8話 眠らずの魔導師

 

 俺は夕輝ゆうき晃夜こうやとの約束の時間より10分も早く、先駆都市ミケランジェロの時計台についた。


『天球まかせな時計台』

 

 それは巨大な四角の時計台を中心に、星を模造した物体がふよふよと周回している。どんな原理で成り立っているのか定かではないが、なかなか幻想的な造形だ。



「なんだか人が多いなぁ」


 そんな独特な形をした建物のため、集合場所の目印にする傭兵プレイヤーも結構いるみたいだ。


 また、傭兵プレイヤーが集まりやすい場所だけに、傭兵プレイヤー同士の争いを鎮圧する青鎧をまとった神兵デウスが八人で警備している。

 

 治安は良好のようだ。



 この神兵デウスは、街の要所、街内部を定期的に巡回しているらしい。しかし、それ以外では特に姿を見受けられない。つまり、フィールドやダンジョンに一度ひとたびでれば、そこはもう無法地帯でありPvPが可能となるわけだ。街の中にしたって隙はごまんとある以上、いたるところでPvPが勃発しているんじゃないんだろうか……。



「やっぱり、まだ夕輝ゆうき晃夜こうやたちは到着してないか……」




 錬金でもするかな。


 この待ち合わせ場所に辿り着く途中、色とりどりの花が咲き誇るプランターを見かけ、周辺の花壇などを採取したら雑草を15個手に入れることができたので、それらを錬金して時間を潰そう。



『銅の天秤』を取り出し、『雑草』×5を左の皿に載せていく。



 上位変換をする前にっと。



「変革の銅法」



 錬金スキルLv3で習得したアビリティを発動してみる。

 MPを消費して変換の成功率を上昇させる。


 MP30 → 25に減少した。


 消費MPは5か。


 

「変革の銅法」を発動すると、天秤の左皿には火の粉のような青い煌めきが宿った。



「よし」



 なんだか多数の視線を感じるけど、俺は構わず錬金を続ける。


 どうせ人気のないゴミ錬金スキルを扱っている俺が物珍しいんだろう。



「上位変換!」



:雑草×5 → 清潔草クリアリーフ×1 上位変換に成功しました:



 よしよし。記録されたレシピ通りの結果だ。



 おれはこの調子で『変革の銅法』を発動しながら、雑草を合計15個『上位変換』して、『清潔草クリア・リーフ』を3つ生成した。

』して、『清潔草クリア・リーフ』を3つ生成した。



 残りのMPは10。


 あとは……『汚水』を作る。

 

 左皿に『水』×10を注いでいく。

 

 水球体が『水』の数を増やしていくと同時に巨大化し、天秤もサイズに合わせて大きくなっていく。

 


「失敗は成功の王道」


 スキル錬金Lv6で習得したアビリティを試してみる。

 MPを消費して、変換の失敗率を上昇させる効果だ。


 MPは10 → 0になってしまった。

 


 だがこれで、失敗を狙い、『汚水』生成を狙う。


 左のお皿に赤い火の粉がパチパチと宿る。



 よし。


「上位変換!」


 結果は。


:『水』×10 → 『汚水』×5 上位変換に失敗しました:


 イイ感じだ。

 計算通り、『汚水』を生成することができた。



「ここからが本番か」



『銅の合成釜』を取り出し、『汚水』と『清潔な草クリア・リーフ』をボチャンと入れて、混ぜ混ぜしていく。



 そうして、無事に『翡翠エメラルドの涙』の素材となる、緑色の水『浄化水』を3つ生成する。



 釜の温度調整やかき混ぜるタイミングは、輝剣屋スキル☆ジョージでおこなった錬金でコツは掴んだとはいえ、なかなかの集中力がいる。



「ふぅ……」



 最後の仕上げこそ、ミスは許されない。

 何やら周囲がざわざわしているが、気にしている場合ではない。



 俺は青い石っころ『スライムの核』を『銅の合成釜』にポチャンと落す。


 続いて、『浄化水』をビンから開けて、トクトクと注ぐ。



 まずは高温で煮込み、『スライムの核』の青色がじんわりと広がっていったのを確認。そして、手早く釜の温度を下げる。


 今回はプスプスという不快な音はしなかった。

 やはり前回は高温での時間が長かったのだろう。

 そのまましばらく、『かき混ぜ棒』で釜をじっくりまったり回していく。


 仕上げの青い煙がモクーっと発生し。


:浄化水+スライムの核 → 翡翠エメラルドの涙:

:『翡翠エメラルドの涙+2』が生成できました:




「おおー」


 緑に輝く小ビンにつまった『翡翠エメラルドの涙+2』をかざして観察する。

 さっき作った『翡翠の涙+1』よりも性能が良いようだ。

 使用したときのHP回復量が200と増えている。


 俺は同じ要領で、『翡翠エメラルドの涙』を追加で2つ作っていき、計3個の『翡翠の涙』の製作に成功した。




「……麗しき姫。キミはそこで何をしているんだい?」


 一通り、錬金を終了したとこで、声をかけられた。


 ふと視線をそちらに向けると、そこには魔導師風のローブを着こんだ、赤髪の高校生ぐらいの少年がいた。

 よく見ると、俺の周囲にはチラチラとこちらに視線を向けつつも様子をうかがっている傭兵プレイヤーたちが何人かいた。



「あ、あいつ! 抜け駆けしやがった」

「なら、お前が話しかけにいけよ」

「いや、でもあんなに可愛い子に……」



 とか、コソコソしている。


 赤髪の魔導師くんと俺の成り行きが微妙に注目されている。



「ヒトを待っています」


 魔導師くんの質問には無難にそう答えておく。


「ふむぅ。こんなにもお美しい雌花を、有象無象が闊歩する庭園に放っておくなど、言語道断だ」


「は、はい?」


「キミのような愛くるしい少女を、待たせるやからはロクな奴じゃないと言っている」


「……は、はぁ」


「どうだろう、ここは『眠らずの魔導師』と謳われたボクと一緒に冒険をしてみないか?」



 なに、眠らずの魔導師とか。

 ちょっとかっこ、痛々しいわ。



「約束をしているので……」


「なんたる心の清さ! キミを待たせている、不当な輩に義理を通すその姿勢はまさに聖童女。時間がないのであればフレンド登録だけでもどうだろうか、我が姫?」


 そう畏まって、膝をつきキザったらしく目線を同じ位置に持ってくる、眠らずの魔導師くん。



「なっ。あいつフレンド申請しやがった」

「こうしちゃ、いられない! 俺も参戦だ」

「あ、あのっいい天気ですね? ボクとフレンドになりませんか?」

「おれとフレンドになってくれ!」

「ボ、ボ、ボクともな、な、なってください」

「ふひっ。ロリ少女ぐひっ。ペロペロしたい……」



 眠らずの魔導師君に続くように、傭兵プレイヤーたちが取り囲んできて、一気にフレンド申請が飛んできた。


「な、なんだキミたちは! 今はこのボクが、天使な姫君と話しているのだぞ! 無粋な真似はやめたまへ!」



 眠らずの魔導師くんが抗議の声をあげるが、誰も聞きやしない。

 俺はどう対応すればいいのか迷う。


 最後の奴とか、ちょっと危ない発言をしていた気がするしな……。



「え、えっと……」


 動揺しつつも周囲に目を走らせる。

 何か良い対応方法はないのか。


 すると、よく見慣れた顔ぶれの二人組が目に入った。

 こちらの騒ぎを遠目でおもしろそうに見物している。

 


 待ち合わせの約束をしていた、夕輝と晃夜だ。

 あいつらも、リアルの姿をそのまま転写してキャラクリをしたのか。



晃夜こうや! 夕輝ゆうき!」


 俺は群れる傭兵の輪から、思わず叫んでしまった。

 すると二人は一瞬、驚いたように顔を見合わせ、頭の上にはてなマークを乗せたみたいな顔をしだす。

 

 周囲の傭兵共も、おれの視線の先を追いかけ、夕輝ゆうき晃夜こうやを見やる。


 二人の容姿は端的に言い表すと、イケメンが夕輝でメガネイケメンが晃夜だ。

 そんな二人を品定めするように、周囲の傭兵がつぶやく。


「なんだ、あの二人が天使ちゃんを待たせていた奴らなのか?」

「なんか気に食わない顔だな」

「ロリコンに正義の鉄槌を」


 口々に二人に対する、ディスりがまき散らされる。

 唯一、反応が違ったのは、眠らずの魔導師君だった。


「そういうことか。そういうことなのか。これは運命としか言いようがないな。くははっ」



 そう顔を右手で押さえながら、ブツブツと呟き体を震わしている。


「世紀末の終焉を担うにふさわしい配役だな」


 かっこい、気味の悪い台詞を吐き、彼は盛大に侮蔑のこもった笑い声を上げた。



「くはははははははっこれはおもしろい!」


 颯爽とローブを翻して、夕輝ゆうき晃夜こうやへと歩を進めていく。


「可憐な乙女を野蛮な野に放置している、不貞の輩は誰かと思っていたら。道理で納得。これはこれは【百騎夜行】のユウコウではないか。これは傑作だぁ」


 両手を広げ、大演説をするような身振りで夕輝と晃夜に絡んでいった。


 なんとも挑発的なモノ言いで。



 すると夕輝ゆうき晃夜こうやの二人は渋い顔をしだした。


「コウ、眠らずの魔導師さんは、何をわけのわからないことを言ってるんだろ?」

「放っておけばいい、ユウ。あいつの頭がおかしいのは周知の事実」

 

 二人も二人で、なかなかけんのある対応をする。



「貴様らの愚かさには呆れるな。ボクの劫火に焼き尽くされないと、乙女を待ちぼうけさせた罪深さに気付けないらしい」


「【百鬼夜行】のグレンさん。顔を突き合わせる度に、ボクらに絡むのはやめてくれないかな?」

 

 夕輝が好戦的な魔導師くんに呆れ気味に発言を返す。


「【百夜行】の俺らと、おまえの【百夜行】という傭兵団クランの名前が似ているだけで気に食わないとか……どっちが愚かなんだか」


 メガネをクイッと持ち上げて、表情を一切変えずに夕輝ゆうきの発言に言葉を重ねる晃夜こうや



「今はそんなことを言っているのではない。騎士気取りの愚鈍者共め」

 

 そう言い放ち、眠らずの魔導師くんはローブをはためかせる。


「人に仇成す子鬼がさえずるね」

「人語を解す知能すらない鬼さん、手のなるほうへー」


 対する二人も、夕輝ゆうきは腰に携えている剣に手が伸び、晃夜は首をコキコキとならしている。


 双方の空気がかなり険悪なモノになる。


「燃えて後悔しろ」

「そこの少女に萌えてたのは、お前のほうだろ?」

「貴様ら!」


 魔導師くんが長杖を構えるのに呼応して、夕輝と晃夜も戦闘態勢に入った。

 

 夕輝は盾と剣。晃夜は杖……と籠手ナックル



「おいおい、お前ら、ここでPvPをするのか?」

神兵デウスが八人……」

「ペナルティどころか瞬殺されるぞ」

 

 一触即発な両者にざわつく外野。

 

 プレイヤー同士の戦いを察知すると、制裁を下すという神兵デウス

 その青鎧ブルーメタルに身を包んだ番兵たちは、時計台周辺に八人いる。


 なんだかよくわからんが、こうなったのにも俺の責任があるかもしれない。

 なんとか解決できないものか。


 眠らずの魔導師くんは、何故か知らんが俺を待たせてしまった夕輝ゆうき晃夜こうやに怒っているらしい。


 そもそも、この可愛らしい容姿のせいで招いた事象だ。

 ならば、この外見を利用するしかない。



「待って!」


 俺はあらん限りの声を絞りながら、自分を取り囲む傭兵共プレイヤーをかきわける。



「ふひっ。天使ちゃんに触れちゃったぽ」


 気色悪い声が聞こえたが今はスルーだ。

 俺の突飛な行動に、臨戦態勢になっている三人がこちらへと目を向けてくれる。

 

 その一瞬弛緩した空気を縫うように、そのまま夕輝ゆうき晃夜こうやの傍に辿り着く。



「この子、さっきから誰なんだろ。コウの知り合い?」

「いや、俺にはこんな知り合い……ん、よく見ると……」


 二人はまだクラスメイトにして親友である俺だと気付いてないようだ。だが、説明しているヒマはない。



 今はこうするしかない。

 おれは晃夜こうやの腰にしがみつく。


「夕輝おにいちゃんと、晃夜おにいちゃんをいじめちゃヤダ!」



 必殺、純真無垢な美少女の叫び。

 あれだろ、ちびっこってこういう甘え方するよね?

 

 この可愛さにひれ伏せろ。

 そして事態よ終息してくれ。

 




 しかし、俺の予想に反して、両者とも武器を納めてはくれない。


 夕輝ゆうき晃夜こうやの二人もぽかんとしている。

 


「ぐぬぬぬぬ。許さんぞ貴様らぁ。美少女を盾にとるとは、卑怯千万ひきょうせんばん


 なんか眠らず君とか、いっそう険しく獰猛な顔になってる。


 なぜだ。



 少なくとも俺だったら、美少女にこんな感じで訴えられたら、美少女側に加勢するか、戦意など萎えて美少女っぷりをじっくりと観察、堪能するのに。



 そうだ。美少女が守ろうとしている者を一緒に守れば、美少女の好感度だって上がるし、お近づきになれるかもしれないじゃないか。



 可愛い女子が大切だって訴えるモノは、万物共有の財産になるのではないのか?


 

 そうか。

 もっと大切アピールすればいいのか。


 

 絆アピールが重要なんだな。


 

 適当に思い出話を盛り込んでいこう。

 そうすれば二人も俺が訊太郎じんたろうだって気付くだろうし、一石二鳥だ。



「ユウおにいちゃんは、プールで泳ぎ方を丁寧に教えてくれる優しいお兄ちゃんなの!」

 

 夏季プールの授業で、ひらおよぎを如何に長くできるかのコツを教えてくれたよな。

 


「コウおにいちゃんは、おもしろいアニメとかマンガとか教えてくれるの!」



 あ、まだ借りたマンガ返してなかったわ。すまんな。



 ふう。

 これで、一件落着だな。



「おいおい、美少女とプールで、しかも泳ぎ方を手取り足とり指導だと?」

「うらやましすぎるぜ」

「美少女のスクミズ……まだ未成熟なボディ」

「死刑確定だな」


「まてまて、おれはさりげなく自分好みのオタク調教してる、メガネの方が罪深い気がする」

「確かに。俺もあんな美少女と好きなアニメの会話を花咲かせたい」



「………………」

「…………」

「……」



「「「「有罪ギルティ!」」」」




 ……。



 なにかを間違えてしまったようだ。


 いや、待て。肝心の眠らずの魔導師くんの様子はどうだ?


 彼はというと————

 こめかみからビキビキと音が鳴りそうなぐらい、険しい顔をしていた。


「貴様らというやつは! いたいけな少女になんてことを! 眠らずの魔導師、グレンが成敗する!」



 なんでだ(真顔)。

 ていうかこのゲーム、ロリコン多いな。

 

 ふぅ、おちつけ。

 まだ打開策がどこかに残されているはず。


 おれは、眠らずの魔導師くんの前にシュタっと移動する。

 夕輝ゆうき晃夜こうやを遮るように。



「愛しの姫。そこをどいてくれ。ボクにはやらねばならない使命があるんだ」


「ユウおにいちゃんと、コウおにいちゃんをいじめるの?」



 そうだ。いじめる。

 ここに解決のカギがあるはずだ。



「奴らはキミにしてはいけない事をしてしまったのだよ。成敗せねばならない」


「でも、眠らずの魔導師さんは強いのでしょ?」



 そうだ。こいつは自尊心が強そうだ。



「むっ。そ、そうだな」


「強くてかっこいい、眠らずの魔導師さんは弱い者いじめしない?」

 


 これだ。自尊心をくすぐる説得だ。



「かっこいい……だと?」


 何かに胸を射抜かれたかのように、眠らずの魔導師くんは自身の胸を両手でつかみガクガクと震え出した。



「はっ。ボクとしたことが……」


「眠らずの魔導師さんはいい人?」


「あ、あぁ。ボクはキミの言う通り、強くてカッコイイ眠らずの魔導師グレンだ!」


「弱い者いじめもしない?」


「あぁ! あぁ! そうだとも! 【百騎夜行】の諸君は弱者だからな。今回は愛しの姫に免じて、見逃してやろう!」



 チョロいぜ、作戦成功。



「な! グレンくんは、ボクたちが弱いとでも?」


「待て、ユウ。ここは引こう」


「何を言ってるんだよ、コウ」


 晃夜こうやがメガネをクイっとあげながら、俺を見つめてくる。

 


「コウおにいちゃんの言う通りだよ。では眠らずの魔導師さん。またね」



 おれはそう言い残し、夕輝ゆうき晃夜こうやの手を取って早々とこの場からの離脱を図る。


「あぁ、俺も美少女に手を引かれたい……」


 怨嗟のような声を背後に取り残して、その場を移動した。






 場所は変わって『始まりの草原』。

 

「っと、そろそろ事情を話してもらってもいいかな、お嬢さん」

 

 夕輝ゆうきはどうやら、まだ俺だということに気付いていないらしい。


 晃夜こうやの方は……うーん。いつも通り、考えが読み取りにくい無表情だが、なんとなく気付いていそう。




 正直、ゲーム内とはいえ、変わり果ててしまった俺の姿を二人が見て、どんな反応を示すか怖かったのだが。


 どさくさのような邂逅を経て、少々ふっきれた。

 この件に関しては眠らずの魔導師くんに感謝しなければならないかも。



 俺は二人を交互に指さす。


朝比奈 夕輝あさひな ゆうき日暮 晃夜ひぐれ こうや、共に公立竹華たけはな高校、通称花高はなこうに通う1年生」



「え、どうしてボク達の名前を……」



「……訊太郎じんたろうだろ?」


「え、本当に?」



 晃夜こうやの指摘に頷く。


「そうだよ」


「えええええええええええ!」


 夕輝ゆうきが驚嘆する一方で、メガネな晃夜こうやは対照的に冷静だった。



「……どうして、俺ってわかったんだ?」


 晃夜こうやはなぜ、気付けたのだろう。

 


「なんとなく小さい頃・・・・訊太郎じんたろうの面影があった」


 メガネをクイッと持ち上げてシレっと答える晃夜こうやに、ツッコミを入れる。


「ねぇよ! そもそも晃夜こうやは、小さい頃の俺の顔を知らないだろ」


 俺の幼少期が、こんな美少女だったら怖いわ。


「いや、そんなことは……」


 歯切れの悪い晃夜こうやを押しのけて、夕輝ゆうきが身を乗り出し、まじまじと俺を観察する。


「え、本当に訊太郎じんたろうなの? 訊太郎がボク達をからかうために寄越した刺客じゃなくて?」


 物騒だなおい。


晃夜こうやじゃないから、そんなことはしない」


「あ、一理あるかも。でもなぁ」


「おい、この知的なクールメガネである俺を二人ともなんだと思ってるんだ」

 

 晃夜こうやが不服そうにうなる。



「「変人?」」


 俺と夕輝ゆうきの声がかぶる。



「クッ。夕輝ゆうきだって、しょうもない人助け魔で、訊太郎じんたろうは凡人を極めし地味メンじゃないか」



「「ぐっ」」


 痛いところを突かれ、また夕輝ゆうきと声が被る。

 この流れでいけば、すぐに俺だと信じてもらえそうだったので、切り札を出しておくか。


「『世界同盟』って言えばわかるか?」



 これは俺達がまだ中学生の頃、アホな同盟を立ちあげたときの名称だ。この3人しか知らない、恥ずかしい黒歴史である。



「あはは。確かに訊太郎じんたろうだね」

「ほら、訊太郎じんたろうだったな」



「だろ?」



 ようやく夕輝ゆうきが信じてくれたところで、俺はさっそくさっきの件について尋ねてみる。



「いきなりだけど、あの眠らずの魔導師くんと、二人は何か因縁でもあるのか?」


「あぁ、あっちが一方的につっかかってくるだけなんだけどね」


「いかにも。早い話が〈傭兵団クラン〉同士の『戦争』状態だな」


傭兵団クラン? 戦争?」



傭兵団クランっていうの、プレイヤー同士で作る組織、チームとかギルドとかそんな感じかな」


「んで、あちらさんの傭兵団クランが俺たちの傭兵団クランに宣戦布告してきてるわけだ」



 宣戦布告……。


「さすがPvP推奨のVRMMO……」


「そうだ、訊太郎もボク達の傭兵団クラン、『百騎夜行』に入らないか?」


「そうだな。俺もそれがいいと思う」


「いずれは志を共にする騎士道精神にあふれたヒトたち100人で、百騎夜行を起こすのさ」


「騎士道精神って……」


夕輝ゆうきの人を助けたい病を如実に表した、おめでたい傭兵団クランだ(笑)」


晃夜こうや、鼻で笑わないでよ……」



 傭兵団クランのシステムすらわかってない俺を速攻で勧誘してくるとは。


「おまえらの傭兵団クランって、夕輝と晃夜の二人だけなのか?」


「いや、団員は俺たち含めて5人だね」

「早い話が、少数精鋭である」


 二人以外にも三人のメンバーがいるのか。


 気心知れたこいつらだけなら何も問題ないのだが、初心者の俺が入っても迷惑がかかるかもしれない。彼らはベータテスターでもあるわけだし。

 

「しばらく、このゲームに慣れるまで待ってくれないか?」


「うん、もちろん」


「初心者の訊太郎じんたろうが入団したら、『戦争』状態の敵傭兵団クランもいることだし、まっさきに狙われて狩られる危険もあるだろうな」



 そんな危険地に誘おうとしていたわけですか、お前らは。


「おい……」





「あはは。でも楽しいよ?」


 くったくのない笑みを浮かべる夕輝。


 


「あぁ、楽しいぜ」


 賛同するように、凄惨な笑みを張り付けた晃夜。





 まぁ、確かに楽しそうではあるが。

 プレイヤー同士での抗争ってことは、人VS人であって、それなりに恨みとかトラブルとか起きそうだけどな。



「そういえば、どうして宣戦布告? だっけ。なんでそんなことに?」


「あぁ。あちらさんの傭兵団の名前が『百夜行』っていうんだ」

「で、うちの傭兵団が『百夜行』」



 百鬼夜行と百騎夜行。


 鬼と騎士。



「眠らずの魔導師君いわく、名前が似てて判別がつきにくい。同じ傭兵団クランだと間違われたら甚だ不快だ。偽善の剣を振り下ろす騎士のなりそこないより、悪を司る鬼たちの方がいい、とかなんとか」



「早い話が、名前が似てるから気にいらないってとこだな」


 晃夜こうやがそう締めくくる。



「はぁー。相手の規模はどれぐらい?」



「団員は30名。ボクたちの6倍の規模だね」


「あいつは、言動はアレだが、強い」


「ログインしっぱなしでね。眠ってないんじゃないかって言われているのが、眠らずの魔導師と囁かれている由縁だよ」


「早い話が、廃人、ヘビィプレイヤーってわけだ」


「で、そういうやつに集まるのも自然とね」


「強い廃プレイヤーが集結していくってわけだ」




「やばいじゃん……そもそもそんなに力の差があるのに『戦争』とか成り立つわけ? 一方的ないじめになるんじゃ」


「確かに数の有利はあるし正直キツイけど、そこはちゃんと戦争システム、ルールがあるからな」



「な、なるほど」


「ま、この話は後ででもいいだろう」


「それより今、話すべきことは」



 そうやって二人はじっくりと俺を見つめる。



「それもそうだ。こんなとこで突っ立ってるより、早く冒険しにいこうぜ」


 せっかくクラン・クランを始めて、晃夜や夕輝と一緒に遊べるんだ。

 早く冒険に出たかったのは俺だけではなかったようなので、意気揚々と二人を誘う。


「はぁ……」


 何故か、おれの言動に溜息をつくメガネイケメンの晃夜。


「そ、そうだね」


 それに苦笑いで返す夕輝。


「なんだなんだ。この世界の先輩として、初心者の俺を案内してくれるために一緒にいるんじゃないのか?」


「それは、そうなんだけどね」

「調子にのるな、訊太郎」


「ははー。では、俺でも行けそうなお勧めの場所に連れていってくださいませ」


 晃夜こうやに少女姿で冗談めいて平伏してみせる。


「あはは。ボクたちが気にしてるのはそこじゃないんだけどね」

「はぁ……」


「とりあえず、この『始まりの草原』を南に進むと『ミソラの森』っていうフィールドがあるんだ。そこにでもいこうか」


「ミソラの森? どんな森なんだ?」


「賢者ミソラが治めている森と言われているな」



 ほっほう。

 賢者の住まう森とかファンタジーの定番でなかなかわくわくするな。



「でもまぁ、まだ誰もその賢者と会えた人はいない・・・・・・・・らしいんだけどね」



「早い話が、『ただの森』だな」


「賢者ミソラがいるっていう情報も、NPCが言っていたことらしいし」


「情報に不確定要素があるってことだ」



「そもそも、こんな初期街の近くの森じゃ探索してる傭兵プレイヤーも多いはずだし。なのに誰もその賢者と遭遇できないとか、おかしな話だよね」



「謎要素が多いからな、クラン・クランは」



「ほぇー」



「謎要素といえば」


 夕輝ゆうきが俺をチラッと見る。


「だな」


 それに続いて、晃夜こうやが肩をすくめる。




「どした?」


「『ミソラの森』につくまで、その話・・・でもしようか」

「謎の賢者よりも、そっち・・・の方が気になるしな」



「どんな話だ?」


 呆れるように晃夜は言い放った。


「早い話が、性別詐称不可のこのゲームで」

 

 そして夕輝ゆうきが言葉を引き継ぐ。


「なんで訊太郎じんたろうは女子の姿なのかな? しかも、小学生ぐらいの少女姿だし」



 あまりに自然体な二人を目の前に、ごまかせると思っていたが。

 やはり無理があるようだった。





◇◇◇◇

あとがき


拙作をお読みいただきありがとうございます。

もし面白いと思っていただけたなら、応援いただけると嬉しいです。

ハート、星、高評価、コメントなど、何でも喜びます!


◇◇◇

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る