第2話 幼馴染と生贄



「あ、おはよう!トレイド!」


 


「…うん、おはよう」


 


 


 目が覚めると、先に起きていたであろうイスカルがさわやかな笑顔で挨拶してきた。そういえば、一緒の牢に居たんだったなぁ。一晩寝たせいで若干記憶が曖昧になっている。


 


「この布団、硬くて腰が痛かったよ~」


 


「まあ、あるだけよかったと思うよ」


 


 彼女は床に敷かれた藁布団を右手で叩きながら、左手で腰を押さえていた。彼女の家の布団は立派なベッドだったから仕方がないだろう。


 


「あの人、いつ来るんだろうね?」


 


「まだ朝早いと思うし、来るとしても昼頃なんじゃない?」


 


「そっかー、なんかドキドキするね」


 


「そうだね、大した罪にならなければいいけど…」


 


 そもそも今日までに答えが出ないかもしれないし、程々に気楽に構えていた方がいいかもしれない。かえって拍子抜けな結果になるかもだし。


 


「ダンが来るまで何する?」


 


「敬語の復習でもする?」


 


「する!」


 


 そう言って彼女はにこやかに返事をした。


 


 


 


 


 


 ◇      ◇


 


 


 


 時刻は早朝、漸く朝日が差し込んできた頃合い。そんな時間に二人の男女が村の一角で出会っていた。


 


 


 


「あ!ダン、おはよう!」


 


「おはよう、ナリア」


 


 


 いつもよりも朝早くに目が覚めてしまったダンは、日光を浴びようと外に出たところで彼の幼馴染のナリアに出会った。黒髪を後ろで一つ縛りにしてる彼女は、水でも組みに行くのか胸の前に桶を抱えていた。


 


「こんな朝早くからどうしたのかしら?」


 


「そっちこそ、桶なんて持ってさ」


 


「私は井戸に行くだけよ」


 


「僕も陽の光を浴びに来ただけさ」


 


 そう言って彼らは笑いあう。幼馴染という言葉の通り、彼と彼女は幼いころからの仲。それも物心つく前からの。彼女と彼の父親同士がが仲が良かったからだ。昔はよくケンカなんかもしたりしていたが、今は二人とも落ち着いたのでそんなことは起きないが。


 


「本当は祭りが楽しみで、何だか眠れなかっただけよ」


 


「楽しみって…儀式は明後日だよ」


 


「でも50年に一度よ?もしかしたら二度と味わえないかもしれないし」


 


「50年後は流石に生きてて欲しいけど…戦争のこともあるしなあ」


 


「でしょ?だから尚更楽しみなのよ!」


 


 戦禍はこの辺境の村までは及んでないにしろ、現在天族と魔族は戦争中なのである。彼らもいつ巻き込まれるか分からない。戦線は拡大しているとの話も時折この村には舞い込んでくるのだ。


 そんな時代だからこそ、神に感謝するこの儀式は重要な行事であるのだ。


 


「ダンだってこうして早起きしてるんだから、少しは楽しみにしてるんでしょう?」


 


「……」


 


「…ダン?」


 


「まあ、そうかもしれないね。それじゃあナリア、僕は家に戻るよ」


 


「う、うん。またね」


 


 


 彼の頭の中には、昨日の父親への違和感が未だ残っていた。今日、こうして朝早く起きてしまったのもそれが気がかりだったからだ。


  


 何か良くないことが起こるような、そんな気がしてしまう。大事な儀式が控えているからこそ、ここまで彼は悩んでしまっていたのだ。


 


 そんな彼を見て、幼馴染であるナリアもまた、嫌な予感を滾らせていた。


 


 


 


 


 


 ◇     ◇


 


 


「お二人とも、こんにちは」


 


「あ、やっと来っ!…来たんですね!」


 


「イスカル、その調子だよ!」


 


「……?」


 


 


 時は過ぎ、お昼時になった頃にダンはやって来た。イスカルが敬語を使っていることに驚いたのか、彼は目を細めて訝し気にこちらを見ていた。


 


 とはいっても直ぐに彼は調子を取り戻したようで、少し咳払いをしてからこう続けた。


 


「貴方達の処遇の件ですが…」


 


「…ゴクリ」


 


「…」


 


 固唾を飲んで彼の言葉を待つ。まるで時間が止まったような感覚だった。その一瞬で、もし死刑とかだったらどうやってここを抜け出そうか…なんてことを頭をフル回転させて考えた。


 しかしながら、彼の言葉は存外に大したものでは無かった。


 


「取り敢えず、儀式が終わるまではここに拘留させてもらいます。」


 


「…ということは?」


 


「儀式が終わり次第釈放してよいとのことです」


 


「おおーっ!よかったね!トレイド!」


 


「ああ!よかったー!」


 


 


 イスカルがこちらにハイタッチを求めて来たので、たまらず僕もそれに乗っかってしまう。パチン、と爽快な音が牢に響く。


 確か儀式は明後日にあるはずだから、僅か二日の辛抱だ!厄介なことにならなくてよかったーっ!


 


 そんな風に安堵しながら彼女と笑いあう。


 


 しかしそんな僕らとは裏腹に、ダンの顔色はあまり良くはなかった。


 


 まあ、別に彼にとって僕らの処遇のことはそれ程重要なことじゃないだろうけど、それにしても昨日よりはどこか影を感じた。儀式の後の祭りを楽しみだと、彼は笑いながら言っていたのだ。


 


「なんかあったんですか?」


 


「…はい?」


 


「いや、なんか顔色が悪そうなので」


 


「あ、確かに」


 


 


 僕の言葉を聞いてイスカルもそう賛同する。


 しかし彼は、うんとは頷かなかった。


 


「いえ、別に何もないですよ。それでは、僕はこの辺りで失礼します」


 


「そ、そうですか」


 


 


 そう言って彼は再び去って行ってしまった。その背中からはどこか危うげな雰囲気を感じる。悩み事でも出来たんだろうか?


 


 だが他人である僕が踏み込むのもおかしな話か。きっと彼には彼の悩みを打ち明けられる相手がいるはずだ。僕が聞いても逆に迷惑になるだろう。


 


 イスカルも大方同じことを考えたのか、少し心配そうに口を開く。


 


「大丈夫なのかな?あの人」


 


「どうだろう、そんなに大した事情じゃないかもしれないしね」


 


「そっか、それより私たちの二日間の予定を考えなきゃね!」


 


「予定って…ここから出られないのに?」


 


 そんな他愛もない会話をしながら、僕らは時間を潰していったのだった。


 


 


 


 思えば、この時にしっかり彼から悩みを聞き出せていれば、少しは状況も良くなっていたかもしれない。


 


 


 


 


 ◇    ◇


 


 


「よーし、そっちにも提灯を飾ってくれー」


 


「この木の板は何処に置くんだ!?」


 


「釘が足りないぞー!!」


 


 


 


 


 今日は50年ぶりの山神への祈年の儀式の日である。昨日までに村人は徐々に準備をしてきたが、今日は大詰めの日だ。村中のあちこちで怒声が飛び交い、カキンカキンと清々しい金属音が鳴り響く。


 


 


 


 そんな渦中で、とある少年__ダンもまた準備に勤しんでいた。


 


「母さん、塩加減はこれぐらいでいいの?」


 


「そうねぇ、しょっぱすぎなければ何でもいいわよ」


 


「結構テキトウなんだね」


 


 明日の祭りで母親ルベルが振舞うはずの料理を彼は手伝っていた。村長の息子である彼だが、まだ若いので流石に儀式には参加できないのだ。


 儀式を行うのは村長であるベルクと、その腹心の親衛団の兵士、そして村の祭司。彼はそのどれにも該当しなかった。


 


「そういえば、母さんも儀式初めてなんだよね?」


 


「もう、もし初めてじゃなかったら50歳超えてるじゃないの…」


 


「ご、ごめん」


 


 思いがけず母に失礼な発言をしてしまうダン。女性に年齢のことを聞いてはいけないというのは彼にとってはあまり馴染みがない。


 


「50年後には流石にもうダンが村長かしらね?そのときまで生きてるかしら…」


 


「それ、昨日ナリアもおんなじこと言ってたよ…」


 


「あら、精神年齢はまだまだ若いのかしら」


 


「何言ってんの」


 


 母のお茶目な発言に彼はげんなりする。父親は厳格なのにどうして母はこうなんだろうかと考えてしまう。鼻歌を歌いながら土鍋をかき混ぜる彼女を傍目に、彼はため息を吐く。


 


「そうだ、ダン。ナリアちゃん家からお皿もらってきてくれない?」


 


「足りないの?それなら最初に用意しようよ…」


 


「ごめんね~、お願いね」


 


「はいはい、行ってきます」


 


 


 


 そうしてルベルに見送られながら、彼は幼馴染の家に向かった。


 


 


 道中、祭りの準備に勤しむ人々を見ながら、明日が儀式の日だと再確認する。


 


 


 


 しかしそれと同時に、ある懸念も浮かび上がってきた。


 


 


 


 (結局、あの時の父さんは…)


 


 


 


 一昨日感じた違和感、そして得体のしれない禍々しい石。


 


 


 あれから父親とは碌に顔を合わせていない。父は儀式のために殆ど部屋に籠っているし、彼は父親の下をわざわざ訪れる理由を持ち合わせていなかった。


 


 あれが気のせいならそれでいいのだが…


 


 


 


 


 そう考えているうちに、いつの間にかナリアの家にたどり着いていた。


 


 一旦顔を落ち着いて彼は家の前に立つ。悩んでいる顔はあまり見せない方がいいと、昨日学んだからだ。


 


 


 そして彼は扉をノックするが、返事はない。


 


 もしかして準備が忙しくて気が付いていないのか、そう考え彼はもう一度扉をたたく。


 


「すいませーん、ダンです」


 


 


 しかし返事は帰ってこない。


 


 奇妙に感じた彼は、失礼だとは思いつつ扉を開けた。


 


 


 


「すみませ~ん……」


 


 


 そう呟きながら彼は覗き込む。


 


 


「え……」


 


 


 そこには、憔悴した表情で机を囲む、ナリアの両親がいた。余りの光景に彼は言葉が出なかった。普段は明るく、ダンにも良くしてくれていた二人が何か大事なものを失ったかの如く俯いていたのだ。


 


「あ…ダン君か」


 


「ど、どうしたんですか二人とも?明日は祭りなのに何でそんなに落ち込んで…」


 


「祭り…?儀式…?」


 


 


 ナリアの母ダリアが朧気にそう呟く。


 一体どうしたものかと彼は当惑してしまう。二人とも、明日が儀式であることを全く快く感じていないかのようだった。


 しかし以前出会ったときには楽しみそうに祭りのことを語っていたのだった。


 


「何かあったんですか? それにナリアはどこへ?」


 


「何処へ…だと…?」


 


 近くに見当たらないナリアのことも気になりそう尋ねると、父親ナサルドから返ってきた答えには怒気がこもっていた。彼は思わず少し後ずさる。


 


 


 


 


 


「_______あいつは………儀式のための生贄になったんだッ!!!」


 


 


「____え……」


 


 


 彼の頭の中は一瞬で真っ白になった。


 


 儀式の生贄___その言葉からダンが推察できることは一つだけ。


 


 


 彼女の…ナリアの命が危ないということだけだった。

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