22話 絶望


『ダロォォォォオオ』


 晃夜こうやの精根尽き果てたフレンドメッセージを受け。


『晃夜、いったい何が起きたんだ?』


 ミケランジェロについた俺はすぐに晃夜へ通信を繋げた。



『あいつらが、あいつらがっあいつらはやばい。なんなんだ、あのスキルは』


晃夜こうや? 大丈夫か?』


『急に俺の背後を突いてきたと思ったら、いつの間にか俺は裏路地にいた……あんなスキルがあったら、神兵デウス哨戒網しょうかいもうをくぐりぬけるのなんていとも容易い』


『おーい、晃夜ー』


『それから俺は、数人に囲まれ何度も何度もねちっこく、ねばっこく質問、いやアレは尋問だ。奴らの雰囲気は尋常じゃない。そのうえ、奴らは「おい、このメガネをキルしたら天使ちゃんの居場所を聞きだすことができねぇ」と言いだし、俺を路地裏で……』


『晃夜さーん?』


 ブツブツ言ってる晃夜が怖くなってきた半面、それほど恐ろしい目にあったのかと心配になってくる。


『HPが全損するほんのちょっと手前で、奴らは何度も何度も、回復ポーションを……執拗に、あんな高価なものをほいほい使い、俺を精神的に追い詰めるためだけに……しかも、俺の伊達メガネまで壊しやがった……はっ! タロ、タロは無事か!? わるい、俺とした事がっ。あんな危険な奴らにお前の居場所を……タロ!?』



 晃夜こうやがここまで動揺するのはいたく珍しい。

 かなりの手練れ傭兵プレイヤーにやりこめられたのだろうか。


 しかし、そんな上級者グループが俺の居場所を詮索していた?



 心あたりが全くない……。


 ミナ以外で他の傭兵プレイヤーと遭遇したとすれば、先ほどピンチを救われた通りすがりのレベル上げに勤しむ、気のいい傭兵集団のみだ。



『俺は大丈夫だよ。それって本当に俺を狙った集団なのか?』


『ま、間違いないはずだ。いや、わからない。だが、このまま放置できる問題でもない。早急に「百騎夜行」のメンバーと今後の方針を話し合わないと』


『確かに、危険な奴らかもしれないな……』


『タロの居場所を詮索してきた以上、お前も無関係ではないはずだ。俺達とくるか?』


 ちょうど先ほどから、晃夜がぐったりしている姿を遠目で確認していたところでもある。

 直接顔でも合わせて話し合った方がいい案件かもしれない。



「天使さま、どこに行かれるのでしょうか?」


 ミケランジェロの天球任せな時計台前のベンチに腰掛けている晃夜こうやへ、駆けつけようか逡巡していると、ミナが質問をぶつけてきた。



「あ、あぁ。ほらあそこで、しょぼーんって座ってる割れたメガネ野郎がいるでしょ? あれ、俺のフレンドだから声かけようかなと」


「天使さま……の、フレンドですか」


 ミナは、晃夜を見て警戒心を持ったのか、メイスを握り始めた・・・・・


「おいおい、あいつはいい奴だから。PvPとかやめてな?」

「でも、15歳以上の傭兵プレイヤーさんですよね?」



「う、うん……」


 俺も晃夜こうやも16歳なんだけどね。


「お父様はおっしゃっていました。私たちぐらいの年端もゆかない少女を、てごめにする年上の男性は、ロリゴンという危ない化け物だと」


 ロリゴンか……。

 か、怪獣みたいな名前だな?


「そ、それはそうかもしれないけど……」


「天使さまはあの方とお話しするよりも、することがあるじゃないですか」


 にっこりとほほ笑むミナ。

 やること……。



「レベルポイントやスキルポイントをふってはいかがでしょうか」


 あ。

 そうだった。

 晃夜のロリコン疑惑はまぁ、後で少しずつ解いておくとして、まずはスキルポイントでも振っておくか。



『いや、今はまだいい。ちょっとフレンドといるから、そっちの方針が決まったら、また連絡してくれ』


 謎の集団への対策会議はまたの機会にしようと晃夜に告げておく。


『一人じゃないなら、それほどまで心配する必要もないか。だが、ここは荒くれ共が闊歩する傭兵の世界。何かあっても自己責任だぜ』


『おれの居場所をもらしたお前がソレを言うのか?』


『それについては、ほんとに悪かった……』


『おう、気にしてないよ。俺もお前がロリコンってばらすかもしれないからな。お互い気をつけようぜ』


『ちょ、おまっ、誰がロリコっ』



『また生きて会おうぜ』


『っち。お前に言われなくても、俺の割れたメガネに誓って生き抜いてやるよ。せいぜいタロも変態幼女ネカマプレイでがんばれよ』


『へんたい幼女って、おまっ』


『じゃあな』



 晃夜こうやとのやり取りを終えた俺は、称号「老練たる少女」のおかげで、スキルポイント29と、結構たまっているのを確認する。


 俺は迷わず、錬金術スキルLv18 へとふる。


 :錬金術スキルレベル20 『鑑定眼』を習得しました: 



『鑑定眼』

【MPを2消費して、どんな素材、アイテムなのか、普通の説明文よりも細かい情報を見ることができる。錬金術のヒントにできる】



 ほほう。これは便利なアビリティを習得できたな。

 おれは、そのままガンガンスキルをつぎ込んでいく。



:錬金術スキルレベル25 『調教術』を習得しました:



『調教術』

【錬金キット『復元を司る拷問台座』、もしくは簡易錬金キット『お弁当箱』を使用して、素材の特性を変化、進化させる。今まで、相性の悪い素材同士だったものが、これにより、かけあわせることが可能になるかもしれない】



 きたあああああああああああああああああ!


 万物の性質をも変化させる、超神スキル!

 それが錬金術なのだ!


 これは今すぐに、ありとあらゆる素材で試したい。

 だが、『復元を司る拷問台座』という物騒な名前の錬金キットと、『お弁当箱』というキットをそろえなければいけないな。



 今の残金は、ミソラさんとの食事を経て232エソしか持っていない。 

 錬金キットがいくらなのかチェックする必要があるな。

 

 とりあえず俺はスキルポイントを22ポイントのこして、ふるのをやめておく。

 ゆらちーに戦闘スキルも持っていた方がいいと言われたのが、やはり気になっているので、何かの戦闘スキルを習得した際にはそっちに割り振るように、ある程度ポイントはとっておきたい。

 


 

 じゃあ、次はレベルポイントだ。


 タロ レベル4


HP60(+10) MP40(+5) 力1(+0) 魔力14(+0) 防御2(+0) 魔防8(+0) 

素早さ140(+40) 知力155(+45)


 

 こんなもんかね。

 力と防御力が相変わらず低いのはご愛嬌。


 錬金術にはやはり知力が必要なのだよ。


 力も今のところ、他に装備できる武器がないし、姉からもらった小太刀【諌めの宵】を当分は相棒にしていればよい。


 そう思い、感慨深く我が愛刀を眺める。


【小太刀】諌めの宵・攻撃力+22(+13) 技量補正G。


 あれ。

 また攻撃力が増えている。

 

 前は+18だったはずなのに、今は22だ。

 

 なんでだろう。

 技量補正Gっていうのが関係しているのだろうか……。



「むーん……」


「て、天使さま」


 ちょいっとそでを引っ張ってくるミナ。


「ん?」


「そ、その周りの傭兵プレイヤーの方々からの視線を多く感じます……」


 ミナの指摘に、俺は小太刀を眺めるのをやめる。

 確かに、チラホラとこちらの様子をうかがう傭兵が何人かいる。



「場所、移そうか」



 少女姿になってからというもの、奇異の視線を向けられるのにも慣れ始めてはいたが、居心地が悪いモノは悪い。

 特に今回は隣に、同じく年端もいかない金髪神官ちゃんがいるから余計に目立っていたのかもしれない。


 俺達はそそくさと移動した。



 場所は変わって、ミケランジェロのNPCが経営している道具屋へ。

 

「ううーむ……」


「天使さまは何か、欲しいモノがあるのですか?」



 商品の値段を見てうなる俺に、怪訝そうな顔でミナが聞いてくる。


「錬金キットがね……欲しいんだ」


「おいくらですか?」


「それが、けっこうお高くて……4000エソと1000エソ」


「合計5000エソですね? わたしが買いますので、しばしお待ちください」


「!」


 何を言っているんだ、この子は。


「ミナ、待って。それはいけない」

「どうしてでしょうか?」


 キョトンっと本気で疑問に思っているようだ。


 10歳そこらの傭兵プレイヤーが5000エソも持っているのも不思議だが、こんな小さな子が、やすやすと財布のひもを他人のために緩めるなんて、この子は危ない。もし、変な奴につけこまれでもしたら、利用されるに違いない。



「そのお金は自分のために使いなよ。他人に簡単にお金をあげちゃダメ」


「でも、わたしは天使さまだから……天使さまの役に立ちたくて……」


「気持ちだけで十分だよ」


 俺は子供に言い聞かせるように優しく微笑みかける。

 すると、ミナはほわーっとした表情を浮かべ、コクンとうなずいた。



「よし。錬金術で一儲けするか!」



 その後、俺達は賞金首と競売ウォンテッドへと各アイテムの相場をチェック。


 『ポーション+2』の相場が微妙に下がっていた。

 これは回復量が同じ『翡翠エメラルドの涙+2』の値段も、昨日出品した価格より下げた方が良いのだろうか?


「うぬぅ」


 素材の価格をチェックしてみると、翡翠の涙の素材となるものが激安で出品されていたので、買い込んでおく。


 『スライムの核』なんか供給量がよほど多いのか、50個で30エソとかで売られていて、一個1エソ以下だ。ちなみに素材はアイテム屋で売ることができないモノも多い。よってプレイヤーバザーである、賞金首と競売ウォンテッドに出品する傭兵プレイヤーたちが大半なのだ。


 やはりサービス開始時期なだけあって、初期街周辺のモンスターは傭兵プレイヤーにこぞって狩りに狩られ、そのドロップ素材であるものは、のきなみ激安だ。



 おやおや。

 モフウサからドロップする『紅い瞳の石レッド・アイ』もかなり安いぞ。

 1個1エソだ。


 あれは上位変換で『紅蓮ぐれん石』を生成するのに、よく使う素材になるからこの際、まとめ買いをしておこう。



「おそらく……今はレベル3~5帯の傭兵プレイヤーが多いから、か……」


 俺ぐらいのレベル帯からしたら、いい経験値の稼ぎダネになる標的だからな。それだけ供給量も高いと。


 おれは所持金が30エソになるまで、諸々の素材を買い込んだ。


「よし、錬金するかな」

「はいっ天使さまっ」


 何故か追従してくるミナ。

 あまりに嬉しそうにしているので、ツッコまないが、この子はいつまで俺の後をついてくるのだろうか。






「あっらぁ~~~~ん♪ い・ら・っ・しゃ・い! マイエンジェルスウィートたちっ♪」



 はい。

 やってきました。


 お決まりの錬金術場所、輝剣屋スキル☆ジョージ。


「あ、俺のフレンドのジョージね」

 

 入店してすぐにミナへ、ジョージを紹介する。

 オカマの挨拶に「ひぐっ」っと怯えの色を一瞬見せたミナだったが、「コホンッ」と咳払いをした後に、俺を汚物から守るように前に出て、ジョージに挨拶をした。



「あなたもロリゴンなの?」


 ぶほっ。


「あらあら~ん?」


 いきなりの質問にパンチパーマは目を何度も瞬かせ、しばし考えた後にバチっと両目閉じウィンクをしたのだった。


「わたしが色目で見るのは、オ・ト・コ・だけよぉん? しかも、屈強で凛々しい漢だけよっ♪」


 小学生にぶっとんだ返しをのたまうオカマ。

 教育上よくないのでは……。

 そもそも、ミナの年齢で同性愛というものを理解できるのだろうか?


 そんな爆弾発言を落とされた、ミナはというと。


 じーっとジョージを見つめ。

 ぽつりとつぶやく。


「男の人が好きなの?」


 超ド級な直球ストレートを、オカマに投げる小学生。

 純粋が成せる技。


「そうよぉんっ」


 誇らしく、それに答えるジョージ。


「……男性なのに?」


「えぇん、もちろぉんっ♪ あなただって女の子なのに、女の子を好きになったりしないのかしらぁ~ん? た・と・え・ば、ねっ?☆」


 そういって、ねばっこく俺の方を見る色黒オカマ。 

 それに呼応するように、ミナはこちらを振り返ってくる。目が合うと、なぜか赤面し、慌ててジョージの方へと向き直った。


「あ、あ、あなたが天使さまのお、おと、おともだちだって事はわかりました……」


 ミナはそう言い、もじもじと俺の後ろに下がっていった。


「んふんっ。あなたとは気が合いそうね?」


 純粋無垢なミナと、アグレッシブなジョージとでは全く反りが合わなそうだけどな。


「ところで天使ちゅわん、今度はどうしたのかしらぁん?」


 ジョージが「天使」と呼んだことに背後がピクリと反応したが、それには触れずに、昨日からのやり取りをする。



「ジョージ、錬金術をしてもいいかな?」


「前も言った通りんっ。天使ちゃんならいつでも歓迎よぉん。それに、今日はもう一人の天使ちゃんも連れてきたみたいだしぃん♪ ジョージ、かんげきぃいいんっ(吐息)」


「そんな、わたしが天使さまと一緒だなんて……」


 いじらしく照れるミナをジョージは見て、改めてミナのことを突っ込んできた。


「お友達かしらぁん?」


「はい、さっきフレンドになったばかりで」


「よかったわねぇんっ、同じ年頃のお友達が見つかってぇん」


「あははー」


 実年齢は違うけどね。







 そんなこんなで、錬金術でアイテムを製作し、賞金首と競売ウォンテッドに出品しておいた。


 『翡翠エメラルドの涙+2』には、ポーション+2の相場が下がっていたから値段は迷ったけど、結局は前回と同じ値段で出品した。

 一個560エソ、ミケランジェロの5%税率で引かれると、532エソだ。

 これを6個だしておく。


 次に『結晶ポーション』を一つ。

 これは賞金首と競売で検索をかけても、他に売っている人がいなかったので、俺が価格を設定。

 HPとMPを複数人同時に回復できるアイテムなため、試しに1600エソという強気な金額で出品しておいた。


 ここからは、強欲が止まらなかった。

 次に『森のおクスリ』を二つ。夕輝ゆうきの言う通り、確かにMP回復アイテムは見つからなかったので、これもかなり高めの、一つ800エソに設定しておく。


 今度は『火護の粉塵』を一つ。

 これも既存で出品されているものはない。


 作るのに、素材数もわりとかかっているため、1200エソで出しておく。


 最後は『火種を凍らせる水晶』を一つ。

 これもやはり、売っている人はいない。

 炎500ダメージ以下を無効化するこのアイテムは、最高価格の2000エソと設定しておく。


 これら全部が売れれば9000エソは固い。



 黒い笑みが止まらなかった。


 ちなみに、錬金術スキルが習熟度によって1レベル上がり、26レベルへと上がった。スキルポイントを振らず上昇したのは久しぶりだ。

 全てをやり終えた俺は、再びジョージの店に戻り、商品が売れるまでの間、本日のメインディッシュをいただくとしよう。



「じゃじゃん!」


 取りだしたのは、さきほど『月光樹の丘』でミナと一緒に採取した『月光の福音』だ。

 淡くピンクに光る花弁は、見る者にホッとした温かみと切なさを覚えさせる。


 ミナが素材に気付き、相の手を入れてくる。


「あ、さきほど私達で手に入れた素材ですね」

「うむ」


 これをこれから、錬金する予定なのだが。


 まずは説明文を読む。


『月光の福音』

【月の魔力を宿した花弁。使うと1分間、ステータス魔法防御が3上昇する】


 と、だけしか記されていない。

 というか、これ一応アイテムだったんだ。



「あらら~ん♪ それは、あつ~~~いカップルがいちゃつくためのネタアイテムねぇん」


 そういってジョージも『月光の福音』を取りだした。


 わりと有名というか、知名度の高いアイテムだったのか。


 それにしてもネタアイテムか……。

 もしかして、大した事のない素材だったりするのかもしれない。


 いや、そんな万人にネタアイテムとしか思われてないモノを、想像をも超える未知なる物体へと進化させるのが錬金術の本質と言えよう。



「このア・イ・テ・ムはねぇんっ♪ ん~~ふっ」


 ジョージは掌に乗せた花弁に息を吹きかけると、ピンクが強く発光し、それがふよふよと浮遊し————




 まるで投げキッスのように————





 俺のほほへと着弾した。




「うぉおおおええええええええええええっ!」



 避ける事を考えず、ただただ、花弁の行く末をお気楽に眺めていた自分に絶望し、地の底に沈む気分を味わった。




「こうやって、使うのよん?」


:一分間、ステータス魔法防御+3になりました:


 床に転がり、もだえ苦しむ俺を見て、ジョージは両頬を染めながら、両目閉じウィンクをバチンッとかます。

 


「そ・ん・な・に・照れちゃ、いや~ん♪」


「……照れてないと思います」


 死んだ魚の目でミナが、ジョージにツッコミをいれたのであった。







ロリゴン=怖くて危険な怪獣

だと、ミナは思っています。


ミナ特有の造語です。

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