36話 宝剣の箱庭

「ミナに作るはかまに、この色を使ってください」


 俺の誘いにすぐ乗ってくれたアンノウンさんは、わざわざ俺のいるジョージの店まで足を運んでくれた。

 そんな彼女にできたばかりの『透明な暗灰色スケルトン・ダークグレイ』を手渡す。


 譲渡された『色』をアンノウンさんは目にすると、瞳に妖しい光をたたえ、粛々しゅくしゅくと驚きの意を示す。


「これはこれは…………タロ氏は、げにおもしろき童女・・でありんす」


 何気なく発せられたアンノウンさんの言葉に、ピクリと反応してしまう。

 ……童女、か。


「タロ氏みたいな幼子には、夜更かしもほどほどにと言いたいところでありんすけど」


 色の詰まった瓶をじっくりと眺めていたアンノウンさんは、視線を俺へと向ける。そして彼女はキョロキョロと回りを確認した後。


「タロ氏~! タロ氏~! タロちゃーん! お手柄でありんすよ!」


 若干、素の喋り方が交ったアンノウンさんが歓喜の叫びをあげながら、俺に抱きついてきた。


「まっこと、ほんっと! タロちゃんはすっごい!」


 なぜか俺の頬にスリスリと頬をくっつけてくるアンノウンさん。彼女の着る何重もの衣が、腕や胸部にサラサラとすれてくすぐったい。


「あ、あっ、あん、のうん、さんっ」


「げに素晴らしきかな!」


 興奮気味に彼女はしばらく頬をすりすりとし続け、俺は呆然とセクシャルガードの部分を増やそうかなと思案するのであった。






 しばらくすると、アンノウンさんは平静に戻った。


然てもそれにしても、タロ氏は童女・・とは思えないでありんす…」


 あ、口調がアンノウンさんに戻った。


「錬金術士ですからね」


 さも偉ぶるように、おどけて言う。

 俺を童女と称するアンノウンさんの言葉に少し引っ掛かりを覚える事に、無理矢理フタをして、エッヘンと胸を張る。

 

「このお詫びは如何いかにしたら良いのでしょうか、銀麗の錬金姫?」


『色』を改めて受け取ったアンノウンさんは、背筋をピンと伸ばし頭を下げてきた。


「いえいえ、元々は俺達が服を作ってほしいという依頼から始まった事なので」

「それでも、でありんす。わたし一人じゃ、決してこの『色』は容易に手に入れることはできなむ。はかまのお代は色を付ける・・・・・でありんすよ?」


「ありがとうございます」


 服の値切り交渉も円滑にいったことで、ほくほく。

 何より、イベント〈妖精の舞踏会〉でミナが着るはかまの目途が立って嬉しい。



「ところで、タロ氏」


 長い袖で口元を隠しながらアンノウンさんは両目を細めながら尋ねてきた。


「どうやって、この『透明な灰暗色スケルトン・ダークグレイ』をたのでありんす?」


 やっぱり、この質問がきたか。

 なかば予想されていた言葉に俺は一瞬考え込む。

 別に正直に言ってもいいような気がしたけど、色を扱うアンノウンさんですら見つけられなかった色なのだ。

 

 普段、どのように裁縫職人が染料を作り、集めているのかは謎であり、その辺も教えてほしかったりする。

 

「企業秘密ですよッ」


 なので、近々、詳しい話をお互いにしましょう。と言った意味合いも含めて提案をしてみる。


「俺も裁縫職人さんの手際を知りたいです。よかったら今度、一緒にまた冒険してくれませんか?」


「それは願ったり、叶ったりでありんす」


 俺の誘いを快く引き受けてくれた彼女は袖で隠していた口をあらわにした。

 彼女の唇は弧を描いていた。


「では、よろしくお願いしますね?」


 ミナのはかまも、と込めてそうアンノウンさんを見つめる。


 彼女はコクリと頷き、「そろそろ夜分も深まっている頃だし、おいとましま『チリンチリン~♪』と唐突に、アンノウンさんの台詞をさえぎり、店の扉が開く音が鳴った。

 


「お話はそこらでお終いかしらぁん?」


 扉を開いたのは、店主であるオカマだった。

 ジョージはいつもの装いと違い、ピンクのレオタードに身を包み、その上から銀色の胸当てを装着していた。ハイレグの角度が妙にキツイ。

 

 ほんとにキツイ。まじめにキツイ。

 もっこり……いや、これ以上は口に出すまい。

 

 とにかく、アバンチュールなキチガイ装備であることは間違いない。


「はらはら、ジョージ氏。お邪魔しているでありんす」


 あの格好に何のツッコミもいれずに受け入れてるアンノウンさん、すごい。


「ジョ、ジョージ! その装備は……あ、いや、それよりどこかに行ってたの?」



 どうしても、きわどい部分に視線がいってしまうのは俺だけだろうか。

 いや、俺は屈しない。屈しないぞ。

 決して、オカマのヘンタイ装備なんかに目を奪われるなんて事はありえないんだ。

 

「ちょっとねぇん♪ ダ・ン・ジョ・ン・攻略よぉん! そのまま男攻略もしたかったのだけどぉん! あちきにふっさわしぃん攻略対象はいなかったわぁん☆」



 ……今日も無事、クラン・クランの男達の平和は保たれたようだ。

 

「ジョージ氏はいずこのダンジョンへ?」


「『暗き灰王の門』へ行ってたのよぉん☆ ほらほらぁん、天使ちゅわん達に必要な『スケルトンダークグレイ』を探すついでにぃん、レベル上げや素材採集も兼ねてねぇンっ。ダンジョンの名称的に、いかにもドロップしそうな場所だしぃん?」


「新しく見つかったと言う、くだんのダンジョンでありんすか。かなりの強敵がポップするとか」


「そうねぇん♪ おかげでこの通りッ」


 ジョージは自分の頭の上を指す。

 そこにはジョージのレベルが表示されていた。

 ジョージ Lv13。


「また私と対等に戦えるオトコが少なくなったかしらぁん?」


 寂しそうに自分の頬に手をあててしなりを作る色黒パンチパーマなオカマ。


「はらはら、現段階での傭兵プレイヤーレベルはトップクラス、というわけでありんすね」


「そうだけどもぉん。残念ながら、天使ちゅわん達が探してる素材は見つからなかったわぁん。あそこはただ、暗いだけの憂鬱なダンジョンだったわぁん」


 暗いだけの憂鬱なダンジョンを探索し、わざわざ俺たちの求めている色を探してくれていたとは……やはり人情深いオカマだな。

 装備はヘンタイだけど。


「ジョージ。透明な灰暗色スケルトン・ダークグレイなら手に入ったんだ。わざわざありがとう」


「あらあらぁん! よかったじゃなぁいいん! さすがは天使ちゅわぁん!」


 ジョージは嬉しさを身体全身で表現したのか、クネクネとよじりだす。

 股の膨らみもその動きに呼応してもぞもぞとしているのが目に毒過ぎる。

 ほんと、やめてくれ。


「じゃあ、あちきは、あの暗い・・ダンジョンに用はもうないわねぇん! 素材もたーっくさん手に入った事だしぃん☆」


 暗いといえば。

『妖しい魔鏡』に溜まった『朽ちゆく紅色ロット・スカーレット』を取り出すには、なるべく光のない暗い場所で抽出するのがいいってアシストログに書いてあったのを思い出す。


「そうだ、ジョージ! どこか暗い場所はない?」


「あらぁん? 急にどうしたのぉん?」


「錬金術に必要で! でもジョージが行ったダンジョンは高レベル過ぎて俺じゃあ行けないだろうし……ジョージは他に光の届かない暗い場所を知ってる?」


 アンノウンさんが錬金術と聞いてピクリとした。

 それをチラッとジョージが横目で確認し、オカマは少しの間腕を組み何かを思案し始めた。


「うううぅ~ん……あるには、あるわねぇん」


 しばらく唸った後に組んだ腕を解き、自身のパーマをもさもさと両手で整えながら呟いたオカマ。

 整えるべき部分はそこじゃない。装備を整えてくれ。節度のあるやつで頼む。

 本当に。

 切なる願いを口に出さず、俺は話を進める。



「それってどこ? 良かったら教えてほしいです!」


「じゃあ、天使ちゅわんは残ってぇん。アンノウンちゃんはダーメ。今より輝剣屋スキル☆ジョージは閉店・・よぉん」


「はれはれ、わたしだけ仲間はずれでありんすか?」


「ジョージ、閉店って。なにもそこまで俺のためにしなくてもいいよ」


 少し焦って、ジョージに待ったをかける。

 急展開だ。


「アンノウンちゃん。貴方も職人のはしくれなら、わかるでしょぉおん?」



 だが、ジョージは俺の遠慮も気にせず、アンノウンさんに向かって両目閉じウィンクをする。

 何がなんだかわからないまま、俺は二人を交互にうかがう。

 閉店にする意味と、アンノウンさんを外して話そうとするジョージの意図が見えない。


「天使ちゃんの言葉を借りるならばぁん」

 

 ジョージは俺を愛しそうに眺めて、小指を口に当て、アンノウンさんへと語りかける。


「ここからは企業秘密・・・・よぉん」


 ……確か。


 俺がその台詞を言ったとき、ジョージは店内にいなかったはずだ。





 アンノウンさんが店から出たのを確認したジョージは、ショーウィンドウの上部に備えつけられていた垂れ幕を降ろし、閉店クローズと表記された看板を店の出入りドアにかけた。


 垂れ幕は外からの光を遮り、店内は薄闇に包まれた。


 ピンクレオタードなモッコリ色黒パンチパーマ・オカマと暗黒密室なう。


「さぁーってとぉん。これで外から見えなくなったわねぇん。店には誰も入れないようにっと設定もしゅうりょぉおん」


 台詞や状況だけを考えると、俺ってピンチなんじゃないかな。


「……」


 そんな心情など我関せずと言った顔で、オカマは金の小さなベルを取り出したかと思うと、それをチリーンと1回鳴らした。

 そのアイテムは空中に金色の波紋を発生させ、それが店内に広がっていく。

 暗がりに伝わる金の波線は、少しだけ綺麗だなと思った。

 

「それは、なに?」


「『背徳者を叫ぶ鈴』よぉん。暗殺スキル、いわゆる盗聴、透視、隠蔽、聞き耳スキル関連のアビリティが、この鈴の音が届く範囲で発動していたら、金色ではなく赤色に輝くのよぉん」


 なるほど。

 

「そこまで警戒してるんだ」


「天使ちゃんは無垢だから気付いてないのだろうけど、この世界では傭兵プレイヤー傭兵プレイヤーが常に戦闘を繰り広げているの。警戒して損はないのよぉん。特に一流の職人・・・・・であるならば、ね」


「ほぇえー……」


 一流の職人さまね。ジョージはやっぱり凄い奴なのかもしれない。

 何度も言うが、ピンクのレオタードの上に胸当てを着込むぐらい常軌を逸した奴だから、ある意味すごいってことはわかっていたけどさ。


「鈴の波紋を見る限り、大丈夫そうねぇん。じゃあ着替えるわぁン」


 こいつ、俺の内心を察したわけじゃあるまいな。

 ジョージは宣言通り、服装をチェンジした。


 というか、なんかすごくカッコイイ装備になっていた。

 かっこいいのは装備だけだが。


 オカマと濃ゆい化粧とアフロはブレていない。


「これで、準備はいいかしらぁん」


 白を基調としたサーコートのようなモノを上から羽織り、インナーは刺繍の細かい麻の服を着込むオカマ。

 コートの袖口には細かい宝石が華美にならない程度に散りばめられており、手元が上品にキラキラと光っている。そんなオカマはコホンっと一回咳払いをした。


 じーっと装備を見ていた事がジョージにバレたのか、ジョージは不器用な苦笑いを浮かべる。


「装飾スキルを発動する時わぁん、これを着てないとソワソワするのよねぇん。案外、わたしは形から入る人種なのかもしれないわぁん♪」


 そう両目閉じウィンクをかまし、スゥーっと息を吸い込むオカマ。


 一体、何をすると言うのだ。暗い場所を教えてくれるのに、装飾スキルを発動する必要があるのか?

 これから目の前のオカマは、暗がりの密室で少女を相手に何を始めるのか不安が募る。

 

「ジョ、ジョージ……?」


 オカマはゆっくりとカウンターへと歩んでいき、何もない壁へと右手を伸ばす。

 


「生ある者はみな等しく美しさを求めん。我ら装飾の信徒は、彼らの望みを叶えることを至高とし、自らを着飾る剣とする。なれば指し示し、宝剣の箱庭へと道を開きたまえ」


「!?」


 オカマが、かっこいいだと!?


 ジョージの右手が眩い光に包まれたかと思うと、その光は壁にしみ込み、幾筋もの光の線へと分かたれた。

 そのまま光の筋は何かをかたどるように、とあるモノを描き始める。


 それは扉。

 光のインクが紡ぎ出したのは、直径2メートルに届くほどの扉の模様。

 それが数瞬のうちに、壁がせり出し、立体化し、本物の扉へと変貌していった。


「かくし……とびら?」


 それとびらを無言でジョージは押し、内側へと開ける。

 

 扉の奥には。

 真っ暗な部屋があった。



 いや、ジョージがその一歩を踏み出すと、床が淡い光を帯びていく。ジョージの一歩一歩を照らしだすように、足元にのみ反応して光の道が生成されていくではないか。


 さらに、ジョージがこの隠し部屋に入室したのが条件なのか、暗闇に閉ざされたはずの空間は、次第に光を取り戻し始めていく。


 その光源の正体は室内のそこかしこに置いてある、水晶だ。

 色はバラバラで、サイズも小粒のモノから岩ぐらいのモノまで大小様々。


 それら全てがジョージに呼応するかのように、ぼんやりと発光している。

 そして何に使うのか用途不明な器具も見受けられる。



「ここで、わたしは傭兵プレイヤーにスキルを託す、輝剣アーツを作っているのよぉん」


 まさかカウンターの奥にこんな空間があるとは。


 傭兵プレイヤーにスキルという力の恩恵を与える宝剣、輝剣アーツ

 水晶に突き刺さった輝剣アーツが、そこかしこに安置されているこの場所は。

 

 まさに宝剣の箱庭。



「ようこそぉん、天使の微笑みスイート・エンジェル


 ジョージにあるまじき慇懃な所作で、彼女オカマは腰を折り一礼した。


「わたしの『輝剣アーツを生みだす工房』へ」


 暗がりの工房は、光り輝いていた。




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