が姿を消すのを油断なく注視していた姉は、三人がいなくなるのを完全に確信した頃、いつの間にかミナの両脇に待機していた姉の仲間とおぼしき二人の傭兵プレイヤーに頷く。


 そして『はぁ……』と溜息をつき、俺の頭にポンっと手を置いた。



「太郎……聞いていた通り、キャラバグはまだなおってないようね?」


 俺とミナを救いだしてくれた姉は、怪訝にまゆねにしわを寄せ、どこか不機嫌そうな目を向けてきた。


「あぅあ……」


 何とも言えない間抜けな返事が、俺の口から漏れ出たのだった。

 


「あんな奴らに絡まれたからには、もう知ってると思うけれど。太郎を賢者ミソラの件で狙う輩は出てくる。そのキャラは目立つわ。さっさと運営に報告しなさい」


 有無を言わさぬ姉の口調に、思わず口ごもる。


「で、でもっ」


「わたしが太郎を監視っ……たまたま太郎の傍にいたからよかったものを。またあんなのが出てきたら、助けられないかもしれない」


「……姉。今、監視って言わなかった?」


「そんなのはどうでもいいわ」


「いや、よくないかと……」



 俺達が微妙な空気を出す中、なぜか背後では盛り上がりを見せ始めた。


姉妹しまいゲンカはいい酒のさかなになりそうだなぁ?」

「そんなこと言ったらマズイぜ」


 それは姉の仲間達の話し声。

 俺と姉がきょうだい、だと言うことは事前に姉から聞いていたのだろうか?


「なんでだよ?」

「いつもシンさんが俺らをののしってくるじゃねぇか。飲んだくれって。まさにその通りになっちまう」


「いいんじゃないか? おれたちは『狩り尽くす酔狂ども』なんだからよ」


「それを言うなら、酒を『飲み尽くす酔狂ども』だろ?」


「ちげえねぇ」


 ガハハハと笑い声をあげる姉の傭兵団員。

 助けてもらったわけだし、これぐらいのからかいは別に気になったりはしない。


 だが、どうしてもツッコミをいれたい部分がある。

 姉妹ゲンカではない。



「「姉弟きょうだいゲンカ(だ)です!」」


 見事に俺と姉の叫び声は、重なったのであった。


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