32話 銀麗の錬金姫


 なんとも間の抜けた音色ではあるけれど、彼女タロ氏の戦闘に相応しくない行動がもたらした結果は劇的だった。


:戦慄の調べ【月夜の晩に】が発動しました:

:二分間 素早さ+40 魔力+100 《天候:月夜》MP80回復、初撃がクリティカルボーナスのバフが付きました:


 そう、ログが流れた瞬間。


小さき灯ファイア!」


 金髪神官ちゃんから攻撃の狼煙のろしが上がった。


 魔力+100の恩恵とクリティカルヒットの追加効果がのって、巨躯なる追跡亡者エル・ワイトウォーカーのHPが2~3割ほど減った。

 敵の残りのHPは3割を切っている。


 驚きで口が開きそうになるのを私はこらえた。


 あのレベルのモンスターに、初級魔法であそこまでのダメージを与えることができるなんて初耳。


「アンノウンさん! 今です!」


 背中を押されるように銀髪天使ちゃんの指示が飛ぶ。

 ハッとしたわたしはMPが全快していることを確認し、次の攻撃に全てを賭けることにする。


「『八相構え・き』!」


 薙刀なぎなたスキルを間髪いれずに発動させる。

 

 大上段から振り下ろされる薙刀は鈍色に光り輝く。

 次いで、切り降ろしからの突きは、憑きモノを落とす浄化の効果も携える。アンデッド系には相性抜群の聖属性を上乗せしているアビリティ。


 その攻撃の反動はアビリティ発動後、必ず身体が数秒間硬直するもの。


「動けぬでありんす……」


 わたしが今もてる力を全て出しきった、最善最高のアビリティ。


 切り、突き、祓ったアンデッドの行く末は。

 はたして。


 緊張と恐怖がない交ぜになった私は、頭上を仰ぎ見る。


 首なしであるにもかかわらず、身体の向きでわたしの位置を捉えたと、てきは雄弁に語っていた。

 その巨体は反撃の動きを見せ、無防備になった私に大きな掌が迫る。



 やっぱり届かなかったみたい。

 巨躯なる追跡亡者エル・ワイトウォーカーのHPは一割を切っていたけど、全損には至らない。


 金髪ちゃんが、魔法を急いで詠唱し直す声が聞こえる。

 私は間に合わないけど、魔力強化が施された彼女の攻撃なら、この巨大な敵を倒せるかな。



 眼前に差し迫る、キルを呼ぶ大きなてのひらを見つめながら、あきらめる。


「楽しかったでありんすよ」


 そして、笑顔をうかべた刹那。


 銀色が一閃。

 いや、たなびく銀髪が流れたのだ。


『ガキィン!』


 襲い来る敵の腕へと、横合いから小太刀で斬りつけ、その弱小タロ氏の攻撃はクリティカルヒットによる恩恵で、巨人の手をかろうじて弾いた。


 軌道のずらされた巨大なてのひらが私のすぐ横を通過する。


 間一髪。


「はれはれ」


 風圧で髪がはらりと舞う。


「アンノウンさん!」


 銀髪ちゃんが片膝を突きながらも、私の安否を確認してくる。

 身を呈して守ってくれた彼女に、私はニコっと答える。

 同時に銀髪ちゃんを守るように火の手があがる。


小さき灯ファイア!」


 初級魔法とは思えない規模の炎が巨躯なる追跡亡者エル・ワイトウォーカーを焼く。


 やっぱり金髪神官ちゃんの魔法は魔力+100のおかげなのか、予想通り、巨躯なる追跡亡者エル・ワイトウォーカーに有効打を与えるまでの火力になってたみたい。


『オォオオオオオォオオォォォォォォ』

 

 神官のともしびを受けて、怨嗟の声とともにむくろは倒れていく。


 巨躯なる追跡亡者エル・ワイトウォーカーは、パリンっとポリゴンが崩れさるように跡形もなく消失していった。


「はれはれ……驚きでありんす」


 このメンバーであのモンスターを討伐できるとは夢にも思っていなかったよ。

 まさに『浅き夢を見るいとまもない』ほどの楽しい戦いだったなぁ。



「大丈夫ですか?」


 少年のような快活な笑みをこちらに向けて心配してくるタロ氏。


 こんな小さな少女が果敢にも敵の攻撃に突っ込んでいったこと。

 そこになんの気負いも見せない彼女は、晴々とした表情でこちらを見つめてくる。


「タロ氏……」


 タロ氏に惹かれ始めている私がいた。


:巨骨×2がドロップしました:

:追跡者の頭蓋がドロップしました:

:巨人族章がドロップしました:


「おお! 新素材のドロップだぁ!」


 不意にドロップアイテムのログが流れ、タロ氏の嬌声でわたしは彼女から視線を外す。

 フワフワとした感情が落ち着きを取り戻す。

 

『ガキキキキ……バキキ……バキッ』

 

 さらに聞き慣れない異音が続けて発生し出した。


 行く手を阻むように敷き詰められていた墓石が、バキバキと不気味な音を発てて、左右に割れていく。

 まるで一筋の道を創り上げていくように。


「な、なんですかコレ!」


 タロ氏が素っ頓狂な声をあげる。


 巨躯なる追跡亡者エル・ワイトウォーカーを倒すと稀に起きる現象。

 

 このモンスターは大きな体躯を活かして、迷路の役割を果たす墓石の壁を乗り越え、無視して移動しこちらに攻撃をしかけてくる。その障害をスルーして突き進める特性を傭兵プレイヤーに置き土産とでも言うかのように、ダンジョンの最奥へと続く道を出現させることがあるんだったかな。


 まさか、このメンバーの時に発動するなんて。だけど、さすがにこの先に進むには無理があるかな。

 奥にいるボスモンスターに、このPTではどうしたって勝てっこない。

 

「いくだけ!」

「み、見るだけ!」

 

 しかし、二人の少女は私の説明を聞いても先に進んでみたいという。

 こうも目を爛々らんらんと輝かせられたら、敵わない。


「一目だけでありんすよ」


 やれやれ、といった風情で彼女たちに付き添うことにする。

 ここまで来たのだ、死ぬも生きるのも一緒だもんね。






「なにも、いないですね……」


 墓標が連なるひらけたエリア。

 そこには何もいなかった。

 

 聞きしにおよぶ、うつろな巨兵ナイト・エルスナイトの姿は見受けられなかった。


「なんとやら、倒されたばかりでありんすね」


 他の傭兵プレイヤーに討伐されたのだろう。

 ボスモンスターのリスポーンまで、5~10分はかかるだろうけど、長居は無用だと思う。


「ここで、このダンジョンは終わりなのかな……?」


 タロ氏があたりをつぶさに観察している。


「現時点では、ここが最奥と認識されているなり。ささ、鬼のいぬまになんとやら、でありんすよ」


 離脱をうながそうとするが、タロ氏はこのダンジョンの行き止まり・・・・・と言われている石壁に近づいていく。


 それは一際大きな墓石。横幅3メートル、高さは6メートルを超えている。

 そこに書かれている文字を銀髪の少女は読み上げる。



「我らが巨人族の栄光は不滅。大地を照らし出す、大いなる光をその意志に宿し者にのみ、巨人の道を示さん」


 そして彼女は歓喜に満ち溢れた、屈託ない笑みでこちらを振り返る。


「まだ道は続いてるんですね! どうやったら開くんだろう! とゆーか、巨人! 巨人ですよ! やっぱり巨人がいるんだ! アンノウンさん、すごい発見ですよ!」


 なにをどう解釈したのかわからないけれど、心底、このクラン・クランを彼女が楽しんでいるのだけは伝わってきた。

 その無邪気な姿を目にすると、思わずこちらまで笑みがこぼれてしまう。



 時に謎に包まれた仕草で、錬金術を披露し。

 時にこちらの想像を遥かに超えた行動にでる。


 時に勇敢にその身の犠牲もいとわない振舞いで、仲間を助けようとする。

 時に、無邪気にはしゃぎ無防備な姿を見せる。


「あなたは何者でありんすか?」


 ふと、そんな疑問が自然と口につく。


 タロ氏は私の疑問にピクリと肩を揺らし、一瞬不安な表情になった。

 そして、しばらく考えたあと。



「俺は俺ですよ」


 そう言う彼女は。

 遥か頂から微笑む銀の天使さながらだった。


「そして、稀代の錬金術士でもありますね」


 続けて、少年らしいドヤ顔を添えてくる。



「さようでありんすか……」


 わたしは安野やすのくもり傭兵名キャラはアンノウン。

 正体不明。孤児院育ちの出自が不明な十六歳の高校生。


 他の人と同じを嫌い、オリジナルの色を自分だけの色を求めて。

 それらを身につけてきたの。

 そうすれば、きっと見つけてくれるかもしれない。


 小さな頃、ふと思いついたことを16歳になる私は行ない続けている。

 目立つようにしていれば、いつか私を捨てたヒトたちが私を見つけられるかもしれないって。


 石上いそのかみさんに拾われ、孤児院のみんなと過ごす日々は満ち足りている。家族ってかけがえのない存在なんだって、教わった。


 でも、だからこそ。どうして、自分は捨てられたのだろうって。



 私は所詮、誰から生まれたのかもわからない。

 どこの誰だかわからない、なんて劣等感を抱きたくもないのに。

 

 両親のいるクラスメイトの話を聞くと、少しだけチクリとくる。

 だから、みんなが平等に、どこの誰でもないここクラン・クランは居心地が良かった。


 ゲームの世界は、リアルとかけ離されたもう一つの世界。

 だから傭兵プレイヤーのリアルがなんであろうと、どんな人物であろうと、関係ないの。

 

 クラン・クランここでは誰もが何者でもないアンノウン


 誰でもない。だから安心。

 そう思って、半ば逃げ込むようにこの世界にいる私に、タロ氏は『俺は俺ですよ』と言い放った。



 私は私。

 誰から生まれたとか、自分のルーツを気にする必要なんてちっともないのかもしれない。



「はれはれ、さいでありんすか。長居は無用ですよ、銀麗の錬金姫殿」


 肩の荷が少し降りたような感覚に私は、思わずクスリと笑う。

 


「なんですか、それ」


 銀麗の錬金姫。

 彼女の姿を胸に刻む。


 わたしの常に曇り続けていた心に、晴れ間を差し込み入れた少女の姿を。



「あ、それはそうとタロちゃん、ミナちゃん。フレンドいいかな?」


 普段どおりの私の・・口調でそう誘ってみた。



「はい、は、え!? 口調が変わった!? って、あ、はい」

「え、えっと。は、はい、わ、わわたしなんかでよろしければ」


 コロコロと表情の動く彼女たちを見て、今回の冒険は心から楽しいなと思ったのだった。



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