41話 一匹狼との遭遇


「さてと、ログインするかな」


 市役所から帰ってきた俺は、早々に買いめしておいたカップ麺を昼食として平らげ、クラン・クランの世界へとインする。


 コンタクトをつけるのに少し手間取るが、初日と比べてだいぶ慣れてきたと思う。


 前回オチた場所は、安全地帯セーフティでもある輝剣屋スキル☆ジョージの中だったため、俺はそこから目が覚める。



『天使さまっ』

『おーミナかー』


 ログインすると、またもやすぐにミナからフレンドメッセージが飛んでくる。


『はいっ! 天使様さま、そ、その、ありがとうございます!』

『ん? なにが?』


『アンノウンさんからお聞きしました! 透明な灰暗色スケルトン・ダークグレイを発見してくれたそうですね!』


『あ、ああ。錬金術をしていたら、たまたまだよ』

 

 本当はミナが【妖精の舞踏会】に着て行くはかまが早く完成して欲しいと思って、錬金術で何かできる事はないか模索していたら、大当たりを引いたと素直に言うのは何だか照れくさくて、ウソのない範囲でごまかした。


「それでも、すっごく嬉しいです。さすが私の天使さまです。ミナは本当に嬉しいのです!」


「うわっ」


 いつの間にか俺の背後にいたのか、ミナはフレンドメッセージ越しではなく、直接攻撃へと打って出てきた。

 ミナは嬉しさを全身で表現しているのか、俺の首に腕を回して抱きついてくる。


「ちょ、ミナっ」

「はい! 天使さまっっ」


 満面の笑顔を咲かせるミナに、俺はたじろぎつつも胸の奥がポワッと温かくなるのを感じる。


 さっきまで性転化に関する精密検査の事とか、両親に俺の現状が知れてしまうとか、その後について考えていたら、どんよりとした気持ちがくすぶっていたのに。

 こんな子供にハグされたぐらいで、落ち着くなんて。


 でも、言いようのない安心感に自然と俺も笑みがこぼれてしまう。

 

「そんなに感謝されることでもないよ。単に、俺がミナと【妖精の舞踏会】に一緒に行きたかっただけだし」


「天使さま……」


 ほんのりと頬を染めるミナは本当に可愛らしい。

 元気をくれて、ありがとう。


「それに、ミナは可愛いから。せっかくなら、もっと可愛い衣装で一緒に舞踏会に出たいって思うのは普通でしょ?」


「あぅあう」


 ミナは顔を真っ赤にして視線を逸らす。けれど、俺の首に回した腕はほどかれないままだ。

 俺から離れようとはしない彼女は、もにゅもにゅと口元を動かしたかと思うと、こちらに向き直りまたもや飛びきりの笑顔を俺に見せてくれた。


「天使さま、だいっっっっすき!」


「あはは」


 それはこちらの台詞だ。

 あ、変な意味じゃないですよ。

 俺はロリゴンではないので。





「と、いうわけなんだ」


 透明な暗灰色スケルトン・ダークグレイを手に入れた経緯をミナに説明した俺は、現在【ミソラの森】にいる。


「やっぱり天使さまはすごいですね。そのカメラで敵の魂を抜き撮っちゃうなんて!」


 ミナがどうやって透明な灰暗色スケルトン・ダークグレイを見つけたのか質問をしてきたので、彼女には正直に錬金術アビリティ『魂を抜きし供物』で使用する『古びたカメラ』で敵を撮り、その敵を倒せば写真が色素の素材となることを明かした。



「まぁ、俺がすごいというより、錬金術がすごいというのが正しいかな?」

「そんなことはないのです! 天使さまは天才錬金術士なのです」


 天才錬金術士……いい響きだ。


「うぇっへっへー。やっぱりそうかなー?」

「やっぱりもなにも、そうなのです。天使さまは天才錬金術士なので、錬金術天士・・さまなのです!」


 おっと、何やらカッコイイワードが飛び出てきましたな。

 

「フッッ。悪くない」


 少女に持ちあげられてニヤける男子高校生、ここにきわまれり。


「よし、ミナ! これより様々なモノの魂を抜き撮り、錬金術の可能性を広げる故、俺についてこい!」


「はいっ、天士てんしさま!」


「まず、手始めにモフウサだ!」





 こうして始まったモフウサの撮影会。

 昼間の【ミソラの森】と言えば、長い耳を持ち、フワフワもふもふと綿毛のように空中を漂う赤い目の持ち主、モフウサだ。


 俺とミナのPTで安全マージンを十分に取りながら、色々と試せるフィールドでここ程に適した場所はない。


「いたな」

「いましたね」


 俺の呟きに、吐息がかかりそうな程の近距離でミナが返事をする。木陰に身を隠し、辺りの様子を警戒していた俺達の前に、一匹のモフウサが出現した。


「じゃあ、写真を撮ったら、二人で突撃しよう」

「はい、天士てんしさま」


 ミナは嬉しそうにモフウサも見詰めている。

 俺はカメラを構えるために少しミナから離れる。


「パシャリ」

 

 シャッター音とともにログが流れる。


:『古びたカメラ』で『モフウサ』の魂を抜き撮れました:

:撮ったモフウサを討伐すれば『ふんわり綿草色フラッフィ・リーフグリーン』が写真に宿ります:



 ミナにうなづき、俺は『過激なあめ玉』を口にほうりこみ、慣れつつあるイモムシ味を堪能して力+10の恩恵を得る。そして、俺達は一斉にモフウサへと飛びかかった。


『ピョ!?』


 こちらの奇襲に気付いたモフウサは素っ頓狂な鳴き声をあげる。


「おそい!」


 晃夜こうや夕輝ゆうきと来た時とは違う。

 Lv4となった俺の素早さを味わえ!


 木陰からモフウサまで3メートル弱はあったが、またたく間に距離を詰めた俺は、モフウサに詠唱の時間を与えなかった。


「ていっ」


 二回切りつけ、突進したスピードを押し殺せない俺はモフウサの横を通り過ぎて、身体を転がして体勢を立て直す。


「ピョ、ピョン!」


 モフウサがクルリとこちらに向き直り、片膝をついた俺に向かって魔法を発動しようとする。

 そこへ数瞬遅れで近づいたミナが上段からメイスを叩きこむ。


「ピュイン」


 モフウサはパリンっと爆散して消失する。

 見事、二人の連携でモフウサを討伐することに成功した。


「やったな、ミナ!」

「やりました天士さま!」


 そうやって右手をミナへと掲げると、彼女はちょこんっと人差し指を俺のてのひらにつけてくる。


 いや、そこはハイタッチだって。






 モフウサは『紅い瞳の石レッド・アイ』を通常ドロップするが、『気ままな雲の流れ亭』の店主、ニュウドウさんの極秘情報によれば『モフ綿わた』というレアドロップが存在するらしい。


 そして写真から撮り出せた魂の色は。


『モフウサ』【写真】

綿毛わたげを好んで食べる赤属性の魔物。詠唱時間の短い火球を飛ばす魔法を得意とする。普段は好物のモクモク草を求めて、ふわふわと雲のように浮いている】

【『ふんわり綿草色フラッフィ・リーフグリーン』が抽出できる】


 てっきり、モフウサは色的に白かピンクかと思っていたけど、緑ときましたか。これは養分とする『モクモク草』が大きく関わっていそうですな。

 モクモク草はケムリ玉の素材にもなるし、何かと俺に関わりのある素材っぽいな。



「ミナ、いい魂の色が撮れたよ」

「それは良かったです。ささ、じゃんじゃん撮っていきましょうか」


「うむ! いくぞー!」


 次なる獲物を求めて、俺はカメラを構える。

 そしてカメラのレンズを覗き込んだ時、視界に目一杯、鈍色のトゲトゲとした武器が横から突如として出現した。


「わっ」


 驚いて、身を引きながらレンズから顔を離す。



 そこには見た事のない傭兵プレイヤーが二人いた。

 

 一人は腰にサーベルをたずさえ、動物の毛皮をふんだんに使用し寒さに強そうな、鉄製の鎧を着込んだ灰髪の少年。背中にも毛皮製のマントをはおっており、けっこうカッコイイ装備に身を包んでいる。

 その傍らには、そこそこ長身の傭兵プレイヤーが、全長1.5メートルはありそうな金棒を片手で悠々とぶら下げている。身につけているモノは銅色の大きな胸当てと皮の腰巻に、腕と脚をガードする鉄色の防具だ。

 

 おそらくカメラ越しに突如として映ったのは、このでかい傭兵プレイヤーがもつ武器だろう。

 トゲトゲのついた金棒をプラプラとしながら、こちらに気だるげな視線を送ってくる。


「ヴォルフ、こいつが例の傭兵プレイヤーなのか?」


 長身の方が毛皮マントに退屈そうな口ぶりで話をふる。

 すると灰髪の少年は、フンッと何かの獣がするような仕草で鼻を軽く鳴らして答える。


「目が覚めるような銀髪、その銀糸に青い星々の煌めきを宿らせた少女。間違いないな、ヴァイキン」


 ヴォルフと呼ばれた少年は俺を値踏みするように観察してくる。

 その目つきが異様に鋭いから、俺は少しうろたえる。


「フンッ……こいつが噂の『天使ちゃん』で間違いないだろう」



 なんだか、とても恥ずかしい表現で俺を分析しているようだが、これは決して友好的な空気ではない。と、なると戦闘になるかもしれないと懸念し、俺は油断なく身構える。

 

 横にいるミナをチラリと見る。

 ミナは目を大きく開け、少し怯えているようだ。

 

 無理もない。

 どう見てもあちらの方が、傭兵VS傭兵PvPの経験が豊富そうだ。


 なぜ、そんな判断ができるかと言うと、俺達は奴らがここまで接近している事に全く気付けなかったのだ。何らかのスキルを使って、俺達のそばまで近づいたのだろう。そして、先手を取れるにもかかわらず、余裕然とした態度。それは相手の一人デカブツが、既に武器をいつでも振りまわせる間合いにいる位置についているからだろう。


「ほんとかよ? 役立たずのミナヅキ・・・・・・・・・は別として、賢者ミソラと一緒にいたって情報が入ってる、天使やろうだろ? そんな傭兵やつが警戒もせずに、俺達がここまで近づくのを気取れないなんて、ありえるかぁ?」


 が鳴りたてている長身金棒の方は、どうやらミナの事を知っている?

 そのモノ言いにムッとしつつも頭は冷静に働かせる。

 

 どうやら目の前の二人が俺に近づいてきたのは、ミソラさん絡みのようだ。

【妖精の舞踏会】が間近に迫っているこの時期だからこそ、こういう輩が出てくるのは十分にあり得る。



「ミナは、あいつらを知っているのか?」


 俺が奴らから視線を逸らさずに質問をすると、ミナは今にも消え入りそうな声で返答してきた。


「あ、あのお二人は……私が以前に所属していた傭兵団クラン『一匹狼』の団長さんと、副団長さん、です」




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